第86話 酒池肉林



 そうだ、酒池肉林しよう。


 覇王なんだし、享楽をむさぼってもいいじゃないか!


 はい!そんなわけで、本日は大浴場で宴会です!


 勿論、参加者は皆裸です!湯あみ着はありません!


 あっちを向いても裸!こっちを向いても裸!


 皆、惜しみなく肉体美を晒している……いや、お風呂なんだから当然だ。


 なんでわざわざ大浴場を使って宴会をしているのかというと……やはり、我覇王故……普通に宴会をするだけじゃ皆遠慮すると思うんだよね?


 それにほら権威は衣の上から着るって言うし……裸の付き合いとお酒の付き合いを同時にしたれっていう覇王的計略ですよ!


 というわけで現在『ムキっ☆男だらけの浴場宴会!』を開催しております。


 当然女人禁制ですよ……?


 給仕もおらず、酒は適当にセルフサービスとなっております。


 因みに風呂の温度はかなり低く設定されており、風呂と言うより温水プール位の暖かさって感じだ。そして、サウナは封印されている。


 いくらうちの子達が頑丈でも普通に酒には酔うみたいだし、意識を失ったらやばいしね。


 アルコール度数もかなり控えめで、酒飲み連中からすれば……水より軽いとか訳の分からない事を言い出すレベルだろう。


 酒に関しては気分的な演出くらいに思ってもらいたい。どちらかというとメインは裸の付き合いだ。


「痺れるような熱い風呂も好きだが、のんびりとぬるま湯につかるのも、これはこれで心地良いな」


 俺がゆったりと湯船に浸かりながら言うと、御猪口を片手にしたジョウセンが応える。


「そうですなぁ。しかし殿、酒がちと弱くありませんかな?」


「ジョウセンはいける口だったか。だが風呂場であまり度数の高い酒を飲んで、溺れたりしたら大事だろ?」


「確かにそうですな。拙者も風呂場で酒を飲むのは初めてですし、思わぬ酔い方をするかもしれませぬ」


 ジョウセンが湯に浮かべたお盆の上に乗っている酒を手に取り、隣にいるアランドールの器に注ぐ。


「ジョウセンやアランドールは酒に慣れていそうだな」


 二人の様子を見ながら俺が言うと、二人は笑いながら答える。


「ジョウセンとは偶にこうやって酒を酌み交わしておりますからな」


「因みにアランドールは、こう見えて甘口の酒が好みなのですぞ」


「ほう?そうだったのか」


 アランドールはうちの子達の中で最年長だし、見た目は超渋いじーさんなんだけど酒の好みは可愛い感じらしい。


 俺の知らないところでも交流があり、俺の知らない趣味嗜好があるのだと思うと色々感慨深いものがある……これもフィオの行った儀式の成果なのだろうけど……あの魔王、あんなかんじだけどやっぱり凄いんだな。


 色々な意味で俺がしみじみしていると、アランドールがご機嫌と言った様子で笑う。


「はっはっは、そうですな。ワインも年が若く軽い口当たりの物が好きですし、カクテルも女性向けと呼ばれるような物の方が好きなのです。因みにフェルズ様は酒を嗜まれるのですかな?酒を共にしているお姿を見かけた事はありませんでしたが」


「あまり飲むことはないな。特にこっちに来てからは、一度イルミットと二人で飲んだ時くらいだな」


「「イルミットと二人で酒を……?」」


 二人が少し驚いた様子で聞き返してくる。ハモっていたのがちょっと面白い。


「あぁ、以前魔石を大量消費したことで少し苦労を掛けたからな。その詫びということで以前誘ったのだ」


「ほほぉ、そうでしたか。流石殿!イルミットからという訳でしたか!」


「ふぅむ……めでたき事ですな」


「……何やら邪推しているようだが、お前達の考えるような事は何もない。純粋に酒と会話を楽しんだだけだ」


 後、ジョウセン。ってどういうことだ?


 イルミットが一人目って意味か?それとも、イルミットに襲われたって意味か?


「またまた……殿、何も恥じることはありませんぞ?王たるもの、女の一人や二人や十人や二十人、嗜まれておられても誰も文句は言いますまい。いや、寧ろ積極的に行くべきではござらぬか?」


「フェルズ様であれば色に溺れることもありますまい。御子を作られるというのも王の役目でありますしな」


 いや、その色的な奴で覇王は心が死にそうな目に合っているんだが……?


 確実に意志薄弱じゃよ?この覇王。


 確実に溺れるよ?水死体もかくやってくらい溺れるよ?


「お待ちください、フェルズ様はお忙しい身。夜はゆっくり休まれた方が良いのではないかと愚考します」


 いつのまにやら俺の横に居たキリクが、普段と変わらぬ生真面目な様子で言葉を挟む。


 しかし、顔が少々赤くなっているところを見るに、恐らく誰かと酒を飲んでいたのだろう。


「いやいや、殿はそんな柔ではありますまい!一晩で五人くらい相手に出来るでござろう」


 そんな夜の覇王プレイ無理に決まってるだろ!?


 いや、覇王のそっちのスペックは知らんけど……少なくとも覇王の精神は無理だと叫んでいる!


「次代の為にも、フェルズ様には励んでいただきたいのう」


「いやいや、まだ早いでしょう」


「早いということはござらんよ。本来であれば、かつての戦争時に御世継ぎを作っていてもおかしくなかったのでござるからな」


「む……」


 かつての戦争……レギオンズ時代って事だろうけど……まぁ、確かに個別のキャラエンディングとかで結婚とか子育てとかの話はあったからな。そういう話をしていてもおかしくはないけど……流石にゲーム中に子作りの話はなかったよね?レギオンズは全年齢対象のゲームですし。


「何の話をしてるっスかー?」


 今まで体を洗っていたらしいクーガーが、湯船に足を踏み入れながら会話に参加して来た。


 ここはキリク達の話から離脱してクーガーと話すとしよう。


「大した話ではないが……クーガーは下半身の筋肉が凄いな」


 ふと目に入ったクーガーの脚の筋肉を褒める。


 っていうか、思わずマジマジと見てしまった……いや、別に俺はそっちのケは無いのだが、目を奪われるほど見事な脚だったのだ。


「ありがとうございますっス!やっぱり外交官は足が大事っスからね!でも上半身の筋肉は、ジョウセンやアランドールには勝てそうにないっス」


「あぁ、あの二人の上半身は凄いな。ジョウセンの大胸筋や上腕二頭筋は見事なものだが……アランドールの広背筋は年齢に見合わず圧巻の一言だな」


「確かに凄いっス……でも一番凄いのはやっぱりフェルズ様っス!」


「む……?そうか?引き締まってはいると思うが、ジョウセン達に比べたら頼りないんじゃないか?」


「そんなことないっス!引き締められ無駄のない肉体って感じで……理想の身体と言えるバランスだと思うっス!」


 クーガーの絶賛に、俺は自分の二の腕を触ってみる。


 ……まぁ、確かに、風呂に入る前に軽くポーズを取ってしまうくらいには、俺も自分の肉体に自信はある。


「だが、最近は書類仕事が多いからな。どこか鈍っていないかと心配もあるな」


「私も最近ずっと座りっぱなしなので、色々と気になる所はあります」


 クーガーと肉体について語り合っていると、ジョウセン達のグループから外れたキリクが自分の二の腕を触りながらこちらに参加してくる。


「キリクの身体は、文官とは思えない程引き締まっていると思うぞ?」


「そ、そうでしょうか?」


「うむ、見事な身体だ。運動はしていないのか?」


「はい、最近はほとんど……なので、少し首や肩がこっている気がしますね」


 そう言って肩を回すキリク。


「フェルズ様は何処かこったりはしないっスか?」


「ふむ……今の所そう言ったものを感じた事は無いが……玉座に長いこと座っていると腰が痛くなるな」


 俺が冗談めかしながら言うと、キリクの目が鋭くなる。


 玉座に文句をつけたのはマズかったか?


「……フェルズ様。もしよろしければ、あちらにあるマッサージ台で、腰を揉み解してみるのはどうでしょうか?肩や腰の疲労は気付かぬ内に溜まっていくものです」


「なるほど、試してみるのも悪くないかもしれぬな」


 リクライニングチェアが欲しくなるほど、玉座は俺を苛んでくるからな。


「フェルズ様、是非私に施術させていただけませんか?」


「キリクが……?得意なのか?」


 整体とかのアビリティは、特になかったと思うが……。


「私自身書類仕事が多いので、何処をどのように揉み解せば良いのか、自分の体験として把握しておりますので……如何でしょうか?」


「確かに、辛い場所が分かっているからこそマッサージを上手に出来ると聞いた覚えがある。よし、折角だキリク。マッサージをしてくれるか?」


「はっ!全力で!」


 笑顔でそう言ったキリクの鼻から、突然一条の真っ赤な血が流れ落ちて来た。


「お、おい、キリク。鼻血が出ているぞ?」


「こ、これはお見苦しい物を……」


「のぼせたんじゃないか?すぐに風呂からあがれ。クーガー、すまんが水を用意してやってくれ」


「了解っス!」


 ふらつくと危険だ……湯船から出た俺は、キリクの手を取り脱衣所に連れて行こうとする。


「ふぇ、フェルズ様!?おおおお待ちください!わた、私は大丈夫です!何の問題もありません!」


「あまり油断は良くないぞ?気持ち悪くは無いか?」


「大丈夫です!それよりフェルズ様、マッサージを……」


「馬鹿を言うな。のぼせているお前にそのような事させられるか。今は体を冷やしながら休め」


「し、しかし……」


 眉をハの字にしながら、キリクが名残惜しそうにマッサージ台の方を見る。


「お前も疲れていたのだろう。すまないな、いつもお前に頼ってしまって」


「い、いえ。フェルズ様にお仕えする事こそ我が喜び。頼って頂けて無上の喜びにございます」


 社畜の完成形みたいな台詞を……いや、それに甘えるのは本当に良くない。


「頼ってしまっている俺が言うのもなんだが、適度に休んでくれキリク。お前が倒れでもしたら、それこそ国の一大事だ。不甲斐ない主で申し訳なくはあるが、体を大切にして、長く俺を支えて貰えないだろうか?」


「フェルズ様……」


 キリクの目が水分を一気に貯めていく。


「俺にして欲しい事があったら何でも言ってくれ。今日の宴会はお前達に感謝を伝える為のものだ。なんでもしてやるぞ?」


 キリクの足元が怪しかったため、肩を貸しながらキリクに笑いかける。


 む?キリクの顔が先程よりも赤くなって……しまった、先程から顔が赤かったのは酒のせいではなくのぼせていたのか?


「あ、あの……でしたら、マッサージを……」


「ははっ!いいぞ?マッサージだな。だが、のぼせている時にさらに血行を良くするのは……あまり良くなさそうだな。今度体が落ち着いた時にしてやるとしよう。だが、あまり自信は無いからそんなに期待しないでくれ」


「あ、いえ!そうではなく!私がフェルズ様に……」


「あぁ、分かった。なら俺がマッサージをした後に、キリクにもして貰うとするか。それともキリクにして貰って、やり方を覚えてからキリクに実践した方がいいか?」


「は、はい……いただきます!」


 そんなキリクの返事に思わず吹き出してしまった。


 いかんいかん、お礼を言い間違えてしまったのだろう。のぼせているのだし、笑ってしまったのは申し訳ないな。


 とりあえず、脱衣所に着いたら水を飲ませ、体を冷やすのを付き合ってやらないとな。


 そんな感じで、大浴場での宴は幕を閉じた。


 

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