第97話 エインヘリア見学会



「これもエインヘリアの凄さなのですね」


 エファリアがそこかしこで建築作業に従事しているゴブリン達を見てぽつりと呟く。


「まだまだ街と呼べるような規模ではないがな」


 街の様子を見ながらエファリアの呟きに応える。


 俺は今、エファリア達を案内して城門を抜け城下町に来ていた。エファリア達と言っても、ヘルディオ伯爵はここにはいない。


 彼女はイルミット達との交渉中なので、別の文官が付き人として来ていた。


 因みに、何故俺自ら案内しているのかというと、普段書類仕事の合間の息抜きにルミナを散歩に連れて行くのだが、今日は折角なのでエファリアを誘ってみたのだ。


 勿論、王としてではなく、エファリアという女の子を誘った訳だが……お忍びとは言え、ずっと部屋に閉じこもっているのも暇だろうという覇王の気遣いである。


 因みに覇王は散歩で部屋の外にルミナを連れていく場合、部屋でやっているようなデッロデロな甘やかし方はしない。我はペット相手でもキリっとした覇王なのだ。


 ちゃんとリードは着けている。だがそのリードを持っているのは俺ではなく、俺の傍に居るメイドの子だ。無念である。


「ゴブリンの受け入れ……近隣諸国でそれを成しているのはエインヘリアだけでしょう」


 そんな俺の想いには気付かず、エファリアが至極真面目な表情で話す。


「だろうな。普通は諸国が一丸となって作った敵を一国の判断で保護するなんて出来ない。少数を守る為に周りの国全てを敵に回すことになるのだからな、個人の感情はそこでは関係ない。まぁ、俺は実に愚かな行いだと思うが、敵を外に作り自国内や周辺国同士の繋がりを強化するのは悪い手ではない」


「……それを受け入れていた側として、彼等に対して申し訳なく思うのは傲慢ですね」


「それはそうだろうな。俺はこの辺りのそう言った慣例は知らなかったが、それでも人族としての謝罪はやはり必要だろう。まぁ、ゴブリン達が許す許さないは別問題だが」


「……」


 難しい顔をしながら少し視線を落とすエファリアには何も言わず、俺は傍を歩くバンガゴンガに視線を向ける。


 俺の視線を追ったエファリアも同じく巨漢のゴブリンの方を見た。


「……俺達は人族に虐げられて過ごしてきた。これはけして消えない傷として我々の内に残り続けるでしょう」


「……」


 バンガゴンガの言葉に真剣な表情で耳を傾けるエファリア。


 俺自身ゴブリンを受け入れたのは深い考えがあったわけじゃないからな……偉そうなことは言ったものの、被害者であるゴブリン達の気持ちを理解しているわけではない。


 だからバンガゴンガの話を聞くのは、今後の為にも丁度良い機会だったかもしれないと思う。


「加害者は加害者であったことを忘れがちだが、被害者はけして自分達が被害者であったことを忘れることはありませんからね。今後世代交代を続けて……そういった歴史が忘れ去られるまで四代か五代、あるいはその倍の時を経て、ようやく感情のしこりが無くなっていくのだと思います」


「……」


 被害者は被害者であったことを忘れないか……まぁそれはそうだよな。


 種族単位で害虫の様に扱われていた数百年を、あっさりなかったことに出来る奴がいるとすれば、それはもう聖人なんてもんじゃない。ただただ狂っているとしか俺には思えないな。


 よく憎しみなんて忘れるべきだとか言って相手を説得しようとする物語はあるけど、基本それで、うん、分かった!となる奴はいない。


 憎しみだって立派な感情なのだから、それをしたり顔の薄っぺらい言葉で思いとどまらせられるわけがないのだ。


 それに、そういうことを言う奴に限って味方が怪我させられたり酷い事を言われたりしたら、ぶちぎれて相手をぼっこぼこにしたりするんだ。


 俺の捻くれた感情はさて置き、今まで唯々諾々と従ってきたゴブリン達の排斥という方針の結果に初めて直接触れた事により、エファリアは顔色を青褪めさせながら、それでも目を逸らさずにバンガゴンガの話を聞く。


「ですが、加害者であったのはゴブリンも同じこと」


「え……?」


 バンガゴンガの言葉にエファリアはキョトンとした表情を浮かべる。


「そもそもゴブリンが蛇蝎の如く忌み嫌われたのは、私達の祖先であるゴブリン達が大国を率い他種族に戦争を仕掛け、その多くを迫害したからです。今エファリア様が疑問に思われたように、漸くゴブリン達への恨みが忘れ去られたと言う事でしょう」


 そう言ってバンガゴンガは歯を剥き出しにした凶悪な……笑顔を浮かべる。その笑顔を見慣れていないエファリアにとっては、脅されているように見えているかもしれないが。


「それは……」


 バンガゴンガの言葉は、過去にゴブリン達も加害者であったのだから自業自得だとも取れるし、恨みを忘れるには気が遠くなるほどの時間がかかると言っているようにも取れる。


 まぁ、バンガゴンガの性格上前者なのは分かるが、エファリアにとっては難しいところだろうな。


「増長した祖先たちの行いがどれほど苛烈な物だったのか、既に私達は知りませんが……恐らく、被害者と加害者、その立場が入れ替わっただけなのでしょうね」


「入れ替わっただけ……ですか」


 やって、やり返して更にやり返して……増悪なんてものは結局それの繰り返しなのだろう。


 だからこそ永遠と続き、その負の連鎖が終わる事はないのだろうが……個人の問題であれば、どこかで誰かが歯を食いしばりその流れを断ち切る事も出来るだろうが、ゴブリンと人族……誰かが我慢すれば良いと言うレベルの話ではない。


 それこそ、先程バンガゴンガが言ったように、長い年月をかけて、少しずつ憎悪を薄めていくしかないのだろう。


「出来れば……柵のなくなった世代が遠くない未来に現れてくれると嬉しいですね」


 タイミングよく子供のゴブリンの集団が目に入ったバンガゴンガは、感慨深げにそう言った。


「……フェルズ様はゴブリンと人族……長い時を経て膨れ上がった怨嗟を断ち切る楔になられたのですね?」


「くくくっ……エファリアは堅いな。俺はそんな大仰な事は考えておらん」


「そうなのですか?」


 先程、バンガゴンガに向けた表情以上にキョトンとした物を俺に向けるエファリア。


 ここに来るまでもそうだったけど……エファリアは妙に俺の事を持ち上げてくれる気がする。


 昨日の会談で何処か琴線に触れるような事があったのだろうか?いや、嘘ついてなかったら助けてやるよとは言ったけど……別にそこまで気に入られるような事柄じゃないよね?


 いや、助けることに対する感謝はあるかもしれないけど、ちゃんと裏取りしてからな?って言われて、十歳の子は納得しないと思う。エファリアは普通の十歳ではないけど……。


 まぁ、あれだな。


 エインヘリアという強国、そしてそれを率いる俺をヨイショしておいて、少しでも助けてもらった後に有利な条件を得ようって事なんだろうね。


 その考えは的外れなものだけど、それを指摘してやる必要はないか……どうせ話の裏が取れたらこちらの条件は包み隠さず伝えるわけだし。


 そう考えた俺は、エファリアに肩を竦めてみせる。


「エファリアはバンガゴンガと話してみどう思った?」


「それは……申し訳なさといいますか、罪悪感と言いますか……とにかく、これまでの事やこれからの事を色々考えさせられましたわ」


「ふむ、俺が聞きたかったのはそう言う事では無くて、もっと単純なことだ」


「単純な……?」


「あぁ、例えば……見た目は怖いけど、優しそう、とか……この人は本当にゴブリンなのだろうか?とか……ゴブリンに紛れ込んだ熊なんじゃ、とか……」


「おい、フェルズ。それ全部悪口だろ」


「そうか?その見事な肉体を褒めていたのだが……」


 俺の台詞にバンガゴンガがジト目を送って来る。まぁ、熊をも射殺せそうなジト目だが。


 そんな俺達の会話を聞いていたエファリアが、驚いた表情のまま口を開く。


「お二人は……とても仲が良いのですね」


「……エファリア様、先程のフェルズの言葉は完全に悪口です」


「つれないじゃないかバンガゴンガ。友人として悲しいぞ?」


「……」


 やはり俺にジト目を送って来るバンガゴンガ。そんな俺達を見てエファリアが今度は小さく笑い声をあげる。


「ふふっ……本当に仲がよいのですね。本当に驚きました」


 俺に対してなのかバンガゴンガに対してなのか、或いは両方か……どちらにせよ驚いたらしいエファリアは、年相応の楽しそうな笑顔を見せる。


「何が聞きたかったかというと……つまりこういうことだ。俺とバンガゴンガは話が出来る。バンガゴンガは見た目の割に気のいい男だし、頼りになる。それも会話をしたからこそ分かったことだ」


 俺の言葉に、納得したように頷くエファリア。


「良く知りもしない相手を他人から強要されて迫害する。なんとも勿体ない話じゃないか。そうは思わないか?」


「……おっしゃる通りです」


「故に俺はバンガゴンガ達ゴブリンと手を組んだ。勿論ゴブリンにだっていい奴もいれば悪い奴もいるだろう。だがそれは個人個人で判断するもので、種族全体を見て言う話ではない」


「……」


「それに言葉が通じるからと言って分かり合えない相手もいる……例えば話に出て来たあの国の王子とかな?」


「それは……よく分かります」


「そしてここにいるのも、言葉は通じるが会話が成り立たなかった相手だ」


 俺達は城下町の一角にある倉庫、ここが今日の目的地の一つでもある。


「……ここに……」


「噛みついてきたりはしないから安心してくれ」


 俺の冗談めかした言葉に、やや緊張した面持ちでエファリアが頷く。


 まぁ、別に危険があるという訳ではないし問題ないだろう。俺が傍に居たメイドの子に目で合図を送ると、ルミナのリードを持ったまま彼女はゆっくりと扉を開く。


 今日はいつも以上に散歩中にルミナに構えなかったな……部屋に帰ったら丁寧にブラッシングをしてから遊んでやろう。


「……うわぁ」


 開いていく扉よりもルミナの方に注意を向けていると、俺の隣にいたエファリアがぽかんとした様子で感嘆の声を上げる。


 開かれた扉の向こうから冷気が押し寄せて来る。倉庫と言っても雑多に荷物が置かれているのではなく、ただ一つ、広い倉庫のど真ん中に巨大な氷の塊が鎮座している。その中には……グラウンドドラゴンの頭部が変わらぬ姿で存在していた。


「これがかの災厄、グラウンドドラゴン……。とても大きいです……それに、頭部だけでも物凄い迫力が……」


 ぽかんとした様子で口を開いているエファリアの表情は、どう見ても聖王がして良い物とは言えなかったが……指摘するのもなんなので、俺は気付かなかったふりをしてドラゴンの頭に視線を戻す。


 その途中、エファリアの付き人の顔がちらっと見えたが、彼もまたエファリアと同様顎が外れんばかりに口を大きく開いていた。


「そうだな。見た目は中々迫力があるな」


「こんな恐ろしい相手とフェルズ様は戦われたのですね……」


「結構見掛け倒しだったがな」


「見掛け倒し……そんな……災厄と謳われたグラウンドドラゴンですよ?」


 ドラゴンの頭から視線を外しこちらを見上げてくるエファリアに、俺は軽く肩を竦めてみせる。


「だが実際大した戦闘にはならなかったからな。バンガゴンガはどう思った?」


「生憎俺はお前達がドラゴンと戦う姿は見ていない。避難の指揮を執っていたからな」


「避難の指揮……ですか?」


 何か引っかかったのか、エファリアがバンガゴンガの方を見ながら首を傾げる。


「えぇ。ドラゴンの姿は飛来してくるところを遠目に見たくらいですね。ですが……城壁の内側に避難して、点呼を取っている最中に厳戒態勢が解除され、ドラゴンを討伐したと通達があったので……戦闘時間が大して長く無かったのは間違いないかと。そういえば、姿はほとんど見ておりませんが、ドラゴンの言葉は聞こえてきましたね。フェルズ様と会話していたようですが、流石にドラゴンの声しか聞こえてこなかったので、どんなやり取りだったかは分かりませんが……」


「……えっと、フェルズ様?聞きたい事が多すぎて、何から尋ねればよいのか……」


 バンガゴンガの話を聞き、より混乱の度合いを深めたエファリアが今度は俺に話しかけて来る。


「適当に尋ねてくれて構わないぞ?」


「えっと……では、ドラゴンが飛来して来たと言うのは……この街にですか?」


「その通りだ」


「な、何故この街に?」


「この街、というかエインヘリア城が龍の塒にあるからだな」


「ここは龍の塒なのですか!?」


 あれ?そこから?


 ……そういえば、旧ルモリア王都から転移で来たし、ドラゴンの脅威は既に排除してあるから伝えていなかったかも?


「あぁ。ここは龍の塒だ」


「まさか……エインヘリア城が龍の塒にあったなんて……いくら調べても見つからない筈ですわ……」


 物凄くショックを受けているな……ドラゴンはもう退治しているわけだし、あまり気にしないかと思ったけど、それとこれとは話が別なのだろうか?


「えっと……この倉庫に入る前もおっしゃっていた気がしますが……フェルズ様はドラゴンと会話をなさったのですか?」


「あぁ。言葉が通じるみたいだったのでな。だが、まともな会話にならず、最終的にはこちらを害そうとしたので倒すことにした」


「……それでも会話を試みたのですね……このドラゴンと……」


 呆然としたようにドラゴンの頭を見上げるエファリア。そこまでショックを受けること……いや、そうだな。俺からしたら大したことない相手だったとは言え、相手は災厄と呼ばれたドラゴン、エファリアのこれが正常な反応という物だろう。


 俺も、日本でライオンに襲われたけどとりあえず会話してみた、とか言い出す奴がいたら確実に引く。寧ろ、エファリアは引くというよりも呆気に取られているような感じなので、確実に俺よりも優しいと言えるな。


「フェルズ様の事は、言葉で言い表せない程偉大な方だと考えていましたが……私の認識はまだまだ甘かったみたいですわ」


 俺が変な事を考えていたせいだろうか?エファリアがとても褒めてくれている筈なのに、なんか物凄い馬鹿って言われたような気がして来る。


「もう少し理性のある生き物だと思って会話を試みたのだがな……アレは言葉を操る事が出来るだけの獣だった。まぁ、今となってはただの大きな置物に過ぎないが……さて、ここは冷えるし、そろそろ次の場所に行くとするか。ここには、ヘルディオ伯爵達も連れて来る必要があるだろうし、エファリアは二回目だから余裕をもって彼らの驚く様を楽しむと良い」


「ふふっ……ありがとうございます。そうさせていただきますわ」


 お付きの人はまだ呆気に取られているようだけど、エファリアは既に正常運転のようだ。流石聖王ってところだな。


「では、バンガゴンガ次の場所に案内を頼む」


「……それはいいんだが……いや、本当に連れて行くのか?」


「マズいか?」


「……あまりお勧めは出来ないんだが」


 バンガゴンガが煮え切らない様子で、次の見学予定地について苦言を呈する。


「どうかされたのですか?」


「いや、何でもない。バンガゴンガ、広場に設置した時計台に案内してくれるか?」


 俺がそう言うと、バンガゴンガの表情が明るい物に変わった。多分。


 そんなにあの畑に連れて行くのは駄目か……いや、まぁインパクトはドラゴンの頭を超えるとは思うけどさ。


 俺としては反応が気になるし、一度見て貰いたい所なんだが……バンガゴンガの懸念は分からないでもないし、ここは大人しく時計を見てもらう事にしよう。


 ルフェロン聖王国がうちの傘下に加わるなら、時間の単位とかも合わせる必要があるしね。


 その辺は今後話を詰めていくだろうけど、今日の所は簡単な説明を兼ねた案内ってところでいいだろう。


 我がエインヘリアの誇る羊畑の見学は、また今度だな。


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