第89話 爽やかな朝だから



「陛下、請願したき議がございます」


 フィオと漸く会えたと喜んだ日の昼過ぎ、旧王都から転移でヴィクトルがやってきたのだが……会って早々、なにやら悲壮な決意を固めた様な表情をしながらこんなことを言ってきた。


 現在ヴィクトルは、旧王都の代官をしつつ元貴族たちのまとめ役みたいな立場になっており、エインヘリア城に二番目によく訪れる元貴族だろう。


 ちなみに一番城によく来る奴はグスコだ。


 まぁ信者アレはさておき、今日は朝からそれなりに忙しくて微妙に疲れているんだが……こんな真剣に直訴しにきているヴィクトルの話を聞かないって言うのはないよな。


 俺は人の話を聞く覇王……というよりも、自信が無いので、色々言ってくれる相手の方がありがたいと思っている覇王だからな。


「ふむ、聞こう。何か問題か?」


「陛下……恐れながら……此度の戦、その停戦交渉を私に任せてはいただけないでしょうか?」


「停戦交渉?」


 停戦交渉……まぁ、聞くまでもなく今攻め込んで来ている国とだろうけど……実質、降伏の使者って感じか?


 ふむ……心配しているだろうとは思っていたが、これは予想以上に元貴族たちに心配をかけてしまっているようだな。


「はい。陛下はグラウンドドラゴン討伐の偉業を他国へ触れまわることを禁じました。故にその武威を知らず、エインヘリアを見縊った国が現在侵攻を続けているわけですが……流石に三国を同時に相手にするのは、エインヘリアと言っても容易い話ではないと存じます。なので私、が二国を交渉で足止めしてみせます……その内に残った一国の軍に注力して頂きたく」


「なるほど。随分と心配させてしまったようだな」


「国を想うのは我等が本懐……どうかお役目を任せてはいただけないでしょうか?」


「……ふむ」


 さて、どうやって説明しよう。


 わざと防御を手薄にして攻め込ませましたーって、ヴィクトルは許さんよな……。


 いや……押し切るか?


「ヴィクトル。お前達にそこまで心労をかけていたとはな……」


「陛下……」


 俺の言葉に申し訳なさそうな表情になるヴィクトル。


「それは、代官たちの総意と言う事で間違いないか……停戦交渉を始めるべきだと?」


「全ての者に確認を取ったわけではありませんが、概ねそのような意見であります」


「なるほどな……だが、停戦交渉は行わぬ」


「陛下!?なぜでしょうか!?私であれば各国との繋ぎをつけることは可能です!我が命に代えても、必ず良い条件での停戦を勝ち取って見せます!」


 あー、さっき見えた悲壮な覚悟は、俺に意見して不興を買うとかってことを恐れたわけじゃなく、命を捨てる覚悟で停戦交渉に赴くって意味だったのか?


「くくっ……停戦交渉で二国を止めるといった男が命に代えてもと言ってもな。命を捨ててしまっては一国しか止められないのではないか?」


「そ、それは言葉の綾というものでして……いえ、命を惜しむつもりはありませんが……」


「冗談だ。それより、停戦交渉は必要ない」


「必要ないとはどういうことでしょうか?陛下はここから戦局を巻き返すと……?もしや御身自ら最前線に!?」


 そう叫んだヴィクトルの目から滂沱の如く涙が零れ落ちる。


 なんで……!?


「確かに、グラウンドドラゴンを討伐した陛下であれば一軍を相手にすることは容易いでしょう。陛下の御力……非常に頼もしくありますが……陛下におすがりするしかない我が身があまりにも不甲斐なく!」


 なんかヴィクトルから……うちの子達と同じ方向性の……途轍もなく不思議な信頼をされてしまっている気がする。


 そんな凄い信頼を受けるようなことしてない筈なんだが……。


「他国に付け入る隙を与えたのは我等であるというのに……不甲斐ない!まっこと、不甲斐ない!」


 なんか自責の念で暴走しそうになって来たし……。


 とりあえずそのテンションは怖いから抑えて頂きたい。


「落ち着けヴィクトル。今エインヘリアに戦を仕掛けて来ている国があるのは、私の策によるものだ。お前達に一切の手抜かりは無い」


「……ど、どういうことでしょうか?」


 ……民を危険に晒したとかいって怒られそうで言いたくなかったんだが……ヴィクトルの雰囲気に負けてしまった以上、押し切る作戦は断念するしかなさそうだ。


 ちゃんと説明しよう。


「そもそも以前ヴィクトルには話さなかったか?我等の動員できる兵力は五十万を超えていると……」


「確かに、初めて拝謁させていただいた折に、そうおっしゃられていたのは覚えておりますが……」


 ヴィクトルが少しバツが悪そうな表情を見せる。


 あぁ、盛ってると思われていたか。


 よし、ヴィクトルが気まずそうにしているからやっぱり押し切れる気がしてきたぞ!


「くくくっ……なんだ、信じていなかったのか?」


「い、いえ!決してそのようなことは!」


「ふっ……まぁ実際に見せた訳ではないからな。それに今回送り出した軍も全部で五万程度、はったりだと思われても仕方が無いだろう」


「……」


 おぉ、ヴィクトルがどんどん申し訳なさそうな表情になっていく……これは勝つる!


「先に謝っておくが、今回攻めてきた軍に対し、迎撃に向かわせた兵数が少ないのはわざとだ」


 謝るといいつつ謝らない覇王スタイル……個人的には接頭語と言わんばかりに「すまない」って言いたいけど、我慢だ。


「当然、出せる兵はまだまだ余裕があるぞ?本当は周辺五か国全てに攻めて来て欲しかったのだからな」


「な!?何故そのような!?」


「当然……理不尽な理由で攻め込んできた愚か者共を潰す為だ」


 俺の返答に、ヴィクトルが愕然とした表情になる。


「弱っている相手からさらに搾り取ろうとするのは人の性だ。これ見よがしに中枢が混乱している様子を見せれば、餌にくらいついてくるは道理よ」


「……陛下は相手に攻めさせておいて、それを打ち払い、逆に侵略戦争を始めると……?」


「その通りだ。少し餌をちらつかせた程度で進軍してくるような国だ。近所付き合いするには些か信がおけぬであろう?」


「ですが!それで民達に被害が出るような……」


「被害はあったか?」


 俺の問いに、今度はキョトンとした表情になるヴィクトル。


 元大貴族として、そんなにわかりやすい表情の変化を見せていいのだろうかと不安になるな……停戦交渉……というか他国との交渉任せたら、いいようにやられそうなんだが……。


「被害……民への被害は……今の所、耳にしておりません」


「うむ。敵は国境に作られた砦を制圧、そこを橋頭保に侵攻するつもりだったのだろうが、そこから先には我が軍に阻まれて進むことは出来ておらぬ。国境付近の街や村が略奪された等と言う事はないはずだ」


「……」


「民の事は守ると、お前達に俺は約束しただろう?敵軍の監視は抜かりなくやっているし、はぐれ部隊や偵察部隊等が近隣で悪さをしない様に徹底的に守らせている。一人たりとて、エインヘリアの民に被害は出ておらんよ」


「そ、そのようなことが……」


「最初に仕掛けて来たフレギス王国。アレに二万五千の兵しか出さなかったのは、他の国をおびき出す為だ。案の定こちらの兵力がまだ十全でないと見たエスト王国とユラン公国が動いた……」


「……だから、兵数の差があるにもかかわらず、膠着状態が続いていたのですね。いくら寡兵とは言え、ルモリア王国軍を一瞬で壊滅させたエインヘリア軍にしては動きが鈍いと思っていたのですが……」


 納得したように頷きながらヴィクトルが言う。


 民に被害が出ていないからかも知れないけど、わざと敵に攻め込ませたことに関して文句はないようだ……。


「ルモリア王国との戦いは常に同数の兵力を出していたからな。実際はそこまでの兵数は必要なかったみたいだが……無駄ではなかった。周辺国の軍事力がルモリア王国と同程度と聞くことが出来たおかげで、今回の仕掛けを思いつけたのだからな」


「……では、これから三国の侵攻軍を撃破して砦を奪還し、相手国へ攻め込むのですか?それとも一国ずつ……?」


「あぁ、同時に三国を攻めるぞ。この程度の戦線であれば抱え込んだところで問題はないからな。侵攻軍には開発部を同行させているから、拠点はすぐに確保できる」


 攻め落としてすぐに魔力収集装置を設置できる体制で侵攻すれば、時間やコストは非常に効率よく運用できる。


「……やはり、転移装置は素晴らしいの一言ですな」


「まぁな。アレがあるからこそ強引な作戦が実行出来るというものだ」


「敵からすれば悪夢としか思えないでしょうな……」


 そう言って深い嘆息をするヴィクトル。


「ルモリア王国は、まだ正面から戦ってやったほうだが、今後は俺達にとっての常識的な戦い方をさせてもらうさ」


「……エインヘリアが大国として名を馳せるのも遠くないと言う事ですな」


「……ヴィクトルは侵略戦争には反対すると思っていたが」


 感慨深そうに言うヴィクトルの態度に、思いのほか戦争に対して嫌悪感が見えずに驚いた。


 戦争となれば民が色々と辛い目に合うのは間違いない……死ぬのは兵だけとは限らないのだから。


 寧ろ略奪等の被害に遭う一般人は相当な数になるだろうし、男手を失ったことにより生活が出来なくなり、その結果多くの孤児が出ることも避けられない事だろう。


 民を第一と考えるヴィクトルが、それを許容するとは思ってなかったんだけど……。


「確かに、戦争を起こすことについて……あまり諸手を挙げて賛成という訳ではありませんが……陛下の、エインヘリアの民となれることは、決して悪い事ではありません。一時的な混乱は避けられないでしょうが、その後に訪れる幸福は約束されているわけですから」


 ……え?


 なんか、ヴィクトルが超怖いこと言い出したんだけど?


 いや、確かにエインヘリアの民になったら全力で庇護するけども……幸福がどうとかは……どうだろうか?


 いや、確かに以前、俺の民には安寧を約束する的な事を言ってのけた気はするけど……あれは政治家の公約的なもので……努力はするけど実現するかどうかは……そんなアレですよ?


 うちの子達並みの持ち上げっぷりなんだけど……ほんと俺、ヴィクトルに何かしたっけ?


 全く思い当たることがないけど……とりあえず、スルーして話を進めるか。


「ところで、ヴィクトル。これから砦を奪還するのではない。もう既に砦は奪還している」


 唐突に話を変えたことか、それとも俺の話の内容か……どちらに対してかは分からないけどヴィクトルが首を傾げた。


「……どういうことでしょうか?確か昨日の時点では砦には何も……」


「あぁ、今朝砦攻めを行った。戦自体はすぐに終わったが、流石に三カ所もあったから少し疲労を覚えたな」


 そう。久しぶりにすがすがしい朝を迎えることが出来た俺は、その晴れやかな気分のまま、午前中いっぱいを使って順番に砦攻めを敢行……さくっと正面門を突破して砦を奪還したのだ。


 俺が指揮を執るまでもなく楽勝だったけど……砦を攻めるのは初めての事だったので、練習がてら三連戦を行ってみたのだ。


「そ……その口ぶりでは、へ、陛下が三カ所の砦攻めに参加したように聞こえるのですが……」


「流石に、剣を掲げて突撃したりはしていないぞ?指揮はとったが」


「僅か数時間ばかりで砦を三カ所落としたのですか!?」


 時間の単位がしっかりとエインヘリア準拠になっているようで覇王は嬉しい。


「うむ、一か所につき一時間程度だな。まぁ、戦闘時間より俺の移動時間が大半だが」


「砦一つを一時間!?一体どのような策を!?」


「正面突破だな」


「正面突破!?」


「策を弄するまでも無かったからな」


 っていうか、ゲームでしか戦争なんてやったことのない俺が、プロの軍人さん達相手に策で上回れるはずがない。エインヘリアはいつだってパワーオブジャスティスよ。


「兵を増員したのですか……?」


「いや、現地に派遣していた兵しか使ってないぞ?」


「二倍以上の兵が籠城している砦もあったはずですが……」


「問題なかったな。こちらに被害は出ていない。相手は籠城していたし、敵兵は逃がさずに半分以上は捕虜としてそのまま砦に閉じ込めた。解放しても良かったが、統率を失った軍は野盗化して治安の悪化を招くからな」


「……確かに、敗走した軍は逃げながら略奪行為を繰り返すことは珍しくありませんが……砦に閉じ込めたのですか」


「牢獄変わりにな。国境付近の代官には連絡してあるが、見張りは旧ルモリア兵に任せる。だが、捕虜は丁重に扱え、虐待などはもっての外だ。もしそのような行為が発覚すれば厳罰に処す。無駄な恨みは必要ないからな」


 召喚兵は長期的な捕虜の見張りとかは向いてないというか、人の世話とかが得意じゃないからね。


 捕虜の見張りは人に任せた方がいいと、カルモス達との戦いで学んだのだよ。


「はっ!厳命しておきます!」


「頼むぞ。遅くとも二か月もあれば捕虜たちも我が民となるのだ。無碍に扱っても損しかないからな」


「……二か月で国を落とすのですか?」


「あぁ。砦を落とした兵達は、もう敵国に向かって侵攻を開始している」


 因みに、俺の指揮が無くてもしっかり侵攻できるかどうか試しているのだが……厳しそうなら早目に連絡するようには伝えてある。


「要所要所に魔力収集装置の設置をしながらの侵攻になるが……遅くとも二月もあれば首都まで攻め寄せられるだろう」


 召喚兵は一週間で消えちゃうからね……魔力収集装置がないと再召喚も出来ないし、効率よく進行してくれるといいんだが。


 因みに今回、三軍はそれぞれアランドール、カミラ、サリアを総大将にして、下に将を五人ずつつけている。


 槍聖であるサリアが総大将なのは、ジョウセンと違ってサリアには戦争系のアビリティをしっかりと覚えさせているからだ。


 ダンジョン攻略特化のジョウセンとは方向性の違う育て方をしているので、一騎打ちならともかく部隊指揮はサリアの方が上である。


 誰が最初に国を落とすか……非常に楽しみではあるけど、恐らくアランドールだろうな。


 大将軍の地位は伊達ではないのだ。


 そんな風に送り込んだ軍の事を考えていたら、険しい表情をしていたヴィクトルがふっと表情を緩めた。


「どうした?」


「いえ、何故陛下がグラウンドドラゴン討伐の件を喧伝しないのか疑問でしたが、今はっきりと分かりました。敵国を侮らせ、攻め込ませやすくする為。勿論それもあるのでしょうが……陛下、いや、エインヘリアにとって、ドラゴンの討伐は誇るべき武功の一つになり得ない事だったのですね……まさか三国同時に相手をして一気に領土拡大を狙っていたとは……」


「本当の狙いは五国同時だったのだがな。攻めてこなかった二国の動きは気になる所だが、釣れなかったのは残念だ」


 俺がそう言って肩を竦めると、ヴィクトルは渇いた笑い声をあげた。


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