第83話 真実、願い、誓い



「一つ確認したい事がある」


「なんじゃ?」


「……女性は胸を見られたりする視線に敏感だとよく言うが、アレは本当なのか?」


 創作物によくある、殺気を感じる的な奴じゃないの?


「当然じゃろ?というよりも、話している相手が自分の顔以外を見ていたら気付くじゃろ?例えば……妙に相手の視線が自分の頭の上の方を見ていると思ったら、寝癖を見られていたとかの?」


「……なるほど」


 確かに……こちらを見ているのに視線が顔よりも下に行っていれば……あ、すっげぇわかる……。


 俺を見ていたフィオが、一瞬ちらっと俺の胸元あたりに視線を向けたのをはっきりと感じた。


 こ……この動きは……ふとした瞬間に胸部装甲に目を奪われ、慌てて顔に視線を戻した時の動きか!?


 もろ分かりじゃねぇか!?


「じゃろ?」


 そう言ったフィオは、今度は胸元ではなく太ももあたりに視線をちらっと動かした後、俺の顔に視線を戻した。


 げぇ!?どっからどう見ても足を見ているってわかるぅ!?


 相手が椅子に座る瞬間とか……一瞬目を奪われたり……全部バレてんのかよ!?


「むしろ何でバレないと思ったのじゃ。視線がどこに向かっておるか……自分に向けられたものなら大体分かるじゃろ。なんで自分のゲスい視線が気付かれないと思うんじゃ?」


「……一瞬ならばれないかと思って」


「寧ろ、目の前でちらっと動きがあった方が分かるじゃろ?」


「……おっしゃる通りです」


 うん……そりゃそうだわ……ぐうの音も出ないわ……覇王の一つ賢くなったわ……いや五つかな……?


 ……。


「ところで、今回はなんで長めに話が出来るんだ?いつもは結構時間が無いって感じじゃないか」


「話題の変え方は、もっとスマートに出来るようになるべきじゃな。まぁ、別に何でもよいがの……今回こうやって話す時間が長いのは、ドラゴンのお陰じゃな」


「ん?アレの?」


 あのドラゴン、何かしたのか……?いや、何かしたのは俺の方か……つまり、ドラゴンを倒したから時間に余裕があるってことか?


「そういう事じゃ。あのドラゴンは魔王の魔力をかなり蓄積しておったようじゃ。それを倒したおかげで、魔王の魔力を随分と得る事が出来た……そのお陰じゃな」


「……なるほど」


「最初は狂化した魔物を倒した後、こうやって話せるようになるまで時間がかかったのじゃが、二回目からは慣れたのじゃ」


「……二回目の時間がかなり短かったのは、魔物を倒した訳じゃないからか?」


 二回目にこいつが夢に出て来た時は……確かルモリア王国との戦争の後だ。


 当然だが魔物退治は全くしていない。


「人族からはあまり魔王の魔力を得られなかったのじゃ。あの数を殺して漸く前回話した程度の魔力を確保出来たって感じじゃな」


 初めてフィオが姿を見せた時の魔力は、狂化した魔物の群れと……もしかしたらバンガゴンガが殺した狂化しそうになったゴブリンの分かもしれないな。


「因みにあのドラゴン、いつ狂化してもおかしくないくらいに魔王の魔力を貯め込んでいたのじゃ」


「そうだったのか……もしかして微妙に話が通じなかったのはそのせいか?」


 ドラゴンの言動を思い出しながら俺が尋ねると、曖昧な笑みを浮かべながらフィオがかぶりを振る。


「いや……アレは、あの者の個性じゃな。狂化するその瞬間まで、普段と何ら変わらないのが狂化の恐ろしいところじゃ」


 そうか……あの話が通じない感じは個性だったのか……いや、ドラゴン全体があんな感じって可能性も……。


「人が皆同じ性格をしていない様に、ドラゴンもそれぞれじゃ。私には、非常に理知的なドラゴンの知り合いがおったしのう」


 そうか……じゃぁ、アイツがただの残念ドラゴンだっただけか。


 まぁ、いいけどな。


「それよりも……ドラゴンの狂化か。エインヘリアなら対処できるだろうが、他の国にそんな物が現れたら大惨事だっただろうな」


「そうじゃな……傍から見ていて、同情を覚えそうなくらいぼっこぼこにされておったが、理性無き獣として屠られるよりはマシだったかもしれん」


「……そうだといいが」


 散々挑発して蜥蜴呼ばわりした後、喋っている最中に殺したのだが……マシだったのだろうか?


「……ところで、魔王の魔力と言えば、魔族や魔神族と言った種族がいるのじゃが、知っておったかの?」


「お前も、俺の事言えないくらいに話題変えるの下手くそじゃねぇか……魔族ってのは聞いたことあるな。確かバンガゴンガが教えてくれたんだったか……?狂化しやすい種族だったか?」


「うむ。魔族は魔王の魔力を吸収する力が強いのじゃが、稀に狂化した後に自我を取り戻すことがあったのじゃ」


「自我を?理性が戻るのか?」


「うむ。一度狂化してその後自我を取り戻した魔族、奴らは自分達を魔神族と呼んだのじゃ」


「魔神族って……魔王より随分と偉そうな呼び名じゃないか?」


 王より自分達の方が上って言ってるわけだし……ちょっと面倒くさそうな相手だな。


「……奴等にとって、魔王とは自分達をより強くする為の道具でしかないのじゃ。別に雑な扱いをしてくる訳ではないが、魔王を殺さないように幽閉したりはする。私自身、長い間軟禁状態にあったのじゃ」


「魔王の魔力が目当てだったのなら……こう言うのもなんだが、殺せば良かったんじゃないのか?死んでもすぐに代替わりするだけなんだろ?」


「私よりも前の魔王でそれを試したことがあったらしいのじゃが……魔王の死と同時に一気に放出される魔力の量だと、殆どの魔族が狂化するみたいでの。危うく全滅しかけたとかなんとか……」


 ……魔王が取り扱い注意すぎるな。


 魔族が魔王を閉じ込めている極悪人ってイメージから、危険物処理班みたいなイメージに変わったんだが。


「大半の魔族にとってはそうかもしれんが……それでもやはり、力を求めて魔神族を目指すものはそれなりおったぞ?まぁ、望んだからと言って、なれるかどうかは運しだいじゃったが……」


 ハイリスクハイリターンって感じなのか?


 リスクがでかすぎてまともな精神じゃ試せないけど……でも、試そうが試すまいが、魔族は魔王の魔力を吸収しやすくて、いつか狂化してしまう……魔王を殺したところで爆弾が爆発するだけですぐに次代が生まれて全く意味がない……。


 魔族悲惨過ぎないか?詰んでない?


「いや、確かにそう言うと悲惨な感じじゃが……魔王の傍に居なければ、それなりに大丈夫なんじゃぞ?寧ろ近寄って来るから狂化しやすいんじゃ」


「なるほど。ある意味自業自得だと……んで、フィオはそう言ったアレコレをどうにかするために儀式を行ったと。そう言えば、魔神族にとって魔王は道具でしかないってのは……魔神族は魔王の魔力を吸収してどんどん強くなるって感じだったのか?」


「うむ。じゃが、魔神族は……今はおらん可能性が高いのう」


「そうなのか?」


「魔神族の子供は、普通の魔族として生まれて来たからのう。今代の魔王になるまで魔王の魔力が大陸に蔓延することはなかったし……今代の魔王も生まれてから精々百年程度。余程魔王の傍で活動していない限り、魔神となっている者が出るとは思えぬ」


 そう言ったフィオの台詞に少し疑問が生じる。


「お前が儀式を行ってから、今代の魔王が生まれるまで狂化っていう現象は無くなっていたんだよな?良く原因が魔王の魔力って突き止めたもんだ」


 五千年前の伝承なんて、正確に残っているとは思えないしな。


「突然人が狂うのじゃ、必死になって原因を探るじゃろうし……百年もあれば原因を突き止めるくらい出来るじゃろ」


「だが、その場合、原因である魔王を殺そうとするんじゃ?」


 魔王の魔力が原因だと分かっても、魔王を殺したらその魔力が一気に解放されるってことまでは分かっていないだろうし……。


 張り切って、世界の敵である魔王を殺そうとするんじゃないか?


「……うっかりしておったのじゃ」


「いや、それはマズいだろ。今代の魔王がどんな奴で、何処にいるかは分かってるのか?」


「分からないのじゃ。私の知る情報は五千年前のもの……後はお主が見聞きした物だけじゃ」


「……確かバンガゴンガが魔王は北にいるとか言ってたな。急いで魔王について情報を集める必要がある……出来れば保護したいところだが……魔王がどんな奴か分からないしな。並行して魔力収集装置の設置を進めるが……世界中に魔力収集装置を設置するより、魔王を確保する方が手っ取り早いか?」


 今魔王にぽっくり逝かれたら、下手したらエインヘリア以外は全滅するかもしれん。


 そうなる前に力尽くでも魔王を確保する方が良い気がするが……相手がどんな奴か分からない以上判断しようがないな。


「そういえば、俺達は狂化しないのか?」


 確保できたとしても、こっちに被害が出るようじゃ意味がない。


 魔王の傍に居ると狂化が早まるという台詞を思い出した俺が尋ねると、フィオは申し訳なさそうな顔をしながら答える。


「お主達は魔王の魔力によって生み出された存在。恐らく狂化はしない筈じゃが……確実ではないのじゃ。じゃが、魔力収集装置の傍に居る限り大丈夫なはずじゃ」


「もしうちの主力級の子達が狂化したら……えらい事になるぞ」


「狂化するには、それなりの年月魔王の魔力に身を晒す必要があるのじゃ。基本的に、魔力収集装置の傍で生活をするエインヘリアの人間は狂化する事は無い筈じゃ」


 バンガゴンガは狂化寸前の状態から魔力収集装置のお陰で元に戻れた……今度実験で、完全に狂化した奴が元に戻るか試しておくか。


 狂化した魔物とか見つかるかな……。


「面倒事を押し付けて本当にすまんのじゃ」


 再び神妙な顔になるフィオに、俺は肩を竦めてみせる。


「楽しませて貰っている礼だ。覇王フェルズの名に誓って、お前が命を賭して叶えようとした願い、叶えてみせよう」


「恩に着るのじゃ」


 フィオが深々と頭を下げる。


「礼って言っただろ?気にするなよ。それに……フィオはかーちゃんみたいなもんだからな。このくらいの面倒は見てやっても罰は当たらんだろ」


 俺が笑顔を見せながら言うと、フィオも晴れやかな笑顔で口を開く。


「……お主の様なアホが私の子供なわけないじゃろ?」


「……このクソ塩魔王が」


「……セクハラ覇王に言われてものう。頑張って女子達に陰口叩かれていると気付かないように過ごすのじゃな」


「何を馬鹿な……え?」


 俺……イルミット達に陰口叩かれているの?


 嘘でしょ?え?ま?


「おっと、そろそろ時間じゃな。強く生きるんじゃぞ?セクハラ覇王」


「いや、ちょ、待って!」


「あ、忘れておった。新規雇用契約書じゃが、当分は使わない方が良いのじゃ。新しくキャラを作ると魔石のコストが物凄いからの」


 新規雇用契約書?いやいや、今はそんなのどうでもいいでしょ!?


「待て!俺が悪かった!いや!嘘でしょ!?嘘だよね!?嘘だと言ってよ魔王様!」


「……魔王は五割くらいでしか嘘は言わないのじゃ」


「半々じゃん!どっちだよ!」


「ではのぅ~」


 天使のような笑みを見せながらフィオが手を振ると、次第に目の前が暗くなっていく。


「待てつってんだろがよおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 俺の叫びに、ルミナが飛び起きた。


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