第98話 ブレイクスルーを目指して
「……と言う事で、この図形を無属性インクで書くと……回転の力が生み出されるわけです」
「なるほど……じゃぁ、質問だ。例えばだが、このくらいの……そうだな、木の鍋蓋を回転させたとして、この図形だとどのくらいの勢いで回転させられるんだ?」
俺は手でこのくらいと言ったサイズを表現する。
「な、鍋蓋を回すんですか?」
「例えばと言っただろ?本命は鍋蓋じゃない」
「な、なるほど。うーん、木の蓋なら、かなりの勢いで回りますね。素手で触ったら多分怪我するくらいには」
「なるほど……」
俺は紙に書かれた図形を見ながら唸る。俺は今、城の応接室で一人の人物と会っている最中だ。
その人物の名はオスカー。
俺が個人的に雇い入れた魔導技師で、ある日を境にロン毛のイケメンになった元禿だ。
正直……この顔をぶん殴りたいと思ったのは一度や二度ではない。
コイツは敵なのだ。人類……いや、人類の半数の敵……とんでもないゲス野郎なのだ。
いともたやすく行われるゲスい生活……以前コイツの一日を報告書で読んだ時は、思わずヨーンツの領都まで『
っていうか、報告書のこと思い出したらぶん殴りたくなって来た。いっそ殴って毟り取ってやろうか?
「兄貴……?どうしたんですか?急に握り拳なんか固めて」
「いや、なに。ちょっとぶん殴りたい奴の事を思い出してしまってな」
「うはぁ……兄貴に恨まれるなんて相当ですね、ソイツ。なんだったら俺が一発ガッてやってやりますよ?」
「そうだな……がっつりブチっとやって欲しいな」
「あはは、相手の何を千切ればいいんですか?」
「……」
オマエノアタマノモウコンダヨ……。
……いや……いかんな、これは覇王にあるまじき思考だ。
それよりも仕事の話を進めるとしよう。
今回オスカーには新しい機構というか、既存の魔術回路には存在しない物を開発してもらったのだ。
と言っても大げさなものではなく、先にオスカーが言っていた通り回転運動をするだけの回路だが。
「ふっ……もう落ち着いた。話を進めよう。一つ確認だ、この程度の風を魔道具で生み出す場合、ざっと見積もってどのくらいの金額の魔道具が必要で、そのランニングコストはどのくらいかかる?」
俺は傍らに置いてあった紙の束でオスカーを結構強めに仰いでみせる。
「このくらいの風ですか……えっと送り続ける感じですか?それとも一瞬ですか?」
「送り続ける感じで頼む、ランニングコストは……そうだな、一日八時間使ったとして一ヵ月でどのくらいかかるかだ。ざっとでいいぞ?」
「……えっと八時間は……三分の一日ですね……ってことは……」
俺の言った条件を紙に書いて、ぶつぶつと呟きながらオスカーが計算を進めていく。
何やら色々と数字を書いているようだが……物凄い勢いで書いているようだが、凄く綺麗な字だ。
手先の器用さが大事な仕事だから字も綺麗なのだろうか?
そんなことを考えながら待つ事しばし、手を止めたオスカーが顔を上げた。
「えっと、大雑把にですが、風を一定量吹かせ続ける魔道具となると、金貨十五枚くらいで……ランニングコストは、風の魔石だけで……月に金貨五枚くらいかかるかも知れませんね」
「それは……かなりの金額だな」
以前金貨一万枚を開発費用として渡そうとした俺のそんな言葉に、オスカーが少し笑う。
「それと、定期的にメンテナンスが必要になるんで……実際はもっとかかると思います。稼働時間がほぼ一日中って考えると、魔石の消費も激しいですし魔道具の耐久性もきになりますね」
「なるほど……因みに今回開発してもらった回転するだけの魔道具……というか、回路か?これを同じくらいの時間稼働させたとしたら一ヵ月でどのくらい金がかかる?」
「うーん、さっき兄貴が言ってた、鍋の蓋くらいの大きさの物を回すとしたら……魔道具の回路作成としてはかなり単純ですし、技術料は金貨一枚も必要ありませんね。でも魔道具としては回路だけじゃ成り立たないんで、外側を作る費用も掛かります。その辺りは材料や職人次第になるかと。ランニングコストは無属性の魔石で事足りますし、消費も激しくないんで……一ヵ月金貨一枚もかからないくらいに納まると思います」
まぁ、実際は鍋の蓋を回すよりも空気抵抗があるだろうし、魔石の消費は激しくなるかもしれないな。
「なるほどな。風を吹かせる魔道具と比べればかなり安いが……庶民が使うにはやはり割高になるか?」
「そうですね。兄貴が望んでいるのは日常的に使える魔道具ですし、日々の暮らしにかかる金額として考えると、流石に普通の人達には厳しいと思います」
オスカーがざっと算出した値段は確かに安くはあったけど、一般家庭の生活費が一ヵ月金貨一枚と考えると、流石にちょっと厳しいものがあるだろう。
俺が作りたいと考えているのは扇風機だ。
この世界に来てもう半年以上が経過している……当然季節は変わり夏も経験しているのだが……湿度が高いわけではないがやはり暑い物は暑いのだ。
何故俺はフェルズの得意属性に氷を選ばなかったのか……本当に悔やまれる。
火雷闇幻て……全然つかえねぇ!
水とか氷とかもっと色々便利そうな魔法あるじゃないか!
まぁ……火はいざという時便利かもしれないけど……基本的に攻撃魔法だから何かを燃やそうとしても消し炭になっちゃうんだよな。
精々、辺りを焼き尽くして暖を取るくらいしか出来そうにない。覇王の暖の取り方は相当豪快な物になりそうだ。
閑話休題。
まぁ、そんな訳でオスカーに頼んで扇風機の開発をしてみようと思ったのだが、風を生み出すだけなら既存の魔道具があると言う事なので、折角だからコストを下げる方向で開発してみようと思ったのだ。
オスカー曰く、魔道具を販売する上で、その金額の大半を占めるのが技術料……一品一品を魔導技師の手で作成する必要があり、繊細な作業が要求されるため非常に時間がかかり、それなりの価格で売らないと元が取れないのだと言う。
次に金がかかるのは、魔石だという。
この世界の魔石は、属性の宿った魔石と属性の宿っていない魔石が存在しており、前者は価格が高く、後者は比較的安価だという。
そんな訳で俺が目指したのは、作業工程の簡略化と魔石コストの削減だ。
あらゆる分野で応用出来る回転をより簡単に、より安価で生み出す方法をオスカーに考えさせたところ、大して時間をかけずに試作品を作ってきた。
どうやら部品を動かすような魔導回路は元々存在していたらしく、それを応用して回転用の回路を作ったらしい。
しかも安価とされる無属性の魔石だけを使った形でだ。これは最初に俺の説明した、出来る限り安く広く普及させたいという意図を汲んでのものだろう。
最初はゆっくりと、丁寧に鍋をかき混ぜる程度の速度の物から始め、今ではかなりの高速回転をさせることまで出来るようになったらしい。
基礎研究と言う事で依頼していたので、オスカー自身はこれが何に使えるのか分かってはいない様だが……これは相当画期的な魔術回路と言えるだろう。
扇風機は最初の一歩だが、この回転の回路があれば、洗濯機的なものや、ミキサー、粉轢き機、車やバイクだって作れるようになるかもしれない。
俺は知識人ではなかったようなので、元の世界の科学のアレコレをこちらで実践する事は出来ないが、電化製品がこんな風に動いていた……程度の事は覚えている。
それをオスカーになんやかんやして貰って、中身は別物でも結果が同じようなものになる商品を作ることが出来れば……金稼ぎにもなって民の生活レベルも向上すると言う良いことづくめの結果を得られるという物だ。
しかし、自分で考えておいてなんだが、洗濯機は難しそうだ。
ただ回すだけじゃ絶対綺麗にならないよな……脱水は出来そうだけど。
まぁ、大型家電を実現するには無属性の魔石だけじゃ無理だろうし、色々試行錯誤していく必要があるだろう。
とりあえず、今回の回転させる回路の開発は大成功と言う事で満足しておこう。
オスカーの持ってきた成果に満足した俺は、ちょっとした疑問をオスカーに尋ねてみることにした。
「……そういえば、魔石ってのはどうやって手に入れるんだ?」
俺達の様に人の魔力を吸収して生成している訳ではないだろうし……アレか?魔物から獲れるとかか?魔物退治をしてた時にそれらしき物を見た記憶は無いが……まぁ、死体を解体したりしたわけじゃないから、もしかしたら入っているのかもしれないけど。
「魔石は基本採掘ですね。鉱山なんかで良く掘られてますけど、その辺の土を掘っても見つかると思いますよ。まぁ、地表近くの物はクズ魔石って言って価値は殆どないですけど」
「ほう。そういう物だったのか……」
やはり俺達の魔石とは全然違うようだな。
そういえば、俺達の魔石は魔道具に使えるのだろうか?オスカーに渡してみるか?
「それと噂レベルですけど、東の方にある魔法大国では、人工魔石って奴の研究を進めているらしいですよ」
「人工魔石か……魔石の生成条件が判明しているということだな」
「そうらしいですね。詳しい事は知らないんですけど……機会があったら魔法大国には行ってみたいです。やっぱりあの国は魔法やそれに属した技術の最先端ですから」
少し憧れの様なもの滲ませながらオスカーが言う。まぁ、俺も魔法大国ってところには結構興味がある。
「魔法大国か……いずれ魔力収集装置を設置したいところだな」
「そ、それって、魔法大国まで転移出来るってことですか?」
「そうなるな」
「あ、兄貴はやっぱりスケールが凄まじいですね……あの装置は俺も少し勉強に参加させて貰いましたが、仕組みがさっぱりわかりませんでしたよ」
オトノハに頼んでいた魔力収集装置の設置の件か……オスカーも参加してくれていたんだな。
「人族だと魔力感知の適正が低すぎて無理だったらしいな」
「これでも一応天人なんですけどねぇ……」
「……天人?」
なんか初めて聞く単語が出て来たぞ?
「あれ?兄貴の所では天人って言わないんですか?」
「お前は人族だろ?」
天人族なんて聞いたことはなかったが……何?こいつ特殊な生まれ持ち?本気で主人公じゃねぇの?毟っとくか?
「人族ですよ。人族で魔法適正のある奴等を天人、魔法適正の無い奴等を地人ってこの辺じゃ呼ぶんですよ。まぁ、見た目は一緒ですし、お互い血も混ざりまくってるんで、あんまり分けることはないですけど。元々は人族天人種、人族地人種って感じだったらしいですよ。妖精族のエルフ種とドワーフ種みたいな感じですね」
「なるほど……見た目が全く一緒だったから混血していく内に境目が無くなっていったってことか」
「そう言う事です。少しでも天人の血が混ざっていれば魔法は使えるんで……基本的に殆どの人族が天人にカテゴリーされますけどね」
「地人だと魔道具も使えないのか?」
「そうらしいですね。逆に天人は血が濃くなれば濃くなるほど凄い魔法が使えるんで、魔法大国は血統第一主義らしいですよ」
中々聞き捨てならない単語だな……魔法大国って魔法研究馬鹿みたいなイメージだったんだが……思ったよりもドロドロしている感じなのか?
「それは知らなかったな。しかし、魔法への適性が高いってことは、もしかしたら魔法大国の人間だったら魔力収集装置の設置が出来るかもしれないな」
「可能性はあると思います。でもあの国の人達は中々プライドが高いですし……手を貸してくれるかどうかは……」
「血統第一主義って言葉の響きが既に選民思想っぽいしな。まぁ、魔法大国より先に、ドワーフの国に協力依頼をすることになるだろうがな」
距離的にも魔法大国よりドワーフの国の方が圧倒的に近い……というか魔法大国の場所は良く知らん、東の方ってことくらいしか。
「ドワーフですか……彼等には俺も興味がありますね。俺の作る魔道具とはまた別の技術で作る魔法の道具があるんですよ」
オトノハからもそんな報告を受けたな。
「ドワーフの国との交流が出来る様になったら、技術交流なんかもしたいところだな。もし実現したらオスカーも参加しろ」
「それはこちらから頼み込んで参加させて貰いたいくらいですよ。ありがとうございます」
「まだ交流が決まったわけじゃないがな」
「兄貴がやるって決めたならそう遠くない内に実現しそうな気がします」
オスカーの謎の信頼に、俺は不敵に笑ってみせた。
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