第82話 死



 フィオの目的は分かったが……。


「俺がこの世界に呼び出された理由は分かった。まだ聞きたい事はあるが……その前に確認したいんだが……フィオは自分の魔力をどうにかして欲しくて俺達を呼び出したんだよな?」


「そうじゃ」


「……だが、それは五千年前の話だよな?こうして俺に接触して来ているってことは、生きている……のか?」


 俺の問いかけに、フィオは困ったように笑う。


「……いや、先程も言ったように、儀式を行った際に私は死んだのじゃ」


「……つまり、俺達をここに呼んだ願いは叶わないってことだよな……」


 俺達がここに来た時点で亡くなられていたら、どうしてやることも出来ないってことだ。


 それは何というか、呼んだ方も呼ばれた方も……空しくないか?


 それ以前に今ここで話しているフィオは一体何なんだ?いや、この質問はとりあえず後回しだ。


「……確かに私を助けて欲しいという願いは叶わなかったが、魔王の魔力をどうにかして欲しいと言う願いは私の為だけではないのじゃ」


 真剣な表情で俺の事を見ながらフィオが言葉を続ける。


 その姿は……今まで見ていた姿とは程遠く、気品の様な物を感じさせた。


「先程、魔王が死ぬとすぐに次の魔王が生まれると言ったじゃろ?魔王の魔力をどうにかすることが出来れば今代の魔王、そしてこれから先魔王として生を受けた者も普通に生きていくことが出来るのじゃ」


「……」


 自分ではなく、これから先の自分と同じ境遇の者を救う為か……。


 その想いは尊いとは思うが。


「魔王の魔力は普通の生物にとっては害悪でしかないのじゃ。魔王自身が望んだかどうかは関係ない……ただ生きているだけで周りにいる者達を狂わせる……まともな精神では耐えられるものではないのじゃ」


「それは……そうだろうな」


 その苦悩は察するに余りある……。


 しかも大陸中……防ぎようがなく逃げ場もない……別大陸に逃げると言う手もあるかも知れないが……魔王の魔力が海を越えればそれまでだしな。


 相手の事を好きだろうが、嫌いだろうが、どうでもよかろうが関係なく……いつ来るか分からない限界に怯えながら人と暮らす……いや、無理だな。


 俺がもし魔王なら……うん、自殺ものだな。


 そんな俺の考えが丸聞こえなのだろう、フィオが自嘲めいた笑みを浮かべつつ口を開く。


「死ぬことを考えなかったとは言わぬ。じゃが、私が死んだとしても次の魔王が生まれるだけ……しかも、魔王が死ぬとその身に宿していた魔力が一気に拡散するのじゃ。その時の被害は……地獄という言葉すら生ぬるく感じる程じゃ」


 魔王自体が爆弾みたいなものだろうか……?いや、爆発したら終わりな爆弾よりもキツイか……。


「……お前以前の魔王が死んだ時に大惨事があったってことだよな?」


「うむ。記録が確かなら私が四代目となるのじゃ。魔王が死んだ際の被害で、この世界は三度ほど滅びかけた様じゃ」


「……魔王の魔力やばいな」


 しかも魔王自身が何も悪くないところが手に負えない感じだ。


「流石に世界を道連れにするわけにはいかぬからのう。何とかして魔王の魔力を無力化しようとして……結果『願いを叶える』儀式を編み出すことに成功したのじゃ。魔王にしか行うことの出来ない儀式で、実験した時はうまくいったのじゃがのう」


「実験?」


「うむ。塩が欲しいと願ったらポンッと出て来たのじゃ」


「ほう、他には?」


「……」


 先程までの悲壮な表情から一変、フィオは微妙にこちらが不安になる表情をしながらスッと目を逸らした。


「まさか……塩の次に本番行ったのか?」


「ま、まぁ、試しにの?」


「……それで死んだのか?」


「……どうじゃったかのう」


「いや、死んだんだろ?」


 マジかコイツ?


 試行回数少なすぎない?


 塩が出たからなんなの……?お前の願いは塩と同レベルなのか?


「いや……気が逸ってしまったんじゃよ」


「……」


 そう言われると……ツッコミにくいな。


 いやいや、絆されるな俺。


 世界の命運をかけた儀式と言っても過言ではない物を、一回……塩が出たやったー、じゃぁ本番だ―……とはならんだろ!?


 ならんだろうが……今は堪えろ、覇王。


「……それで今代の魔王以前の魔王は、その儀式のお陰で魔王の魔力に悩まされることなく……虚弱であるだけで済んだってことか」


 虚弱のレベルは分からないが……生きているだけで周囲が狂っていくよりはマシなんだろうな。


「今代の魔王は儀式によって失われる以上の魔力を生み出しておる。しかも、もう儀式は発動してしまったからの……今は急速に魔王の魔力が広がりはじめているじゃろうな」


「……それは大問題だな」


「今代の魔王が死ぬようなことがあれば、私以前の魔王が死んだ時とは比べ物にならないくらいの被害が出るかもしれぬのじゃ」


「……魔力収集装置でそれを防げるのか?」


「私の儀式が間違っていなければ……その筈じゃ」


 中々ヘヴィな問題の解決を求められたな……まぁ、魔力収集装置の設置だけで済むのなら簡単な話だが……いや、全世界に魔力収集装置を置かなくちゃいけないのか?


 全然簡単な話じゃないな。


「……俺がこの世界に呼ばれた理由や目的は分かった。次の疑問なんだが……フィオはなんで俺の夢に出て来られるんだ?五千年も前に死んでいるのだろう?」


「それが不思議なんじゃよな……儀式が始まってからかなり希薄だった意識が、お主がこの世界に来て活動を開始し始めて突然鮮明になったのじゃ」


 夢を見ているような状態だったとフィオは言う。


 死んだと思っていただけで死んでいなかったのか?それとも残留思念って奴か?


「そういえば、普段の俺の事も見えているんだよな?もしかして……俺に憑いているのか?」


「……多分そんな感じじゃな。恐らくは……儀式その物に魔力だけでなく意識ごと取り込まれたのじゃろう。そして儀式によって生み出された存在……その核であるお主に意識が引っ付いたといったところじゃ」


「……ん?」


 今、儀式によって生み出された……って言ったか?


「そうじゃよ。この世界に呼んだと言ったが、正確には儀式によってお主……エインヘリアの全ては生み出されたのじゃ」


「どういうことだ?俺は日本でゲームをしようとしていた所を、フェルズとして召喚されたんじゃないのか?」


「……違うのじゃ。お主と、ゲームを始めようとした人物は別人じゃ」


 そんな馬鹿な……俺は確かにあの日ゲームを始めようとして……次の瞬間フェルズになった。


 意識は完全に繋がっていたし……そう、この世界に来た瞬間コントローラーを持っていたっていう感触が手に残っていた。


「日本でのお主の名前は?」


 そんな風に玉座の間に呼び出された瞬間の事を思い出していると、フィオが真剣な表情で問いかけて来る。


「……名前?」


 俺の……名前?


「両親の名前は?飼っていた犬の名前は?友人の名前は?」


 そんな事……分らない。


 両親が居た事も、犬を飼っていたことも覚えている……覚えているのに記憶が色々あやふやだ。


 散々周回したレギオンズの事は何でも思い出せる。


 他のゲームの事や日本の歴史……数学やら国語やら英語やら……色々と知識はあるが……いつどこでそれを学んだかが思い出せない。


「私の保有していた魔王の魔力と、五千年の間集めた歴代の魔王の魔力によって対抗手段を生み出した際、参考となったのがソードアンドレギオンズというゲームだったのじゃ。私の『願い』は世界を越えて、解決策を見つけてくれたというわけじゃ。そして偶々、参考にしたのが何十周も周回したデータだった。じゃが、核となった王には自我が無かった」


 レギオンズの主人公は没個性……喋ったり意思表示をしないタイプの主人公だったからな。


 他の子達であれば、ゲーム内に設定としてのパーソナリティがあったのだろうけど……。


「そう。だから、参考にしたデータの持ち主の記憶を核となる王に植え付けたのじゃ」


 魔王の魔力……生物の精神を狂わせるだけじゃなくって……かなり万能だな。


 ゲームの設定やアイテム、能力なんかを具現化したってことだろ……?とんでもないな。


「ゲームを始めようとした瞬間の記憶を保存し、そのまま肉体に移植して起こした……じゃから一瞬でフェルズとなって呼び出されたように感じたのじゃ」


 ……俺は俺じゃ無かった?


 俺はただの儀式によって作られた存在?


「お主を生み出したのは魔王の魔力であり儀式、そしてお主の意識は日本で暮らしていたゲーム好きの青年の意識のコピー」


「……」


 体は魔力によって作られ、自意識はただのコピー……俺は、生きていると言えるのか?


「本当に申し訳ないと思っておる。私は私の都合でお主を作り出したのじゃ……許して欲しいとは絶対に言わぬ……恨んで欲しいと、そう思っておる」


 非常に申し訳なさそうな表情をしながら、フィオが俯く。


 ……。


 ……いや、言えるな。


「え?」


「うん、生きているって言える。間違いなく言えるな、うん」


 俺はこの世界に来て、すげぇ楽しんでいる……これで生きていないとか嘆いていたら、どんだけネガティブなんだって感じだろ。


 寧ろこんな状態でラッキーだよな?


「……それで良いのかの?私への恨み言なんていくらでもあるじゃろ?」


「いや?確かに色々驚いたし、混乱もした。だが、これ以上無いくらいこの世界で好き放題させて貰っているし、不満なんかねぇよ。俺の元になった奴の名前は知らんが……俺はフェルズだ。それ以外である必要はない」


 過去とか別に今の俺には必要ない。


 日本の生活が良かったとか、日本に帰りたいとか今まで思ったことも無かった……俺の元になった奴がそういうお気楽な奴だったてことだ。


 変に色々真剣に悩むような奴じゃなくって良かった……いや、今の俺がそう考えているってことは、別の性格だったらそれはそれで良かったって考える可能性も……つまり、まぁ、どうでもいいってことだな。


 俺は俺でしかなく、俺の意思で覇王フェルズを名乗った……なら話はそれで終わりだろう。


 後は俺がフェルズとして生きるしかない……まぁ、自信満々に覇王です!ってなかなか言えなくはあるが。


「ポジティブ過ぎやせんかの?」


 そんな台詞の割に、申し訳なさそうな表情をしているフィオに俺は笑いかける。


「いいんだよ。別に苦労なんざ全くしていないし、十分過ぎる程この生を楽しませて貰っている。俺を生み出してくれたフィオに感謝こそすれ、恨むだなんて……あぁ、あるわ」


「……」


 俺がそういうと、一瞬びくりと体を震わせたフィオだったが……俺がその反応を見てにやりと笑ったことで顔を赤くしていく。


 思考が読めているから、俺の言う恨みが何なのか分かったのだろう。


 この赤みは照れているのではない、揶揄われたことに対する怒りだ。


「お前が毎回毎回喧嘩を売ってくるせいで、この前なんか貴重な魔石を五千万も使っちまったんだぞ?マジで恨むわ……」


「あ、あれは!お主が因縁をつけて来るからじゃな……」


「マジショックだわ……寝込むレベル……いや実際寝込んだかも……」


「そもそも!ちゃんと消費量を確認しなかったお主が悪いんじゃろ!私は悪くない!」


「……そう言われると反論できないが……でも、手慣れた操作なら一気にぽんぽんと進んでもおかしくないだろ?ゲームの時とはレートが違うとあの時言ってくれれば、そんなことにはならなかったんだ!」


「慣れているからと言って、表示されている情報をしっかり確認しない方が悪いんじゃ!」


「ぐうの音もでねぇ!」


 えぇそうですよ……覇王が悪いんですよ……試しに上げた知略5が五千万とか……覇王のメンタルでも耐えられないわ……。


 なんか塩儀式の事あまり弄れなくなった気がする。


「馬鹿だ馬鹿だと思っておったが、いきなり国庫の半分を使い切るとは、馬鹿にも程があるのじゃ。私がそれを見た瞬間、どれだけ声を上げたか分からんじゃろ!」


「……俺の行動、リアルタイムで見ているんだな」


「見たくて見ている訳じゃないがの」


「マジストーカーだわ……」


 お風呂とかトイレとか……。


「へ、変なこと考えるでないわ!」


「そ、そうだな!色々マズい気がしてきた!この話題は止めよう!」


 主に俺の精神が耐えられなくなる前に!


「しかし、あれだな!俺が日本の知識を使って色々発明したり出来ないのは……記憶のコピーが完璧じゃなかったせいなんだな」


「いや、それは、お主が元々馬鹿だったからじゃろ?」


「そんな訳ないだろ?俺は超頭いいですー」


「完全に返事が馬鹿丸出しじゃな」


「はぁ?塩呼び出した直後に自爆した魔王(泣)さんに言われたくないんですけどぉ?」


「誰が(泣)じゃ!あ、これあれじゃろ!私に前(笑)と呼ばれたの根に持っておるんじゃろ!ちっさー、この男ほんとちっさいのじゃ!」


「別に根に持ってねぇし!心が広すぎて、そんな話今の今まで忘れてたし?」


「空飛ぶ蜥蜴とどっこいどっこいの記憶力じゃからのぅ」


「誰が蜥蜴並みの頭脳だごらぁ!俺の元になった奴に謝れや!」


「すまん!もっと頭のいい奴コピれば良かったのじゃ!」


「どんな謝り方じゃごらぁぁ!?」


 俺とフィオは激しく言い合い、肩で息をする。


 何故だ……相変わらずコイツと話をしていると全力で口喧嘩になってしまう。


「それは私も疑問じゃな。まぁ、お主が喧嘩売って来るから悪いんじゃろうが」


「は?」


「はぁ?」


「「……」」


 ……不毛だ、今日の所はもうやめよう。


「……そうじゃな」


 少し頭を冷やす様に俺が深呼吸をすると、フィオも同じく深呼吸をしていた。


 大きく息を吸い込むことで、自然とフィオの胸部装甲が主張を……。


「変態……」


 心の中がばればれで辛い。


「……言っておくが、イルミットとかもお主の視線に気付いておるからの?」


 覇王、悶死す。


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