第107話 将軍との会話



 イルミットに案内され、俺は件の将軍が軟禁されている城の一室へと向かった。


 扉の前には二体の召喚兵が警備兵として立っており、微動だにしないその姿は召喚兵の事を知らない人間が見たら、一部の隙も無く警戒しているように見えた事だろう。


「臨機応変な対応が必要な衛兵にするのは無理だが、こういった警備に召喚兵は便利だな」


「そうですね~。指示を出す者が近くに居れば~開墾や伐採も可能でしたが~」


 同じ作業を延々と繰り返す作業には非常に強いんだけどねぇ……まぁ開墾とかの人手には役に立ってはいるけど。


 贅沢を言えばもう少し応用力があれば良かったんだけど……まぁこれ以上望むのは贅沢だな。


 こうして警備兵として立ってくれているだけでもありがたいってものだ。


 俺が心の中で扉を守る召喚兵にお礼を言っていると、イルミットが扉をノックして部屋の中に声をかける。


「サガ将軍~イルミットです~今日もお話宜しいですか~」


「……どうぞ」


 イルミットが中に断りを入れてから扉を開けると、見た目的にはアランドールよりも若干若そうだけど、頭髪が白髪交じりでナイスミドルって感じの紳士が、背中に定規でも入っているのかってくらいピシッとした姿勢で扉の向こう側に立っていた。


 間違いなく彼が件のサガ将軍だろう。


「いつもご足労痛み入ります、イルミット殿。どうでしょうか?そろそろ処刑の日程は決まりましたでしょうか?」


 至極真面目な表情で、とんでもない事を言い出したサガ将軍。


「サガ将軍~貴方が頑固なのは十分理解出来ていますが~、何度も言っているように将軍を処刑するつもりはありませんよ~」


「しかし、私は許されざる罪を犯しております。国法や国家間の条約に照らし合わせても、極刑は間違いありません。なので速やかな処刑を所望します」


 そんなもの所望されてもな……。


「ただ、叶いますれば……王や我が部下達にまで塁が及ばぬように取り計らっていただけないでしょうか?」


 折り目正しく頭を下げるサガ将軍を見て、イルミットが小さくため息をつく。


 王と部下の助命か……イルミットの話では部下はともかく王は微妙な人物らしいけど……サガ将軍は忠誠心の塊みたいな感じだな。


「サガ将軍~頭を上げて下さい~。今日はこちらの方とお話をして貰おうと思って伺ったのですから~」


「……失礼いたしました。御初御目にかかります、私はレグザ=サガと申します。エスト王国にて将軍職を授かっておりました」


「こちらは~我等がエインヘリアの王~、フェルズ様にあらせられます~」


「っ!?失礼いたしました!」


 イルミットののんびりとした紹介を聞いたサガ将軍が、顔色を変えて片膝をつき頭を垂れた。


「良い。楽にせよ将軍、俺は格式張ったやり取りは好まぬ。今日は先日の戦で総大将を務めたというお前と話がしてみたくてな。立場故、護衛も同席することになるが許せ」


「御身のお立場からすれば当然でしょう……しかし、先日の戦ですか……」


 立ち上がりながら少し表情を暗いものにするサガ将軍。


 しかし、俺はそんな将軍の様子を無視するように部屋に置かれていた椅子へと腰を下ろす。


「将軍も座れ。あぁ、別に興味本位で戦争の話を聞きたいという訳ではないぞ?あの戦には俺も参加していたからな。軽く感想戦という訳ではないが、当事者として敵側の視点からどう見えたのか知っておきたくてな」


 俺が戦争に勝利したからこそ浮かべられる余裕の表情でサガ将軍を席へ誘うと、緊張した面持ちを隠すことなく、相当全身に力を込めながら俺の正面にサガ将軍が座った。


「……ふむ、国の存亡をかけた戦の感想を聞きたいと言うのは、些か無神経だったか?」


 よく考えるまでもなく、サガ将軍は数日前に大敗を喫し少なくない数の兵を失ったばかりなのだ。


 しかも勝者側の王からちょっと話聞かせろやとの申し出……そんなつもりは全く無かったけど、煽りまくっている気がしてきたな。


 考えれば考える程申し訳なくなって来たんだが……でもこれくらいしか話題が思いつかなかったんだよな。


「いえ……陛下が望まれる事でしたら、否はありません」


 そう言って、何やら覚悟を決めた様な表情をした後、すこし穏やかな笑みを浮かべるサガ将軍。


「ですが、一つだけ……陳情する許可を頂けないでしょか?」


「ふむ?別に構わぬと言いたいところだが……処刑を求めるのであればそれは聞かぬぞ?そう言ったものは情によって決める事ではない」


 っていうかさっきイルミットに言ってたからな……多分陳情の内容って助命嘆願でしょ?


 しかも自分のじゃなくってエスト王国の王とか部下の。


 でもなんでそこまで処刑に拘るのだろうか?


 別に占領した土地でもそんな虐殺的な事はしていないし……ルモリア王国との戦争でもそうとう悪質な犯罪とかやってた人以外は殆ど処刑していないのだけど。


 なんで処刑を望むのか……その辺りも聞かないといかんよな。


「……だがまぁ、助命嘆願をしたいと言う事であれば……犯罪についてあまり大目に見ることは出来ぬが、情状酌量の余地があるようであれば考えよう。少なくとも敗戦国だからという理由で理不尽な死罪を課したりはせぬ」


 そんなことを適当に約束してしまったけど……まぁ、情状酌量の余地があるかどうかはこちらの匙加減次第だけど、大丈夫でしょう。


 それに……登用するほどの人材じゃなかったとしても、エストの王族はとりあえず生かしておいた方が何かと便利かもしれないし。


 反抗勢力を集めたり、ユラン公国側とのやり取りで怒りの矛先をそちらに向かわせたり……まぁ、基本的に人身御供というか……まぁ、そんな使い方になるだろうけど。


 イルミットが有用って判断していたら扱いもまた違っただろうけど……まぁ、我覇王だし?一度敵対した相手にそこまで寛容になる必要ないし?


 まぁ、約束は守るけどね?その後の面倒までは見ませんよ?


「感謝いたします、陛下」


 そんな俺の考えが伝わったのかどうか分からないけど、十分だと言うようにサガ将軍が頭を下げる。


 自分が犠牲になってでも周りを助ける……口で言うのは簡単だけど、実践するのは凄まじい心の強さというか、狂気というか……。


 味方になってくれると心強いけど、こういった人に心変わりさせるの……難しくない?イルミットの依頼難易度アルティメットなんじゃが?


 中々気が重いけど、まぁやれるだけやってみよう。


「では話を始めるとしよう、一万対五万というかなりの兵力差で始まった戦だったが、こちらの予想以上に寡兵である我等を警戒をしていたようだな」


「国境から……いえ、それ以前のこちらの侵攻軍を打ち破った時からですね。私共は連戦連敗でしたから……多少の兵力差では差を埋められぬほど、練度や質の差があると考えておりました。油断等、出来ようはずもありません」


「なるほどな」


「確かに軍部の中にも相手の兵数だけを見て貴国を侮るような考え方をしている者はおりましたが、少なくとも私と共にあの戦いに参加した将官達の中に、エインヘリアの軍を侮るものはおりませんでした」


 まぁ、それはそうだよな。


 いくら少数の兵で戦力を少なく見せかけても、王都付近まで攻め込んでおいて相手が弱いと考えられるようなおめでたい奴は普通いないよな。


 でもまぁ、今回三国を戦争でぶっ飛ばして、一国はキリクの謀略で、一国は……交渉による属国化……この短期間でこれだけ一気に領土を広げてしまえば、いくら何でもエインヘリアの兵力を侮る国はいないだろう。


「平地に布陣した主力は防御寄りの陣形。丘も要塞化、こちらの攻撃を呼び込み迎撃を狙っていたな」


「はい。弱気と取られようとも、戦争序盤で私達から攻めるつもりはありませんでした」


「なるほど。兵数が五倍あったにも拘らず長期戦を狙っていたわけだな。てっきり本命は、こちらの本陣の後ろに回してあった奇襲部隊による早期決着かと思ったのだがな」


「あれは、本陣を混乱させるのが主なる目的でした。ですが聞いたところによると奇襲を仕掛ける前に奇襲本隊は潰されたと……」


「森に伏せられていた方は先に対応させてもらったが……しかし、中々執拗だったな。奇襲部隊が二部隊……発見されるリスクを考えれば中々難しい判断だったのではないか?」


 俺の問いかけに、サガ将軍は少しバツが悪そうな表情を見せる。


「実は……奇襲部隊の一つ、少数の方は別任務の為に結成された決死隊でした」


「ほう?何を狙っていたんだ?」


「……実は兵糧を狙って動いておりました。残念ながらエインヘリア軍の兵糧を保管している場所を発見出来なかった為、行動には移せませんでしたが……」


 兵糧狙いだったのか……確かに遠征軍の急所ではあるよね。


 まぁ、うちには兵糧を保管している場所が存在しないからなぁ……申し訳ない、とは思わないけど、やはり兵糧いらずは相当な反則だよな。


「兵糧を狙った上での持久戦か。こちらが引くまで粘るつもりだったということか?」


 俺がそう尋ねるとサガ将軍はかぶりを振る。


「いえ……兵糧を狙ったのは焼く為ではなく、毒を仕込むためです」


「毒か、悪くない手だな」


「……は?」


「ん?」


 俺の言葉に何故かサガ将軍が呆けたような声を漏らす。


「どうかしたのか?」


「あ、いえ!申し訳ありません」


 俺の問いかけに慌てた様子で頭を下げたサガ将軍だったが、まだ俺の言葉に納得は言っていない様だ。


 そんな将軍に俺は肩を竦めながら話を続けてみせる。


「毒によって兵糧を殺せば、直接の毒の被害よりも大きなダメージを軍に与えることが出来るからな。毒が入っているかもしれない食料を抱えて戦い続けられる筈もない」


「狙いとしては、決戦初日に弱毒によって兵に体調不良を引き起こさせることでした」


「くくくっ……中々厭らしい手だな。強力な毒で兵を殺し、兵糧全てを破棄させるのではなく兵の弱体化を狙う……軍を撤退させるのではなく、戦が出来る程度に弱らせて、少しでもこちらの兵を削るつもりだったということかな?」


「……御推察の通りです」


 逃がすのではなく出来るだけこちらを削りたかった……まぁ、撤退しただけじゃ、すぐにまた再編成して攻め込んでくるだろうしな。


 といっても……エスト王国を攻めていたのはたったの一万、それをどれだけ削られたところでサリア達がやられない限り、こちらにとっては全く痛手ではないけどね。


 まぁ、こちらは三国同時に侵攻軍を派遣しているのだから、兵力はギリギリと考えてもおかしくは無いか。


 普通余力があるなら、いくら精強な軍であっても一万で敵国深くまで侵攻するはずがないしね。


「毒に奇襲……実に良い手段じゃないか。そう言えば投石機を使った先制攻撃もして来ていたな」


「……はい」


「ふむ……しかし、そうなって来ると疑問なんだが、そうまでして我が軍を削ろうとしたのに、実際の戦場では防御寄りの布陣だったのは何故だ?」


「それは……」


「確かにアレは大軍が寡兵を相手にするには都合のいい陣形ではあったが、そちらから攻め寄せてきたわけではなかったしな。投石機による先制攻撃も、こちらの被害を狙ったものではなかったのだろう?」


「はい……あの条約破りの一撃は、相手を激昂させ次の罠に嵌める為だけの物でした」


「なるほど、それが落とし穴や火計の類だったのだな」


「少しでも多くの兵を削る為、広範囲に罠を張り巡らせていましたが……いきなり中央を攻められるとは思っておりませんでした」


「左翼はかなり罠がちりばめられていたように感じられたからな。右翼を攻めるには丘の上でにらみを利かせている軍が邪魔であったし……こちらとしては中央突破しか選択肢が無かったな」


「……罠を全て見抜いた上での中央突破だったわけですか」


「全てとは言い切れぬが……開戦の時点で最も警戒をしているように見えて、もっとも油断の見えた中央。そこを狙うのは必然であったな」


 段々と話に集中し始めたサガ将軍が。少し考えるそぶりを見せる。


「サガ将軍の取った陣形。実に綺麗な物だったが、アレは右翼側が強すぎたと俺は思う」


 俺の一言に、一瞬理解したと言うような表情になった後、すぐに悔し気に顔を歪ませたサガ将軍。


「……あぁ、そういうことでしたか。確かに、こうして後から考えてみると左翼が臭すぎますね」



 かなり生き生きし始めたサガ将軍が、目を閉じ当時の状況を思い返す様に言う。


 そんなサガ将軍を見つつ俺は言葉を続ける。


「見た感じ左右の軍は均等に人数を分けられていた。確かに包囲する上で考えるならそれは正しいと思うのだが……」


「右翼側にあった丘……アレのせいで、普通対峙した軍は右翼側を攻めるとは考えない」


「当然中央もそうだ。下手に突撃すれば簡単に包囲されてしまうからな。となると……敵軍が狙うのは左翼側。そこに大量の罠を仕掛けておけば……」


「そう考えて左翼側に仕掛けを多く用意していましたが……それを読まれてしまえば、確かに中央突破こそ最善の一手に思えます。勿論突破できるだけの力がある事が前提ですが」


 口元を押さえる様にしつつ、サガ将軍が唸る。


「例えば、軍を均等に左右に分けず、左翼側に偏重するように配置していれば、攻めどころを変えたかもしれないな。右翼側には丘があるからな、左翼の方を厚くすれば両翼共に攻めにくくなる」


「しかしそれでは、より一層敵がどこを狙ってくるか分からなくなるのでは?」


「極端に左翼を増やす必要はない。敵に多少左翼の方が多いが、右翼側は丘があるからそうしているのだろうな、と言った程度に感じさせるくらいがベストだ。そのくらいなら罠を設置して待ち構えていると言った臭いを消せるだろう。大事なのは弱い部分を何とか補強しているといったポーズを見せることだ」


「敢えて弱点を潰すことで弱点を見せると言う事ですか……」


「罠と言うのは、相手の習慣に沿った形で仕掛けるか、弱みを見せて誘い込んで仕掛けるかだ」


 俺の方も段々と会話に熱が入り始めた気がする。


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