第108話 覚悟と狙い

 


 さて、偉そうに戦争のプロである将軍に色々と講釈を垂れているわけですが……当然俺程度の知識や経験が実戦に通じるかと聞かれれば、それは場合によりけりと答えよう。


 通じることもあれば通じないこともある……敵方の思惑を全て読み切る事なんて普通は無理なのだから。


 それを補うのが経験という物だろう。


 そして俺の経験とは実戦ではなく、俺の元となった人物が必死になって遊んだゲームによるものだ。


 まぁ、ゲームでの経験も馬鹿にしたものではない。


 対人ゲームであるなら、モニタの向こうにはやはり生きた人間の思考が存在するからだ。


 定められたルールの中、どうすれば勝ちに向かえるか……命を失うリスクなく、何百、何千と繰り返した読み合い。それらが一切役に立たないかと言われればそうとは言い切れない。


 とは言っても、やはり現実とゲームは違う。


 ゲームと違って現実は何でもあり……そのなんでも、という部分において、俺は経験が全くないのだからね。


 そして何より命が掛かった状況と命が掛かっていない状況……下す判断も大きく異なって来るだろう。仮に俺が指揮するのが召喚兵ではなく、普通の兵であり、将達も普通の人間だったとしたら……多分最初のカルモスとの戦で、俺は破れていたに違いない。


 だが俺には究極とも言えるアドバンテージがある。


 リーンフェリア達、個の力と、召喚兵による集の力。


 それに『鷹の目』等の破格の能力やキリクのサポートがあるからな。


 この世界の誰よりも多くの情報を得ることが出来るのだから、戦術面で本職に遅れは取ってもそう簡単にはやられたりはしない。


 それに、モニタ越しとはいえ、人を騙す手管や相手の顔を見ずに相手の思考を読むといった事はそれなりに応用が利く。生兵法とも言えるが、机上演習だと思えばこれも一つの経験だ。


 そういった絶対的な能力から来る自信、圧倒的な兵力……それに支えられた覇王としての言葉だ。少なくともサガ将軍が唸る程度には説得力がある。


 それに、今話しているのはこれから起こる戦の話ではなく、すでに起こった戦の話……後からああだこうだともっともらしく語るのは簡単な物よ。


 実際の戦場では……キリクがここから奇襲が来ます、こちらには罠が配置されています、ならば罠を避けて敵本陣を狙おう、全軍突撃!これだけの事である。


 要約すると酷いな……。


 それはさておき……今ここで偉そうにサガ将軍と話を戦わせる覇王は、純度百パーセントの虚像であるが、覇王は大体いつでもこんなものだ。


「陛下は、王道の戦いをされると思っていたのですが、詐術にも深い理解があられたのですね……どうりで仕掛けが悉く看破されるわけです」


 王道の戦いというか……まぁ、サリアは基本的に正面から敵軍を叩き伏せていたからなぁ。策を用いる必要が無かったと言えばそれまでだけど、確かにその戦っぷりは王道と呼べるものだったのだろう。


「くくくっ……どちらかと言えば、俺は勝つ為ならば何でもするぞ?敵に卑怯と罵られるのは誉とさえ思っている」


「卑怯と言われることが誉……ですか?」


「俺は王であって武人ではないからな。正々堂々が常に正しいとは考えない。どのような策を用いようとも、勝てれば良いのだ。最終的に勝者であるからこそ王なのだ」


「王の戦いは勝つことが最優先ですか……」


「弱き王に付き従う民は悲惨な目に遭う日が必ず来る。優しき王、賢き王……王が求められる資質は数あるが、この情勢の安定しない中、王に求められる最低条件は強き王、戦に勝てる王だ」


「……」


 エインヘリアの存在が、この辺り一帯に乱をまき散らしていると言えるけど……ルモリア王国はともかく、それ以外の国はこちらから攻めた訳じゃないしね?


 一概にも俺のせいとは言えなくもない可能性が微レ存……。


 閑話休題。


「そういう意味では、俺はサガ将軍の戦い方は嫌いではないな。軍使の旗が上がっている時の攻撃は……非難しなければならないかもしれないがな」


「それは間違いありません。アレは禁じ手です……陛下は絶対になさらない方が良いでしょう。一度あのような行いをしてしまえば、他国との交渉はほぼ出来なくなると考えて相違ないかと」


「そうか。ならばそのカードを切る時は、最後の最後だな。だが、将軍はそんな手を使ってしまって良かったのか?」


 俺の問いかけに、この話を始めた時と同じような、決意を秘めた表情を見せるサガ将軍。


 ……段々雰囲気が柔らかくなってきていたのだけど、ここに来ての急変……失敗したか?


「……条約破りは確かに大問題ですし、国際的な信用を著しく損ないます。ですが、私は将軍ですので……私自身の地位を返上した上で刑罰を受ければ、国への追及は最小限に抑えられるかと」


「ふむ……禁固刑とかか?」


「いえ、絞首刑ですね。条約を破り相手国の兵を殺しているのですから、命をもって贖う他ないでしょう」


 思ったよりも随分重い刑罰だった……でも、言われてみれば当然とも言えるかもしれないな。


 今回は投石による攻撃だったけど、あの先制攻撃が敵本陣を破壊するような一撃だったら、それでその戦は決したも同然だし……責任者が首をくくるくらいは当然なのだろう。


 無防備な所にあの礫攻撃が飛んでくれば……普通の兵ならかなり被害が出ていてもおかしくはないしね。


 サガ将軍が頑なに処刑を望んでいるのは、この事があるからか?


 でも、エスト王国は既に終わっていると言ってもいい状態だし……サガ将軍が責任を取る必要があるか?


「将軍は何故処刑されることを望んでいるのだ?条約破りの一撃を命じたとは言え、既に勝敗は決している。敗軍の将とはいえ、将軍がその事で責任を感じる必要はないのではないか?」


「……いえ、確かに私が行ったことがそれだけであるのであれば、戦に負けた以上、エインヘリアの方々以外はとやかく言わないと思います。エインヘリアの法に則り、敗軍の将として処刑するだけで十分でしょう。ですが、私の条約違反はそれだけではないのです」


 他にも何かやったのか……?


 落とし穴も火計も奇襲も事前に潰したし……っていうかその辺が条約違反だとするなら……ちょっと真剣に戦争に関する条約を勉強しないとマズいかもしれないな。この文明度なら禁止兵器とかはないと思うけど……。


「聞かせて貰えるか?将軍はあの戦で何をした?」


「私が行ったのは……禁忌魔法の行使です。この事が他国に知られれば、責任者だけの問題では済みません。国そのものが責任を取らされることとなるでしょう」


「禁忌魔法……?そういえば、あの戦の時、魔法攻撃が飛んでこないことに疑問を感じていたのだが……本陣よりも後方に配置された魔法兵は、それを行使しようとしていたのか?」


「その通りです。私が発動しようとした禁忌魔法は『大規模死霊術』。これは戦場となった辺り一帯に存在する死体を、アンデッドとして蘇らせて単純な命令に従わせるものです」


「ほう……そのような魔法があったのか」


 アンデットを作る魔法か……旧ルモリア王国の魔法兵からはそんな魔法があると聞いたことはなかったが……禁忌魔法って言ってたな。もう少し詳しく知りたいところだ。


 ってか、戦場一帯に効果がある魔法……?


 とんでもなく広いんだけど……俺達のエリア系魔法どころの範囲じゃないぞ?


「私が持久戦を狙った理由はお分かりになられたかと」


 ……あぁ、なるほど。


 双方の兵を削れるだけ削って、それを儀式魔法によってゾンビ化して使役。


 大量のゾンビでこちらの陣を襲撃……夜襲か朝駆けってところか?


 まぁ、召喚兵は死体が残らないから、ゾンビになるのはエスト王国の兵だけになるけど。


「私は、自国の為に戦った兵達の尊厳を奪ったのです。将としてではなく、人として外道へと落ちた私に、名誉ある死は許されません。私は生あるもの全ての敵と成り果てました……その私が、望みを口にすることは烏滸がましいと思いますが……どうか、私の首だけで事を収めてはいただけないでしょうか?」


 そう言って深く頭を下げるサガ将軍。


 なるほど……サガ将軍が処刑を求めているのは、禁忌魔法の行使による責任の追及を波及させない為か?


 恐らく、王や部下の助命嘆願をしていたことから、軍が禁忌魔法を行使することによって、その辺りまでは最低でも連座させられると言う事だろう。


「禁忌魔法は実際に発動していないのだろう?ならばそこまで神経質にならなくても良いのではないか?」


「いえ……行使しようとしたことは間違いありませんし、少なくない者がこの件に関わっておりますし、ことが他国に漏れるのも時間の問題でしょう。それにこれはエスト王国だけの問題に収まらない可能性があります。既にエスト王国は決戦に負け、エインヘリアにほぼ併合されていると言っても良い状態。儀式魔法を執り行ったという矛先が、エインヘリアに向けられないとも限らないのです」


「ほう……?」


 そんないちゃもんをつけて来る可能性があると……?


 まぁ、飛ぶ鳥を落とす勢いで勢力を拡大するエインヘリアを危険視して、そんなことを言い出す国があってもおかしくはないけど……そのいちゃもん、受けてもいいかもしれないな。


 流石に次は同じやり方で誘い受けをしても、そう簡単には乗ってこないだろうし、別のアプローチが必要かと思っていたのだけど……そんな風に、とんでもないいちゃもんをつけて来る国があるなら……よし、サガ将軍の身柄はこちらで保護させてもらうとしよう。


 エスト王国の国王も……ユラン公国側の捌け口にするより良い使い道がありそうだ。


「策を全て破り、これ以上無いくらい鮮やかな勝利を収めた陛下には感服致しました。その輝かしい戦歴に、私が生み出した汚辱を擦り付けるような真似は出来ません。なので事が広がる前に、処刑を執り行い、エインヘリアから禁忌魔法を行使した犯罪者を処刑したと、諸国に喧伝して欲しいのです」


「……聞かせて欲しい事がある。将軍は何故エスト王の助命を願う?王とは最高権力者にして有事の際、最大の咎を背負わなくてはならない立場にある者だ。何故そこまでして王を守ろうとする?名誉を傷つけるつもりは無いが、今代のエスト王はあまり評判良い王とは言えぬようだが……?」


 暗に、命を投げ打ってまで忠誠を捧げる必要があるのかと尋ねる俺に、サガ将軍は穏やかな笑みを浮かべながら応える。


「……陛下は、数十年来の友人なのです。私は公爵家の分家筋にあたる者でして、家格は今でこそ侯爵を賜っておりますが、将となる以前は子爵でした。子爵家とは言え、公爵家に縁ある者として幼き頃より陛下と接する事があり、年齢を同じくしている私の事を陛下は友と呼んでくださいました。陛下に生涯お仕えする……騎士になるよりも前に、私は陛下に誓いました。以来、微力ながら国と陛下の為に剣を振るい続け、今に至っております。私にとって陛下は我が身に変えてでも御守りしなければならない御方。例え、禁忌魔法行使の咎を共に背負うとおっしゃってくださったとしても……いえ、そうおっしゃってくださったからこそ、私の身一つで贖いたいと考えているのです。欠点も多い方ではありますが、私にとって我が王こそ全ての忠誠を捧げている唯一の王なのです」


 サガ将軍の曇りなき表情を見ながら、今の状態で説得するのは不可能だと判断する。


 だが、道筋は見えた。


 サガ将軍を登用するのであれば、話をつけるのは彼ではなくエスト王の方だ。


 俺はサガ将軍の話を基に、大まかな道筋を考える……うん、エスト王次第だけど、多分なんとかなるだろう。


 少なくともエスト王はそこまで高潔な人物ではなさそうだし、取り込むのはそんなに難しくない筈だ。


 俺は内心ほくそ笑みながらも、そうとは悟られないように表情を殺して立ち上がる。


「話は分かった、サガ将軍。条約破り、そして禁忌魔法の件……こちらで処理をさせて貰おう。エスト王や将軍の部下の件も決して悪いようにはしないと約束する」


 勿論、サガ将軍もね。今は伝えないけど。


「っ!ありがとうございます!」


「将軍には追って沙汰を出す。それまでは引き続きこの部屋で過ごすと良い。そう待たせるようなことはしない、暫く心を落ち着けて過ごせ。入用な物があったらイルミットに伝えろ」


「……感謝いたします」


 目を潤ませながら頭を下げるサガ将軍を尻目に、俺は部屋の外に向かって歩き始める。


 イルミットの望んだ形での登用とはならないかもしれないけど、最低限イルミットに頼まれた件は片が付きそうだね。


 俺はリーンフェリアの開いた扉から廊下に出つつ、ほっと胸をなでおろした。


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