第94話 願い



「何より……あの方を王配とするのは恐ろしいのです」


「恐ろしいとは?」


 先程までぷりぷりと怒っていたエファリアが、表情を真剣な物へと変える。


 怒って見せたのは演技だったのか?もしかして婚姻の話は……誘導されたか?


 正統王家の血を残すのなら、王子との婚姻を摂政たちが考えなかったわけがないもんな。


「あくまでエファリアという小娘の戯言と取って頂きたいのですが……」


 聖王としての発言ではないと念押ししてくるエファリア……まだその王子に文句があるって訳ではなさそうだけど、聖王として口にするには憚られるような、キナ臭い話をするってことだよな……。


 正直聞きたくないが……聞かないと話は進みそうにないよな。


「無論、俺は最初からそのつもりだ。何を言ったところで、それが聖王の口から出たとは考えぬ」


「感謝いたします……これは三年程前、ルフェロン聖王国建国百五十周年の記念祭が開かれ時の事です。ソラキル王国の第二王妃殿が件の子息を連れて帰郷されました。その時……何が原因だったか分からないのですが、彼が私に向かって斬りかかって来るという事件が発生しました」


「……他国の王子が、聖王……いや、当時は王女か。まぁ、どちらにせよ王族に斬りかかるなぞ……戦争になってもおかしくない事件ではないか?」


「はい……ですが、この件は戒厳令が敷かれ、正式な抗議はせず表向きには無かったことになりました」


「……随分と手ぬるい対応だな。俺なら相手の国ごと潰すが」


「ルフェロン聖王国は建国以降、外征を行ったことはありませんし……それと、御父様と叔父様、叔母様は大変仲の良い御兄弟だったそうで、事を荒立てたくなかったというのが本音だと思います。幸い私は護衛に守られて怪我はありませんでしたし……」


 ……なぁなぁにするには、色々と問題がある内容だと思うが……ルフェロン聖王国は平和ボケというか……ちょっと国のトップとしては問題がある感じだな。


 やる時はやる……そう言った強さを見せなければ、国は維持できない。


 凶暴性や蛮性と言った、美徳とはなり難い感性……国を率いる上で、そういった恐ろしさは外へと見せる必要があるものだ。


 人が上に立つ者に求めるのは、公平性や神聖性、強さ、優しさと言った、概ね美徳と呼ばれるような物だが……一皮剥いて本音を出せば、何よりも優先されるのは自分の利益だ。


 利益の形は人それぞれだが、利益があるから王を支持する……それが精神的な物にせよ物理的な物にせよ、それを与え、守る事こそ王に求められること……やるべきことをやれない王は王であってはいけない。清濁合わせ飲み、強かな者が王であるべきなのだ。


 ルフェロン聖王国は建国百五十年を超えており、外征こそ行っていない物の、このご時世に戦争を一切経験したことがないとは思えない。


 上層部のごたごたがあるにもかかわらず、国内は安定しているという話だし、長らく善政を敷いて国を繁栄させてきたのだろう。それは誇るべきことで、歴代の王が心血を注いできた結果なのは間違いない。


 だが、戦争で卑怯という言葉が誉め言葉であるのと同様に、国家間の付き合いにおいて、謀略とは仕掛けられる隙を見せた方が悪いのだ。


 謀略とは心の隙を突くもの……国を導く者が付け入る隙を見せるからこそ、相手国はこれ幸いと攻めて来る……リソースとは限られた物なのだから、ある所から奪うのは当然の話だ。


 国の指導者は自国を繫栄させるのが仕事。寧ろそれを放棄する指導者こそ責められるべきだろう。


 とまぁ……露悪的に考えては見たものの、優しい王様っていうのも悪くはないと思う。強かさを持ち合わせてくれているとなお良いけど。


「ですが、本当の事件はその後で起こったのです」


 亡き聖王についていちゃもんをつけても仕方ないか……俺はエファリアの話に集中する。


「他国の王族が王族を襲ったこと以上の事件が……?」


 色々起こり過ぎ……いや、それ自体がソラキル王国の謀ってことか?


 いずれソラキル王国とも事を構えるだろうけど……めんどくさそうな相手だ。先制パンチで一気に滅ぼすか?


「表向きには、ソラキル王国の王子が私を襲ったことは無かったことにされましたが、叔母様……第二王妃殿は大層お怒りになられまして……かなり激しく叱責されたようでした」


 まぁ……そりゃそうだろうな。自分の息子が六歳も年下の女の子に斬りかかったんだ……普通は怒られる程度じゃ許されないし、相手が相手だ首チョンパでもおかしくない。


 まぁ、多分両国間の力関係的にそれは無理だったのかもしれないけど……。


 ここまで話を聞く限りじゃ、ソラキル王国の方が立場は上っぽいしね。


「かなり揉めたそうですが、その後は特に問題は起こらず、国賓であった二人はソラキル王国へと帰り……その道中で第二王妃殿は亡くなられました」


 唐突だな……。


「道中で野盗に襲われた際に亡くなられたと、ソラキル王国からは通達がありましたが……当時の私でさえもそんな話は信じられませんでした。幸い……というのは憚られるのですが、ソラキル王国が言うには、襲われたのはソラキル王国内だったとのことで、こちらが責任を問われるようなことはありませんでしたが……当時護衛として随行していたソラキル王国の騎士団は解体され、責任者は処刑されたと聞いております」


 そりゃ……王族の護衛をしている騎士団を突破して、最重要人物であった第二王妃を殺すって……どんなスーパー野盗だよって話だ。


 しかし、そんな無茶なシナリオを飲み込まなくてはならない程、両国間のパワーバランスは傾いているのか。


「お葬式には私も御父様や叔父様と一緒に行きました。勿論場所はソラキル王国の王都で……そこであの王子に再び出会った時……表面上は落ち込んだように見せていたのですが、式が終わり、私の元にこっそりと近づいて来た彼はこう言いました『母の肉は柔らかかったけど、アレはルフェロンの王族の女共通なのかな?いずれお前の肉も確かめてやるから楽しみにしとけ』と」


 ロイヤルクレイジーサイコ!!


 マジかーソラキルの王子やばすぎだろ……三年前で、エファリアの六歳上ってことは……当時十三歳?極まり過ぎてるだろ……しかも何か?怒られた腹いせに王子が母親をやったってこと?


 ソラキル王国にとって、第二王妃の死が予定通りなのか王子の暴走なのかは分からないけど、これはとんでもないネタだな……っていうか、そんな相手を生理的に受け付けないってレベルで語るこの娘も大概……いや、やっぱ十歳の子供の胆力じゃないな。


「たとえ、その言葉が真実では無かろうと、そのような事を口に出す者を王配……ましてや王になどするわけには参りません」


 そりゃまぁ……それが嘘であろうとなかろうと、自分の母親の葬式に口にするような内容では……いや、葬式関係なく口にするような内容ではない……そんな男を王配に据えようものなら……碌なことにならないのは考えるまでもなく分かる。


「エファリア殿の考えは分かった。それで、結局エファリア殿は俺に何を求めるのだ?最初……いや、ヘルディオ伯爵はエファリア殿の亡命を求めているようであったが、貴方の考えは少し違うようだ」


 俺がそう言うと、エファリアがにっこりと笑顔を見せる。


「私も国を出た時はそのつもりでした。国を、民を、臣下を捨て……いずれ力をつけ正当な王家として国を取り戻す。ですが、エインヘリアという国を知ってしまった今、もっとシンプルな願いを持ってしまいました」


 そこで一度言葉を切ったエファリアが背筋を伸ばし、正面から俺を見据える。


 その表情や雰囲気は、エファリアという個人で話すのはここまでと言っているように見える。


「では、聞こうか、ルフェロン聖王殿。我がエインヘリアに何を求める?」


「敵の排除を。貴国の力を借りて、私はそれを成そうと考える」


 話の流れから、その言葉を予想していたとは思うが、それでもエファリアの横にいたヘルディオ伯爵の表情が強張る。


 だが、エファリアが王として話をしている以上、口を挟む様な事はしないようだ。


「その見返りに、何を支払う?いや、何で支払える?」


「私の全てを。この身も、名も、命も……エインヘリア王に捧げる」


「それが聖王としての言葉か?正統王家に拘っていたのではないのか?」


「その想いは確かにある。ですが、ルフェロン聖王国の民にとって、それはどれだけの価値がありましょうか?」


 民ねぇ……確かに民にとっては……正統だろうが傍流だろうがあまり関係無いだろうね。


「……聖王としての全てと言うのであれば、そこには王の地位、国も含むと言う事か?」


「併合という形であっても、属国という形であっても……構わない。ただ、幾ばくかの御慈悲をルフェロン聖王国の民にも頂ければと……」


 属国か……魔力収集装置さえ置ければ、こちらとしては何でもいいんだけどな……まぁ、同盟よりは属国の方が強制的に魔力収集装置を置くことが出来て楽か?


 それにうちの方針だと併合と言っても大したことをする訳じゃないしな……どうせ統治は現地の人間に任せるわけだしね。とはいえ、パワーバランスが偏り過ぎていて、同盟は少なくとも現時点ではありえないだろうけど。


「救ってくれるのであれば国を渡すか……攻め落としても大して変わらないようだが?」


「攻め落とすよりは簡単で平和的だと思うが?それに、エインヘリア王は領土を広げることを是としていると思ったのだが?」


 現時点で三か国と戦争中だからな……言いたい事は分かるけど。


「降りかかる火の粉を払っただけだ。攻められたのはこちらであって、野心を見せたのは攻めて来た国だろう?」


「魚を釣った漁師が、餌に食いつかなければ釣らなかったのにと言っているようなものだな」


 俺の仕掛けがもろバレしてますね……十歳の幼君に見破られる程度の仕掛けに食いついた三国の立場よ……。


「……そのような王に民を任せると?謀略を仕掛けるソラキル王国に任せるのとどう違う?」


「私はソラキル国内とエインヘリア国内両方を自分の目で見た。ソラキル王国は、特に強いて言う事のない普通の光景で広がっていたが、エインヘリアは違う。戦後間もない……しかも併呑された側の民とは思えぬ程、活気に満ち溢れていた。街道は平和そのもの……聞いたところでは、王自ら魔物や野盗の討伐に赴くこともあるという」


 ……魔物退治は、必要に駆られてですけどね?効果はかなり薄かったけど……。


「税率の軽減に街道整備、治安の向上……それらは単純な人気取りとは言えない程の効果を上げている。更に国内を安定、いや、発展させながらも、他国との戦争を圧倒的有利に進めているという。税率を下げた上で他国との戦争?しかも三か国を同時に相手に?更にその国の王はかの災厄と言われた龍を討伐したらしい。冗談にしても笑えない、話を盛るにも程がある!」


 めっちゃ怒鳴られた……。


「どのような賢人と、どれだけの英雄が居れば、そのような国を成り立たせることが出来るというのだ!あり得ない!」


 いや、まぁ……一番の金食い虫とも言える軍事にかかる費用が、ゲーム的な感じに処理出来ているからだと思うよ?


 装備も食料も必要としない軍隊……しかも兵は戦死しないから、見舞金もいらないし捕虜にもならない……将が撃たれたら一気に兵が消えるけど、その将は一騎当千どころじゃないレベルの猛者。


 まぁ、軍事以外の部分もエインヘリアとしては魔石で賄えるので、究極言ってしまえば税金なんてなくてもいい。ただ、街の維持のために必要な分だけ納めてくれればそれで十分だ


 本来国が徴収する分の税が丸々必要ないので、街では税も安く出来るし、代官たちは税金が自分の収入になる訳ではないので、民から搾り取る必要なんて無い。


 それに村は村で、ルモリア王国時代は収穫物を税として納めていたのだが、今はそれを取らず、余剰分を買い取るようにしている為、村にも金がかなり回っている。村で税として納めて貰っているのは、俺が種を渡して育てさせた特産品だけだ。


 そんなわけで、現在村だろうが街だろうが関係なく、エインヘリア国内は好景気に沸いている。


 他所の国の人間……為政者からすれば、エインヘリアの好景気っぷりは怒鳴りたくもなるだろう。


「申し訳ない、少し取り乱した。何が言いたかったかというと……これだけ自国の民、元敵国の民に繁栄を齎すことの出来る王と、謀略により国をかすめ取ろうとしている王、どちらに全てを託したいかなど考えるまでもない。例え王家の血が途絶えようともだ」


 表面的な物だけを見て、国を託す判断をするのは早計と思うが……いや、そうじゃないか。


 ルフェロン聖王国は、素早く判断しないといけない状況まで追い込まれているのだ。


 だが、この話……エインヘリアとしては、正直どちらでも構わない。


 隣国の混乱はうちに波及するほどの物でもないし、俺の目的は……一応フィオの願いである魔王の魔力への対抗として、魔力収集装置を各地に設置する事だ。


 勝てばよかろう理論が通じる世界なので、究極言ってしまえば問答無用で他国を制圧していっても良い。まぁ、流石にやらんけど……。


 そんな訳で、ルフェロン聖王国がどうなろうが知ったこっちゃない……とは言い難いよなぁ。


 俺の知らないところでそういう事が起こってしまえば、エファリアがどうなろうと気にはしないのだが……既にこうして縁を持ってしまったからな……。


 流石にこのままさよならして、エファリアが死んだりしたら寝目覚めが悪すぎる。


 しかし、軽々に頷くことが出来ないのが為政者というモノだ……。


「流石に、聖王殿の言葉とはいえ、全てを信じ受け入れる訳にはいかぬ。俺にも守るべき民がいるからな」


 俺の言葉に失望の色は一切見せずに頷くエファリア。


 子供らしさが欠片も無いな。


「だが、この国にいる間の身の安全は保障しよう。そしてエファリアの言葉が真実であると確信出来たその時は、エインヘリアは聖王殿に力を貸そう」


「よろしいのですか?」


 ここまで話しておきながら俺が手を貸すと言うと思っていなかったのか、若干驚いたような表情になるエファリア。


 いや、当初の印象とは違って結構強かだし、これも演技である可能性は否定できないな。


「労せずに一国を譲ってもらえるのだろう?勿論、細かい話は今後詰めさせてもらうが……聖王が一度口にしたのだ。簡単に反故にはすまい?」


「聖王の名に懸けて、約定を違えぬことを誓う」


「ならば問題ないな。うちの諜報担当は優秀だからな。事実確認にそんなに時間は取らせないが、それまではゆっくり休み、英気を養っておくが良いだろう」


 俺の言葉にエファリアとヘルディオ伯爵が深く頭を下げた。


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