第95話 気力回復中



「ルミナぁー疲れたよー」


 俺は自室に戻ってすぐ駆け寄ってきたルミナを抱き上げると、頬擦りするようにルミナのもふもふに顔を擦り付ける。


 ルミナはそんな俺の顔を一心不乱に舐めまわしてきた。


 いつも世話を交代でしてくれているメイド達も、今日は謁見や宴で忙しかったこともあり、ルミナには寂しい思いをさせてしまったな。


 俺はルミナを抱きかかえたまま移動して、ソファに腰を下ろす。


 その間もルミナはぺろぺろと俺の顔を舐めまわしている……俺の親指程の大きさしかない舌でぺろぺろと顔を舐められるのは非常にくすぐったいのだが、今日は殆どかまってやれなかったし、甘んじて受け入れよう。


 その代わり俺はルミナの身体をわしゃる。


 それにしても今日は本当に疲れたな……挨拶程度の軽い謁見だと思っていたのに、気づいたらめちゃくちゃ重たい話を聞かされた。


 エファリアの事は当面うちで守るからいいとして……ルフェロン聖王国の摂政と影武者がいるらしいから、その辺りの身の安全を確保する必要がある。


 特に影武者は、今の状況で殺されるとかなりマズい事になるからね。


 ウルルに命じて、ルフェロン聖王国で活動している外交官にその二人を守るように伝えさせたから、とりあえず身の安全は問題ないだろう。


 でも、さすがに一人で護衛をしつつ情報集めをするのは中々無理があるから、別の外交官を派遣したい所ではあるけど……ソラキル王国の方でも情報を集めたいんだよな。


 各遠征軍にも外交官は着けているし……自国の防諜も大事だ……うん、本格的に外交官も手が足りなくなって来たな。


 新規雇用契約書を使ってメイドを補充……今いるメイドを強化して外交官に……いや、厳しいな。


 以前『魔力収集装置の設置』を覚えさせた時と違って、外交官は必要なアビリティも多いし能力値も高くしておかないと危ない。


 メイド達の殆どはアビリティ無しで能力値も初期値だが、それでもこの世界の人間からしたら滅茶苦茶強いようだし、能力値はある程度でいいかもしれないけど……それでもそこそこ上げないと、外交官に必要なアビリティを覚えさせることが出来ない。


 アビリティの中には、覚えるのに必要な能力値が設定されているものが少なくない……低レベルのアビリティならともかく、外交官として働くなら高ランクのアビリティは必須だ。


 まぁ……つまり何が言いたいかというと、魔石が全然足りねぇ……これに尽きる。


 ゲーム時代であれば、外交官の育成は、一億は超えるけど二億は掛からないって感じだった。


 しかしこの世界で鍛えるとなると、十億を超えていくことになる。


 いや、高すぎるだろ……今の収入が、侵攻軍のお陰で少々増えて一千五百万弱……ダメだ……育成に手を付けるととてもじゃないが魔石が足りん……今のままだと外交官の育成に十年近くかかる。


 まぁ、侵攻軍が三国を落として、キリクが仕掛けている国も手に入れて……ルフェロン聖王国もゲットすれば……ルモリア王国と同じ規模の国が五つで……多分総人口七百万人くらいになるはずだ。


 そうなれば一ヵ月で七千万……三年もあれば外交官を一人育成出来るようになるわけだ。


 そういえば、すっかり忘れていたけど訓練所を使えば、時間はかかるけどある程度能力値を上げられることが出来るはずだ。確か各能力値を75くらいまで上げられた筈……75程度では、節約できる魔石の量も大した事は無いが、塵も積もればなんとやら……彼女達も城の管理があって大変だろうし、無理をしない程度に訓練所で能力値を鍛えてもらうようにするか。


 まぁ、人員補充に関しては、もっと魔石が潤沢になってから考えるとして、今はルフェロン聖王国の件をどうするかだが……これに関しては、キリクやイルミットと話す必要があるね。


 俺としては、属国だろうが同盟国だろうが併呑だろうが何でもいい。


 魔力収集装置の設置をしてしまえば……後は好きに統治して貰って構わないし、エインヘリアと同じような制度にしたいと言う事であれば、税制の見直しや代官制を導入するのも問題ない。


 魔石によるパワープレイをルフェロン聖王国では出来ないから、うちと同じって言うのは無理かもしれないけど……いっそのこと国防に関してもうちが面倒見てやっても良い。


 そうすれば軍費削減は出来るだろうしね……まぁ、その場合は属国って形になるのだろうけど……国防を他国任せとか、普通ありえないしね。


 エファリアと言うか、聖王国王家を残すのであれば……併呑ってのも厳しい。


 全てを捧げるとエファリアは言っていたが、国の人間……摂政派、宰相派問わず、属国化も併呑も許容しないだろう。


 まぁ、こちらの力を軽く見せつけてやって黙らせることは可能だけど、間違いなく遺恨が残る。


 魔力収集装置の設置さえ済んでしまえば、後のことは知ったこっちゃない……とは流石に言えない。


 どんな条件だろうと、エインヘリアの傘下に加わった以上、俺達にはそこに住む民を守る義務があるし、余計な事をしでかす輩を放置するわけにはいかない。


 例えどれだけ善政を敷こうと、必ず不満は出る……しかしその不満も、傘下に加わる際に納得して加わったのか、力で抑え込まれて加わったのかで内容は大きく変わるだろう。


 どうやって上手く事を運ぶのか……その辺エファリアは何か考えているのかね?


 いや、予想以上にしっかりしていたとは言えまだ十歳、多くを望むのも酷な話か……。






View of エファリア=ファルク=ルフェロン ルフェロン聖王国聖王






「緊張しましたわ~」


 あてがわれた部屋のベッドで、私はゴロゴロしながら思わず呟いてしまう。


 エインヘリア王との会談を終えた私は、精魂尽き果てて部屋に戻った瞬間服も着替えずにそのまま眠ってしまった。


 ファランや他の使節団の面々には申し訳ないけど、彼女たちはそのまま歓迎のパーティーに出席したはずだ。


 流石に私はお忍びという形になっているので、パーティーに顔を出すわけにはいかない……長旅の疲れはまだ癒えていないし、ゆっくり休むことが出来たのは助かったけど、服は皴になっているし……後でファランに怒られそうですわね。


 そう考えながらも体はまだ休息を欲しているようで、ベッドから起き上がろうと言う気力が湧いてこない。


 窓から日が差し込んで来ていないし……どうやら結構長い事眠っていたみたいね。


 もう宴も終わっているのかしら?


 まだ休んでいたいけど……そろそろファランが戻ってきてもおかしくない。


 私は重い体を力を振り絞って起こし、ベッドから降りる。


「灯りは……え?」


 暗い部屋の中、ランプは何処にあるのだろうと辺りを見回した瞬間、部屋に明かりが灯った。


「誰……?」


 明かりをつけた人物を探すも、部屋の中には私以外誰もいない。


 恐らく魔道具なのだろうけど……誰が起動したのだろうか?遠隔で……?と言う事は誰かがこの部屋を監視している?


 いや、監視をしているのであれば、わざわざ明かりをつけて私を警戒させる必要がない。


 ならどうやって……。


 そんな風にベッドの傍に立って混乱していると、折よく部屋の扉がノックされた。


「お時間宜しいでしょうか?ファラン=ヘルディオです」


 ファランが来てくれた!


「入って下さい!」


 私は知人の声に縋るように返事を出す。


「失礼します」


 普段通り、落ち着いた様子で部屋に入って来るファランの顔を見て、心が落ち着くのを感じる。


 しかし、ファランの方はそうではないようで、私が所在なさげに立ち尽くしている様を見て訝しげな表情となる。


「エフィどうしたのですか?何かありましたか?」


 心配そうな声で、いつも通り私を愛称で呼ぶファランに私は笑顔を返す。


「いえ、少し疲れて休んでいたのですが、丁度今起きたところです」


「長旅に先の会談でしたからね。疲れてしまうのは無理ないと思います……ですが、その服のまま寝たのですか?」


 前半は優しげな顔で喋っていたのに、後半は咎めるような表情でファランが言ってきます。


 ファランは私の乳母の娘で、ファラン自身も私が物心つくよりも前からよく面倒を見てくれていて、私にとっては姉のような存在ですが……真面目が服を着た様な存在でもあるので、こういう時は口煩くて困ります。


「……お忍びと言う事もあり、侍女も連れて来ていませんからね。着替えようと思ったのですが、勝手が分からなかったのですよ」


 勿論嘘だ。


 今着ているのはドレスではなく、エインヘリア王と会うにあたって失礼が無い程度に整えられた礼服だ。流石にこの程度は一人で着替えることくらいは出来る。


「……礼服は他にも用意してありますが、ここにどの程度滞在することになるか分かりません。一応先程、エインヘリアの方に相談させていただきましたが、服を作るにも時間がかかりますし、もう少し大事になさってください。ここは我等の王宮ではないのですから」


「分かっていますわ。あまり細かいことを言っていると、殿方に敬遠されますわよ?」


「……エフィ、随分とませた事を言いますね?」


「あら、この件に関してはお互い生娘ですもの。優劣はありませんわ」


 私がほほほと笑うと、こめかみに青筋を浮かべながらファランがふふふと笑う。


 私はファランから視線を外し、既に夜の闇に包まれた窓の外を見ながら口を開く。


 けして、行き遅れと揶揄されているファランの表情が怖かったわけではありません。ただ、少し懐かしさを覚え、視線を泳がせただけです。


「こんな話をするのは随分と久しぶりな気がします」


「……そうですね。国を出た時は、命を捨てる覚悟でしたし、こんな風にエフィと会話を出来る時間があるとは思っていませんでした」


 柔らかく笑ったファランが、お茶を入れますねといって部屋の隅に置いてあった茶器の方に向かう。


「……それは魔道具ですか?」


 置かれていたポットから、茶葉を入れたポットに湯を注いでいくファランに尋ねる。


「えぇ。部屋に案内された時に説明を受けました。なんでも無限にお湯が出て来るそうで……」


「無限に!?」


 そのような魔道具聞いたことがありません!


「ふふ……私もその説明を受けた時、同じ言葉を叫びました。どうやらエインヘリアでは水不足や干ばつといった災害とは無縁な様ですね」


「とんでもない話ですわ……その魔道具一つでどれだけの民が救われることか……」


 水が潤沢ではない土地にも人は多く住んでいる。


 ほんの少し雨が降らなかっただけで村が無くなってしまうというのは、ルフェロン聖王国に限った話ではないでしょう。


「仕組みを聞いてみたかったのですが、先程の宴には詳しい方が来ておりませんでした……ですが、今度お話をさせていただく約束はして貰えました」


「この国に来てから驚くことばかりでしたが……この城に来てから……いえ、この城に来ることになってからは、心臓がいくつあっても足りませんわ」


 私が何を言いたいのか察したファランが、苦笑しながら茶器を運ぶ。


「使節団の中には、あの転移という技術を目にして気を失った者もいましたね。幸い騒ぎにはなりませんでしたが」


「……私も気が遠くなる思いでしたが、味方にするならこの国しかないと確信しましたわ」


 ファランがお茶をテーブルに置いたので、私もソファへと移動します。


 ソファは程よい柔らかさで私を受け止めてくれました……やっぱり疲労が抜けきっていませんね……体を動かすのがとても億劫です。


「そう言えば、先程部屋の明かりが突然ついたのですが、これも何かの魔道具かしら?」


「えぇ。辺りが暗くなって、部屋に誰かがいる時は勝手に明かりがつくそうです」


「意味が分かりませんわ……明かりの魔道具が生きているのかしら?」


「流石に生きてはいないでしょうが……そう言う仕組みだそうです」


「……でも私が寝ている時は真っ暗でしたわ。何故でしょう?」


「……寝ている時は暗くしてくれるのでは?」


「ますます意味が分かりませんわ」


 何をどうすれば暗いとか人がいるとか、ましてや寝ているとかを魔道具が判断出来るのでしょう?やはり、生きているとしか思えませんわ……。


「……そういう物だと受け入れるのが一番です。先程のパーティーも素晴らしい物でしたよ」


「エインヘリアで行われるパーティー……非常に興味はありますが……お忍びであるこの身が悔やまれます」


「見た事もない料理に、聞いたことのない音楽。エインヘリアに貴族は居ないと言う事でしたが、高位貴族と比べても遜色ない礼儀作法。そして……何と言いますか……」


 急に口籠るファラン。


 他に何かあったのでしょうか?


「……?どうしたのです?」


「い、いえ……その……パーティーの出席者。エインヘリアに所属するその全員が、男女問わず非常に目麗しいといいますか……」


「なるほど……?」


 それがどうかしたのでしょうか?


「給仕達が見目美しいのは、そう言ったものを集めているから当然なのですが……出席者はそうはいきません。恥ずかしながら使節団の者達も見惚れていた者も少なくありませんでした」


 あぁ、そういう事ですか。


 確かに給仕はともかく、出席者は立場や地位によって選ばれる訳で、服装はともかく見目麗しいかどうかは……人それぞれでしょうね。


「ファランもかしら?」


「いえ、流石に私は……交渉に……忙しかったですから」


 その割には口籠ったのは怪しいですわね……。


「誰にも目を奪われなかったと……?」


「……いえ……その、交渉相手だったキリク殿が……いえ、見惚れたりはしておりませんよ?」


 珍しくファランが顔を赤くしながら言います。


 今は国の大事ではありますが……こちらはこちらで乙女の大事ではあります……機会があればエインヘリア王にキリク殿の事を尋ねてみましょう。


 確か、会談の場にもいた方……恐らく王の側近……少し相手の立場が上過ぎるかもしれませんが……姉の為です。少しがんばってみましょう。


「そ、それはさて置き、エフィ。食事は要りませんか?必要であれば、すぐに用意してくれるそうですよ?」


 ……疲労からか、あまりお腹は空いていないようですね。


「えっと……寝起きなのでまだ必要ありません」


「でしたら湯殿があるそうなので、そちらはどうでしょう?」


 湯を浴びれば、少しはこの重い体もスッキリするでしょうか?


「そうですね……お借り出来るかしら?」


「畏まりました。すぐに伝えてまいります」


「ファラン。湯殿でしっかりと目を覚ましたら、今日の事で話があります」


 私の言葉にファランが表情を真剣な物に変える。


 今日の事……言うまでもなくエインヘリア王との会談についてだ。まだ少し頭が重いけど……湯を浴びればきっとスッキリするはず。


 本調子とは言えない体に活を入れ、普段よりも力を込めて立ち上がる。


「畏まりました。侍女がおりませんので、湯殿では私がお世話をさせていただきます。その後こちらの部屋で」


 こちらを気遣うような表情を見せながら言うファランに、私は笑みを見せながら頷いた。


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