第79話 交わす言葉、届かぬ思い



 俺が準備を整え城門に着いた時、そこには既にリーンフェリア達が俺の事を待っていた。


 やっぱり俺が一番遅かったか……鎧着せてもらうのってめっちゃ時間かかるよね……。


「待たせたな」


 俺が三人に声をかけると、リーンフェリア達が軽く頭を下げる。


 しっかり鎧を着こんでいるのは俺だけで、カミラは当然にしても、リーンフェリアとジョウセンもめっちゃ軽装だ。


 あれ?俺だけ物凄い準備万端感があって、恥ずかしい感じなんじゃが?


 まぁ、三人も俺の姿を見て「警戒し過ぎじゃね?」みたいな顔はしていなかったし……良しとするか。


 慢心良くない。


「後十分足らずでドラゴンはこちらに来るはずだ。とりあえず城下町を抜けて草原に移動するか。カミラ、もしドラゴンが俺達を無視して城に向かおうとしたら叩き落としてくれ」


「了解よぉ」


 カミラの返事を聞きながら、俺達は城門を抜け城下町へと向かう。


 まだまだ街と呼べるほどの物ではないけど……ゴブリン達の居住としては十分なものになっている。


 開発部の子達が忙しくなって城下町の建設はゴブリン達に任せているけど……今回ドラゴンの処理が終われば、城下町の住人を積極的に増やすことを考えてもいいだろう。


 ドラゴンを倒した実績があれば問題は無いだろうし……首でも氷漬けにしておけば、証拠として使えるだろう。


 個人的にはゴブリンとか他の妖精族を呼び込みたい所だけど……大量に人族の民をゲットできちゃったし、そこまで重要度は高くないんだよね。


 魔石獲得量五倍は嬉しいんだけど……人族の街とかを支配下に入れると人数がゴブリン達の五倍どころじゃ済まないからな……。


 ゴブリン達の国とかがあれば積極的に狙いたい所だけど、今の所そう言った情報は聞いたことがないし、隠れ里を見つけて組み込んでってなると時間も手間も凄いかかる。


 まぁ、狂化の事もあるし、バンガゴンガとも約束しているから全く探さないって訳じゃないけど、優先順位はそこまで高くないって感じだ。


 公爵がこちらに降ると決めて、その影響で他の貴族達も参加に納まれば……ルモリア王国全土の民から魔石が回収出来る。


 それでこの前やらかした分は……五か月くらいで回収可能だ。


 収集装置の設置が間に合わないけど……そう考えると半年以上は絶対かかるな。


 開発部に新しく編入させた子達も頑張ってくれてるけど、それでも全部で十人くらいだからなぁ……王国全土の街や村全てに魔力収集装置を行き渡らせるのは……下手したら年単位で時間がかかりそうだ。


 主要な街はともかく、村はかなり点在しているみたいだし……そうなると、地方の治安維持も簡単にはいかないよな。


 となると……やっぱり元ルモリア王国兵には治安維持に尽力して貰う必要がある。


 戦争に備えて訓練をしてもらうより、そっちの方がよっぽど無駄がない。


 戦争はうちの子達に任せるのが一番だ。


 そんな事を考えながら歩いていると、通りの向こうからマリーが数人のゴブリンを引き攣れてやってきた。


「フェルズ様―!この子達で避難は終わりなの!」


 晴れ晴れとした笑顔で言うマリーの後ろには、恐らく不安そうな表情をしているのであろうゴブリン達が十人程いる。


 その半数が体の小さいゴブリンだけど……あれは子供なのかな?


「ご苦労だったマリー。彼等をしっかり守りながら城に向かってくれ」


「はいなの!失礼しますの!みんな転ばない様に急いで城に向かうなの!」


 俺の言葉に頭を下げたマリーは、後ろを振り返り先導を再開した。


 子供ゴブリン達は大人ゴブリンに手を繋がれて、若干引っ張られるようにされながら避難していく。


「街外れまでもう少しだ。もう住民もいないようだし走ると……ジョウセン、どうした?」


 俺が三人に声をかけようとした所、マリー達が去って行った方をぼーっとした様子でジョウセンが見ていた。


「あ、いえ。申し訳ござらん、なんでもありませぬ。」


 少し様子がおかしいように見えたが……今は確認している時間が無いな。


「そうか、ならば急ぐとしよう。もうそろそろドラゴンの姿が見えてもおかしくは……」


 俺が街の外に目を向けた瞬間、俺の傍に音もなくウルルが現れる。


 相変わらずウルルの登場の仕方は心臓に悪い……でも、俺が呼んでいないのに姿を見せたってことは、何か報告があるってことだ。


「……フェルズ様……もうすぐ……西の空に……ドラゴンの姿が……見えます」


「西か……急ぐぞ」


「「はっ!」」


 やっぱり三十分ってあっという間だな……早く移動しないとドラゴンの方が先にここに到着しそうだな。流石にせっかく作った街で戦うのは御免被る。


 俺は西の空を見ながら駆け出す。


 視線の先には広がる青空……そして遥か遠くに一点、鳥の様な黒い影が見える。


 アレがドラゴンか……。


 まだゴマ粒程度の大きさでしかないけど……恐らく数分もしない内にその姿がはっきり見えてくるのだろう。


 いやぁ……緊張するな……今更、やっぱジョウセン達だけでどうぞとは言えないけど、正直帰りたくなって来た。


 なんか、ノリで一番危険な場所に突撃してしまったが……普通誰か止めない?


 誰一人心配することなく送り出された気がする……いや、俺が行くって言ったからだろうけど……止めてくれてもいいんじゃないかしら?


 っと、責任転嫁していても仕方ないな。


 ゴブリン達の住居が途切れ、足元がまだ整地もされていない草原へと変わる。


 さて、ここが本日の戦場だ……ドラゴンが俺達の存在に気付かず城に行くようならカミラに叩き落としてもらう。


 気付いてここに降り立てば……まずはヴィクトルが言っていた、会話が通じるかを試してみる。


 問答無用で襲い掛かって来るなら……なるべく傷をつけない様に素材になってもらう。


 だんだんと近づいてくるドラゴンをもう一度視界に納める。


 あれだけの巨体だ、剥ぎ取り回数四回だなんてケチな事は言うまい。


 仮に血が特級ポーションの材料に使えなかったとしても、ドラゴンの素材が色々とお金に換えられることは調査済みだ。滅多に出回るものではないから、とんでもない金額になるらしい。


 上手く行けばポーションとか毛生え薬よりも安全に稼げるかもしれん……いや、ドラゴンの素材は有限だけど、毛生え薬は魔石だけで生産可能だから……毛生え薬の方が上だな。


 ドラゴンの素材はロマンだけど、毛生え薬は夢だからな……ロマンは叶えやすいけど夢は叶いにくい。ロマンより夢の方が良い値段になるだろう。


 まぁ、今は生産に手が回らないから、ドラゴンの素材を売る方が即金にはなりそうだけどね。


 っと……ドラゴンが御到着のようだ。


 近くまで飛んできたドラゴンがホバリングしながら俺達の事を見下ろしている……どうやら俺達を無視して城に行くようなことはしない様だ。


 ウルルから聞いた通り体は暗褐色……瞳は黄色……いや金色か?


 上空でばっさばっさやっているドラゴンは三十メートル以上の巨体に、木々を吹き飛ばしそうな力強い羽ばたき……の割には俺達の所まで風が全く届かないな。


 これはアレか?翼で飛んでいる訳じゃなく、魔法的な力で飛んでるってヤツかな?


 まぁ、翼で飛ぶには巨体過ぎるしな……。


 こんなことを考える余裕があるってことは……思いの外ビビってないのかな?そんなどうでもいい事に気付くのとほぼ同時に、ホバリングしていたドラゴンが俺達の目の前に轟音とともに降り立った。


 砂ぼこりが一気に舞うが、顔をしかめたカミラが軽く手を振ると砂ぼこりは俺達の元まで一切届かず吹き散らされる。


 地面に降り立ったドラゴンは、やはりとんでもなくでかく物凄く肉厚な感じだ。


 距離が近い事もあって見上げる首が痛くなりそうだな。


 そんなドラゴンがこちらを見下ろしながらゆっくりと口を開く。


『貴様等人族の代表を出せ。一刻の間に出て来ぬようなら、この地に足を踏み入れた全ての者を焼き尽くす』


 ほんとに喋ったな……ドラゴン。


 しかも念話的な奴じゃなくってちゃんと肉声だ……サイズが違い過ぎるせいか、若干聞き取りづらいけど、問題は無い。


 まぁ、それはいいとして、こっちの声は聞こえるのか?


 とりあえず試すか。


「代表を出したらどうなると言うのだ?」


『知れた事、その者を食い殺してから、全てを焼き尽くす』


 出す意味なくない?


 俺の問いかけに身も蓋もないことを言い出すドラゴン……ヴィクトルが言っていた、言葉が通じるからと言って話が通じるとは限らないってヤツだな。


「何故そのような事を?我等がこの地にいることに、何の問題がある?」


『人族は本当に愚かだ。いつも言っているだろう?』


 知っているだろうと言わんばかりの言い方だけど……知らんがな。


 とりあえず、お前がそれを言った相手は全て焼き尽くしているんだから、他の奴に伝わっている筈が無いだろうに。


「後学の為に聞かせてくれるか?何故この地に入った者を焼き尽くす必要がある?俺達はここに居を構えて数か月……その間、お前はこの地に居なかっただろう?何が問題だ?」


 何か、この地に人が入り込むと大問題が起こるとか言う理由があるのかもしれない。


 ゲームのイベント的な何かが……そんな考えがふと頭を過ったので俺は、ドラゴンに理由を尋ねた。


『我に何度同じ説明をさせる気だ、いい加減学習せよ、この地は我の物だ。下等な人族如きが足を踏み入れて良い土地ではない』


「……それだけか?」


『他に理由が必要か?』


 うん、深い理由は無さそうだな……縄張り意識だけのようだ。


「何故ここがお前の土地だと?先ほども言ったが、ここ暫くお前はこの地に居なかったはずだ」


『ここは我の土地だ。遥か昔より決まっている。それにこの地に今日までいなかったのは別の場所にいたからだ。だが我がここに居なかったからと言って、ここが我の土地でなくなるわけではない』


「……」


 ……やっぱり話が通じているようで通じていないな。


 いや、まぁ、自分の家に変なのが住み着いていたら排除するのは当然な気もするけど……。


『理解できたようだな。では死ね』


 ……結論が早すぎるな。


 そもそも代表を呼び出せ云々はもういいのか?


 あれか?もう自分が言ったことを忘れたとか、そんな感じか?


 とりあえず、これだけ話が通じない相手だったら飼うのは無しだな。


「カミラ」


 ドラゴンが、俺達の目の前で大きく息を吸い込み口を開ける。


 ヴィクトル達が言っていた、炎のブレスって奴だろう。


 それが吐き出されるよりも早く、カミラが俺達の前に氷の壁を作り出す。


 倒すのではなく、攻撃を防ぐ……凄いなカミラ、何も言わなくても俺のやって欲しい事を汲み取ってくれたぞ。


 いや、リーンフェリアやジョウセンも、俺がドラゴンと会話をする間無言で待っていてくれたから、彼らも俺の意図をしっかり把握していたのだろう。


 ……エイシャだったら、このドラゴンの物言いだと、ぶち切れてぶっ飛ばしてたかもな。


 あの子は前科があるからなぁと暢気に考えていた次の瞬間、透き通った氷の向こう側が真っ赤に染まる……ドラゴンが火を吹いたのだろう。


 中々の迫力だけど、壁のこちら側には熱気すら届いていない。


『ば、馬鹿な!我のブレスを防ぐ氷だと!?』


 暫くして炎が止み、先程までと何ら変わらぬ様子で立っている氷の壁を見てドラゴンが驚愕の声を上げる。


 カミラの作った氷の壁は、魔法『アイスウォール』。


 その名の通り氷の壁を生み出す魔法だが、火属性には弱い。


 ここで敢えて火に弱い魔法で防ぐって……カミラ結構怒ってるよね?


「ふむ……随分と弱火だな。もしや今のはブレス攻撃ではなく、ため息か何かだったか?」


『人族風情が!』


 俺が肩を竦めながら言うと、氷の向こうでドラゴンが再び大きく息を吸い込む。


 氷の透明度が高いから向こう側も何とか見えるけど……しっかり俺の声が届いていて良かった。


 挑発が聞こえなかったら相当恥ずかしいよね。


 再び氷の向こう側が赤く染まるのを見つつ、そんなことを考える余裕を見せる。


 ドラゴンの自慢のブレスは、相変わらずカミラの作った氷を溶かす様子もない。


「終わりか?そんな弱火で良く焼き尽くすとか言えたな。そんな火力じゃうちの羊畑も焼けないと思うぞ?」


『羊畑……?何を訳の分からないことを!』


 その台詞だけは、お前が正しいと思う。


 なんだろうね?羊畑って……。


「まぁ、それはさて置き……炎というものを見せてやろう。しっかり勉強しろよ?蜥蜴」


『貴様!』


 俺はカミラの作った氷の壁に手を向けて魔法を放つ。


 放った魔法は火属性専用魔法、白炎びゃくえん


 氷の壁を中心に、地面より湧き上がるように立ち昇った白き炎が周囲の温度を一気に上げ、氷の壁は一瞬にして消え去る。


 これが知略85の威力よ!


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