第92話 本日の覇王ムーブ



 さて、本日の全力覇王ムーブのお時間です。


 何せ、覇王は今、玉座の間にて他国の使節団の方々と謁見している……されている?最中なのですから。


 といっても、そこまで緊張する話ではない。


 今日の所はただの挨拶みたいな物だからね、ヴィクトルの時の様に、重要な話があるわけでもないだろう。


「御初御目にかかります、陛下。私はルフェロン聖王国より伯爵の位を頂いております、ファラン=ヘルディオと申します。此度は拝謁の栄誉を賜ったこと、心より感謝いたします」


 使節団の代表は彼女、ヘルディオ伯爵らしい。


 長い金髪をそのまま後ろに伸ばし、前髪はぱっつん……姫カットとかいったっけ?そんな感じに切りそろえている。


 目は切れ目で、外見だけならめっちゃ仕事の出来そうな文官系の若い女性だ。いや、使節団の団長なのだから実際仕事はめっちゃ出来るんだろうけど。


 多分リーンフェリアと同じくらい……二十歳を過ぎたあたりといったところだろう。


 口元に笑みを浮かべているけど、顔の上半分はめちゃくちゃこちらを探っているような真剣さを見せている。


「遠方より遥々ご苦労だったな、ヘルディオ伯爵。我が領内の旅はどうだった?快適な旅が出来ただろうか?」


「はい、それはもう……各地の治安は素晴らしいの一言に尽きます。野盗はおろか、魔物の影さえ見ることがありませんでした。それに、街道整備も進められているようで、今後各都市の流通は一層活性化されていくことでしょう」


「嬉しい知見だ、ヘルディオ伯爵。もう一つ、民の様子はどう見た?」


「一割の不安と九割の希望を持っているように感じました」


「ほう?」


 手放しに褒めることはしないか?


 謁見というこの場で他国を批判するか……?それとも批判に見せかけたヨイショか?


「ここに来るまで街の様子も良く感じ取ることが出来ましたが、九割の希望は、新しき王、政治への期待。そして、既に変わり始めた自分達の生活が、以前より良い物になっているという実感に対するもの。一割の不安は、変わっていくことに対する不安といったところでしょうか。ですが何処も活気があって、エインヘリアの未来は大変明るいものだと確信させていただいた次第にございます」


 ヨイショの方でしたね。しかし、流石の覇王もこの程度ではうかれたりしない。


「他国の使者である、ヘルディオ伯爵にそう言ってもらえるのは嬉しいものだ。変化に対する不安が生まれるのは道理……しかし、変化を恐れて停滞してしまっては、次に待つのは衰退のみ。出来れば我が民には、前に進むことを恐れず、悠久の繁栄を謳歌して貰いたいものだ」


「……龍を討滅せしめた陛下の御威光は、エインヘリアの民達に大いなる庇護と安寧を齎すことでしょう」


 おっと……このお姉ちゃん……攻めて来たぞ?


 んあー、ヴィクトルよりも面倒な相手かもしれん……ボロが出る前にキリクと選手交代したいところだ。


「……ほう?中々興味深い意見だ。さて、そろそろ挨拶は終わりにしても良いだろう、ヘルディオ伯爵。此度は我が国にどのような話があって来たのだ?」


「偉業を成し遂げた陛下への御挨拶と、我等ルフェロン聖王国と友好的な国交を開いて頂きたく。また、我等が王、エファリア=ファルク=ルフェロン聖王陛下より書状を預かって来ております。御高覧いただけますでしょうか?」


「聖王殿から書状か。それは興味深いな」


 先程のお返しという訳ではないけど、本当に実権の無い聖王からの書状なのか?といったニュアンスを込めつつ俺は言ったが、ヘルディオ伯爵はピクリとも反応をしない。


 寧ろ、後ろに控えていた随行団の人の方が肩を揺らして反応を見せた。


 俺がそんな風に一団の観察をしていると、キリクが何やらちょっと豪華な台座を持って傍に来た。


 その上には巻かれた紙が乗っている。どうやら事前に手紙を預かっていたようだね。


 俺はその手紙を手に取り、封蝋を割らない様に丁寧に手紙を広げる。


 蝋には印章が押されていて、それが家を現すとか何とかで、これをパキっとやってしまうのは喧嘩を売っているとかうんぬんかんぬん……以前そんな話を聞いたことがあった俺は慎重に蝋を剝がす……とりあえず、面倒なので是非とも封筒を使っていただきたい。


 巻かれた紙は広げづらいし読みにくい……こっちから送る時は封筒でいいかキリクに聞いてみよう。


 手紙や封筒の規格を作って……国営の郵送事業を展開するか?


 そんなことを考えつつ広げた書状に目を落とす。


 随分と短い内容だが……。


「くくっ……はっはっは!なるほど!俺が思っていたよりも聖王殿は面白い御仁のようだ。これは、後で時間を作ってじっくり返事をしたためる必要があるな」


「恐れ入ります。英傑と名高き陛下にそのようにおっしゃっていただき、聖王陛下も必ずや喜ばれることでしょう」


 俺の言葉に、ヘルディオ伯爵が少し安心した様な笑顔を見せる。


 書状の内容について俺が受け入れた事が分かったのだろう。先程まで見せていた表向きの笑顔とは違い、人間味のある表情に見えた。


「では、国交については前向きに検討させて貰おうとは思うが、貴殿等も知っている通り、我が国は現在戦争中でね。すぐにそちらに使者を送ったりするのは……そちらとしても問題があるだろうしな。折を見てということになるだろう」


「お心遣い感謝いたします。ですが、エインヘリア国内を見て来て、此度の戦争の趨勢は、もはや決しているものと私共は確信した次第にございます」


「そうであって欲しいものだがな……戦の趨勢は時の運とも言う。けして驕らず、地を踏み固めながら進んでいくとしよう。さて、此度は中々興味深い話であった、ささやかながら宴を用意させてもらった故、しばし疲れを癒してから参られると良かろう」


 俺は手にした書状をキリクの持つ台の上に戻しつつ、締めの挨拶に入る。


 謁見としては短いのかもしれないけど、腰にダメージが来る前に玉座からは離脱するとしよう……それに謁見自体は終わらせるけど、俺の仕事はまだ終わっていない。


 この後は、人数を減らして会談をしなければならないみたいだからな……唯の交渉事ならキリクかイルミットに任せるつもりだったが、そうもいかないみたいだ。


 俺は先程読んだ書状を思い出す。


『御会いしたいのですが、この後御時間をいただけますか?』


 書状にはどことなくぎこちなさを覚えるものの、丁寧に書かれた文字でそう記されていた。






 面倒事をとっとと終わらせたい俺は、謁見が終わってすぐにキリクに手紙の件を伝え、ヘルディオ伯爵へと連絡を入れてもらった。


 玉座の間で話した感じから、ヘルディオ伯爵は聖王から渡された書状の内容を知っているのだろう。というか、知っていないと色々問題がある。


 使節団の何処までがそれを知っているかは分からないけど……それはこれからここに来るヘルディオ伯爵たちに話を聞けばよい。


 問題は、アレが本当に聖王からの書状なのかどうかってところだけど、まさか謁見の場でお飾りとは言え自分の主の名を騙る様な真似するはずがないだろうし……ってことは、使節団に紛れて王が来ているのか?


 物語とかで、そんな逸話のある王みたいなのが出て来ることはあるけど……実際やる奴がいるのか?


 どう考えても危なすぎるだろう……使節団は二十人くらいしかいない訳で……ほとんどが護衛だったとしても、王の護衛としては少なすぎるだろう。


 万が一があったら色々終わりよ……?


 ルフェロン聖王国の現状を見るに、跡継ぎなんて間違いなくいないだろうし……ん?それが狙いか?


 摂政が王位継承権を持っていてもおかしくないだろうし、直系が居なくなれば一代遡ってもおかしくは無いだろう。


 それに、王が他国に滞在中に暗殺……そこまで行かなくても害されでもしたら、それを口実に戦端なんて簡単に開かれるだろう。


 戦争の大義名分を作りつつ、摂政という代行ではなく実権を取りに行く……悪くはなさそうだけど……でも今回の使節団を派遣してきたのは摂政派だからな。


 自分の派閥主導の使節団に紛れさせ、こそっと王を他国に移動させて暗殺……いや、駄目だな。


 もし俺がやるなら、相手の派閥の名義で使節団を派遣する。責任を被せて相手の派閥の弱体も狙えるので一石三鳥ってところだね。


 そうなると宰相派の陰謀……いや、それもどうかねぇ……宰相の立場じゃ幼君を殺す必要がないだろう。


 それなら直接摂政を殺したほうが早い。


 ってなると……聖王が、自分の意思でこそっと随行して来たってことになるが……いや、王様がこそっと随行とか絶対無理だろ。


 確実にバレる。


 半日荷物の中に隠れていればオッケーとかじゃないんだ。


 一か月近くの旅に、こそっと隠れて着いていけるわけがない。


 少なくとも摂政派の人間は聖王がついて来ている事を知っていたはず……世話も必要だろうしね。


 もしくは……第三の派閥、聖王派がいるって可能性もあるかな?


 使節団は基本摂政派が主導しているんだろうけど、中には宰相派も混ざっているだろうし……仮に第三の派閥があった場合、ヘルディオ伯爵は手紙の内容を知っていたことから考えて、聖王派と見るべきだろう。


 聖王派の後ろ盾となって……みたいなことを昨日考えていたけど、マジでそんなパターンになりそうだな。


 まぁ、俺としては聖王の後ろ盾だろうが何だろうが、別に構わない。


 エインヘリアという国の支配下でなかったとしても、魔力収集装置さえ置かせて貰えれば、そこを誰が統治しようがどうでもいいのだ。


 まぁ、好きなように転移の出来る魔力収集装置を置かせて貰っている時点で、実効支配完了しているようなものだけど……。


「フェルズ様、御思案中に申し訳ありません。イルミットが来ました」


 これから来るであろう相手の狙いについて色々と考えていると、会議室の扉の傍に立っているリーンフェリアがイルミットの来訪を告げて来た。


「構わない、中に」


 今回聖王に会うにあたって、キリクとイルミット、それにリーンフェリアに同席してもらうことにした。


 もし条約だ貿易だみたいな話しになれば、イルミットに仕切ってもらった方が良いし、相手の狙いや真意を確かめる為にはキリクが同席してくれていた方が良い。


 まさかここで俺達に襲い掛かってきたりはしないだろうけど、リーンフェリアにはいつでも動けるように俺の傍に控えてもらう。


 この布陣であれば大抵のことは何とか出来るだろうし、俺のミスもカバーしてくれるはずだ。


 まぁ、問題があるとすれば……俺のうっかりをキリク達が誤解して、何か狙っていると取られるとマズいってところだけど……その場合は、後でリカバリーしてもらうとしよう。


 余計な仕事作るなって怒られそうだけど……覇王は交渉事が得意ではないので、許してもらいたい。


「イルミット、キリクから話は聞いているか?」


 部屋に入ってきたイルミットに尋ねると、いつも通りイルミットがこちらに向かって頭を下げた後に口を開く。たゆん……。


「はい~、なんでもルフェロン聖王国の聖王が使節団の中に紛れているとか~」


「受け取った書状には、そう取れる内容が記されていたな」


「狙いは~エインヘリア……いえ~、フェルズ様の御力を借りたい~とかでしょうか~?」


「かもしれん。ルフェロン聖王国は、ルモリア王国とはまた違った感じに権力争いが起こっているようだしな。しかし、俺達の事もしっかりと調べているようだし、他の周辺国に比べればまともそうじゃないか」


 攻め込んできた三国も……ドラゴンの件を知っていれば、攻めてきたりはしなかっただろうね。


「まともと言いますか~、他の国がダメ過ぎるだけかもしれませんね~」


「それはその通りだな」


 呆れたような様子で言うイルミットに同意する。


 ドラゴンの件は、国として他国に喧伝はしていない物の、旧王都に氷漬けにしたドラゴンの首を一時期飾ったりしていたのだ。


 王都では偉い騒ぎだったし、ちょっとでも調べればそんな話は簡単に耳にすることが出来た筈……それすらも怠って目の前の餌に食いついたのだから、本能に忠実にも程があるというものだ。正直魚よりも入れ食い感があったし。


「色々と予想は出来るが、相手がどう出るか楽しませて貰うとしよう」


 いや、嘘です、何言われるか憂鬱で仕方ありません……。


「そうですね~。何を言って来ようとも~私達にとってはプラスにしかならないでしょうし~」


 だといいんだけどね……。


「リーンフェリア。何かあっては面倒だ、俺達だけではなく、いざという時は客人の事も守ってやってくれ」


「はっ!畏まりました!」


 リーンフェリアがいる以上この部屋の守りは完璧だ。


 後はどんな話をされるかだけど……そっちの守りはスカスカかもしれん……気合を入れねば。


「フェルズ様。キリクが御客人をお連れしたとのことです」


「入ってもらえ」


 俺の命令に従い、キリクが二人の女性を連れて会議室に入ってきた。


 一人は先程謁見の間で話していたヘルディオ伯爵。


 もう一人は、緊張に顔をこわばらせた女の子……まぁ、間違いなく彼女がルフェロン聖王国の聖王、エファリア=ファルク=ルフェロンだろうね。


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