第76話 謁見



 先頭を進んで来た公爵が、徐に膝をつき頭を下げた……他国の使者ってこうやって頭を下げるものだっけ?公爵って王様の次に偉い感じじゃなかったっけ?ルモリア王国的に、これは良いのかしらん?


 いや、違うな。


 公爵が膝をついたことに驚いたのは俺だけじゃない。どちらかと言うと、公爵の後ろについて歩いて来た、使節団の人達の方が驚いた度合いが高そうだ。


 一瞬全員が、揃いも揃って目を丸くしながら公爵の後頭部を見下ろしたからな、間違いないだろう。


 その後慌てた様に全員が膝をついたところを見ると、膝をつく予定はなかったと見るべきだ。


 さて……どうしたもんか……とりあえず声をかけるか。


「遠路はるばるよくぞ参られた……歓迎しよう」


 はい。ここで大問題が発生しました。


 公爵の名前覚えてねぇ!?


 そもそも、誰か俺に教えてくれたっけ!?


 ……いや、確かカルモスが教えてくれた気がする……確か……ルモリア王国の……オッポレ公爵?


 いや、多分なんか違う……とりあえず名乗ってくれ……!


「此度は我が愚見をお聞き入れくださり感謝いたします。私は此度の使節団の代表を務めております、ヴィクトル=エラ=ルアルスと申します。ルモリア王国では公爵を名乗っておりましたが、もはや意味無き爵位。どうぞ、ヴィクトルとお呼びください」


 名乗り頂きました!ありがとうございます!


 って、いや、それどころじゃない感じの台詞を言わなかったか?


「ヴィクトル。お前の言は、既にルモリア王国は無きものと言っているようだが?」


「相違ございません。もはや私の公爵位なぞ、幕引きの際の首としてしか役には立たぬでしょう」


 悲壮というか諦観というか……ちょっと卑下しすぎじゃない?


 後首はいらんよ?


「中々異な事を言うな。お前……いや、お前達にとってルモリア王国とは何なのだ?」


「一つの枠の名称です。国と呼ぶには些か歪な枠でしたが……」


 よく、王や貴族がいてこその国とか、民あっての国とか……そんなお題目を物語でよく見るけど、ただの枠って言いきるのは……結構珍しいと思う。


「その枠が壊れることに異論はないと?」


「長年親しんできた枠です。思う所が無いとは申せませんが……それよりも大事な事があります」


「それを聞かせて貰おうか」


「そこに住まう民です。彼らに安寧を齎せるのであれば、古き枠に拘泥する必要はございません」


「……我等をただの新しき枠と見るか?」


 うちを軽んじることは許さんよ?主にうちの子達が。


 勿論俺も怒るが。


「いえ、国の形はそれぞれです。ルモリア王国という国の形はただの枠に過ぎませんでしたが、それを貴国にまで当てはめる程の傲慢さは持ち得ておりません」


「俺の知るルモリア王国の行いは傲慢そのものであったがな」


 まぁ、こっちはこっちでヤクザ的暴論で侵攻したけどさ!


 言ったもん勝ちって怖いわ……。


「此度、貴国との間に戦端が開かれたことは本当に申し訳なく思っております。叶いますれば、私の首で御寛恕いただけないかと……」


 そして、勝てば官軍負ければ賊軍……まさに正義は勝つって奴だね。


「特に約定を交わしたわけではないが、既に終戦した物と我等は考えている。今更公爵の首を一つ貰った所で何も変わるまい」


「……」


 膝をつき、頭を垂れているから相手の表情は全く分からないけど……いつでも腹を切りますって感じの覚悟が伝わって来るな。


 相手の表情が見えないのは、やりにくさを覚えないでもないけど……俺の方を見ないままなのは色々見透かされにくくてちょっと助かるな。


 見透かされてないよね……?


「過去の話はもう良い、先の話をするとしよう。ヴィクトル、お前は何を求めて我が城に来た?」


「民の安寧を。それ以外は何も」


「お前達は民の安寧と口を揃えて言うが……それが簡単なものではないと十分理解している筈だ。それをただ我等に押し付けると?」


「我等に出来ることがあるのであれば、身命を賭してやりましょう。しかし、恥ずかしながら我等のみで事を成す力は、もう残っておりません」


 自嘲しているわけではなく、ただ事実を淡々と述べるのみと言った声音のヴィクトルだが、やっぱり表情が見えないから本当にそうなのかは分からんな。


「無責任と断ずることは容易いが……まぁ良い。我等は民を害するつもりは全く無い。領都の様子は見て来たのだろう?最低でも彼等程度の暮らしは約束しよう。お前達の……ルモリア王国の手が届かなかった村落も、我等の手で守る。我等にとっては城下町であろうと国境付近の村であろうと、何も変わらないからな」


「感謝いたします」


「その言葉はまだ早いな。ヴィクトル、面を上げよ」


「はっ!」


「エインヘリアとルモリア王国、同じ王政ではあるが……その実情はかなり違う。ルモリア王国も中々特殊な在り方ではあったが……エインヘリアもまた普通とは言い難い」


「……」


「最大の違いは、貴族の存在だ。エインヘリアには貴族は存在しない。お前達貴族は今後平民となるわけだが、それを許容できるのか?」


「問題ありません。我々、古き貴族達は自らを貴種ではないと戒めております。貴族であること自体に誇りはありません」


 ほんと旧貴族連中は割り切り過ぎじゃない……?


 二百年くらい続いてる旧家なんでしょ?もう少しこだわりがありそうなものだけど……。


「既にこちらに降っている者達から聞いてはいたが……元公爵であっても同じ考えとはな。全ての貴族が画一的にそのような考えだとは思えぬが、まぁよい。次に気になるのは、お前達の軍だ」


「軍というと……国軍ですか?」


「全てだ、各領軍に国軍、軍事に携わる全ての者達……我等エインヘリアはそれを今まで通りの立場で置いてやることは出来ない」


「……どういう意味でしょうか?軍は全て解体するという事ですか?」


「解体するとまではいわぬ。だが、兵や準騎士、正騎士、近衛、将軍……それらをそのまま受け入れることは出来ない。知っての通り、我等の軍は精強だ。正騎士や近衛であっても、我等の一兵卒と伍することが出来るかどうか……」


「……」


 俺の事を見るヴィクトルの表情が、ほんの少しだけ硬くなる。


 貴族の地位はどうでもいいけど、国……いや、民の為に戦った騎士や兵達を軽んじられることは思う所があるって感じだろう。


「他国への対応の全ては、我が手足であるエインヘリアの兵達に対応させる。旧ルモリアの兵達には衛兵……つまり街や村での治安維持に尽力して貰いたい」


「野盗や魔物に対する防備と治安維持でしょうか?」


「野盗や魔物に関しても、避難誘導や最低限の足止めだけで構わんぞ?知っての通り、連絡さえ貰えれば駆けつけるのは一瞬で済むからな」


「正規軍が来るまで持ちこたえられれば良いと?」


「お前達にも今まで民を守ってきた矜持があるだろう、それを踏みにじるつもりは無い。だが現実的に、我等とお前達の実力差は隔絶した物がある。エインヘリアに降る以上、我等にとって軍属の者達であっても守るべき民なのだ。民を守るだけの力がありながら傷つく姿を許容するつもりはない」


 軍属だろうが何だろうが、魔石が取れますからね。


 街や村でのんびり過ごしてもらいたいのです。あ、街道警備は必要かな?


「……軍属の者達は民を守るために命を捧げた者達です。確かに強さは大事ではありますが、それ以上にその志こそ大切なのではないでしょうか?」


 悔しさをにじませることなく言うヴィクトルに、俺は頷いて見せる。


「確かに志は大切だ。だが、少し気を静めて考えて欲しい。民の安寧を守るために必要なのは、戦場での戦働きだけか?」


「……」


「俺は違うと考える。平穏な日常の中にこそ守るべき安寧があるのだ。魔物や野盗だけではない、街にはありとあらゆる場所に民の安寧を脅かす存在が蔓延っている。治安維持と言ってしまうと、日常的な退屈な仕事に聞こえるかもしれない。だが、衛兵の目の届きにくい場所で起こる犯罪行為……それらを防ぐことが出来るのは、優秀な一人の将ではなく百人の衛兵だ」


「……」


「外敵からは我等エインヘリアの正規軍が守ろう。だから内側はヴィクトル、お前達に任せたい。身命を賭した戦場が変わるだけだ、民の為に戦うという事自体は何も変わらん」


 まぁ、近衛や将軍って立場から衛兵隊長になるのはめっちゃ変わると思うけど……でもそれは仕方ないんだ。


 普通であれば、降した相手の戦力を組み込んでいくのだろうけど……俺達が普通の軍と轡を並べるのは相当難しい。


 エインヘリア軍は、将さえ無事なら例え壊滅しようとも、翌週には何事も無かったかのように復活出来る。


 戦術においても、俺の『鷹の声』や『鷹の耳』によって情報伝達が超スピーディだし、そもそも俯瞰視点で戦場を見下ろせる『鷹の目』が相手の戦術を看破しやすくしている。


 これらのアビリティはうちの子達相手じゃないと使えないし、そもそもこれらが無くなると俺は指揮が取れない。


 エインヘリア軍に人数合わせの兵力が参入しても、邪魔なだけなのだ。


「陛下の崇高な理念は理解出来ました。しかし、旧ルモリア王国に属していた軍関係者すべてを衛兵に回すのですか?確かにエインヘリア軍は強大な力を有しておりますが、今後エインヘリアの領土を狙って動く国は一国ではありません。領土拡大を狙う周辺国が今の混乱期に一斉に動く可能性は非常に高いでしょう。流石に兵が足りないのでは……」


「ふむ……我等が保有する兵力は五十万を下らない。足りないか?」


 俺の言葉に、ヴィクトルが初めてはっきりとした感情を表情に乗せる。


 一言で言い表すならば「はぁ?」だろう。


「……申し訳ありません陛下。御言葉を聞き逃してしまいました、今エインヘリアが保有している兵力は……」


「五十万は下らないといった。その気になれば更に数十万増やすことも可能だが、こちらはまだ練度が足りていないからな」


 戦争用のキャラとして育ってない文官系やメイド達も入れれば、そのくらい増やせる……危険だから絶対やらないけど。


「……そのような兵力を保有した国など……大陸の中でも数えるくらいしか……」


 そう呟いたヴィクトルが、何かに気付いたようにハッとした顔になる。


 五十万のインパクトのせいか、ヴィクトルの表情が豊かになったな。


「……あまりの事態に、最初に聞かなければならないことがあったことをすっかり忘れておりました。申し訳ありません、陛下……不勉強で大変恐縮であり、また、これ以上ない程の無礼とは存じますが……エインヘリアとは、大陸の何処に存在する国なのでしょうか?私達の調べでは、このエインヘリア城を発見することが出来ず、本日も転移という手段でお招きいただいたので……」


 ……先にその説明が必要だったな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る