第110話 聖王の帰還

 


View of エファリア=ファルク=ルフェロン ルフェロン聖王国聖王






 エインヘリアを訪れてから数週間……毎日の様に、これ以上驚くことはないかもしれないと思い続けていましたが……今回のこれは、驚きだけではなく色々な感情が生まれますわね。


 私は馬車の外に見える街……ルフェロン聖王国の王都を眺めながら、馬車に同乗しているファランに気付かれないようにこっそりとため息をつく。


 エインヘリア城を出発して、ここに来るまで三日……たった三日の道のりでした。


 私がこの王都を出発して、こそこそと身を隠しながらエインヘリアに到着するのにかかった時間は一か月余り……それが三日ですよ?


 移動日数が十分の一って、凄いを通り越してもはや変ですわ!


 ……とまぁ、心の中で叫んでみましたが、それも当然ですわね。


 何せ、エインヘリア城を出立したのは確かに三日前ですが、私が馬車に乗ったのはこの王都より三日程離れた位置にある街からですもの……。


 転移……旧ルモリアの王都からエインヘリア城に移動した際は、あまり実感がありませんでしたが……これは本当に恐ろしい技術です。


 ですが、どうやらあの装置の設置は無制限という訳にはいかないようで、設置には高い技術と多くの制約があるようです。


 今回偶々ファランの所有していた物件が条件をクリア出来たと言う事で、転移装置を庭に設置して頂けましたが本当に運が良いとのことでした。


 転移装置を設置できたのは偶然ではありますが、ファランには感謝してもしきれませんね……馬車を使っての一ヵ月に及ぶ旅は、本当に大変な物ですから。


 おかげで私は最小の旅程で王都まで戻ってくることが出来ましたが、使節団の全員が転移の恩恵を受けたという訳ではありません。


 今回ルフェロン聖王国から派遣された使節団の返礼ということで、エインヘリアからの使節団が私達に同行しています。ですが、流石に突如王都付近に現れるのは色々と問題があるので、エインヘリア国境から両国の使節団は馬車を使ってここまで移動してきたのです。


 エインヘリアには飛行船という空を飛ぶ乗り物があり、馬車とは比べ物にならないくらいの速度で移動出来るらしいのですが……流石にそんなもので乗り付けては、国中がパニックになるとのことで今回は使用を見送りました。


 因みに、フェルズ様は今回使節団と共に兵二百をつけて下さったのですが、この兵の方が……ただの街道を歩いているとは思えないくらい、ぴったりと全員の行進が揃っている上、移動速度が非常に早いのです。


 おかげで徒歩の護衛だというのに、騎兵のみの護衛の時よりも若干移動速度が速いくらいです。


 歩いているだけなのに……その姿に恐ろしいものを感じますね。


 軍事に明るい方がこの場に居れば、話を聞いてみたかったですが……生憎今回の使節団には数人の護衛を除き、残りは全て文官ですからね……王都に戻ったら叔父様に聞いてみるとしましょう。


「陛下、大丈夫ですか?」


「……えぇ。我が王都に戻って来て、改めてエインヘリアの凄さを実感していただけですわ」


「そのお気持ちが理解できてしまうのは、少々業腹ではありますが……比べる相手が悪い、のですかね?」


「我々を庇護して下さるエインヘリアが隔絶した強さを持つと言うのは、非常に頼もしい事です。ですが、それに甘えるだけではいけません。なんとしてもルフェロン聖王国の価値を示さなくては……」


「その為には、今回の件で宰相を排除しなくてはなりません」


 ファランが表情を引き締め言います。


 宰相……長年我が国に仕えて来てくれたと言うのに……何故国を売るような真似をしたのでしょうか?


 彼が宰相となったのは御父様の時代からですが、それ以前……先々代の時代から我が国に仕えている古参の臣だというのに。


 そんな臣が国を売る……あぁ、もしかするとそうなのかもしれませんね。


「国を売ると言う意味では、私も同じですし……もしかしたら宰相も私と同じことを考えて国を売ったのかもしれませんね」


 国の行く末を想い……より強大な力に縋った私は、宰相の事を非難する資格は無いのでしょう。王としての責務を捨てたにも等しいのですから。


「……宰相が何を考え国を売ろうとしているかは分かりませんが……その行いはともかく、その考えは絶対に陛下のそれとは違うでしょう。真に国の為を想うのであればソラキル王国はありえません」


「そうですわね……宰相の計画では、次の王はソラキルから送られてくるあの王子。国の為、民の為と言うのであればその選択肢はけして選んではいけない物ですわ」


「エインヘリアが集めてくれたこの情報があったからこそ、宰相に国を任せることが出来ないと判明しました。もし宰相が何をしようとしているかの情報を得られず、陛下がエインヘリア以外の国に亡命していれば……恐らく摂政派の殆どの者が命を落とし、陛下が雌伏の時を過ごし、何時の日か国を取り戻すといった考えは露と消えたことでしょう」


 ……影武者に送られた暗殺者の件もありますし、宰相の計画は成就寸前の所まで来ているのでしょう。


 最終目的が何処にあるかは分かりませんが……少なくともルフェロン聖王国を完全に手中に収める手筈は整っていると見て間違いないですね。


「……この状況から、ひっくり返せるのでしょうか?」


 私が漏らした呟きを聞いたファランが、キョトンとした表情を見せる。


「陛下はこの計画に不安があるのですか?」


「なんですか?その、物凄く意外と言わんばかりの表情は」


「いえ、おっしゃる通り物凄く意外なのですが……」


「何故かしら?この計画が失敗したら、もはや宰相……そしてソラキル王国を止める事は出来なくなります。聖王である私ではなく、エファリア個人としては不安で仕方ないのですけど?」


「陛下……いえ、エファリアはエインヘリア王の事を盲信しておられるのかと思っていたので、不安を感じられているとは思いませんでしたよ?」


「も、盲信なんかしていませんわ!とても頼りになられるお方だとは思っていますが……」


 なんかファランの言葉に含みがありますわ!?


「盲信……してますよね?」


「していませんわ!」


「初対面で身も心も捧げると誓ったのに?」


「心もとは言っていませんわ!後しつこいですわよ!」


 私が声を荒げると、ファランは声を上げて笑う。


「……エインヘリアの手管をもってしても、宰相が暗殺者を送り込んだという決定的な証拠は掴めませんでしたし、今のままでは宰相を追い詰めるのは確かに難しいでしょう。ですが、だからこそこの使節団な訳ですし……」


 ファランの言葉の途中で馬車がスピードを緩めた。


「っと……どうやら王都内に入ったみたいですね。一応陛下は対外的には城にいることになっているので、顔を出さないように気を付けて下さいね」


「それは分かっていますけど……ファランは気にならないのですか?」


「うーん、そうですね……私としては宰相がどんな風に動くか……少し楽しみなくらいですね」


「楽しみ……ですか?」


「えぇ。これから王城に戻ってからの事は……覚えてますよね?」


「勿論ですわ」


 王都に住む民達には私が国を離れていたことは知らせませんが、宰相や城にいる者達には知らしめる必要があります。


 そして、事態は一気に動くはず……恐らくこの数日が宰相にとって私を殺す最後のチャンス。


 この馬車での移動中も幾度か襲撃はあったそうですし……私はその頃エインヘリアに居たので詳しくは知りませんが……。ですが、宰相を排するその日まで、私はけして油断出来ない日々を送ることになるでしょう


「でしたら、一つだけアドバイスを差し上げます」


「アドバイス……?」


 護身の心得でしょうか?でも、ファランは根っからの文官でどちらかというと運動すらまともに出来ないタイプ……。


 そんな私の想いが伝わったのか、ファランはにんまりと含みを感じさせる笑顔を見せながら口を開く。


「えぇ、アドバイスです。いいですか?城についてすぐ、宰相の顔にお気を付けください」


「宰相の……顔?どういう意味ですの?」


「そのままの意味です。十分お気を付けください」


 全然意味が分かりませんわ……顔に気を付けるって……どういうことですの?


 顔を注意深く見ておけば、考えが分かるとかそう言う事でしょうか?


 いくら宰相でも、視線で殺すなんてことは出来ないと思いますが……。


「さて、陛下。御髪を整えましょう。本来であれば長旅の疲れを癒すことが最優先ですが……恐らく休んでいる暇はないでしょうし、今のうちに身だしなみを整えておきませんと」


「……分かりましたわ。お願いします、ファラン」


 もうすぐ王城に到着します。


 城に着けば、私はエファリアではなく聖王として振舞わなければなりません……。


 ファランに髪を梳いてもらい、綺麗に整えて貰っていると馬車がゆっくりと停車しました。


 そして、それから暫くして、馬車の扉がゆっくりと開かれ、まずはファランが先に降りていきます。


 ファランが下りてから少し時間を空けて、私はゆっくりと立ち上がり、馬車の外へと出て行く。


 そこには城を守る衛兵、そして近衛が整列しており、その一番手前には叔父様……摂政と、その横に宰相が立っていた。


「陛下。長旅、お疲れさまでございます。此度の外遊、大変実り多き物だったと聞き及んでおります」


「うむ。実に有意義な旅であった」


「……」


 私が馬車から降りると、早速といった様子で叔父様がにこやかに声をかけて来る。


 その横にいる宰相は……やや憮然としている……かしら?


 ファランからは顔に注意しろと言われたけど、やはりこの人の表情はいまいち読めませんわ。


「陛下、宜しければ此度の外遊の件、私にも詳しく聞かせて頂けますか?」


 そんな私の視線を感じ取ったのか、宰相が感情を感じさせない声音で声をかけて来る。


「ん?どういうことだ?宰相が此度の子細を知らぬはずが無かろう?私は公式にエインヘリアを訪問しておったのだ。何故私自ら説明せねばならぬのだ?」


「それは……」


 私は、王としての公務を宰相が把握していない筈が無いだろう?と惚けてみせる。


 それを受けて宰相は、表情を変えることはありませんでしたが言い淀みました。


 公式な訪問ではなく、秘密裏に向かっただろうがとでも言いたげですわね。流石にこれくらいはわかりますわ。


「摂政、宰相。労ってくれるのは嬉しいが、今はそれよりも大事な事がある。国賓を迎えるのだ、けして失礼のないようにな」


「畏まりました」


「……」


 叔父様は勿論、宰相もエインヘリアから使節団が来る事は知っております。ですが使節団受け入れの準備は全て叔父様が取り仕切っているので、その全容までは知らないでしょう。


 もしかしたら手の者を使って調べている可能性はありますが、少なくともエインヘリアの守りを突破して、誰がどんな話をしに来たかというような情報を得られたとは思えません。


 そんなことを考えていると、私達の前に一台の馬車が停車しました。


 私がやったように勿体つけるような真似はせず、開かれた扉からすぐに一人の人物が出て来る。


「やれやれ、馬車の旅というのは中々窮屈な物だな」


 その人物は、聖王である私を前にしても普段と何ら変わった様子も見せずにぼやく。


「すまないな、エインヘリア王。貴国の様な移動手段があれば良かったのだが、生憎と我が国ではこれ以外の移動手段がないのでな」


 首をほぐす様に回している人物……フェルズ様に、私は苦笑しながら話しかけた。


「まぁ、これも貴重な経験という奴だ。二度目は遠慮したいところだがな」


 そう言って笑顔を見せるフェルズ様は、とても外交に来た王とは思えないような態度ですが、とてもフェルズ様らしいお姿のように思えます。


 あ、宰相の顔はどうなって……。


 ファランに言われたことを思い出した私は、こっそりと宰相の顔を覗き見て……思わず吹き出しそうになってしまった。


 だって、あの常に不機嫌そうに眉をしかめている宰相が、目を見開き大きく口を開くのを堪えているように顎を震わせていたのですもの……。


 あ、ファランが向こうで肩を震わせていますわね……注意しておけって、こういう事だったのですね。


 危うく、フェルズ様の前で吹き出すところだったじゃない!


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