第106話 イルミットのお願い



「申し訳ありません~フェルズ様~。ルフェロン聖王国の事でお忙しい時にわざわざ足を運んでいただき~」


「いや、エスト王国の事を丸投げしてしまっていたからな。少しでも手伝えることがあるなら、喜んで手伝おう」


 先日の会談以降、数日に渡ってエファリア達とルフェロン聖王国への対応について色々と打ち合わせを続けていたのだが、今日はイルミットに頼まれてエスト王国へと足を運んでいた。因みに、護衛はいつも通りリーンフェリアがしてくれている。


 エスト王国に来るのは先日の戦争以来だけど、既に王都の制圧も終わっており、魔力収集装置の設置も終わっていたので移動は非常に楽なものだった。


 因みに、何故俺がイルミットに呼ばれたのかというと、エインヘリアの王である俺が王都入りすることで、王都を制圧し、エスト王国を勢力下に加えた事を知らしめる為と言うのが一つ。


 まぁ、そっちは既に終わっている。召喚兵達と共にパレードを行ったからね。


 俺が思っていたよりも遥かに王都の雰囲気は良かった……。


 無論、手放しで歓迎されている訳ではないだろうけど、それは当然の話だ。


 先制攻撃を仕掛けたのはエスト王国とは言え、一般市民にとってそんなことは関係ない……戦争に負け、自分達の生活を脅かしかねない相手が王都に乗り込んできたのだ。


 内心相当な怒りを抱いている事だろう。


 それに、先日までの戦いで極力敵兵を殺さないように戦っていたとは言え、けして少なくない戦死者が出ているのだ。


 遺族の悲しみと怒りは、そんな経験を味わったことのない俺が推し量れるものではないだろう。


 無論、そういった感情を含め今後の統治次第だと思うけど……問題はその統治する人材に関して相談があるらしく、それこそイルミットが俺をここに呼んだ本題だった。


 そんなイルミットが、俺に資料を渡してくる。そこには人の名前と役職……それと、チェックボックスが記載されている。


 片方の資料にはいくつか既にチェックが付いているけど、全体の半数以下かな?


「こちらが~有用な人材のリストで~こちらは登用する価値のないリストです~」


 何人かチェックが付いているリストの方が有用な人材リスト、チェックが一切ついていない方が要らない人達か……。


「このリストに載っている者は、全員恭順を誓っていないのか?」


「いえ~有用な人材リストの方で~チェックが付いている者は既に恭順を示しています~。問題はチェックのついていない人物ですね~」


 なるほど……。


「登用する価値のない者達の基準はなんだ?」


「基本的には汚職や犯罪行為が見つかっているとかですね~。少し調べた程度で発覚するような汚職をするような人材は必要ないかと~」


「そうだな」


 まぁ、簡単には分からない犯罪とかをしている奴も登用はしたくないけど……それはそれで今後あぶり出されるのだろうね。


 それに発覚しない犯罪を行えているのであれば、それは物凄く有能って事でもある。


 登用するのは超怖いけど……。


「犯罪については厳しく取り締まれ。特に上層部の腐敗は政治の乱れに直結する。それは絶対に許さぬ」


「承知いたしました~。調査には旧ルモリア王国所属の者を使います~」


 なるほど、調査をする奴らの能力は分からないけど……エスト王国の貴族に対して柵のない相手の方が調査もしやすいだろうし、うちの子達はちょっと手一杯だからな。


 元ルモリア王国の斥候部隊を外交官としてクーガー達が鍛えていたけど、そいつらは全員キリクの指示でなんとかいう国に派遣しているからな。


 なんて名前の国だったか……えっと……まずい、あの時期一気に周辺国と関わりが出来たから思い出せないぞ。


 ルフェロン聖王国以外は印象が薄いんだよな……。


 どうしよう……イルミットに聞くか?いや、でもな……キリクに任せっきりとは言え、色々仕掛けている国の名前すら思い出せないってどうなんだろう?


 些事を気にしないって覇王ムーブは……ありか?


 いや、敵国の名前は些事かなぁ……?


 ……よし、ここはちょっと危険だけど踏み込んでみることにしよう。最悪些事は気にしないスタイルで行く!


「外交官見習いをこちらに投入できれば良かったのだがな」


 俺は、リストに視線を落としながら嘆息するように呟く。


 当然、イルミットに聞こえるレベルの声量でだ。


「そうですね~。でも彼らは今キリクの指示を受けて~ラーグレイ王国で頑張ってくれていますし~仕方ありませんね~」


 あー、なるほど。ラーグレイ王国か、そう言えばそうだったな。うん、実は覚えてた。


 とりあえず、国の名前が分かってスッキリしたことだし、エスト王国の話に戻そう。


 そう考えた俺は、今度は要らない人材リストに目を落とす……ん?


「イルミット、登用する価値のないリストの一番上が、エスト王国の国王のようだが?」


 因みに二番目は第一王子……というか王太子?次の王様やん。


 あれ?王族皆殺しルート入ってる?


 いや、そうでもないか?有能な人材リストの一番上、既にチェックの入っている人物の役職が第二王子になっている。。


「エスト王国の王と王太子は~登用する必要はないと思います~。元王族ということでエインヘリアに反抗する者達の旗頭となる可能性もありますが~それ以上に二人とも人格に問題があるので~」


「人格に?」


「王あっての国ってタイプですね~。それと~隣国であるユラン公国への害意に塗れております~」


「隣国とは仲が悪いと聞いていたが……そちらはカミラが攻めていたな」


「はい~。元々一つの国だったそうですが~向こうが領土を切り取り独立してから非常に険悪な仲だと~」


 まぁ、そんな経緯なら恨んでも仕方ないと思うけど……結構昔の話じゃなかったっけ?


 いや、この前バンガゴンガも言っていたっけ、怨嗟とかは数十年って単位で消えるような物ではないって。


 関係ない人からすれば数十年は相当長い時間だけど、恨みを抱いた当人たちからすれば、けして忘れる事が出来ない程度の時間でしかないのだろうね。


「……両国間の険悪さか……いざエインヘリアの傘下に加わった後も尾を引きそうな問題だな」


「そうですね~。両国共~お互いの国に敵意を向けるように~民も扇動されていますからね~。例え同じエインヘリアの民となっても~そう簡単に敵意が払拭される事は無いかと~。それに何より~フェルズ様のお考えの邪魔になるのがエストの王かと~アレは王としての矜持を持ち合わせておらず~口から出る言葉が非常に軽いです~。まぁ、表を取り繕うのが上手という点では優れておりますが~中身がスカスカなので~象徴としては良いかもしれませんが~為政者としては駄目ですね~」


 エスト王国の王にかなり酷評を下すイルミット……まぁ、外に敵を作って民の敵愾心を煽れるだけ煽っている王なのだから、小物感はあるよね。


 それにしても、本当に厄介な話だ。


 領土が広くなってくると色々と面倒事が増えていくな……いや、当然のことか。


 どうしたものか……何か良い手立てがあれば良いとは思うけど……一朝一夕でどうにかなる問題じゃないしな。


 まずは両方の国を手中に収めてから、双方の話を聞くに限るな。


 しかし、そういった融和を拒む筆頭が……このエスト王国の王ってことか。


「エスト王国がどれほどの憎悪をユラン王国に向けているのか、またその逆はどうなのか……そこを慎重に把握しなくては、相当面倒なことになりそうだな」


「まずは~恭順を示している人材から聞き取りをする予定です~。すぐに解決するとお約束したい所ですが~」


「無理をする必要はない。こういった問題は焦ったり力で抑え込もうとしたりしても、ひずみが生じるだけだ。無理をせずに、ゆっくり取り組んで行けばよい」


「承知いたしました~」


 イルミットがそう言って頭を下げる。


 時間はかかるだろうけど、きっとイルミットなら上手く両国間の問題を解決してくれることだろう。


 俺はそう考えながらリストに視線を落とし……一瞬だけウルルやクーガーの顔が頭を過る。


 ……投薬とか洗脳とか……しないよね?


 そう思いリストから顔を上げてイルミットをじっと見る。


 しかし、イルミットはいつも通りのんびりとした笑顔を見せるだけで、特に危険なにおいは感じられない。


 うん、気のせいだな。イルミットがそんな物騒な手段を取るとは思えない……ちょっと邪推してしまったようだ。


 下らない事を考えていないで、そろそろ本題に入るべきだな。


「随分話題がそれてしまったな。それで私は何をすれば良い?」


「実は~そちらの有用な人材リストの上から二番目の~この国の将軍なのですが~、多くの貴族~特に軍部系の貴族に信任が厚く~是非とも登用したい人材なのですが~どんな条件を提示しても首を縦に振らず~。非常に不甲斐ない限りではありますが~フェルズ様の御力をお借り出来ないかと~」


「ふむ……」


 いや……そう言った交渉は俺には無理じゃないかなぁ……?


 どんな相手か分からないけど……イルミットが交渉して無理だったら、俺には絶対無理だと思うよ?


 俺のカリスマ(笑)が通じるのはエインヘリアの子達だけだからね?


 ……とはいえ、珍しくイルミットが俺を頼っているわけだし、覇王は全力を尽くさねばなるまい。


 しかし、失敗したらと思うと……胃が痛い。


 ポーションとか回復魔法って、神経性の胃痛にも効くのかしら?


「イルミット、この将軍……サガ将軍とやらの所へ案内せよ」


「畏まりました~。一つお伝え忘れておりましたが~サガ将軍は~先日フェルズ様の指揮のもと戦った相手~、エスト王国軍の総大将を務めていらっしゃった方でして~頑なに処刑されることを望まれております~」


 ……処刑を求めてるって……俺そんな人説得するの?


 しかも俺が力技でぼっこぼこにした相手を?


 突如、イルミットから言い渡された高難易度クエストに、俺は内心滝の様な冷や汗をかきつつ、その将軍が軟禁されていると言う一室に案内されていった。


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