第90話 二国の使者
喜び勇んでエインヘリアに攻め寄せて砦を奪った軍を蹴散らし、逆に相手国に侵攻を始めてから三日程が経過した。
侵攻軍は全軍順調に進行を進めており、既に国境にある砦、そして国境付近の街を制圧している。
攻め込まれた国は大混乱中みたいだけど、戦争を仕掛けておきながら反撃を喰らったら慌てるって、随分と暢気な事だな。
そんな中いつも通り執務室で書類処理に励んでいると、いつも以上に無表情なキリクがやって来て要件を告げて来た。
「ラーグレイ王国から使者が?」
「はい。明日、旧ルモリア王都に来ると」
今名前の挙がったラーグレイ王国とは、エインヘリアの西に位置する隣接国で、今回攻め込んでこなかった国の一つだ。
「要件は……?」
「エインヘリア王の即位に祝意を表するとともに、これを機に国交を樹立したい、とのことです」
キリクが無表情な理由がこれ以上無いくらいに分かった。
「なるほど……無知もここまで行くと怒りを通り越して憐れみすら覚えるな」
エインヘリアへの理解がないまま使者を送り込んできたのが丸わかりだ。
ちゃんと元貴族である代官たちにでも事前に話を聞いていれば、即位の祝いなんて的外れな上にうちの子達を完全に敵に回す様な事は言わなかっただろう。
まぁ、うちの子達相手じゃなかったとしても、国家間のやり取りで間違った情報を正式な使者が口にする時点で終わってる。
「私共の方で処理をしてもよろしいでしょうか?」
完全に目の据わっているキリクが、口元だけ笑みを浮かべながら尋ねて来る。
こんな風にキリクが激昂した理由は単純だ。俺が即位したのは……少なくともキリク達の中では、十数年以上前のことだ。
フェルズとしてこの世界に来た時点で、リーンフェリアは今が統一歴八年と言っていた。
統一歴とは、レギオンズの覇王ルートにおいて全ての国を併呑して、更に魔王を撃破した後につけられる年号だ。当然フェルズはそれよりも前から王として即位している訳で……それをあたかも、ルモリア王国を倒すことで王として即位したというように言ってしまえば……国際問題どころの騒ぎではないだろう。
つまり、俺の事を簒奪者と言われているわけだからね。うちの子達にとっては正当な王位を侮辱されたわけだから、それはもう全力で御怒りだろう。
まぁ、なんやかんや理由をつけて周辺国は平らげるつもりだったし、良く調べもせずに他国の王を侮辱したんだから、自業自得ってものだろう。
っていうか、突然聞いたこともない国が隣に出来たんだから慎重に色々調べろよ……防諜をしているとは言え、民の間で話に登るような内容まで一切シャットアウトしてはいない。
エインヘリアとはどういう国か、何故ルモリア王国と戦ったのか、王がどのような人物か……そう言った話は積極的に噂を流しているし、調べればすぐに集められる内容だ。
それすらも怠ったのか、それともこちらの反応を見る為に、敢えてそんなことを言っているのか……それはまだ分からないけど……反応を見る為に他国の王を馬鹿にするって、リスクが大きすぎるし、多分噂すら集めずに自分達の元に届いた情報……ルモリア王国が滅んで後釜がエインヘリアを名乗っている、といった程度の情報で動いている馬鹿と見るべきだろう。
まぁ、ラーグレイ王国に関してはキリクに任せよう……正直攻めて来た三国よりも悲惨なことになるんじゃないかという心配はあるけど、うちの子達を怒らせてしまったのだから諦めて貰おう。
「分かった、任せる。但し、あまりやり過ぎるなよ?特に、民には非がないのだからな」
「畏まりました。外交官見習い達をお借りしても良いでしょうか?」
「外交官見習い……?あぁ、旧ルモリア王国の斥候部隊に居た連中だったか?それだけでいいのか?」
「はい。それと、仕上げにフェルズ様の御威光をお借りできれば……」
「ふむ?何をすればよいのだ?」
俺の御威光といわれましても……魔法で背中から後光でも出しましょうか?光属性は使えないから雷になるけど……。
「兵を率いてラーグレイ王国の王都に入って頂きたく。それでラーグレイ王国は終わります」
へー、全く意味が分からん。とりあえず後光は必要なさそうだ。
っていうか、キリクの中では既にラーグレイ王国崩壊プランが出来上がっているのね。
この場合俺が言えるとしたら……。
「王都に入るだけか……なるほど、戦わずして落とす……そういうことか?」
「御慧眼の通りにございます。ゴミを片付け、綺麗にしてからフェルズ様にお渡ししたく存じます」
俺の目は曇りっぱなしだと思うけど……まぁ、キリクがなんやかんや、いい感じにしてくれるのは間違いないだろう。
「どのくらいの時間を見る?」
「現在侵攻中の三国と合わせようかと思います」
「二か月か……」
キリクの口ぶりからして戦って落とすわけじゃないんだろうけど……一体ラーグレイ王国にどんな運命がまっているのだろうか……?
まぁ、それはキリクのみぞ知るってところだが……それはともかく、周辺五か国の内四か国は動きを見せたが、最後の一国……東に位置する、ルフェロン聖王国ってところだけが何もなしか。
聖王国って辺りに宗教臭がして凄く嫌だったのだが、どうやらそういった感じの国ではなく、ただ単に王様が聖王と名乗ることから聖王国と呼ばれる国らしい。
その理屈で行くと、うちは覇王国になるわけだけど……外向きに覇王と名乗っている訳じゃないしな……その内呼ばれるようになるかもしれないけどね。
「ラーグレイ王国についてはそれで問題ない。ところで、ルフェロン聖王国とやらは、何も動きを見せないのか?」
「まだ確定情報では無かったのでお知らせしておりませんでしたが、ラーグレイ王国同様にルフェロン聖王国の方でも使節団を派遣する動きを見せております」
「ほう……ラーグレイ王国よりも賢ければ良いのだが」
同じパターンで来たら、キリクがはっちゃけちゃうよ?
「ルフェロン聖王国は、周辺五か国の内、もっとも政情が安定していない国になります。去年即位した聖王は今年で十歳。当然政務に就くことは出来ず、聖王の叔父である摂政が実権を握っているようです」
「……摂政か」
摂政って……別に悪い役どころではない筈なのに、物凄くキナ臭い物を感じるよね。
「権力の代行者である摂政と、国政を担う宰相は派閥争いを行っており、二派にわかれた貴族達が権力闘争に明け暮れ、国内の政治はガタガタになっているようです。彼の国が隙を見せても攻めてこなかったのは、派閥争いのせいで外に戦力を向けられなかったからでしょう」
「呆れたものだ。権力争い等という児戯に夢中で国政を疎かにするとは……放っておけば遠からず自滅しそうだが、キリクはどう見る?」
「中枢がガタガタとは言え、歴史ある国です。長年の蓄積で組まれた政治システムによって、国を揺るがす程の決定的な失敗は起こっておりません。聖王は幼く、その資質は明らかではありませんが、成人して、自ら政務を執り行えるようになるまでには、まだ数年の時が必要です。ですが、今の状況が続いたとしても、聖王の成人まで国は持つはずです。他国の介入が無ければ、ですが」
「当然他国は黙ってみてはいないだろうな」
今回俺達が攻め込まれた様に、弱っているところは徹底的に攻められるからな。
「摂政派、宰相派ともに他国の力を使って自陣を強化している様子がありますし、恐らく現聖王の成人を待たず内戦が勃発するかと」
「内戦か……勝者となったとしても、行きつく先は力を貸した他国への従属……幼き聖王が憐れだな。自ら聖王の座を望んだわけではないのだろう?」
十歳の子供が、俺が王になって国を導いてやる……とはならんだろうし、仮にそう言う神童とかだったら、摂政が幅を利かせる事態にはならんだろうしね。
「はい。前聖王とその妃が事故で亡くなり、唯一の子供であった現聖王が即位したとのことです」
「事故か……」
またキナ臭い単語が……。
「馬車で地方の視察中に崖の崩落に巻き込まれたとの事。護衛であった近衛騎士達は聖王を守ることが出来なかったとして半数近くが処刑され、当時の状況を知るものは残っていないそうです」
「……なんとも分かりやすい事故だな」
真っ黒やんけ……やったのが摂政か宰相か知らんけど……手にした権力的に見ると、摂政の方がより香ばしい匂いがするね。
「使節団を送ろうと動いているのは摂政派閥ですが、どうされますか?」
「こちらから動く必要はない。情報収集だけは念入りに、後は使節団がどう動くつもりなのか、じっくり見物させてもらうとしよう」
ラーグレイ王国のやらかし使者と違って、ちゃんとした使節団である可能性もあるし、摂政や宰相が悪者だろうがなんだろうが、俺達には関係ない。
幼くして政争に巻き込まれている聖王は気の毒だと思うが、それをどうにかしてやる権利も必要もないしね。
内政干渉なんて、当事者であるルフェロン聖王国以外からも、余計なお世話だと文句を言われる事案だろう。
裏でこそこそと動いている奴等にとっては、折角の狩場を荒らされることになるしね。
まぁ、摂政派と宰相派の二派閥の争いに、俺が裏で後見となって聖王派をぶっこむって手もあるけど……流石に十歳の子供をそう言う風に駒として扱うのは趣味じゃない。侵略を進める良い餌にはなるだろうけど。
なんにしても、ルフェロン聖王国の使節団の動き次第だね。
この状況で俺達に宣戦布告は無いだろうし……ラーグレイ王国みたいにアホな失敗をしなければ……普通に友好の使者だろう。
使節団は摂政派が主導して派遣してくるらしいが、いざという時の為の繋ぎか……若しくは力を貸して欲しいと言ってくるか、何もするなと釘を刺してくるか……まぁ、使節団が来てからのお楽しみって感じだな。
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