第74話 覇王の計略・表



View of ヴィクトル=エラ=ルアルス ルモリア王国公爵






 落ち着け。


 落ち着くのだ。


 とりあえず、落ち着く必要がある。


 よし、落ち着いた。


 ……。


 いや、駄目だな、全然駄目だ。


 どういうことだ?


 ……分らない。


 とりあえず、冷静になる必要がある。


 よし、私は冷静だ。


 ……。


 いや、駄目だ、全然冷静じゃない。


 私は大きく息を吸い込み、周りには気づかれぬようにゆっくりと吐き出す。


 少しだけ、冷静になった気がする。


 私は目を瞑り、もう一度大きく深呼吸を行い、ゆっくりと目を開ける。


 ここは私達に用意された部屋。


 部屋には私以外にも数名の人物がおり、その殆どが冷静さを失った様子で落ち着きがない。


 落ち着いている人物は……部屋の扉の脇に立っている二人のメイドのみ。


 それもそのはず……彼女等にとってこの部屋にいるということは、何の問題もない普通の事だからだ。


 しかし我等にとってこれは、はっきり言って異常事態だ。


 落ち着いて、現状を整理するべきだ。


 出来れば誰かと話しながら整理をしたい所だが……彼らの様子を見るに、まだそれは難しいだろう。


 私自身が冷静になり、彼らを落ち着かせる必要がある。


 慌てずに、ゆっくりとこれまでの事を思い返すのだ……我々はつい先程、ヨーンツ領の領都へと辿り着き、そこで内務大臣であるイルミット殿と挨拶を交わした。


 多少の問題はあったが、想定を大きく外れるものではなかった……よし、ここまでは大丈夫だ。


 次にイルミット殿は、我等を城へ招待すると言った……我等の知る限り領都周辺には城は存在しておらず、疑問には思ったが招待を断る理由にはならない。


 当然我等はその申し出を受け、イルミット殿に案内されるまま、謎の塔型魔道具へと近づき……城門の内側に立っていた。


 ん?


 おかしいな……今、何か間が抜けなかったか?


 今の整理の仕方では、魔道具に近づいた次の瞬間城の前に立っていたことにならないか?


 ……落ち着くのだ私、そのようなことあるはずがない……そうだ、確か魔道具に近づいた後イルミット殿が何か話をしていたではないか……たしか……。


「それでは~これよりエインヘリア城へ転移いたします~。はい、到着いたしました~」


 ……うむ、確かこんな感じだったはずだが……おかしいな、台詞を思い出したと思ったのだが、文脈が繋がっていないぞ?


 まだ混乱しているようだが……いや、まだ続きがあったはず。確か……。


「本来であれば城下町の方に転移をするのですが~まだ城下町は建設中なので~申し訳ありませんがこちらに転移させていただきました~」


 うむ、城下町が建設中であるなら、城下町を通らず城門の内側に案内されても仕方が無いか。


 ……。


 ……何かおかしくないか?


 いや、認めよう。


 今私が城に居るという事実……これがつまり、イルミット殿の言っていた転移の結果だろう。


 つまり、あの塔の様な魔道具は、拠点間を一瞬で移動出来る魔道具という事だ。


 ……素晴らしい。


 あの魔道具を使用するのにどれだけのコストがかかるのかは分からないが……使い方によっては人だけではなく物資の流通や、もしかしたら兵の移動にも使えるかもしれない。


 これだけでも、エインヘリアという国の強さを確固たるものに出来ると思うが……エインヘリアにとって、これは強さの一端ですらないのかもしれない。


 そうでなければ、仮にも交戦国の重鎮とも言える私に、こうも簡単にその技術を見せたりはしないだろう。


 ……やっと落ち着いて来たな。


「そろそろ落ち着いたか?」


 私が声をかけると、皆が落ち着きのない様子でこちらを見る。


「閣下……これは……」


「……皆の気持ちはよく分かる。私も目の前の状況を飲み込むまで時間を有した。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではないだろう?」


 ここに何をしに来たのか思い出せ……私がそう告げると全員が表情を引き締める。


 彼らは非常に優秀な人材だ。


 あまりにも現実離れした状況に少しの間自失していたようだが、動き出した彼らは非常に頼もしい。


「閣下……もしあの魔道具を王国の全土に配備することが出来るのであれば、世界が変わると言っても過言ではありません」


「しかし、交通の要所として栄えていた土地や、関税を主な収入源としていた領地は寂れてしまうのでは……」


「民がアレを自由に使えるかは分かりませんが、もしそのようなことになれば民が土地から離れていく領地が出て来るかと……」


「確かにそう言った側面もあるかも知れないが……流通面では強力過ぎる札だ。もし魔道具間を自由に移動できるとしたら、国の端から端まで……一瞬で物を運べるのだぞ?」


「輸送業に大きな打撃を与えるのは間違いない」


「一瞬で移動が可能という事は、遠方の情報を一瞬で国の全土に知らせることが出来るという事でもある。軍事においてこれ程の強みは無いだろう」


 転移と言う技術……それを目の当たりにして、俄かに興奮しながら議論を交わす姿は微笑ましくはあるが、やはりまだ冷静とは言えない様だな。


 些か話が先に行き過ぎている。


「皆……確かに転移という技術は素晴らしい。そしてそれを使い様々な事に想いを巡らせるのも良いだろう。だが、今はそういう時ではない筈だ」


 私の言葉に、皆が水を打ったように静まり返る。


「申し訳ありません、閣下……」


「いや、浮かれてしまう気持ちは分かる。だが、忘れるな。ここはまだ敵国なのだ」


 私はちらりと扉の傍に居るメイド達に目を向ける。


 勿論聞かれてよい話ではないが……さりとて追い出すわけにはいかない。


「「……」」


 黙り込む部下達を見て、軽く苦笑してしまう。


 新しい技術を見て、すぐに利用方法や問題点を議論出来る事は素晴らしいのだがな……それを得るためには、我等は全てを失わなければならないのだ。


 ここに来る前に、既に覚悟は決めている……私……いや、この場に来た全ての者の首を賭けてでもルモリア王国全土の安寧を約束してもらうと。


 私が初心を思い出していると、部屋にいた者達の瞳に強い意志が宿るのを感じた。


 彼らには本当に申し訳なく思っている……だからこそ、私は彼らを家に帰す為に全力を尽くす……私の首一つで此度の戦の終結……そして民達の安寧が買えるというのであれば安いものだ。


 旧貴族として……一番高くその命を売ることが出来るのは、今を置いて他にないのだから。


 皆に気付かれぬように拳を握り締めると同時に、扉をノックする音が部屋に響く。


 部屋が静まり返っていなければ聞き逃したかもしれないな……。


 扉の傍に居たメイドがすぐに来訪者を確認し、こちらに告げて来る。


「御歓談中の所申し訳ありません。イルミット内務大臣がお見えですが、いかがいたしますか?」


「イルミット殿が……?すぐに中へ」


 来訪者の名前に、私は立ち上がり姿勢を正す。


 本来であれば、公爵である私が遜る相手ではないが……今この状況において、どちらの立場が上なのかは語るまでもない事だろう。


 部屋にいた者達も、それが分かっており、何も言わずに立ち上がり部屋の隅へ移動していく。


「少しはお休みいただけましたか~?」


「えぇ、多少の混乱はあったが、おかげで落ち着くことが出来ました」


「混乱ですか~?何か不都合がありましたか~?」


「いえ、貴国の技術に我々が驚嘆していた次第でして……」


「はぁ~、そうでしたか~」


 相変わらずのんびりとした話し方で相手の真意が読みにくいが、わざわざ重鎮であるイルミット殿が足を運ばれたのだ、何かしら重要な話があるはず。


「お待たせして申し訳ないと思っていたのですが~少しでも休むことが出来たのなら良かったです~」


「待たせた、とは?」


 もしや、呆けている間に何か約束でもしてしまっていたのだろうか?


 内心そんな風に慌てていたのだが、イルミット殿の次の言葉を聞いて完全に思考が停止してしまった。


「勿論~謁見ですよ~」


「……えっけん?」


「はい~我等が主、フェルズ陛下との謁見です~」


「……」


 ……謁見……謁見だと!?


「い、イルミット殿!?」


「はい~?」


「謁見は明日では!?」


「えぇ、その予定でしたが~先程おっしゃられていましたよね~?今日謁見出来ないかと~」


「そ、それは……」


 確かに言ったが……だが、それはあくまで反応を見るための物であって、実際それが叶うとは最初から思っても……。


「一刻も早い謁見を望んでいると陛下にお伝えした所~ならばすぐにでもとおっしゃられまして~急ぎ場を整えた次第です~」


「……まさか本当に我が愚見を聞き入れて下さるとは……恐縮の至りです」


「いえいえ~陛下はフットワークの軽い御方ですので~国外の方は驚くとは思いますが~」


 まさか私の無礼千万な振舞いを聞き入れるとは……いや、普通に考えて国家行事とも言えるこの謁見を、簡単に日程変更出来るはずがない。


 突然の訪問ではないのだ……予め伺い立て、先触れを送り、日程調整をした上での訪問……敵対国としての相手を計る程度のやり取りを使い、予定を簡単に変えられるようなものではない。


 ……つまり、これは予め想定されていたという事か?


 いや、そんな筈はない。


 あの時見た、イルミット殿達の目の奥に宿った怒り……アレは本物だった。予め想定されていた事態であれば、あのような感情を見せるはずがない。寧ろ、獲物が罠にかかったと喜色を浮かべてもおかしくないだろう。


 それに、交戦国……しかも敗北宣言をしに来た相手の言葉を受け入れ、王が軽々しく予定を変更するなどと……国の格を下げるような行為、絶対にするわけがない。


 寧ろなんだかんだと理由をつけて、謁見を延期する程度の事はされるものだとこちらは考えていたのだ。


 国にとって面子というのは非常に大事な物だ。


 王とは言え……いや、王だからこそ面子や格と言ったものを重んじる。


 それがこの対応……他国から見れば嘲りの対象となるのであろうが……これは違う。


 これ以上ないくらい明確な脅しだ。


 降伏宣言に来た使者が、相手国の王を侮るような態度をとり……王がこれ以上ない程の寛容さを見せたのだ。自国の面子を潰すような行為だと分かっていながらも。


 ……完全にしてやられた。


 この件……恐らくエインヘリア王は重鎮であるイルミット殿にさえ伏せて事を進めていたに違いない。


 そうでなければ領都であのような対応を出来るはずがなく、また予見していなければこのタイミングでの謁見が叶うはずもない。


 いくら呆けていたとは言え、まだこの城に連れて来られて四半刻30分。王がイルミット殿に話を聞いてから、謁見の準備を整えるまでの時間が短すぎる。


 前もって準備していたとしか思えないが……内務大臣である彼女に伏せたまま、そんな準備が出来るものだろうか?


 イルミット殿がただのお飾りだというならそれも分かるが……あの時見せられた気迫……文官のそれではなかったが、あれを見て無能と断する事は出来ない。


 寧ろこの場合、恐れるべきは全ての絵図を描き、実行してみせた王だろう。


 いや、今危惧すべきはそこではない。


 問題は、敗戦国のトップとして来訪した私の言葉が、王が動いてしまったという事実だ。


 相手にとっては狙い通り……それに対し、私はこのことに対して考える時間も相談する時間もない……無防備のまま、完全武装な相手の前に引きずり出されてしまった。


 恐ろしい手腕だ。


「……驚きましたが、こちらから申し出た事です。御恩情感謝いたします」


「ふふふ~、それではご案内いたしますね~。護衛の方達も~帯剣したままで構いませんよ~」


「「……」」


 ……ここに来て更に畳み掛けてくるだと?


 帯剣を許す……?


 謁見の場で……?


 武器を持っている事を理由に我等を害する……?


 いや、違う。


 そこらの国ならいざ知らず、エインヘリアという強国がそのような器の小さい真似をするだろうか?


 そんな小細工をしなくても、我等を潰すこと等容易いだろう。


 帯剣を許すということは、向こうも武器を携えているという宣言に他ならないが……その意図は……ダメだ。これ以上思考に時間を割くことは出来ない。


「イルミット様。エインヘリア王の御前に出るにあたって、不浄なる武器を携えていくことは私達には出来ません。そのような事をすれば、緊張で自らを傷つけてしまいかねませんし、面倒をおかけして恐縮ではありますが、我等の武器を預かっては貰えないでしょうか?」


「そうですか~別に構いませんよ~。では参りましょうか~、武器は途中でお預かりいたしますね~」


 そう言ってイルミット殿は我等を先導し、謁見の間へと向かう。


 もはや、部下達と言葉を交わすことも出来ない。


 ここまでの怒涛の展開……全てがエインヘリア王の策であるのならば、これ程までに恐ろしく、これ程までに頼もしい王はいないかもしれない。


 翻弄される身としては生きた心地がしないが……元より命を捨てる覚悟だったのだ。最後に王の器の一旦を見ることに使えたのは有意義だったと、そう思って逝こうではないか。


 無言であることしばし……今まで余裕がなく、気づくことも出来なかったが……なんと美しい城であろうか。


 謁見の間へ向かう道すがらなのだから、当然、他国の者に自国の力を見せつける意図があるのだろうが……調度品はおろか、柱や壁にまで繊細な彫刻が施されており、その柱の一本一本があたかも芸術品の様な気品を携えている。


 国力もさることながら……調度品以外の部分までも気が回るという精神的な豊かさ……。


 相手にならない訳だ。


 ただ廊下を歩く、これだけで圧倒的な力の差を感じさせるこのエインヘリアという国が民を庇護してくれるのであれば……私達の民はこれ以上ない程の安寧を得られるのかもしれない。


 願わくば、民を愛する王であって欲しい。


 やがて辿り着いた重厚な扉……ゆっくりと開かれた扉の奥に既に王が居た。


 若く、美しく、そして何よりも力強い……今まで自国の王を含め、多くの王を見て来たが、これ程までに強大で圧倒的な存在感を持つ王を私は知らない。


 私は、ここに来るまでの葛藤や不安、その他想いの一切を忘れ、膝をつき頭を垂れた。


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