第109話 将を射んとする者はまず王を射つ



「イルミット」


「はい~」


 廊下に出た俺はイルミットに声をかけ、エスト王の所在を尋ねる。


「お会いになられるのですか~?」


「あぁ、サガ将軍を登用するならエスト王を落とす方が早い。イルミットの見立てで能力が無いのは分かっているからな。エスト王を登用するつもりはないが、話をしておく必要がある」


 サガ将軍の忠誠心はかなりの物だ。


 その忠誠心の向かう方向を変えるのは容易ではない……というか、変えられるとは思えない。


 でもこちらに忠誠が向いていなくても、彼を登用する事は可能だ。


 あの義理堅さなら、こちらが無碍な扱いをしない限りしっかりと仕事をしてくれるだろう。


「王都の代官は第二王子に任せる予定ですが~将軍には北方の街を任せたいですね~」


「北方か、ソラキル王国側だな」


「はい~間違いなくソラキル王国は何か仕掛けて来ると思います~。なので、北を任せる代官は広い目と揺るがぬ信念が必要となります~。エインヘリアの誰かを派遣するのが一番良いですが~出来れば現地の者に任せたい所ですね~」


 なるほど……サガ将軍を登用した場合の配置はもう決めているのか……となると、登用しない訳にはいかないな。


 でもサガ将軍を登用するならバーターというか、エスト王との抱き合わせになるよなぁ……。


 ……いかん、おっさん同士が抱き合っている姿を想像してしまった。


 まぁ、エスト王の顔は知らんけど。


「サガ将軍を十全に使うならエスト王の存在も必要になるな。俺としては、王は蟄居させてサガ将軍は代官として登用。どうせなら王も北方に置いておくか。ソラキル王国も何かしかけやすくなるだろうしな」


「なるほど~、今度の餌はエスト王と言う事ですね~」


「エスト王国内の反乱分子を集める餌にもなるしな。まぁ、どのように王を使うかは、会って話をしてからだな」


「畏まりました~それではご案内いたします~」


 とりあえず、王と話した結果次第だけど……多分なんとかなるっしょ……どこぞの王子みたいにクレイジーサイコさんとかでもない限り。


 まぁ、その辺はサガ将軍を信じたい所だな。


 あの人があれだけの忠誠を捧げる相手が、そんな異常性を持った相手ではないと信じたい。


 っていうか、そんな相手にあそこまでの忠誠を捧げるようだったら、サガ将軍の評価もひっくり返る。


 そんなことを考えながら城の中を歩いていると、一際豪華な装飾を施された扉に辿り着く。


 ……ただのドアに金だの宝石だの使う必要ある?


「ここにエスト王がいるのか?」


「はい~、王の私室だそうです~」


「趣味が悪いな……部屋の中は大丈夫か?」


 部屋の中がキンキラしてたら嫌だな……。


「……落ち着く部屋ではないとだけ~」


 イルミットが俺から目を逸らしつつ、答える。


 それ絶対ダメな奴じゃん。


 ……よく考えたら俺が足運ばなくて良かったじゃん。っていうか、寧ろ呼び出すべきだったか?


 ここに来て、めっちゃ後悔が押し寄せて来るんだけど……でもこうして臆していても時間の無駄だしな。


 今日はエスト王国の対応に一日空けているけど、こうしている今もルフェロン聖王国の件は色々と進んでいるし、明日は大事な会合もある。


 そんなタイミングでイルミットが俺をエスト王国に呼んだと言う事は……多分、今日の内にこの件を片付けておく必要があるということだろう。


 俺は内心軽くため息をついた後、イルミットの方を見て頷く。


 するとイルミットは小さく頷くと、いつもより若干笑みを深めながら徐に扉を開く。


「入りますよ~」


 ……サガ将軍の部屋に比べて随分と適当だな。


「貴様!何時も言っているだろうが!王の私室に勝手に足を踏み入れるな!」


 部屋に入った次の瞬間飛んできた罵声を聞く限り、いつもこんな感じで入室しているらしい。


「ここは貴方に貸しているだけで~貴方の私室ではないですし~、そもそもここは王の私室ではありません~」


 イルミットが顔だけニコニコしたまま、辛辣な言葉を放つ。


「不敬であるぞ!我を誰だと心得る!」


 なんというか……イルミットが若干キツイのはこの際良いとして……エスト王はエスト王で元気だなー。


 とりあえず、イルミットがこれ以上煽る前に交代するか。


「思った以上に元気な男だな」


「なんだ貴様は!?ふけぃ……」


 俺が声をかけると案の定というか、俺に向かって怒声を上げたエスト王だったが……その言葉は最後まで続けられなかった。


「元気なのは結構だが、口には気を付けることだ。いくら俺でも首が取れたら繋げられないからな」


「……」


 イルミットとリーンフェリアの二人に武器を突きつけられながら、口をパクパクと動かすエスト王に俺は肩を竦めながら話しかける。


 そんな彼を尻目に俺は軽く部屋の中を見渡す、キンキラを通り越してギラギラした部屋の装飾、そして、何とも言えない画風で描かれたエスト王の肖像画が、こちらをキリっとした目で見降ろしてくる。


 自分の絵を自分の部屋に飾るものだろうか……?


 いや、家族写真……家族が描かれた絵とかなら分からんでもないけど……これエスト王単品だしな……。


 それに、あの椅子……背もたれに宝石がちりばめられているみたいなんだけど……背中痛くない?ツボとか押すのかしら?


 俺は部屋を何かと気になる調度品の数々をスルーして、比較的まともそうなソファに腰掛ける。


 次の瞬間、ずぶずぶと沈み込んでいくソファ……柔らかすぎて座り心地悪いわ!


「とりあえず、座れ。お前に話がある」


「……」


 俺がそう言って振り返ると、未だにイルミット達に武器を突きつけられているエスト王が汗をだらだらと流していた。


 道理で静かだと思ったよ!


「解放してやれ。犬が吠えた程度でそこまで過敏になる必要もあるまい」


「「はっ!」」


 俺が声をかけると、二人が揃って武器を収める。


 ……っていうか、今イルミット……武器を何処に片付けた……?


 え?そこ……?本当にそこに武器しまえるの……?


 やばいなイルミット……やはり……女性は不思議でいっぱいだ。


 俺が女体の神秘に感動を覚えていると、エスト王が再起動する。


「一体何だと言うのだ……」


 ブツブツと文句を言いながらも俺の向かい側に座るエスト王……意外と素直だな。


「それで、貴様は一体なん……貴公はどちらの方かな?」


 俺の斜め後ろに立つリーンフェリアの事をびくりとした様子で見たエスト王が言葉を改める。


 まぁ、改めても俺の事を貴公と呼んでいる時点で、上から目線のままではあるが……。


「俺はエインヘリアの王、フェルズだ。貴公は元エスト王国の王だったそうだな?」


 そんなエスト王に対し俺が挑発するように言って見せると、こちらを馬鹿にしたような笑みを見せながらエスト王は鼻で笑う。


「何を言い出すかと思えば、我は今でも正しく王である。確かに戦に負けはしたが、だからと言って我が王であることは変わらぬ。まぁ、野蛮な国の王には伝わらぬ矜持であろうがな」


「伝わる訳がないだろう?裸の王に何の価値がある。王とは王たらんとするが故に王なのだ」


「やはり蛮族だな。王とは王であるが故に王なのだ。王であろうとする必要なぞ、真の王にはない。王の成す事、これ全て王道よ」


「ほう?ならば戦に敗れ落ちぶれるのもまた王道だと?」


「……」


 痛いところを突かれたのか、一瞬口元を引き攣らせたエスト王に対し俺は言葉を続ける。


「貴公の行いが王道であると言うのであれば、そうなのだろうな。無論、貴公の中ではと注意書きはつくが。万人には通じぬだろうが、それはそれで良いのではないか?道化として語り継がれる程度には親しまれるだろうしな」


「やはり蛮族は愚かだな。万人だと……?王が有象無象に理解されるわけがないだろうが!王とは唯一無二、孤高の存在なのだ!我の行いが道となりエスト王国を導くのだ」


「……なるほど。面白い意見だとは思うが、その孤高の王が進んだ道の先にあったのはエスト王国の滅亡という現実だったぞ?」


「うぐっ!?」


 どれだけ偉そうに言おうと結局話はそこに行きつくのだから、もう少し大人しくすればいいのにと思う。


「王道の果てにそこに辿り着いたと言うのであれば、貴公は本望なのであろうが……それに巻き込まれる民や家臣たちはいい迷惑だと思わぬか?」


「……我が国をどうするつもりだ?」


 先程までの勢いを失くし、覚悟を決めた様な表情でエスト王が問いかけて来る。


「無論、この地が二度とエスト王国を名乗る事は無い。民や譜代の家臣でさえも、この地に残る限りエインヘリア国民を名乗ることになろう」


 俺の言葉に歯ぎしりをする音が聞こえてきたが、俺はそれに構わず言葉を続ける。


「エスト王国は大陸から姿を消し、歴史にのみその名を残すこととなる。当然貴公はエスト王国最後の王として名を記されるであろうな」


「……」


 歯を食いしばり、顔を真っ赤にしながらこちらを睨みつけるエスト王……しかし、そうなったのは俺のせいではないよ?


「だが、それも当然であろう?私利私欲の為、他国の領土に侵攻したのだ。逆に攻め滅ぼされても文句は言えまい?」


「我はエインヘリアを攻め落とすまでするつもりは……」


「そんなことは知らん。兵を差し向けておいて、今更そんな的外れな言い訳が通じる訳がないだろう?」


「……」


 まぁ、的外れな言い訳をする奴って何処にでもいるよね?


 一人を袋叩きにしておいて殺すつもりは無かったとか、飲酒運転をしておいて少しだけなら大丈夫だと思ったとか……聞かされる方からすれば、何言ってんだコイツ?ってなるような言い訳をする奴はどの世界にもいるみたいだ。


「それに、何を言ったところで後の祭りという物だしな。それすらも受け入れないつもりか?」


「……受け入れられはせぬ」


「そうか」


「だが、確かに貴様の言う通り、既に勝敗は決したのだ。もう我に出来ることは、エスト王国最後の王として首を斬られるくらいのものであろう」


 そう言って諦観を見せるエスト王は、ほんの数分前に比べると一気に老け込んだように見える。


「しかし……まさかユラン公国ではなく、第三国に滅ぼされることになろうとはな」


 そう呟きながら自嘲めいた笑みを浮かべるエスト王。


「そのユラン公国もほぼ時を同じくして滅びるだろうがな」


「……なんだと?」


 俺の言葉にエスト王は怪訝そうな表情を見せる。


 もしかして、向こうの状況は把握していなかったのか……?まぁ、自国がやばいって時に他所を気にしていられなかったって感じだろうけど。


「知らなかったのか?エスト王国がエインヘリアに派兵したのとほぼ同じタイミングで、ユラン公国も兵を送り込んで来ていたのだぞ?」


「ユラン公国も兵を動かした事は知っておった。だが、その口ぶりではユラン公国も我がエスト王国と同じく反撃を受けているのか?」


「あぁ、もう少し時間はかかるだろうが……時間の問題だな」


 エスト王国を攻めたサリアは王都までほぼ最短距離で攻め上がったけど、ユラン公国を攻めているカミラは、南から丁寧に全ての拠点を落としながら北へと進んで行っている。


 一点突破のサリアと違い少し時間はかかるけど、完全掌握はカミラの攻めたユラン公国の方が先になるかもね。


 因みにアランドールの方は要所要所を落とし、拠点間の連携を潰しながら南に攻め寄せている。恐らく次に国を落とすのはアランドールだろう。


 三者三様の進軍ではあったが、どの軍も問題なく勝ち進んでいるので今の所俺は一切口を出していない。


「ユラン公国が滅ぶのか……これで我が国が健在であれば喜んで祖父等の墓に報告に行くところなのだが……ユラン公国が滅びるまで我は生きておらぬか」


「一つ話があるのだが……」


 若干しんみりしだしたエスト王に、そろそろ頃合いかと本題を切り出す。


「此度の戦で、サガ将軍が禁忌魔法を使おうとしたことは知っているな?」


「……」


 俺の問いかけに静かに目を瞑るエスト王。


「将軍は全ての咎を自分が背負うから自分だけを処刑して欲しい、そう言っている」


「……馬鹿が」


 そう吐き捨てるように言ったエスト王が、強い眼差しでこちらを睨む。


「たかが一将軍如きが禁忌魔法の行使を決められるわけがなかろう。我が決断し、我が命じたのだ。サガ将軍はそれに従ったに過ぎぬ。その程度の事も読めぬ程愚昧か?エインヘリアの王よ」


「ほう?」


「王命でもなければ魔法使い共も従うはずがないだろう?禁忌魔法の行使は自分だけでなく、その関係者までもが斬首刑となる国家反逆罪に並ぶ大罪だ。たかが軍の責任者の命令程度で、下が従う筈もない」


 なるほど……確かにエスト王の言う通りの大罪であるなら、将軍だけの判断で行使を決定すると言うのは中々無理があるかも知れない。


 禁忌魔法を使う魔法兵からすれば、それで国が救われたとしても一族郎党全員処刑となっては意味が無さすぎるもんな。


 サガ将軍かエスト王か、どちらの言葉が真実かは分からないけど……エスト王の言葉はサガ将軍を庇っているにせよ、王族皆殺しルートになるわけだから王としてはアウトじゃないかしら?


 まぁ滅亡を受け入れているからこその言葉かもしれないけどね。


 とは言え、エスト王の血縁も登用が決まっている人材がいるし、国際法……があるかどうか知らんけど、そういった決まりに則った処理をするつもりは無い。


「ふむ……まぁ、それは俺にとってはどうでも良いことだ。誰が命じていようといまいと関係ない」


「……」


 表情を変えることなく、真正面から俺を見据えるエスト王。


 こいつも小物なのかそうでもないのか、いまいち分からん奴だな。まぁ、イルミットの選考に落ちてるから実務能力は無いのだろうけど。自室がこんなだしな……。


「嬲る趣味はない故端的に言うが、禁忌魔法は無かった。俺はそう考えている」


「……なんだと?」


 訝しげな表情を見せるエスト王に、俺は言葉を重ねる。


「此度の戦争は、色々と策を弄したエスト王国がエインヘリアに惨敗を喫した……それだけだ」


「馬鹿な!そのような言葉が通じる訳がないだろうが!」


「そうか?実際発動したのならともかく、禁忌魔法は行使されなかっただろう?」


「そういう問題ではない!発動させたかどうかではない!使おうとする事自体が罪なのだ!」


「サガ将軍は、禁忌魔法を囮に使ってこちらを引きずり込んだだけだ。実際準備していた魔法は禁忌魔法どころか、唯の攻撃魔法ですらない張りぼて……そうだろう?」


「馬鹿を言うな!そのような言い訳、通じるはずがないだろう!?」


 まぁ、何処の世界にも的外れな言い訳をする奴はいるからね。


 でも覇王の言い訳は立派な主張故、反論は認めないのだよ。


「くくくっ……馬鹿を言っているのはそちらだろう?歴史とは勝者が綴るものだ。俺が無いと言えば無くなる。違うか?」


「それが通じるのは自国内だけだ!禁忌魔法の件は自国だけの問題ではない!かならず他国が介入してくるぞ!」


「それについては問題ない。俺にとっては、その程度のリスクでサガ将軍を迎え入れることが出来るのであれば安いものだ」


 寧ろ他国の介入はウェルカムですしな。


 いちゃもんつけて来る国があれば、喜んで煽りまくる所存である。


「貴様……何を考えている……」


 何やら恐ろしいものを見るような目でこちらを見るエスト王。


「大したことは考えていないさ。ただ……そうだな、サガ将軍には将軍職は辞してもらい、北方の街で代官をしてもらうつもりだ」


「代官だと……?」


「そしてエスト王も、その近辺で蟄居してもらうことになるだろうな」


「蟄居……?我は処刑されるのではないのか?」


「そのつもりは無いな。エスト王を殺せばサガ将軍も後を追うだろうが、彼は死なせるには惜しい人材だ。それにエスト王自身も、殺してしまうよりは生かしておいた方が何かと都合が良いからな」


「……我を生かしておけば、必ず貴様に牙を剥くぞ?その時はサガ将軍も共にだ」


「くくっ……出来る物ならやってみるが良い。その為にも、サガ将軍を説得してもらうぞ?俺に忠誠を捧げろとは言わぬが、将軍の治める土地の民の為にしっかり働いてもらう程度には頑張ってもらえるようにな」


「……想像していたよりもずっと小賢しいな、エインヘリア王。いつか必ず貴様を下してみせるぞ」


 若干目をぎらつかせながら言うエスト王を鼻で笑ってみせた俺は立ち上がる。


「それにしても……お前の部屋は趣味が悪いな」


「この美しさを理解出来ぬとは……やはり蛮族だな」


 想像していたよりもまともな王だったけど、そのセンスだけは壊滅的だわ。


 俺は部屋の奥に見えた金ぴかのベッドから視線を外し、そう思った。


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