第75話 覇王の計略・裏



 遂にルモリア王国の公爵がうちに来てしまった。いや、まぁ、うちと言ってもまだ領都の方にだけど。


 非常に面倒なことこの上ないが、避けては通れぬ道だ。


 それに、もう既にイルミットやジョウセン達が領都に公爵を迎えに行っている。


 今更、やっぱ無しでと言った所で遅すぎる……いや、無しにする意味は無いからそんなことしないけどさ。


 公爵かー、結構優秀な人らしいし……覇王的に、色々見破られたりしないかが心配なんだよね……。


「フェルズ様~ただいま戻りました~」


 憂鬱な気分を持て余しつつ、膝の上に乗せたルミナをわしゃわしゃと撫でていると、部屋がノックされてイルミットの声が聞こえて来た。


 どうやら公爵の案内が終わったらしい。


 今頃、客用の部屋でのんびりしてくれている頃だろう。


「イルミットか。入っていいぞ」


「失礼します~」


 扉を開けて、普段通りのニコニコ顔なイルミットが部屋に入って来る。相変わらず物凄い胸部装甲をお持ちだ。


 先日一緒にお酒を飲んだ時も……実に素晴らしいひと時だったが……覇王的に視線には気を付けなければならない。


「ご苦労だったな」


 俺は何食わぬ顔でイルミットに労いの言葉を告げる。


「いえ~この程度~、大した仕事ではありません~」


「そうか」


 お偉方の御案内……覇王じゃなかったら絶対やりたくない仕事だな……いや、覇王が案内業務をする事は無いだろうけど。


 そんなことを考えていると、イルミットの視線が俺の膝の上で寛いでいるルミナに注がれている事に気付いた。


「撫でるか?」


「いえ~大丈夫です~。少し羨ましいな~と思っただけですので~」


「ん?羨ましいのであれば遠慮しなくても大丈夫だぞ?メイド達にごは……餌をやることを頼んでいる事もあって、俺以外であっても嫌がることは……偶にしかないしな」


 台詞の途中で、脳裏に唸られてしょんぼりしているジョウセンの姿が過った。


「ふふふ~、やめておきます~」


 いつものように笑うイルミットを見て、少しだけ違和感を覚える。


「……イルミット、何かあったか?」


「?」


 俺の問いかけに首を傾げるイルミットだったが、俺は言葉を続ける。


「少し、いつもより様子が硬いようだったからな。公爵と何かあったか?」


 何かあったとすればそれしかないだろうとあたりを着けて問いかけると、イルミットが小さくため息をついた。


「……フェルズ様には敵いませんね~普段通りに出来ていると思っていたのですが~」


 そういって微笑むイルミットは、先程よりも柔らかい雰囲気になっている。


「大事なお前達の事だからな。何かあればすぐに分かる」


「……残念です~。達でなく、私が大事と言ってくれれば~とても嬉しかったのですが~」


 そんな風に少し冗談めかしながら言った後、真面目な表情になったイルミットが言葉を続ける。


「公爵が分不相応な願いを口にしたので~、少し~イラっとしただけです~」


「分不相応?何を願ったんだ?」


 いつものんびりとニコニコしているイルミットがイラっとするような内容だ、よっぽど無茶な要求をしてきたのだろう。


 ……いやだなぁ、公爵と相対するの……どんな要求をされるんだろう……。


「フェルズ様との謁見……それを今日にしろと」


「……ふむ」


 ……それだけ?


 それで何でイルミットが……あぁ、そういうことか。


 こちらが決めた日程……しかも王である俺との謁見を早めろって言えば、イルミットが怒るのも無理は無いか。


 俺は気にしない……と言いたい所だけど、やっぱり面子があるもんな。


 いや……でも、そうだな。


 このまま明日までもやもやしながらルミナをもふもふしているのも、中々ストレスが溜まる……。


 俺は嫌いな物を先に食べるタイプだし……夏休みの宿題は速攻で終わらせるタイプだ。


 絵日記であろうとも!


 うん、相手も望んでいる事だし、公爵も面倒な事はとっとと終わらせたいタイプなのかもしれん。


 ここは、提案に乗るか……面倒事はとっとと終わらせるに限る。


「よし、イルミット。折角だ、その提案……受けようではないか」


 怒ってくれたイルミットには悪いけど、ここは予定を変えさせてもらおう。


 俺の言葉にイルミットは少しだけ思案するそぶりを見せた後、小さく頷く。


「……なるほど~、そういうことですか~。面白いと思います~」


 どゆこと?


「確かに~イラっとし過ぎて気づきませんでした~。ですが~利用しない手は無いですね~」


「……怒りは大切な感情だが、冷静さを欠くのはいただけないな」


 イルミットが何かに気付いたみたいだけど……俺には何も伝わっておりませんぞ?


 とりあえず覇王的に茶を濁す発言で時間を稼ぐ。


 何だろう……イルミットの機嫌が急上昇するくらい良い手だったのだろうけど……。


 えっと……相手の要求を受け入れた形だから……面子の点では問題あり……いや、違うか?


 こちらとあちらは同格ではない。


 向こうは圧倒的弱者……その状況で相手がこちらに要求を突きつける……無論相手も受け入れられるとは欠片も思っていない訳で……なるほど、確かにこれは良い貸しになるわけだ。


 いや、そんな単純なものではないか?もっと強力な一手になる気がする。


 多分だけど……うん。俺がちゃんと理解してなくても、イルミットやキリクが上手い事使ってくれるはずだ。


 とりあえず夏休みの宿題どころの話ではなさそうだな。


「申し訳ありません~。名より実を取るやり方~、フェルズ様だからこそ出来る一手ではありますが~その合理性と冷静さ~勉強になります~。それに~最終的には名実ともに高めるわけですし~いいとこどりですね~」


「イルミットやキリクがいるからこそ、俺は好きに動ける。苦労を掛けるが、よろしく頼む」


「お任せください~、それでは早急に謁見の準備を整えて~公爵たちをご招待しますね~」


「……頼んだ」


 イルミットが非常に機嫌良さそうに部屋から出て行く。


 これは……無理を言われにくくなったんじゃないかしら?


 宿題気分で提案した物だったが……少し気が楽になったぞ?


 イルミット達なら、多分すぐにでも謁見の準備を整えてくれるだろう……少し気が楽になったとは言え面倒には変わらないからな。手早く済ませたい所だ。


 俺は、再びルミナのもふもふで心を落ち着ける為に膝の上に手を伸ばしたのだが、近づいてくる俺の手に気付いたルミナが先制して俺の手を舐め始めた。


 俺が手を動かそうとすると前足で押さえつける様にして来る為、そのまま好きなようにさせていた所、イルミットが再び呼びに来るまで、俺の手はねろんねろんに舐められ続けた。






 イルミットが俺の部屋に報告に来てから一時間も経たない内に謁見の準備は整えられ、俺は玉座に座りルモリア王国の使節団が来るのを待っていた。


 こういった場合って、偉い方が後に入場するってイメージがあったけど……他国との謁見の場合は違うのかしら?


 よく分からん……でもまぁ、イルミットやキリクが準備してくれたのだからこれでいいのだろう。


 因みに、俺は準備と言っても普段の服装にマントを羽織っただけだ。


 王冠も無ければ王錫もないし鎧も着ていない。


 唯一玉座の近くに覇王剣が置かれているくらいだな。


 っていうか、覇王剣ってそんなに華美な剣ってわけじゃないから、宝物庫に入ってる他国の武将の専用武器とか飾っとく方が見栄えがいい気がするな。


 まぁ、咄嗟の時に武器が使えないってことになるかも知れないが……この場で俺が武器を手にしなければならない様な状況になる事自体えらいこっちゃだし……その辺は気にしなくていいか?


 そんなことをボケッと考えていると、玉座の間の入り口がゆっくりと開かれ、扉の向こうにルモリア王国の使節団の姿が見えた。


 恐らく、あの中心にいるのが公爵なのだろうが……なんか驚いたような表情になっているな。


 そういえば、ウルル程じゃないにしても俺も随分視力が強化されているよな……玉座の間は学校の体育館くらいのサイズは優にあるけど、その向こう側にいる相手の表情がはっきりと見えるのだから。


 その事実に小さく俺が笑みを浮かべると、公爵が表情を引き締めて玉座の間に足を踏み入れてきた。


 因みに今、玉座の間にはうちの子達が勢揃い……という訳ではないが、それでもメイドの子たちを除いて二十人程がいる。


 役職持ちで居ないのは……オトノハとウルル、それとアランドールだな。


 オトノハは魔力収集装置の設置で超忙しくしているし、ウルルは……情報収集で超忙しい……かもしれないし、俺には見えない位置に控えているのかもしれない。


 アランドールは、兵を率いて武威を示さないとこちらに下ることを良しとしない、脳筋気味な領主達と小競り合いをしている。


 まぁ、力のない国に下っても後がなくなるだけだし、脳筋と一概に断ずることは出来ないけど……アランドールの報告を聞く限り、負けても嬉しそうにしているらしく、やっぱり脳筋寄りかもしれない。


 まぁ、そっちはいいとして……流石にこの広い玉座の間にうちの子達二十人程度というのは寂し過ぎるからか、周りには水増しの召喚兵達がずらっと並べられている。


 これはアレだろうか?威圧しているというか、圧迫面接というか……そんな感じもあるのか?


 こちらとしては威圧する側だから、流石、綺麗に整列しているなーってくらいの感想しかないけど、相手からしてみれば相当な圧力だろうな。


 表情を硬くしながらゆっくりとこちらに近づいてくる使節団の皆さんには、申し訳ないと思わないでもないけど……エインヘリアが舐められたり、妙な条件を付けられたりするのを防ぐには必要なことだよね。


 先頭にいる公爵さんは、物凄く真っ直ぐ俺を見つめながら歩いてくるけど……これすんごい居心地悪い……ってか、ずっと視線を向けてるのって不敬とかじゃないのかしら?


 我、覇王ぞ?


 とはいえ、居心地が悪いからとこちらから目を逸らすのは、覇王的にノーだ。


 大丈夫、俺はルミナとのにらめっこで一時間近くも目を逸らさなかった覇王だ、この程度の視線、跳ねのけてみせるとも!


 そんな強い意志を持って公爵の事を見ていたら、程よい距離まで近づいて来た公爵がいきなり膝をついて頭を下げた。


 ……そういう物だっけ?


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