四章 領土を広げる我覇王
第88話 覇王の狙い
旧ルモリア王国領を平定して早二か月……今や旧ルモリア王国領ではなく、この地はエインヘリアと呼ばれるようになっていた。
エインヘリアの人口は人族だけで百二十万となっており、月の魔石収入も一千二百万オーバーとなった。
相当な収入に見えなくもないが……我が知略を1上げただけで消し飛ぶような収入なので満足には程遠い。
まぁ、魔石収入に関しては更なる拡充の為に、一つ策を打っており、現在それが上手い事嵌っているのだが……まぁこれについてはまた今度説明しよう。
それと人族以外の種族……まぁ、ゴブリンのことだけど、国内で二カ所ほど隠れ里を発見することが出来た。
バンガゴンガを派遣して、エインヘリア、そして魔力収集装置の事を丁寧に説明した。
バンガゴンガの時とは状況が違ったため中々信じて貰えなかったが、それでも人族との確執問題や狂化への対抗手段が魅力的でない筈がなく、何度目かの交渉で二つのゴブリンの隠れ里は丸ごとエインヘリアの城下町に移住してきた。
まぁ、人数はどちらの集落もそんなに多くは無く、魔石の収入という点では人族百二十万とは比べるべくもないけど、ゴブリンを助けることは今後の事を考えれば悪い事ではないだろう。バンガゴンガにも約束しているしな。
ゴブリン以外の妖精族の情報も調べて貰ってはいるが、外交官達は今別件で忙しいこともあり、そちらはめぼしい情報を入手出来ていない。
一応バンガゴンガが以前言っていた、南の方にあるというハーピーの集落は近いうちに情報をえられるかもしれないと思っている。というのも、この地を平定した後から仕掛けていた策のお陰だが……今それはどうでもいい。
そんな事よりも大切なのは、これだ!
「本当に俺はセクハラ覇王と裏で呼ばれているのですか!?」
俺はフィオに向かって深々と頭を下げながら尋ねる。
「会って早々それかの……?」
当然だ、俺がこの数か月どれだけこの質問をするために魔物を狩ったと思っている?
「いや、まぁ、見ておったから知っておるが……必死過ぎじゃろ?」
心底呆れましたと言いたげにため息をつくフィオ。
苦節数か月……あの日とんでもない爆弾を投げつけられた俺は、自分の視線に常に注意を払って過ごしてきた。
はっきり言って、ヴィクトルや旧ルモリア貴族達と謁見をした時以上に緊張しながら日常を過ごしている。
精神の均衡を保つため……俺は毎晩寝る前にルミナをもふった後、フィオに夢で会って話がしたいと祈っていた。
東で魔物が発見されたと聞けば赴き、西に魔物の群れが現れたと聞けば向かい……時に魔物でなく野盗の仕業であったりもしたが、それら全てを覇王は屠ってきた。
そして今日漸く、漸くフィオとの邂逅を果たした……当然、最初に尋ねるのはこれしかないだろう。
「もう限界なんだ!覇王の理性が残っている内に……教えてください!」
「いや、それで、本当に言われておるぞってとどめを刺されたらどうする気じゃ?」
「……」
「というか、そう聞いてくると言う事は、凡その予想は着いておるのじゃろ?お主はただ安心したいだけじゃ。あの娘等はそんな事言っておらん……そう私に一言もらってのう」
「……それは、まぁ」
確かに、心のどこかでは、イルミット達が俺の事をそんな風に言っている筈がないと思っている。しかし……それを口に出すのは……。
「自分が絶対に変なことは言われていないと確信しておきながら、その保証を他人に求めるとは……あさましいにも程があるのじゃ」
「……」
なんか滅茶苦茶卑怯者呼ばわりされている気が……。
「はっきり卑怯者だと言っておるのじゃ」
「ぐふっ」
魔王の容赦ない一撃が覇王の心を抉る!
「……やっぱり余裕あるじゃろ?」
「フィルオーネさん……いや、フィルオーネ様。命を落としてまで、後の世の魔王たちの為に儀式を発動させたその慈悲の心、敬服するばかりでございます」
もうクソ塩魔王って言わないから許してください。
「口から出たゴミみたいな台詞より、シンプルな心の謝罪の方がマシじゃのう」
「では……」
「許すかどうかは別じゃが」
「ぐふっ」
心せま……なんてことは考えないのでどうかお許しを……。
「まぁ、私寛大じゃし?心は空よりも広く、その思慮は海よりも深く、太陽も霞むほどの美しさと、月のような儚さを兼ね備えた完璧魔王じゃし?許してやらんことも無いがのう」
……無だ。心を無にするんだ、俺の覇王力をフル動員するのだ!
何も考えるな。大丈夫だ、フェルズ、お前なら出来る!
「おっしゃる通りです」
「ものすっごい葛藤が伝わってきたのじゃが……まぁいいじゃろ。お主の陰口の件じゃが……」
や、やっとこの数か月苛まれていた地獄から解放される……いや、陰で言われていないからと言ってセクハラ視線を飛ばして良いという訳ではないが……今ほどの緊張を強いられながらの生活は送らなくてもいいのではないか……?覇王はそう思う。
「本当の話じゃ」
「嘘だろ!?」
イルミット……リーンフェリア……オトノハ……ウルル……名前を呼んだ順番に他意はないけど……マジかー。
「というのは嘘じゃ」
「やはり魔王とは世界の害悪だったようだな!滅っせよ!魔王!」
「世界広しと言えど、そんな理由で魔王を倒そうとした奴はお主だけじゃろうな」
猛る俺をせせら笑いながら、フィオが言う。
「ぽんこつ魔王の分際で……」
「ふん、今のお主に何を言われても、負け犬の遠吠えにしか聞こえぬわ」
「くそがぁ……」
はらわたが煮えくり返る思いではあるが……コイツの言う通り、今は何を言っても意味は無いだろう。
「まぁ、現時点では言われてないが、明日にでも言われてもおかしくないかもの?」
「……そんな危険水域なのか?」
「いや?寧ろイルミットとかは……いや、これは言うまい」
「おい、名前を出しながら中途半端に止めるな」
何故か途中で口を噤んだフィオを非難する。
「口が滑っただけじゃ。気にするでない」
「……」
「それよりも、お主はそんなにのんびりしていていいのかの?」
「ん?」
少し真剣な表情をしながらフィオが問いかけて来る。
「何がだ?」
「まぁ、お主の考えは分かっておるから別にいいのじゃが……戦争の件じゃよ」
「あぁ」
そう言われて何の話なのかようやく理解した。
現在エインヘリアは絶賛戦争中なのである。
相手はエインヘリアに隣接する国で、こちらが混乱していると見て国境を越えて領土をかすめ取りに来たのだ。
「一国相手ならともかく、相手は三国じゃ。少し多すぎやせんかの?」
「まぁ、それだけ領土拡大を望んでいたってことだな。実に素晴らしいことだ」
「北東、南、北西……隣接する五国の内三国から攻め込まれるとは、大人気じゃな」
「国境付近の守りを薄くして見せたからな。最初の一国は喜び勇んで攻め込んで来てくれたよ」
エインヘリアがルモリア王国を併呑したと宣言を出し、同時に国境付近の砦に配置されていた領軍を引かせた。
当然相手国からすれば、中央の混乱の為に兵が移動せざるを得なかったと見た事だろう。
実際、軍は再編されているので、間諜からの情報も国境付近から兵が居なくなったことを裏付ける情報ばかりだっただろう。
そんな絶好の機会の中、一番早く動いたのは南のフレギス王国。
四万もの大軍をおこしてエインヘリアの国境を侵した。
周辺国の軍事力は、ルモリア王国の国軍と領軍を合わせたものと同じ程度の物なので、四万と言うのはほぼ全軍の半数に近い規模である
これに対し、エインヘリアは二万五千の兵を出陣させ、フレギス王国軍と国境の内側で対峙……一進一退の攻防を繰り広げている。
四万のフレギス王国侵攻軍に対し、二万五千しか兵を出すことの出来なかった事を見た北東のエスト王国は、この瞬間を好機と見たのだろう。
南で戦端が開かれてから数週間後、今度はエスト王国が三万の軍でエインヘリア北東の国境を越境……エインヘリアはこれに対し一万の兵で迎撃を試みるも、ほぼ時を同じくして今度は北西のユラン公国が挙兵。
傍から見ると、ぼっこぼこもいいとこと言った状態である。
ノッブの野望で言うなら……尾張を統一した直後に、松平と斎藤と北畠に攻め込まれる感じ?
普通は勝てないね。
「お主の性格の悪さが垣間見えるのう……わざわざ敵よりも少ない兵をぶつけることで、他の国に余裕がないアピールをしておるのじゃろ?領土をかすめ取るチャンスと見た北の二国が、喜んで挙兵して来たから狙い通りなのじゃろうが……何も聞かされていない元貴族たちは、気が気では無かったじゃろうな」
「貴族達に狙いを話しちまうと……流石に安心はしないだろうが、これも策の内と考えてしまって緊張感が敵側に伝わらない恐れがあったしな。攻め込んできてくれないと、この後の大義名分が無くなっちまうし……誘い受けって奴だ」
「大義名分のう……」
「出来れば周辺五国全部攻め込んで来て欲しかったが、南東と南西の二国は動かないっぽいからな。そろそろ、反撃に出る予定だ」
当然ではあるが、俺が国境に送り込んでいるのはうちの子達だ。
わざと少ない兵力で戦争を長引かせ、今なら領土奪えるんじゃね?と他の国に思わせていたのだが……どうやら残りの二国は攻めてくる気が無いようなので、これ以上戦争を長引かせても仕方ないだろう。
さくっと攻めて来た軍を壊滅して……返す刀で三国をぶっ潰そうと思う。
くくく……これでサクッと人口を増やせる……ルモリア王国と軍事力が拮抗しているのだから、多分人口も似たような物だろう。
人口四百……いや、五百万行くんじゃないか……?
一月五千万……素晴らしい……これぞ覇王の人口増加計画よ!
作戦名は『攻め込んで来たんだから逆に攻め滅ぼされても文句ないよね?~お前の国民は俺の国民~』である。
「……作戦名のセンスは壊滅的じゃが。大義名分の得方が悪魔的じゃな。圧倒的な実力差を理解しておるからこそのパワープレイじゃが、ルモリア王国と戦って少しは自信がついたのかの?」
「まぁ……そうだな。最初の頃はかなり慎重に動いていたが、俺達の力がこの辺りで突出している事は理解出来た。あの残念ドラゴンのお陰でもあるが」
あのドラゴンが周辺国全体の脅威って話だったからな。
アレに勝てない様な軍隊しかいないなら、俺達が負ける方が難しいだろう。
「この戦いで魔力収集装置の設置が捗るなら、私としては願ったり叶ったりといったところじゃ。じゃが、無理だけはするでないぞ?」
「あぁ。今は各地に戦える子達が出払っているからな。まだ余裕はあるが、無理はしないさ」
俺の言葉にフィオは少し困ったような笑みを見せる。
「そういう意味ではないんじゃが……まぁ良いのじゃ。今日はそろそろ時間じゃが……最後に一つ、気付いておるようじゃが一応伝えておくのじゃ。私と会うのに魔物退治はそこまで効率が良くないのじゃ。出来れば狂化した魔物辺りと戦ってくれた方が良いのう」
「だろうな……まぁ、探して見つかるもんでもないが、頑張ってみるよ」
「うむ。次に会える時を楽しみにしておくのじゃ。まぁ、私はお主をずっと見ておるがの」
「少しは遠慮して貰いたいところなんだがな……」
俺の呟きがフィオに届いたのかどうかは分からない……既に俺は夢から覚めてベッドに横になっていたからだ。
まぁ、聞こえていなかったとしても俺の考えは伝わっているだろう。
さて、それはそうと……俺の心労は解消されたな……。
「爽やかな朝だ……世界が美しく見える」
覇王の戦いはこれからだ!
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