第105話 条件開示……キリクは鬼



 俺の言葉を聞いた三人の表情はそれぞれ。


 悔し気に唇をかみしめる者。


 続く言葉と意図を聞き逃すまいと集中する者。


 そして、安心したように一息ついた者。


 三者三様の反応を確認しながら俺は言葉を続ける。


「大まかな条件は……キリク」


 俺が名前を呼ぶとキリクが立ち上がる。


「はっ!私から説明させていただきます。ルフェロン聖王国属国化、それにあたってまず要求するのは軍の解体」


 キリクの突き付けた条件に表情を硬くする二名。


 それにしてもキリク、一番キツイところから行ったね……。


「次に、我がエインヘリア軍のルフェロン聖王国内の武力行使、行軍の自由。無論、エインヘリアの国法に則った上での権利です」


「「……」」


 エインヘリアの軍はうちの法律を守った上なら、ルフェロン聖王国で自由に行動して良いと言う権利。


 まぁ、法律で属国では暴れて良しって追加されただけで色々終わるけど……ヘルディオ伯爵もそれは十分理解しているのだろう、顔色がめっちゃ悪い。


「両国間の国民の自由移動。および両国民の越境税の免除」


 両国間での自由移動と国境を超える際の税の免除。


 一見すればなんてことのない話のように思えるが、支配される側からすれば違う。


 国への思い入れがない者からすれば、他国に従属している属国に暮らす意味は無い。いや、思い入れがあったとしても、いつ何時どうなるか分からない様な国に家族を住まわせておきたくないと考える者が殆どだろう。


 その際、民は何処に逃げるか……無駄な税も徴収されず、自由移動が認められている強き国に流れるのは……先行きが不安な移住という行為の選択肢として最も選びやすいことだろう。


 まぁ、属国化された恨みを捨てることが出来ればだけど。


 そして国から民が減るということは、税収が落ちる……それはすなわち国力の低下。


 それに歯止めが利かないとすれば最終的に行きつくは、国の破綻……そして他国に併合されることだろう。そして併合する国は間違いなくエインヘリアとなる。


 勿論俺達にそんなつもりは無い。両国間の移動を自由にすることで経済活動が活発に行われることを期待しての条文となる。


 っていうか……キリク脅し過ぎじゃね?こいつ……ドSか?


 両国間の移動に関しては先の条件の通りだけど、移住に関しては別途色々と条件を付けて簡単には出来ない様にするつもりだし、ルフェロン聖王国内の経済活性化プランも色々考えている。


 それらを一切話さずに属国化に関する大まかな条件だけを伝えるのは……いや間違ってないけどさ……。


 ヘルディオ伯爵は顔色真っ青だけど、その隣の文官はもう真っ白になってるぞ……エファリアだけは顔色一つ変えないけど……理解していないのか?いや、年齢を考えれば理解していない可能性もあるが……エファリアの言動から考えると正確に理解してそうだよね。


 それで顔色一つ変えないって……肝据わり過ぎっていうか……寝そべってるレベルなんじゃ。


「ルフェロン聖王国の貴族についてですが、爵位等は現状維持で構いません。しかし、エインヘリアでの地位は最上位の者であっても、我が国の代官たちと同等の扱いとします。我等エインヘリアに陛下以外の身分階級は存在しませんが、役職による権限の区別はあります。代官というのは基本的に管理職です。以前貴方達を出迎えたヴィクトル、彼と同程度と考えてもらって結構です。ただ権限の強さで言えば、代官よりもこの城で働くメイド達の方が上になりますね」


「……」


 貴族に関しては、流石に属国だからと言って撤廃なんて押し付けることしない。


 全力で反発されるだろうしね、ただうちに来たらその身分は通用しないよ?ってだけだ。


 まぁ、うちのメイド以下って言ってるけど……それはしょうがないよね?これはうちの子達の方が偉いと言いたいわけではなく、うちの子達相手に偉そうにするなら許さんよ?って意味だ。


 線引きは難しいと思うけど、属国の人間が宗主国で偉そうに振舞うことはないだろうし、多分問題ないだろう。


「これに関しては今度細かく説明いたします。代官に就任している者達の話を聞いた方が早いでしょうしね。それでは、続けます。両国間の民における優劣は存在せず、不当に属国であるルフェロン聖王国の民を害するようなエインヘリアの民が現れた場合、厳罰に処す。さらに犯罪については、犯罪の発生した国の法律で犯行に及んだ者を裁くこととする」


 これは、属国相手だからって調子に乗るなよってことと、悪い事した奴はその国の法に照らし合わせて裁いてよしってことだ。


「国家間を跨いで犯罪を行った場合、それぞれの国で裁いた後、両国間で量刑について協議する。これについては今後より深く話し合う必要があるのでそのつもりでいるように」


「……承知いたしました」


 顔色は悪いままだけど、キリクの説明にヘルディオ伯爵が頷く。


 これも、いちゃもんをつけようと思えばつけられると言った内容になる。犯罪者への対応って、被害者の事もあるし、治安維持機関の面子とかもあるから結構デリケートだったりする。


 まぁ、そう言ったアレコレは俺にはさっぱり分らんので、上手い事話し合って決めて欲しい。


 俺としては、ルフェロン聖王国から搾取するつもりも、いいように使うつもりも全くない。


 今キリクが話している条件を聞くと、全くそうは思えないだろうが……そんなひどいことするつもりはないよ? 


「それと、ルフェロン聖王国の貴族ですが、エインヘリア国内において貴族特権は適用されない。犯罪を犯せば、一般の民同様の対応をするので言動には注意するように」


「はい」


 まぁ、これは普通の要求……なのかな?まぁ、属国側の人間が宗主国でアホなことすれば普通にダメだと思うけど。


「次に関税に関してですが、これは基本的に対ルモリア王国とほぼ同じような内容で掛ける予定ですが、いくつかの品目に置いて適正ではないと考えております。こちらについても両国間協議の上で詳細を詰めていきますが、お互いの産業を阻害しない程度には設定するのでその辺は考慮しておいてください。それと関税に関しては両国の産業の発展を見つつ細かく調整していくので、税率の変動は常に行っていきます」


「承知いたしました」


「そして最後に一つ」


 キリクの言葉にヘルディオ伯爵達が若干口元を引き攣らせる。


 恐らく彼女たちはまだあるのか……って心境なのだろうけど、俺的にはこの最後の一つだけで色々十分と思っている。


「全ての集落……街や村問わず魔力収集装置を設置させて貰います。御存知の通り転移機能のある装置の事です」


「アレを我が国に!?」


 この最後の条件はヘルディオ伯爵だけではなく、エファリアも驚いたようだ。


 まぁ、とんでもない技術の塊だからな……俺達にとってのメインは魔力収集だけど、装置間の転移もこの世界に来てからはそれと同じくらいに重宝していると思う。


 そんなものを村にまで設置すると言うのだから驚くのも無理はない。


「えぇ。ただし、転移機能についてはこちらの許可制となるので、誰でも自由にという訳にはいきません。要人や代官に関しては比較的自由に使用できますが、一部制約はあります。また装置間の通信機能もあるので、有事の際はそれで遠方とやり取りすることも可能です。通信機能に関しては、転移よりも規制を緩めに設定するので非常に便利だと思いますよ?」


 そう言ってキリクは……なんとも怜悧な笑みを浮かべる。


 話の内容とは裏腹に、その笑い方は脅しているか、他に含みがあるようにしか見えないんだが。


 とはいえ、魔力収集装置の設置は絶対条件だ、他のどれを交渉で無かったことにされても構わないが、これだけは拒否する事は認めない。


 寧ろこれを拒否するなら攻め落としても良いくらいだ。


 まぁ、彼等に拒否するって選択肢はないんだろうけど……転移で軍を送り込むことが出来ることは知っているだろうし、受け入れた時点で国としてはほぼ終わりみたいな気分だろうな。


「他にも細かい部分は色々ありますが、大まかな条件はこれくらいになります」


「ご苦労、キリク」


 俺の労いにキリクは頭を下げると着席する。


 若干満足気なキリクの様子とは裏腹に、俺の向かいに座る三人……いや、二人は絶望的なまでに表情を暗いものにしている。


 細かい話はこれからと言っているけど、どう考えても国としての体裁が殆ど無くなるような条件だったしな。


 これ以上無いってくらい重い空気がルフェロン聖王国の二人を包み込んでいる。


 そんな中、キリクの条件を聞いても顔色一つ変えなかったエファリアが、俺の事を見ながらゆっくりと口を開く。


「エインヘリア王。聖王国の軍隊を解体した場合、エインヘリア軍が我等の代わりに戦うと言う認識で良いかな?」


「当然だ。全ての外敵は、我等エインヘリアが打ち払おう」


「では、治安に関しては?」


「それはそちらの領分となる。野盗や魔物、犯罪者と言った者共への対応は、ルフェロン聖王国がしなくてはならない」


「だが、我が国の軍隊は解体を命じられているが?」


「そうなるな。だが治安維持に必要な衛兵隊の解体までは望んでいない。エインヘリアとしては、無駄な軍費を削り、治安維持に必要な衛兵隊に予算を回してもらいたい所だな。軍は金食い虫だが、削減するのは非常に難しい。そのきっかけをやろうという訳だ」


 俺の言葉に、エファリア以外の二人の顔に少し血の気が通う。


 エファリアが一人だけ平然と話しているから二人の変化が分かりやすいな。


「街や村の治安を守る衛兵隊では、人里離れた場所を拠点とする野盗や魔物の巣に対応する事が出来ぬが?」


 そんな二人を尻目に、エファリアは立て続けに俺に質問を投げかける。


「ルフェロン聖王国の兵に求めるのは防衛だ。野盗や魔物の討伐であれば我等が受け持つ、魔力収集装置の通信機能を使い、疾く救援を出すと良い」


「エインヘリア軍に救援を求めた際の費用などは……」


「必要ない」


「必要ないとは……遠征にかかる経費のみの支払いで良いと?」


「そうではない。一切必要ないと言っている」


「なっ!?」


 軍の派遣について話していると、それを聞くだけだったヘルディオ伯爵が思わずと言った様子で声を上げる。


 そんなヘルディオ伯爵に向けて、エファリアが冷ややかな視線を向ける。


「も、申し訳ありません」


 俺とエファリア……王同士の会話の最中に声を上げてしまったヘルディオ伯爵が、先程とは違った意味で顔色を変えて謝る。


 そんなヘルディオ伯爵から視線を外しエファリアが再び口を開く。


「部下の非礼を詫びさせてもらう。しかし、私も些か驚いたのだが……軍の派遣を要請しても費用を一切請求しないと言うのは……」


 つい先程、軍は金食い虫だと言った口で金は要らんって言えば、こんな反応になるのも分かるけど。


 うちの軍は、派遣するにあたって費用ってほとんどかからないからな……魔石で予め払ってくれている訳だし、十分過ぎる程元は取れている。


「良い。そちらの軍を解体させるのだ。当然、そちらの軍が行う筈であった責務を我等が担うは当然……そこに金銭を求めるのは筋違いという物だろう?俺はそこまで厚顔無恥ではない」


 この件はこれで終わりだと暗に言うと、エファリアは軽く目を閉じ頷く。


「先ほどの説明では上納についての話が一切なかったようだが?」


「必要ない」


 エファリアの質問をばっさりと切り捨てる。


「この際だからはっきり言っておく。俺達はルフェロン聖王国の内政にこれ以上口を出すつもりはない。そして搾取するつもりも蔑ろにするつもりもない。属国とは言うが、俺にとってはエインヘリアの民もルフェロン聖王国の民も同じ守るべき民だ。そこに差をつけるつもりは無い。だがルフェロン聖王国の民を導くのは聖王の役目、俺達が受け持つのは軍事だけだ」


「軍事……我がルフェロン聖王国は、建国以降外征する事は無かった。だからと言って軍が必要なかったわけではないが……」


「今まで命を賭けて国を守ってきた将兵達を切るのは心苦しいとは思うが、今後は我等に任せて貰おう。すぐに納得は出来ないだろうが、その方が効率的で合理的だ。属国化が成った際、一気に軍を解体するという訳ではない。将官達は我等の軍事行動に同行し、その実力や規律を実際に感じる機会を設けよう」


 見てもいないものに国防を任せるなんて冗談じゃないだろうしね。もう少し早くこの話が纏まっていたら今攻めてる三国との戦場を見学させても良かったけど、流石に間に合わないだろう。


 出来る限り穏便に属国化の話は進めていきたい所だけど、一つ間違えれば……内乱に突入すると思う。属国化の話はエファリアの独断だからね。


 摂政すら介してないし……まぁ、その辺りの根回しはこれから一気に進める予定だけど。


「民の移動についてはどう考えておられますか?」


 軍関係の話はもう十分だと判断したのか、エファリアは別の条件について問いかけて来る。


 ヘルディオ伯爵達の懸念を晴らすつもりなのだろうし、付き合うつもりではあるけど……エファリアは何でもこうもこちらに好意的なのかね?


 そこまで気に入られるようなことはなかったと思うけど……まぁ、それはいいか。


 俺はエファリアが尋ねて来る疑問や懸念に、一つ一つ丁寧に答え、エインヘリアとしての考えを伝えていった。


 時間をかけた甲斐もあって、エファリア以外の二人もかなり落ち着いたようだ。


 どうやらキリクが脅した分のフォローは出来たようだね。


 いや、別にキリクが悪いわけじゃないんだけどさ。


 とりあえず、エファリアのお陰で落ち着いたヘルディオ伯爵達を含めて、これからどのように動くかといった打ち合わせを進めていく。


 当然今日の一回だけで打ち合わせが終わる事は無く、数日をかけて今後の動きについて詰めていった。


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