第93話 覇王と聖王



「此度は突然の訪問に応えてくれて感謝する。私はエファリア=ファルク=ルフェロン。ルフェロン聖王国現聖王である」


 若干ぎこちなさを感じさせる挨拶をする聖王さん。


 見た目は完全に子供……まぁ十歳らしいし中身も完全に子供だろうけど。


 身長は百三十センチ程だろうか?少し小さめな気もするけど、成長期だろうしこれからだろう。


 薄紫って感じの髪の毛は……地毛なんだろうけど、中々奇抜な色をしてらっしゃるね。


 ふわっと広がっているロングの髪は、隣にいるヘルディオ伯爵の針金でも入っているかの如く真っ直ぐなストレートヘアとは対照的だけど、非常に良く似合っている。


 まぁ、王様っていうよりお姫様って感じではあるけど。


「よくぞ参られた、聖王殿。俺はエインヘリアの王、フェルズだ。堅苦しいのは好まぬ故、フェルズと呼んでくれて構わない」


「ありがとうございます、フェルズさ……フェルズ殿。私の事もエファリアと呼んで欲しい」


「そうさせて貰おう」


 さっき中身は子供とはいったけど、ちゃんとした教育を受けているのだろうし、礼儀作法に関しては間違いなく俺よりもしっかりしているだろう。


 まぁ、エインヘリアではこういったスタイルが普通と言う事で押し通せばいいよね……?


 それがきっかけで舐められたら……物理で黙らせれば良し。


 蛮族の国だな……エインヘリア……俺のせいだが。


「それにしてもエファリア殿自ら我が国に来られるとは、少々驚いたぞ?」


「申し訳ありません、フェルズ殿。事前の通達もなく貴国へと足を踏み入れてしまって……」


「気にする必要はない。此度の来訪はあくまで非公式、そういうことなのだからな」


 だから礼儀に関しては許してね?


「ありがとうございます、そう言っていただけると助かります」


「しかし、非公式とは言え聖王自らやってきたのだ。余程の話があるのであろう?」


 まさか龍殺しを直接見たかったとかなわけないだろうしね。


 俺がそう話を向けると、エファリアは隣にいるヘルディオ伯爵に視線を向ける。


「その件につきましては、私から説明させていただいてもよろしいでしょうか?」


「聞こう」


「ありがとうございます。今回貴国を訪問させていただいた主な理由は、先程謁見の場でもお伝えした通り、貴国との友好を結ぶ為でありました。実はその手土産として、停戦交渉の仲介役を申し出ようと思っていたのですが……」


 停戦交渉か……寧ろ、それを望んでいるのは相手国のほうだろうね。


 受け入れるつもりは無いけど。


「それは全く必要ないな」


「はい。私共が国元を出立した時は、エインヘリアは三か国に攻め込まれている状況だったのですが、気付いた時には敵国深くまで侵攻しているというような状況に変わっており……道中大変混乱させていただきました。ですが、その事が貴国とルモリア王国の戦争、そして龍退治の話が真実であると確信させてくれました」


「ふむ……しかし、不用心どころの話ではないのではないか?聖王ともあろう者が僅かな護衛で戦時下にある国を訪れる……とても褒められたものではない。せめて秘密裏にでも我等に一報入れてくれていれば、道中の安全を約束できたというのに。仮に聖王が我が国内で害されでもすれば、どれだけ我等に迷惑が掛かると思う?」


「私共も聖王陛下の安全を第一に考えて対策はしてきましたが、秘密裡にということもあり直接の護衛はあまり多く配置することが出来ず、貴国には大変ご迷惑をおかけしたとは存じているのですが……」


 一見すると申し訳なさそうにヘルディオ伯爵が頭を下げるけど……微妙に含みがありそうな言い方だな。


「この国にいる間は安全を約束しよう。だが、エインヘリアに来ようとした時は、まだこちらが有利な戦況ではなかったのだろ?その状況……危険を許容した上で聖王自らエインヘリアに訪れる理由……そろそろ本題を聞かせて貰おうか?」


「貴国との友好の為……それは本当です。ですがそれ以上に、エインヘリアにまつわる噂が本当なのか、それをどうしても確かめる必要がありました」


「どんな噂かは知らないが……それを確かめるために聖王自ら動くとは思えんな。その必要は何処にもないだろう?」


「噂を確かめるだけならばその通りにございます。エインヘリアという国の強さを垣間見ることが出来たからこそ、この場を作って頂いた次第でございます。失礼ながら、陛下はルフェロン聖王国の現状は御存知でしょうか?」


 ヘルディオ伯爵の表情が一層真剣な色を帯びる。


 どうやら……とっとと本題を話せと言っているにも拘らず、じわじわと情報開示していく腹積もりらしいね。さっきから全然こちらの質問に答えてないし。


 でも狙いが分からん……戦争の火種にするには……聖王はデカすぎる。かと言って俺を不快にさせたところでヘルディオ伯爵に得があるとは思えないのだが……いや、何かあるからこそこういう態度を取っている筈だ。


 若干面倒だけど……付き合うしかなさそうだな。


「あまり詳しくはないな。ただ、国内の権力争いが激化していること、派閥のトップが摂政と宰相であること、派閥の後ろ盾に何処かの国の影があること、中枢の混乱ぶりとは裏腹に民の生活はそれなりに安定している……その程度だな」


「……聖王陛下の御即位時についてはどうでしょうか……?」


 一瞬、エファリアの方に視線を向けたヘルディオ伯爵が問いかけて来る。


「詳細は知らないが、不幸な事故があったと……」


 俺の返事に、エファリアが悲しそうな表情で俯く。


 申し訳なくなるけど……いや、これはヘルディオ伯爵が悪くない……?


 いくら覇王でも、いたたまれないんだが?


「あの事故によって、直系の王族は聖王陛下ただ御一人となられました。ですが、摂政閣下もそうであるように、直系でなければいくつか血筋が残っているのです」


 まぁ、それはそうだろうな。


 王族なんて血を絶やさないために沢山子作りするものだろうし、継承権有り無し含めると相当な数いそうなもんだ。


 エファリアが聖王になったのは、継承順位が高い直系の子供だったからだろうね。


 しかし……覇王は血を引く者が多くいるのが当然とは言いにくい……何故なら俺に子供はいないからね!っていうかまず嫁さんがいないね!


 ……覇王ってどうやったら嫁さん見つけられるのだろうか?


 一瞬思考がしょうもない方向に流れそうになったが、ヘルディオ伯爵の声に思考を元に戻す。


「摂政閣下は継承権を破棄しております。また閣下の御子息は公爵家の当主となられており……現在継承順位が最も高いのは、前聖王陛下の妹君に当たる方の御子息となられるのです」


 なるほど……それが今ここにエファリアがいる事と何の関係が……。


「その方は他国の王に嫁がれておりまして……その国がソラキル王国なのです」


 ……知らない国の名前が出てきました……マズいな……報告書とかで見た覚えが無いから、それなりに遠い国か?


「ふむ……」


 さぁどうする?


 知ったかぶりは……危険だ。この場での知ったかぶりは致命傷になりかねん……どうする、覇王フェルズ!?


 ……よし、ドリブルで突破できないならパスを出せばいいじゃない。


 そう判断した俺は瞬時に『鷹の声』と『鷹の耳』を発動!


 口の中でもごもごと呟くようにしてキリクに声をかける。


「キリク、ソラキル王国とは?」


『エスト王国、ユラン公国の北に位置する国で、大国という程ではありませんが、この辺りではそれなりに広い領土を持つ国です。他国への謀略を得意としていると噂されております』


 ありがとう!キリえもん!


「謀略のソラキル王国か……」


「はい、かの国は黒い噂が絶えませんが……先々代の聖王陛下が友好の為にと当時の王太子、現ソラキル王へと第一王女を嫁がせたのです。ですが、第二王妃ということもあり、男子であっても継承順位が低いのですが、ルフェロン聖王国の王族の血を引く為、低位ながら継承権を持っているのです」


 一国のお姫様が第二王妃……?


 もっと有力な国から第一王妃を娶っていたってことかな?


 まぁ、今そこはどうでもいいか。


「……宰相派の後ろ盾の国とは、ソラキル王国のことか?」


「間違いないかと」


 うん……チェックメイトとは言わないけど、王手は掛かってるって感じだね。


 とりあえず、これでなんでエファリアが、隠れる様にうちに来たかが分かった気がする。


 この子は……暗殺から逃げて来たのだ。


 正当な血筋……直系最後の存在であるエファリア。もし彼女が命を落とす様な事があれば、ルフェロン聖王国は他国に嫁いだ王族の血を呼び戻すしかない。


 摂政が王位継承権を放棄してなければ良かったのだろうけど、多分摂政になるにあたって継承権を破棄しないといけない的なものがあるのだろう……継承権持ったままだと色々とマズそうだしな。


 宰相派としては、前聖王夫妻を事故に見せかけてやった後、一番の障害となる摂政に継承権を破棄させてしまえば、後は難しい事は無いだろう……エファリアが事故死なり病死なりしてしまえば、ミッションコンプリート。ソラキル王国から鎖のついた新聖王がこんにちはって訳だ。


 ソラキル王国とどういう密約を交わしているかは知らないけど、自らの王を弑す程度には恩恵があるのだろうね。


「くくくっ……友好の使者とよく言えたものだな。どこからどう見ても、厄介事を持ち込んでいるだけのようだが?」


「無礼極まること、重々承知しております。ですが、我々にはなりふり構っている余裕が無いのです!使節団の全ての首をもって無礼を謝罪させて抱きたく存じます!ですが、何卒、何卒聖王陛下を……正当なるルフェロン聖王国を御守りいただけないでしょうか!?」


 机に叩きつけんばかりに頭を勢いよく下げるヘルディオ伯爵。


 先程から微妙にこちらをイラつかせるような会話の流れを作ったり、エファリアに同情心を持たせるようにしていたのはこれ呑ませるためか。


 流石にイラっとした程度では首チョンパはしないけど……非を自分に、同情をエファリアにってことだったんだろうね。


 彼女の頭頂部を見ながら、俺は出来る限り感情を込めずに口を開く。


「それは、摂政の頼みか?」


「……摂政閣下と私、それと聖王陛下の三人で出した案です」


「ほう?エファリア殿は蚊帳の外なのかと思っていたが……」


「陛下は聡明な方です。まだ経験がない故、摂政閣下が手助けをされておられますが、多くを学び急速に成長しておられます。恐らく、成人を待たずして自ら国を先導していくに違いないでしょう」


 先導する国が残っていれば、とでも言いたげにヘルディオ伯爵は言う。


「首を捧げるとは言ったが、それは使節団の者達も納得していると?」


「はい」


「……使節団の中には宰相派の者もいるであろう?その者は良いのか?」


「かつての同胞とは言え、今や奴等は売国奴。そのような首で貴国の怒りを鎮める手助けとなるのであれば、いくらでも差し出したい所存です」


「くくくっ……全ての宰相派を並べられては助ける必要はなくなりそうだがな。だが、その程度の安い首はいらん。この絵を描いた摂政の首を寄越せといったら?」


「聖王陛下を助けて下さるのであれば、摂政閣下も喜んで首を差し出しましょう。その約束は既にされております」


 そう言って、懐から小さな書状を取り出すヘルディオ伯爵。


 俺の言葉も予想済みだったらしい……恐らく摂政の血判でも持って来ているのだろう。


「エファリア殿、貴方はどう考えているのか聞かせて貰えるか?」


「私は、聖王として……連綿と続く父祖の血に誓い、正当な血筋を絶やすわけにはいかない。例え汚泥に塗れ恥辱に身を焦がそうとも、必ずや再起してみせよう。それが私の責務であり願いだ」


 十歳の子の台詞じゃねぇ……覚悟が決まり過ぎているのじゃが?やっぱ王族ってすげぇわ。


 なんちゃって覇王とは物が違うわ……小物な覇王はもう少し少女を責めるよ?


「その道の為、忠臣たちの血を啜ることになってもか?今ならば、王としては死ぬかもしれんが、人として生きていくことは可能だぞ?」


「その忠義を我が身に焼き付け、必ずや彼らの想いに応えてみせましょう」


 勇まし過ぎる言葉だけど……一瞬目が揺らいだね。


「エファリア殿。一つ忘れていたことがあるのだが……」


「なんでしょうか?」


 にらみつける様にしながら返事をするエファリア。


 うん、意地の悪い質問ばっかりしているから警戒するのは分かる。


「エインヘリアにはお忍びで来たのではなかったかな?」


「……その通りですが」


「ならば身分を纏う必要はない。エファリアという個人として、どうしたいのか聞かせてくれるか?なに、ここで貴方が話した内容は外には漏れない。俺が他言無用と厳命すれば、彼らは絶対に漏らさないからな。仮に彼らが貴方の言葉を他所に漏らしたら、俺は自ら首を落とそう。俺自身は……まぁ、そこそこ口は堅い方だ。多分漏らさないと思う」


 そう言って俺が肩を竦めると、エファリアがキョトンとした表情になる。


「俺がうっかり漏らした時は……まぁ許してくれ」


「……そのような事を言われたら、とてもではありませんが、お話できそうにありませんわ」


 俺が冗談めかしていると、エファリアが笑顔を見せながら言った。


 その口調は、先程までの物とは違いお嬢様っぽい感じ……いやお姫様か……に変わっていた。


 恐らく、王ではなく姫であった頃はこんな口調で話していたのだろう。


 俺が口元を歪ませてみせると、これ見よがしに小さくため息をついたエファリアが口を開く。


 しかし、その表情はすぐに苦々しい物に変わる。


「叔父様やファランさんには死んでほしくありませんわ。勿論、お二人だけではなく、ルフェロン聖王国に仕える臣下や民、その全てがです。ですが、私の様な小娘一人では、ソラキル王国はおろか、宰相一人ですら抑えることが出来ません。今の私に出来ることは、正統王家の血……御父様や御母様の想いを次に繋ぐことくらいしかありません」


 ファランって……あぁ、ヘルディオ伯爵の事か。


 それはそうと、次に繋ぐか……。


「ソラキル王国の王子だったか?そいつを婿に迎えるって手もあるんじゃないか?王配では宰相達にとっては物足りないだろうが……ソラキル王国としては、次代に現国王の血を入れられるのであれば御の字と考えるかもしれないぞ?」


「確かに私があの王子の子を孕めば、正当な血筋を残すことにはなりますが……」


 ……あの……十歳の子が孕むとか言い出すと……先程とは違った意味で、物凄くいたたまれないのですが。


 そんな俺の初心な想いには気付かず、エファリアは言葉を続ける。


「私、あの王子は生理的に受け付けませんわ」


「……生理的に受け付けない」


 それは……言われたら立ち直れない言葉の上位にランクインする奴だね。


「私より六つ年上なのですが、如何にも粘着と言った感じの視線でこちらを見てきますし……口から出てくる言葉も他人を見下すような物ばかり。従兄という立場ではありますが、伴侶としては全力でお断りさせていただきたいですわね。成人したばかりだというのに女遊びが激しいと耳にしておりますし……」


 ぷりぷりと怒りながらしゃべるエファリアは、年相応に見えて中々微笑ましいのだが、その内容が一欠けらも微笑ましくない。


 なんとなく言った台詞だったが……覇王は思いっきり聖王……いや、エファリアの地雷を踏みぬいたらしい。


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