第73話 公爵来訪
View of ヴィクトル=エラ=ルアルス ルモリア王国公爵
私はルモリア王国の始祖の血引く者として、ルモリア王国に幕を下ろす為……そして何より我等の愛する民を託すに値する相手か見極める為、ヨーンツ領の領都に訪れていた。
いや、見極める等と……烏滸がましいにも程があるか。
もはや、ルモリア王国は滅びていると言っても過言ではない。今はただその名前が残っているだけ……国と称するのは些か無理がある。
そもそも我がルモリア王国は国の形を取ってはいたが、一般的な国という体系ではなかったが……力が分散することを嫌った新興貴族たちが、権力と力を集中しようとした気持ちも分からなくはない。
周辺諸国を含め表面上この辺りは安定している。しかし、薄皮を一枚めくれば蠢動する影が見え隠れしている。
だからこそ彼ら新興貴族達は国としての強さを求めたのだろう。
その在り方はけして間違っていない……私達旧貴族と呼ばれる者達は国という枠組みに左程固執していなかったが、新興貴族たちは力を求め、より国や民を富ませようとしていた。
広い視野で国を動かそうとした彼等こそ、貴族として正しいと思う。
このままでは、遅かれ早かれルモリア王国はその名を世界から消すことになる……それに抗う為に戦った彼等こそ、敬われて然るべきなのだろう。
少しばかりやり方が強引で、王を傀儡としていた所はいただけないが……改革とは痛みを伴う物ということをよく理解していたからこその動きだったのかもしれない。
とはいえ、その新興貴族達もあの戦争で勢力の大半を失い、盟主であったハーレクック伯爵も亡くなっている。
まさか陛下が出陣するとは思っていなかったが……伝え聞いたところによると、陛下は敵の軍使に斬られたとか……愚かなのは十分理解していたつもりだったが、まだまだ甘く見ていたようだな。
今となってはどうでも良い事ではあるが……。
思考を切り上げ、私は馬車の窓から見える街並みに目を向ける。
話には聞いていたが……ヨーンツ領の領都は、ここまで賑やかなのだな。
王都からヨーンツ領に来るまでに通ったクルーセル領も、既に敵国……エインヘリアに下っていたが、民に悲壮感は全く無く、この街程ではないにしても活気に満ちていたように感じられた。
しかし、クルーセル領はまだエインヘリアに下ってから日も浅い為、判断材料にするには弱かったが……このヨーンツ領は既に占領されてから数か月の時が経っている。
その上でこうも活気に満ちた姿を見せているのだ……噂通り、エインヘリアとは良き国なのであろう。
そんな風に街を観察していると、人気が無くなり道を兵達が封鎖している場所に辿り着いた。
前方の様子は見えないが、ここが目的地なのであろう。
先程まで聞こえて来ていた街のざわめきは遠ざかり、街から切り離されたかのような静けさが辺りを包み込んでいる。
無論、人がいないという訳ではない。
我々をここまで護衛して来てくれた騎士や兵達、そして私に同道している者達が先立ち場を整えてくれている気配を感じる。
「閣下、宜しいですか?」
「うむ」
馬車が止まり、暫く経ってから同乗していた執事が私に断りを入れ、馬車の扉を開く。
馬車の外にはこの場を守るように配置された兵、そして今日まで私に付き従い共に領地の為に身を粉にして働いてくれた臣下たちが控えていた。
そして、我等と相対するように少数の兵と数人の人物。こちらの一団に比べ随分と人数が少ないようだが、仮にも交戦国相手に見縊っていると取るべきか、誠意と取るべきか判断に困るな。
彼らの中心となっている者達の内、一人は見覚えがある。恐らくヨーンツ領の元領主である子爵。
他は……知っている顔はない。恐らく彼等がエインヘリアの人間ということだろう。
そして彼らの背後にある塔のような魔道具……あれが、エインヘリアが各地に設置を進めているという大型魔道具だろう。
その効果を調べることは出来なかったが、王都の研究員達でもその見た目からはどのような効果を持った魔道具なのか判断出来なかったという代物だ。
「ようこそいらっしゃいました~。私は~エインヘリアにて内務大臣の役職を頂いております~イルミットと申します~」
代表であろう女性が、非常に間延びした口調で挨拶を始める。
しかし、内務大臣……?外務大臣ではなく……?
私達の相手は既に外交の範疇にないというアピールだろうか?
それにしても……噂通り、女性が重役についているようだ。ルモリア王国ではまずありえないことだが、これからは我等の常識こそが間違っているということになるのだろうな。
「私はルモリア王国公爵、ヴィクトル=エラ=ルアルス。此度は我等の要請を聞き入れて頂き感謝する」
「いえいえ~、兵を送られずに対話を求められたのは初めてですが~問題ありませんよ~」
「……」
中々毒を吐いてくれる。
だが、確かに対話をしようとせず兵を送り込んだのはこちらだ……その結果、ルモリア国軍がエインヘリア軍に与えた損害は、用意したであろう糧食や装備……後は時間を多少といったところだが。
はっきり言って、戦争と呼べるような内容ではなかったと報告を受けている。
「ふふふ、そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ~。我等の王はルモリア王国に対して一欠けらの害意も抱いておられません~。まぁ~その辺りは~直接お会いすればすぐに分かると思いますが~」
あまりにもこちらを侮った言葉。
確かに我等は他にとれる選択肢はなく……唯々諾々と相手の言葉に頷くだけの立場に過ぎない。
しかし、侮りは慢心を生み、慢心は増長となり組織の目を曇らせる。
彼らの心がどちらに向いているのか……例え選べる道が一つしかないとしても、私は知らねばならない。
「謁見はすぐにでも出来るのでしょうか?」
「長旅でお疲れでは無いですか~?今日のところは~ゆっくり休んだほうが良いのではないですか~?」
「いえ、可能であれば今日謁見させていただけないだろうか?」
「ん~、私共としては~謁見は明日の予定でしたので~難しいかと~」
当然無理か……しかし、エインヘリア王を下に見るような発言だったにも拘らず、気にした様子もない。
先程みせた傲慢さから分を弁える様に言ってくるかと思ったのだが……王への忠誠が低いのか?
「……申し訳ありません、イルミット殿。無茶を申した」
とはいえ、これ以上この話題を続けるのはマズい。相手を知る為とは言え、あまりにも危険な位置まで踏み込んでいるのだから。
「ふふふ~、一つだけ助言を差し上げますわ~」
「……?」
最初から変わらぬ笑顔を浮かべたまま、イルミット殿が言葉を続けた。
「陛下はとても寛大なお方です~。一度であれば~多少の無礼は笑って許してくださいます~。ですが~私達配下の者達もそうとは限りません~。ここより先では~言動にはお気を付けください~」
のんびりした口調で告げられた次の瞬間、得体の知れない何かに押され、我々は一歩と言わず後退る。
連れてきた文官の中には腰を抜かしてしまった者や気を失った者もおり、馬車を引いて来た訓練されている軍馬が恐慌状態に陥った。
何もされていないにも拘らず、一瞬にして混乱に包まれた我等だったが、護衛の騎士達が慌てて馬を抑え、倒れた者達を助け起こし場を治める。
これは……イルミット殿がやったのか……?
「大丈夫ですか~?」
「え、えぇ……」
先程までと変わらぬ笑顔が、何事もなかったかのように告げられる言葉が、最初から変わらない立ち居振る舞いが……目の前にいる人物を、得体の知れない何かに見せる。
しかし……一番近くで観察していたからこそ、分かってしまった。
忠誠心が低いなんてとんでもない。むしろ逆……彼らは王を崇拝していると言ってもいいのかもしれない。
口調も表情も何一つ変わることは無かったが……王を軽んじる発言をして以降、相対する彼らの目の奥に伺える意思が切り替わった。
王を軽んじることは絶対に許さない……そう言った個人としての苛烈さを宿しながらも、王の意思を何よりも優先するという、頑迷とも言える意志が見えたのだ。
それは会話をしていたイルミット殿だけではなく、子爵以外の全員が示し合わせたかのように同じものを見せていた。
絶対の尊敬を集める王……どのような人物か興味はあるが、それと同時に恐ろしさも感じる。
彼らに……この国に、民を託してもいいのだろうか?
今は確かに平和的な統治をしている……しかし、絶対的な権力を持った一人がその道を間違えた時……その道を正せるものが、彼らの中にいるのだろうか?
私が出会ったのは、まだ数人に過ぎない……しかし、そう感じてしまう程の狂気を、瞳の奥に宿る意志に感じてしまったのだ。
「それでは~、そろそろ~行きましょうか~」
私が胸中に生まれた疑念を消化出来ずにいると、にこやかにイルミット殿が声をかけて来る。
「どこへ向かうのでしょうか?」
「勿論~、我等がエインヘリア城にですよ~」
「城……ですか?」
先程までとは違った疑問が胸中に浮かぶ。
エインヘリアの城……ヨーンツ領だけでなく、近隣の領も含めて調べさせたが……城と呼べるような物は発見できなかった。
故に、エインヘリアは城を持たず、ヨーンツ領の領都を本拠地としていると考えていたのだが……違うのか?
「エインヘリア城とは……何処にあるのでしょうか?」
私が尋ねると、イルミット殿は先程までの笑顔とは少しだけ色を変えた笑みを見せる。
「それは~陛下に直接お尋ねください~」
「それは一体……」
城にいる人物に会ってその城の場所を聞く……?
それは何というか……主客転倒という奴では?
その時はそう思ったのだが……私はすぐにイルミット殿の笑顔の意味を理解することになった。
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