第96話 ファンです

 


View of エファリア=ファルク=ルフェロン ルフェロン聖王国聖王






「よかった、顔色が良くなりましたね」


「そうなの?」


 湯殿から部屋に戻ってきたファランが、私の顔を見ながらそう言う。


 確かに湯殿にあった大きな鏡で見た自分の顔は……非常にどんよりしていて血色も悪かったけど、少しはマシになったのかしら。


「話の前に食事をとってはどうですか?」


「いえ……食べると今度は眠くなってしまいそうですし、先に話をします」


 ファランが気遣ってくれているのはありがたいですが、今眠ってしまうと絶対に朝まで起きられません。


 ファラン達も色々交渉しなければならないでしょうし、今日の内に意見をすり合わせておく必要があります。


 ファランもその必要性は十分理解しているので、それ以上食い下がることはせず雰囲気を真面目な物に変える。


「畏まりました。では最初に……一番大きなところから。本気ですか?全てを捧げる等と……」


「当然です。あの時はエファリアとしてではなく、聖王として話したのです。撤回はあり得ません」


「ですが……属国、ましてや併合を望むなどと……いえ、同盟などと口に出来る立場でないのは重々承知しているのですが……」


「その通りです。まぁ、相手がエインヘリアでなければ叔父様達の考えた条件……いくつかの鉱山の採掘権や、国境付近の領土を割譲するといった条件で、四対六……いえ、三対七くらいの同盟を結ぶことも可能だったかもしれませんが、この国相手にそのような生ぬるい条件が通用すると思いますか?」


「……」


 ファランが非常に強張った表情を見せる。


 その気持ちは私も良く分かります……エインヘリアが普通の国であれば、先程私が言った条件はかなりの好条件と言えましょう。


 三対七……勿論ルフェロン聖王国が不利な条件下での同盟です……普通であればこのような条件認められる筈がありません……しかし、今はこちらが助けを求める身。これで国が助かるならと、苦渋ながらも叔父様達が捻り出した条件です。


 しかし、このエインヘリアという国は違う。


 ほんの数か月前まで影も形も無かった国ではありますが、その圧倒的な軍事力は三国を相手にしてなお余裕を見せる程です。


 三国連合軍ではなく、バラバラな位置にある三国を同時に攻めているのですから、うちの軍事担当が聞けば噴飯物でしょう。


 国土は小国なれど、軍事力、経済力、文化力……どれをとっても我が国どころか、近隣諸国を見渡しても比較にならない差があるでしょう。


 それこそ軍事力に関して言えば、中堅国と呼ばれるソラキル王国とも真正面からぶつかり合えるのではないでしょうか?


 かの国には英雄が一人所属していますが……龍を討伐したと言うエインヘリア王もまた英雄の類だと思います。


 王である以上、エインヘリア王が先陣を切る事はありえませんし、ソラキル王国の英雄をどう抑え込むか……それ次第でエインヘリアがソラキル王国に勝てるかどうかは決まるでしょう。勿論、戦う事があればの話ですが。


 そんなエインヘリア相手に、多少の利権や領土の割譲で事を収めようとしても全く意味はありません。


 エインヘリアがその気になれば、三国を打倒した軍をそのままルフェロン聖王国に向ければ良いだけの話なのですから。


「エインヘリアについて、国を出る前から情報は集めさせていましたが、そこまで詳しく調べる時間はありませんでした……だからこそ叔父様達は、利権や領土をカードに私の亡命や協力を求めることにしたのでしょうが……」


「はい。三国に攻め込まれているエインヘリア相手に、和睦の仲介をすることで多少恩を売りつつ、同盟ないし条約を結ぶ腹積もりでした。当初の予定というか見込みでは、時間が経てば経つ程、エインヘリアは苦しい状況に追い込まれるはずだったので……私達の提案する和睦の仲介に飛びつくと考えていたのですが……」


 そもそもエインヘリアがそんな弱い国であれば味方につける価値が無いのですが……その場合は更に西に向かい商協連盟の勢力下に身を寄せる予定でした。


 幸い隣国であるエインヘリアが最高の相手だったので、旅は短く済みましたね。


「蓋を開けてみれば、攻め込んだ三国が逆に存亡の危機……エインヘリア国内は戦時中とは思えぬ程穏やかで治安も良く、戦争特需なのか経済も上り調子……非の打ちどころがありませんわね」


 私が呆れたように言うと、ファランもほとほと困ったと言いたげに苦笑する。


「しかしエフィ。国元が納得するとは考えにくいのですが」


「そう簡単にはいかないでしょうね。特に宰相派閥の方々は断固として聞き入れないでしょうし、叔父様もけして良い顔はされないでしょう」


 ですが、決して無理筋という訳ではないと私は考えています。


「それは当然かと……他国に逃がしてまで正当な王家の血筋を残されようとしているわけですから」


「確かに家の存続は大事ですわ。でも国を見捨てて逃げた王家を、民達が再び受け入れる日が来るでしょうか?再起を誓ってはいましたが……具体的にどうすればというプランはありませんでしたもの」


「……」


「叔父様が逃がしたのは聖王ではなく、エファリアという姪です。まぁ、亡命先で私が子を成せば……正統性を訴えて、ルフェロン聖王国を取り戻すと言った名目の戦争を起こすことは可能でしょうが……その頃までルフェロン聖王国は残っているでしょうか?ソラキル王国に食い荒らされ、不毛の地と化している可能性は否定できませんわ」


 ソラキル王国は謀略を得意とする国……他国を陥れ自らの糧とする……その事自体が悪いとは言いませんが、食い物にするにしてももう少し上手く扱ってもらいたいものです。


 基本的に、ソラキル王国は絞りつくす形でしか陥れた国を扱いません。


 勿論、数年で国が潰れたりはしませんが、十数年をかけてゆっくりと搾り取られ、疲弊したその国はやがて周辺国に滅ぼされてしまう。我が国が飛び地でなければ、ソラキル王国が率先して軍を送り込んで来るでしょうが。


「宰相達もソラキル王国のやり方は分かっている筈なのですが……」


「個人として見るのであれば、ソラキル王国に与する旨みは十分ありますわ。国や民を蔑ろにしてでも自らの欲を追求する方は……やはりいらっしゃいますから」


「宰相という地位にある人間の考える事ではありませんが……」


「宰相を任命したのは御父様です」


「先王陛下はお優しく、人を愛し信じる御方でした」


「王としては頼りなく決断力に欠けていたと思いますが、優しく、民に愛されていた王だったことは間違いありませんね」


 私の言葉にファランがため息をつく。


「エフィ……王として強くあろうとしている事は分かりますが、あれだけ先王陛下にべったりだったエフィが言っても説得力がありませんよ?」


「……」


 こういう時、物心つく前からの知人と言うのは厄介ですわね……。


 今の自分ではどうする事も出来ないことで揶揄われるのは、非常にやるせない感覚を覚えますわ。


「……御父様がどれだけ素敵な方であったとしても、王として甘かったのは紛れもない事実ですわ。まぁ、これはルフェロン聖王国……いえ、歴代の聖王に共通しているのかもしれませんが、今の時代に必要なのは民を守れる強さです」


 聖王は代々、慈愛の王や名君と呼ばれることが、多く強き王や苛烈な王と呼ばれた王は殆どいない。


 争い無き世、平和な時代であれば、それは何よりも尊ばれる称号かもしれない。


 けれど、戦乱の兆しが見える今の世には則していない……そう言った意味で、エインヘリア王という強き王は時代の寵児と言っても良いでしょう。


 嘘か真かまだ分かりませんが、王自らあのグラウンドドラゴンを討伐したと言うのです。これほどまでに分かりやすい強き王は私の知る限り居ません。


 しかも、その強さを隠す強かさも持ち合わせている……しかも、少し探れば仄めかされる程度の隠し方だ……恐らくこれは篩。


 その程度も調べられないような相手は組む価値無し、エインヘリア王はそう言っているのでしょうね。


 そう言った意味では、早い段階でエインヘリアと縁を持てたのは良かったかもしれませんわね。


「強さですか……確かにこのエインヘリアという国ならば、近隣諸国に敵はいないでしょうし、庇護下に入るならば最善の相手に思えます。ですが、それでも多くの貴族は納得しないでしょう」


「それは何故でしょう?私の経験が足りないから視野が狭くなっているのでしょうか?私にはこれが最善に思えるのですが……」


 説明は必要でしょうが、叔父様も恐らく納得してくれると思います。それに摂政派の貴族達も……半数くらいは賛成してくれるでしょうか?


 宰相派の貴族は間違いなく反対するでしょうが、宰相派だからと言って全ての者がソラキル王国に与しているとは限りません。そういった方々を切り崩し、後は売国奴である宰相達を排除すれば……。


「私も、理性ではエフィの言う通り最善だと理解しています」


「感情が納得しないと?」


 貴族としての誇りが邪魔をすると言う事でしょうか?


「それもありますが、一番感じているのは恐怖です」


「恐怖……それは属国になった際や併合された際、どのような要求をされるか分からないと言う事ですか?」


 その辺りはしっかり交渉すれば良いと思うのですが……間違いなくソラキル王国よりも話が通じる相手だと私は思います。


「勿論それもありますが、何より私達はエインヘリアという国の事を知らなすぎるのです。強く若き王の率いる軍事国家。国内は安定しておりその統治が良きものなのは分かる。龍を殺した英雄の国。そう言った記号的な部分でしか私達はこの国を知らないのです。エインヘリアとは突如隣に現れた得体の知れぬ国。古き付き合いのある隣人ではないのです、何を考えているか分からない相手を信用出来るでしょうか?」


「……なるほど。確かにファランの言う通りですわね。私はこのエインヘリアという国を直接見て、エインヘリア王のお人柄を目の当たりにして、信用に値すると思いましたが……国に残った者達にとって、この国は未知の強国ですものね」


「恐らく、私達が国を出た当初よりも、かなりエインヘリアの事を警戒していると思います」


 三国相手に攻め込まれて領土を大幅に削られる弱国かと思っていたら、侵攻軍をあっさり撃破、逆に相手国に侵攻して……領土を奪い取るどころか、相手国を攻め滅ぼそうとしているのですから、警戒するのは当然ですわね。


「そんな得体の知れない国に迎合することを良しとするでしょうか?」


「エインヘリアの力を借りようとしたのは叔父様達、摂政派ではありませんか。それを今更危険な相手だから手を引きたいとは……どうかと思いますよ?」


「エフィを亡命させ、領土や権利を割譲してでも国を守ろうとしたのです。ルフェロン聖王国その物を売り渡してしまっては、本末転倒ではありませんか?」


「少なくともエインヘリアは、ソラキル王国の様に落とした国をただ食い物にするだけの国ではありませんわ。それは旧ルモリア王国の民や貴族達の扱いを見れば分かります。それに軍事に長けたエインヘリアの傘下に加われば、国の者達が危機感を覚えた力が、今度は我等を守ってくれるのですよ?併合されるにせよ、属国となるにせよ、エインヘリア王はルフェロン聖王国を捨て駒の様に使ったりはしない筈ですわ」


「何故そこまで言い切れるのでしょうか?あの短い会談でそこまでエインヘリア王の事を知れたとは思えないのですが」


 ファランが訝しげに尋ねて来たので、私は軽く間を置きエインヘリア王との会話を思い出しながら口を開く。


「……エインヘリア王は強く、野心に溢れており、敵対した相手には苛烈な方なのだと思います。それはルモリア王国、そして現在戦争中の三国の事を見れば明らかでしょう」


 ファランが異論はないと頷く。


「ですが、敵陣営の者であったとしても、降伏し恭順を誓った相手には非常に寛大に接しておられます。聞けば、旧ルモリアの貴族で戦死以外の死者は殆ど出ていないとの事。一部不正を行っていた者達が処刑されたそうですが、重臣を含め、殆どの貴族がエインヘリアに取り込まれ、今までとほぼ変わらない暮らしをしているとか」


「旧王都で出迎えて下さった元公爵殿だけでなく、道中でもそのような話を聞きましたね」


 ファランの同意を受け、私は軽く頷いた後話を続ける。


「エインヘリア軍は一兵卒に至るまで略奪を行わず、民には一切の被害が出ていないと……そんな軍が存在するのですか?」


「……喧伝するにしても話を盛り過ぎだと思いました」


「ですが、私達が調べた限りではこれが事実なのでしょう?」


「……俄かには信じられませんでしたが。戦争があった地域の民に確認したところ、事実であると……」


「軍紀を守る……私からすれば当然の事のように思えますが、実際の戦場でそれが難しいと言う話は良く耳にします。寧ろ、現場を知る者達からすれば、これがどれだけあり得ない話なのか分かるのではないでしょうか?」


「……そうですね。私は文官なので戦場を知りませんが、従軍経験のある文官からそう言った話は聞かされたことがあります」


 神妙な面持ちで頷くファランの顔を見て、気分が良くなってきた私は更に言葉を続ける。


「完全に統率された屈強な軍、その上に立つのは龍殺しの英雄であるエインヘリア王。その強さに疑いを挟む余地はなく、国内の治世、経済も上々。味方として……いえ、仰ぎ見る御方として、これ以上の方は存在しませんわ。叔父様や貴族達も、この国とエインヘリア王の事を知れば、きっと意見を同じくしてくれる筈です」


 少し熱っぽく語ってしまいましたが、この国を見れば誰もが同じ意見になると思います。


 私の様な弱小国の王としては、眩過ぎて嫉妬する事さえ出来そうにありません。そのくらい隔絶した物がこの国にはあると思いますわ。


「随分ムキになっているようですが……そんなにエインヘリア王の事を気に入られたのですか?」


「そうですね……まだ知り合ったばかりではありますが、同じ王としてというには憚られるほどに尊敬していると思いますわ」


「……なるほど、だから求婚した訳ですね?」


「……求婚?誰がですか?」


 何を唐突に言っているのでしょう?


「エフィがです」


「……なんのことですの?」


 私が何時求婚をしたというのでしょうか?というか、何故そのような話に?


「先の会談の時に言っていたではないですか。身も心も自分の全てを捧げるって。アレってどさくさ紛れの求婚ですよね?」


 ファランの言葉に何の事を言っているか分かった私は、急ぎ否定します!


「ちがっ!違いますわ!」


「流石に王同士の婚姻は難しいと思いますが……あ、だから国もあげるって……」


 なるほどと言いたげに顎に手を当てつつ、ファランがとんでもない事を言います!


「違うって言ってますわよ!それに身も心もなんて言ってません!」


「ほぼほぼ言っていたと思いますが……」


「そういう意味ではありませんわ!」


 私が叫ぶように言うと、ファランが楽しそうに笑い声をあげる。


 その笑顔を見て、なんだかどっと疲れましたわ……というか、忘れていた疲労を思い出した感じですわ。


「エフィの考えは分かりました。使節団の皆にも、傘下に加わる方向で話を進めると伝えておきます。なるべく良い条件が取れる様に頑張りますが、エフィにも協力してもらいますよ?間違っても手放しに相手の条件を飲まないで下さいね?」


「いくらなんでもそのくらい分かっていますわ」


 何故か悪戯っぽい笑みを浮かべながらファランがとんでもない事を言ってきます……いえ、冗談なのは分かっていますが……。


 属国や併合は、そんな簡単な話ではありませんからね……民の命が掛かっているのです、色ボケた思考が介入する余地はありませんわ。


「それと摂政閣下にも私の方から連絡を入れておきます」


「よろしくお願いしますわ」


「お任せください。エフィがエインヘリア王の魅力にやられて国を売り渡そうとしていますって伝えておきますね」


「風評被害ですわ!宰相もびっくりするくらいの売国奴っぷりですわ!」


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