第80話 グラウンドドラゴン決戦

 


 火属性専用魔法『白炎びゃくえん』でカミラの作った『アイスウォール』を消し飛ばしたところ、壁の向こう側に居たドラゴンが目をひん剥いていた。


 ……いや、気のせいかも。


 バンガゴンガ以上に表情の変化は分らんな……蜥蜴だし。


「氷程度、こうやって蒸発させて初めて炎と呼べるのではないか?」


『人族風情が……!?』


「その台詞はさっきも聞いたが……あぁ、蜥蜴だから語彙が少ないのか。悪かったな、炎も言葉も貧弱な蜥蜴に無茶を言って」


 俺が肩を竦めながら言おうとした言葉を最後まで聞かずに、ドラゴンがその場で反転……尻尾で俺達を薙ぐように攻撃して来た。


「リーンフェリア」


「はっ!」


 俺が名を呼ぶと同時に尻尾に向かって一歩踏み出したリーンフェリアが、手にしていた小型の盾を迫り来る巨大な尻尾に叩きつけ……跳ね返した。


『ぐおぉぉぉぉ!?』


 ……そんな馬鹿な。


 恐らく悲鳴であろう叫びを上げながら尻もちをつくドラゴンを見ながら、俺はその光景にツッコミを入れる。


 なんで三十メートル以上の巨体を持つドラゴンが、身長百七十センチ程度のリーンフェリアとぶつかって吹っ飛ばされるんだよ……。


 え?実はリーンフェリアってドラゴンよりもおもた……訳がない。


 おかしい……ドラゴンを弾き飛ばしたリーンフェリアが、姿勢を正しこちらを向いただけなのに、物凄い悪寒を覚えた……多分これ以上考えるのは危険だ。覇王の直感がそう告げている。


「体の大きさの割に、随分貧弱だな。蜥蜴だから尻尾が千切れるのかと思ったが……そういうギミックは着いてないのか?」


『き、貴様ぁ……』


 凄んで見せているようだけど……もはや全く恐れる要素がないな。


 バンガゴンガの笑顔の方が迫力がある。


「そろそろドラゴンっぽいところを見せて貰いたい所だが……もしかして疲れているのか?それとも本当は弱いのか?」


『グルアァァァァァッ!』


 咆哮を上げながら前足を振りかぶり、俺に向かって叩きつけようとするドラゴンだが……。


「ジョウセン」


「承知」


 名前を呼びながら一歩後ろに下がった俺の代わりに前に出たジョウセンが、振り下ろされた爪に手を添えた次の瞬間、ドラゴンの巨体がぽーんっと投げ飛ばされた。


 剣すら抜かなかったな……。


 柔よく剛を制すってレベルじゃねぇぞ……まぁ、実際は強が弱を投げただけなんだが……。


『ガ、グ、グルゥ……?』


 どうやら言葉を失くしたようだな……いや、意味が違うが……とりあえずあまりの衝撃に俺達の知る言語を使えなくなったようだ。


 まぁ、気持ちは分からないでもないけど。


 もし俺がルミナに指をくわえられて投げられたら、ぽかんとするのは間違いない。


 へそ天状態で転がされているドラゴンは、確実に何が起きたのか理解していないだろう……ドラゴンは胎生なのか卵生なのか分らんが……へそはなさそうだな。


 そろそろ可哀想になってきた気がするし、挑発するのはやめるか?


「そろそろこちらの実力は分かったか?色々と無礼を謝るなら許してやるぞ?」


 俺の言葉が聞こえているのかいないのか、ドラゴンは身を起こし唸りながらこちらを睨んでいる。


『ぐるるるるる……』


「言葉を忘れたのか?それとも蜥蜴のふりか?今更遅すぎると思うが……」


『貴様等は……一体なんだ?』


「なんだと聞かれてもな……この地に住む人族……そして俺はその者達の王だ」


『……この地は我が物よ。この地に王が居るとすれば、それは我の事だ!卑小な貴様の事では断じてない!』


 圧倒的な力の差を前にして、これだけ吼えることが出来るのは大したものだけど……賢いとは言い難いな。


 まぁ、人とドラゴンじゃ考え方が随分と違いそうだし、賢い云々は関係ないのかもしれないけど……。


「俺達が何であれ、お前は地面に転がされる側、俺達は自分達の足で地面に立つ側……これだけの明確な差があってなお、お前が王だと?」


『ガアァァァァァ!!』


 再び吼えたドラゴンが空に飛びあがる……その姿は先程までと変わらず巨大で、かっこいい感じではあるんだが……中身は結構残念だからな……。


『空も飛べぬ身でありながら、我を見下すか!』


「まぁ、確かに空を飛ぶことは出来ないが……」


 ドラゴンは、地上約十メートルくらいの位置でホバリングしているが……今いる程度の高さならジャンプで届くと思う。


 いけるかな……?試した事は無いけど……行けそうな気はする。でも着地が怖いからやらないけど。


『地を這うしか能のない人族はそこで見ているが良い!貴様らの集落を焼き尽くしてくれる!』


 こちらを馬鹿にするように言い放ったドラゴンが、大きく息を吸い込む。


 まぁ、最初の頃に比べると随分台詞に余裕がないが。


 どうやら俺達を狙うのはやめて、城下町か城を攻撃するつもりらしいな。


「カミラ」


「はぁい」


 俺が名前を呼びカミラが返事をした次の瞬間、空からドラゴンが降ってきた。


 どうやら今日の天気は、晴れ時々ドラゴンだったようだ……それはそうと、カミラはどうやってこいつを落としたのだろうか?


 レギオンズには重力の魔法なんかなかったし……見た感じドラゴンは何処も怪我をしていない……風系の魔法でダウンバーストでも起こしたのかな?


 その割には俺達が強風を浴びる事は無かったけど……まぁ、俺の希望通り、ドラゴンが落ちて来たならなんでもいいか。


 所詮俺は知略85の男……カミラは知略125の女だからな、相手にならん。


 まぁ、目の前の蜥蜴よりはマシだろうが……。


「どうした?空飛ぶ蜥蜴。空を飛んで何かしたかったんじゃないのか?」


『ば、かな……』


 肉体的には殆どダメージは無さそうだけど、精神的にはかなりボロボロになっているだろう。


 ジョウセンに投げ飛ばされた時以上に茫然としているように見える。


「今服従を誓うなら生かしておいてやるが、どうする?」


『どこまで増長すれば気が済む!矮小な人族風情が……我を!ドラゴンを舐めるな!』


「そうは言うが……最初から喧嘩腰だったのはそちらだろう?この場合、調子に乗っていたのはそちらということにならないか?」


『……』


 しばしの間瞑目したドラゴンが、大きく息を吸い込み吐き出す。


 ……ドラゴンも深呼吸するんだな。


『……決めたぞ、人族』


 ゆっくりと体を起こしたドラゴンが、先程までとは声音を変え、神妙な雰囲気で言葉を発する。


 ふむ……降伏かな?


 まぁ、無駄な殺生をするよりはいいかな?会話が出来る相手だし、全身素材には出来ないけど……死なない程度に鱗とか爪とか血とか貰えるだろうか?


 ドラゴン用の爪切りとか採血用の注射とか開発するべきかもしれない。


 そんなことを考えながら、ドラゴンの言葉を待つ。


『……この地だけではない。我は、全ての人族を焼き、喰らい、引き裂い……』


 俺はドラゴンにそれ以上喋らせることはなく、覇王剣ヴェルディアを抜き放ち、範囲攻撃である『ワイドスラッシュ』を放つ。


 狂化した熊を斬った時とは違い、ほんの少しだけ、斬った手ごたえを感じたが……熊が豆腐以下だとすると、今回はトマトを包丁で切った程度の手ごたえだったな。


「カミラ、血が勿体ない。凍らせておけ」


「はぁい」


 首を失ったドラゴンが倒れる前に、カミラが氷の魔法でその全身を凍らせた。






View of ヴィクトル=エラ=ルアルス ルモリア王国公爵






 ドラゴンの襲来を告げた陛下が、臣下の者達に指示を出し謁見の間を出て行く。


 私はその姿を呆然としながら見送った。


 四人でドラゴンと戦う……しかも陛下自ら?


 その言葉の意味を理解するまで、少なくない時を私は有した。


 そのまま身体だけは誰かに案内されるまま動いていたが、暫くして我に返った私が目にしたのは、美しく整えられた庭園……ここは一体?


「大丈夫ですか~?ここはエインヘリア城にある~空中庭園ですよ~」


 私の顔を覗き込みながら、茶色い髪の女性が間延びした口調で話しかけて来る。


「貴殿は……イルミット殿?あ、わ、私は一体?」


「少し~ぼ~っとされていたようですね~。今は~陛下の御指示でこちらにご案内した所ですよ~」


「陛下の……はっ!?陛下は……エインヘリア王はどちらに行かれたのですか!?」


「陛下でしたら~向こうにいらっしゃいますよ~」


 そう言いながらイルミット殿が視線を向けた先には草原が広がり……陛下のお姿はどこにも……いや、かなり遠いが数人の人影が見えた。


 そこで初めて私は、この庭園が地上よりもはるかに高い位置にあることに気付いた。


 空中庭園……確かにその名の通り、ここから見える風景は空を飛んでいるかのように見える。


 視線を変えると眼下には城壁が見える……見晴らしを良くする為だけに、城壁よりも高い位置にこの庭園を造ったのだろう。


 いや、確かにこの光景は素晴らしいが、今は陛下だ……そう思い視線を遠くに見える人影の方に向けた所、それはやってきた。


「ひぅ……」


 喉の奥で引き攣ったような悲鳴が出る……我ながら情けないとは思うが、抑えられなかった。


 その巨体は草原に立つ人影とは比べ物にならない程の巨体で、まさに威風堂々と言った様子で陛下たちを睥睨している。


 多少離れた位置にいるが、そんな距離などお構いなしと言った姿は、伝説に残るに相応しいと言えた。


 ドラゴン……人の身では抗う事さえ出来ぬ存在……それが今、私の耳を震わせる。


 この距離でもはっきりと聞こえる言葉は……あからさまに人族を見下したものだ。


 相対する陛下たちの声は聞こえないが……恐怖を具現化した様な相手を目の前にして、陛下達は会話が出来る状態なのだろうか?


 ……いや、明らかに会話をしているような言葉をドラゴンが発している。


 陛下たちは臆することなくドラゴンと会話をしているということか……?


 それだけでも驚嘆に値する事なのだが……なんとか陛下が逃げ延びてくれれば……そんな私の想いも空しく、ドラゴンが大きく息を吸い込む動作をする。


「炎を吐くつもりだ!」


 誰かの叫び声が聞こえた次の瞬間、陛下達に向かって炎が放たれた。


「……あぁ!」


 あれ程の王を失ってしまった……先程聞こえて来た声は、次に私達を焼き殺すと言っていた……願わくば、民だけは見逃してもらいたい……。


 あの王を失い、そしてルモリア王国という枠さえも失った民達がこれからどうなるか……そんな絶望の未来を想像していると、何故かドラゴンが転んだ。


 一体何が……?


 そう思い目を凝らすと……炎で焼き尽くされたと思っていた人影が、無事に動いているのが見えた。


「無事……なのか?」


「当然です~」


 私の横に立ち、ずっと変わらぬ笑みを浮かべているイルミット殿が少し自慢げに言う。


 その事実に心の底から安堵すると同時に、私は何か違和感を覚えた。


 しかしその違和感が何なのか気付く前に……ドラゴンが大きな叫び声を上げた後、妙な体勢でぽーんっと飛ぶ。


 ……。


 ……いや。


 ……いやいや、まさか。


 そんな……ねぇ?まさか……ドラゴンが投げ飛ばされたとかではないよな?


 視線の先で起こった不可解な現象に首をかしげていると、腹の底から恐怖を呼び起こす様な咆哮と共にドラゴンが空に飛び立つ。


 空に舞い上がったドラゴンは、その巨体を怒りで震わせながら叫び……地面に落ちた。


 ……なんで落ちたし?


 目の前で繰り広げられる光景があまりにも意味不明で、ちょっと言葉がおかしくなって来た。


 私はこの城に来て、何度目か分からない深呼吸を、目を閉じながら行う。


 大丈夫……私は冷静だ……そしてこれは現実だ……恐怖のあまり幻覚を見ている……わけではなさそうだ。


 よし……もう大丈夫だ。


 現実を受け入れる準備は出来た。


 私はゆっくりと目を開けて、ドラゴンの頭が落ちるのを見た。


 ドラゴンの頭って……着脱可能なの?


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