第84話 ……あれから



 俺がセクハラ覇王と呼ばれるようになってから数年の時が……勿論、経っていない。


 気分的には相当長い年月を過ごしたが……間違いなく気のせいだ。ストレスで老け込んでもいない。


 いや、でもね?なんて言うか……視線のやり場がめっちゃ気になる訳ですよ……マジで、覇王心労で倒れるかもしれん……。


 特に、イルミットとカミラがね?


 目のやり場に困るとですよ!


 もういっそのことガン見したろかな……。


 そんなことを考えながら、悶々とする日々を一ヵ月ほど過ごした。


 未だガン見は出来ていない。


 それはともかく、その間、ずっとおっぱ……胸部装甲の事を考えて過ごしてきたわけではない。仕事もしっかりしていた。


 ヴィクトルによって旧ルモリア貴族達に、エインヘリアに降伏したことが告げられ、それと同時に、エインヘリア王自らの手で龍の塒に居たグラウンドドラゴンを討伐したことも発表された。


 最初は誰もが信じるに値しない与太話だと一笑に付したのだが、ドラゴン討伐に付随して龍の塒に街道を作ると発表すると、それはもう物凄い勢いでヴィクトルの所に各地から早馬が飛んで来たらしい。


 やはりあのグラウンドドラゴン、相当恐れられていたようだ……個人的にはかなり残念ドラゴンだったが……。


 そこで、氷漬けにしたドラゴンの首を旧王都の街門に飾ってみたところ……大混雑が起きて、数日門がまともに通行できなくなってしまったと報告があった。


 王都の中に入る門は一か所じゃないから、街への出入りが出来なくなったわけではないそうだけど……完全に失敗したよね。


 ごった返す見物客を見て、商人が街の外にまで屋台を出店したおかげで収拾がつかなくなるほどの賑わいだったらしい。


 まぁ、残念ながら各地から王都に駆け込んできた伝令達は、混雑を避けて他の門に回ってしまう為あまり意味がなかった……というか、伝令に来た人間がドラゴンの生首を見たところで「よし引き返そう」とはならんだろうし、ほんと意味なかったか?


 まぁ、ヴィクトルからの報告では、ドラゴンの首を旧王都に置いたおかげで、エインヘリアの話を大分しやすくなったと礼を言われたから、全くの無意味だったとは言えないだろう。


 それはそうと、ドラゴンを倒した後からヴィクトルがめっちゃキラキラした目で俺を見るようになったんだよな。


 なんか子供が好きなプロスポーツの選手を見るみたいな目だけど……そんな憧れ的な物を向けられる覚えは……まぁ、ドラゴン討伐だろうな。


 やはりドラゴン討伐は偉業ってことだろう。例え残念ドラゴン相手だったとしても。


 そう言えばカルモスやエルトリーゼ達もめちゃくちゃ安心した顔をしてたよな……この数か月、調略をするにあたって相当な心労をかけていたようだ。


 今後はエルトリーゼ達も代官としてどこかの街を治めるだろうし……少しは心労も、減るかどうかはその街次第か。


 しかし、代官としてうちの子達を派遣しなくていいのは助かるよな。ゲームの時は街や村の数が少なかったから問題なかったけど、現実になったら一つの国に街が三、四個しか存在しないってことはないよね……。


 とりあえず、今後も代官は現地の人間を採用していくとして……問題は、フィオの件だ。


 ……勿論、セクハラ云々の話ではない。魔王の魔力の件だ、当然だろ?


 今この瞬間もアイツ俺の心を覗いているのだろうか……?ストーカーが過ぎるな。


 それはさておき、どうやって魔王の件を解決した物か……。


 とりあえず、外交官に命じて魔王の情報も集めて貰い始めたが、優先度をそこまで高くしろとは命じていないんだよな……今最優先しているのは周囲の国の情報だ。まずは足場をしっかり固める必要がある……色々な意味で。


 それに思いっきり遠出させるのも不安がある。魔王がいるのは大陸の北の方って話だが、エインヘリアは大陸の南の方に位置している。大陸というからには、いくらうちの子達がとんでもない速度で動けると言っても、移動にはかなりの日数がかかるはずだ。


 一応フィオが俺達は狂化しないと言っていたが……絶対とは言い切れないって感じだったしな。


 魔力収集装置の小型化……出来れば持ち運びできるサイズ、贅沢を言うなら腕時計くらいの物を作ることが出来ないだろうか?


 有効範囲を狭くして、装置を持っている人物だけを保護できるものでいいんだが……いや、確か魔力収集装置を起動するには集落の中だったり、ダンジョンの中だったりしないといけないんだったか。


 魔力収集装置で厄介なのはそれだけじゃない。一番キツイのは、現地で組み立てないとちゃんと動かないってってところだ。


 適当な場所で組み上げた魔力収集装置を現地に運ぶだけで良ければ、開発部も少しは余裕が出るんだが……今はヴィクトルのお陰で一気に支配地域が増えたからな。


 主要な場所に設置するだけで手一杯だ。


 国境付近を最優先に設置を進めていることもあり、とりあえず周辺国からの進軍ルートになりそうな場所は既に塞ぐことが出来ている。


 次に各地の主要な街、それから小規模な街や村と言った順番で設置を進めているけど……現地の人……この世界の人に魔力収集装置の設置を教えられないか、オトノハと相談するべきか?


 今いるメイド達にアビリティを覚えさせるには……流石に魔石が足りないし、メイドの人数も足りない。


 城の管理をしてくれる子達が、皆いなくなるのも困るしな……。


 そう言えば、新規雇用契約書が使える様になっているって、フィオの奴がついでの様に言っていたが……魔石のコストが凄い事になっているとも言ってたな。


 そこはもう少し詳しく説明してくれよ……余計な事言う前によぉ……優先順位ってもんがあるだろう?いや、最後に聞いた話も相当大事な話だけどさぁ……アレは本当の事なの?それとも嘘なの?俺は陰でセクハラ覇王と呼ばれているの……?


 そんなことを考えていると執務室の扉がノックされる。


「フェルズ様~、準備が整いました~」


「分かった。すぐに行く」


 扉の向こうから聞こえて来たイルミットの声に、若干心臓がキュッとなったが、その動揺を悟られぬように毅然とした声で返事をする。


 今日はこれから、旧ルモリア王国の貴族達全員への顔見せがある。


 移動手段や通信手段に乏しいこの世界において、よくもまぁ一か月程度で全貴族を集めることが出来たもんだと感心したものだ。


 勿論、魔力収集装置の転移機能のお陰だけど……やはり、魔力収集装置を狂化対策になるからと他国に設置させるのは無理だよな。


 どう考えても、転移してきて滅ぼすつもりでしょ!?ってなるわな。


 色々とどんよりした思いを抱えつつ扉を開けると、折り目正しく頭を下げるイルミットとリーンフェリアがそこにいた。


 ……必要以上に視線は下げない、俺は本能を意志で押さえつけられる覇王だからな!


「待たせたな」


「いえ~、寧ろフェルズ様にご足労おかけして~大変恐縮です~」


「ふっ……新しき我が臣下達への顔見せだ。何の問題もない」


 余裕を持った笑みを見せつつ俺が言うと、イルミットが普段と変わらぬ様子で口を開く。


「ありがとうございます~。今玉座の間で~キリクが訓示を行っているところです~。予め書面にてエインヘリアがどういった政策を取っていくのかは伝えてありますが~、こういった場で示すのも形式上必要な事なので~」


「そういった細かい点はお前達に任せる。だが、俺の顔が必要な時は好きに使え。エインヘリアの為になる事であれば労苦は惜しまん」


「承知いたしました~」


 イルミットの先導について行きながら、俺はリーンフェリアにも話しかける。


「リーンフェリア。近々魔物の討伐をする必要がある。既に情報は探って貰っているが、発見次第俺達で討伐に向かう。覚えておいてくれ」


「はっ!」


 出来れば狂化した魔物を倒したいけど、この際狂化していない魔物でも良しとする。


 レギオンズのダンジョンみたいなものがあれば良かったんだけど……カルモス達に確認したところ、そう言った魔物の巣みたいな物はこの付近にはないとのことだったしな。


 森に潜んでいる魔物やらを地道に狩っていくしかないか。


 早い所魔王の魔力を集めて、フィオの奴に確認しなければならない海よりも深い問題があるのだ。


 これを解決しなくては……ほんとやばい、主に覇王の精神が。


 何せ、最近の覇王はイルミット達と話す時、視線を殆ど動かさないように腐心しながら話しているのだ……正直かなりストレスが溜まる。


 キリク達、男衆と話をしている時にどれだけ心が安らぐか……後はエイシャ達ちみっことかも癒される。


 しかし、キリク達と話していても油断は出来ない。


 何故なら徐に視界に女人が入ってきた一瞬……本能的にチラッと視線を飛ばしそうになるのだ。


 これは良くない……従って、最近覇王は首に力が入り過ぎていて、若干肩が凝りそうとか考えている。


 そんな風に重要な案件に心を奪われていると、いつの間にやら玉座の間に辿り着いていた。


 扉の前に立ち、気持ちを切り替える。


 音もなく重厚な扉がゆっくりと開かれていくと、そこには多くの者が片膝をつき頭を垂れている光景が広がっていた。玉座に近い位置にはうちの子達が、入り口側には見慣れない者達……旧ルモリア王国の貴族たちがいる。


 人数は思っていたよりもずっと少ない……三十人もいないんじゃないか?


 恐らく貴族家の当主だけなのだろうけど……百人くらいはいるのかと思ってたよ。


 そんなことを考えながら、俺はゆっくりと部屋の中央を進み玉座へと近づいていく。


 俺とイルミット、そしてリーンフェリアが歩く音以外、一切の音がこの部屋から排除されているような静けさの中、たっぷりと時間をかけて玉座に辿り着くと、俺は腰を下ろさずにこの場にいる者達を睥睨する。


 まぁ、皆頭を垂れているから、そうした所で誰も気づかないけどね。


「よくぞ我がエインヘリア城に来てくれた。旧ルモリア王国の諸君。そして新たな我が臣下達よ。面を上げよ」


 俺の言葉に従い、膝をついていた者たち全員が立ち上がる。


 玉座は彼等よりも三段ほど高い位置にあるので、彼ら立ち上がってもまだ俺が見下ろすことになる。


 まぁ、全校集会とかで、舞台上にいる校長が生徒を見下ろすよりもかなり近い位置だとは思うが。


 俺は玉座に腰を下ろさずに続けて言葉を発する。


「まずは名乗ろう。俺の名はフェルズ。このエインヘリアの王にして覇王と呼ばれるものだ!」


 そう、俺はフェルズ……覇王フェルズだ。


 何の因果か、魔王によって生み出され、ただのゲーマーの記憶を移植された、唯一無二の覇王だ。


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