第72話 ルモリア王国の動き



「フェルズ様、今よろしいでしょうか?」


 俺が執務室で書類にサインをしていると、扉がノックされ男の声が聞こえてきた。


「キリクか?構わないぞ」


 俺が返事をするとキリクが扉を開けて入って来る。


 手に書類を持っていないってことは、書類の追加という訳ではなさそうだ……っていうか、最近思うのだけど、覇王って結構書類仕事多くない?


 あれもこれも全部俺の裁決が必要みたいなんだけど……いや、それはそうか。


 俺が最高権力者なんだから、そりゃ何するにしても許可求めてくるよね……その結果がこの書類の山……治める範囲が広くなればそれに比例して書類も増えると……。


 っと……その辺の改善は今後の課題として、とりあえず今はキリクだな。


「何かあったか?」


「はい。今カルモスより連絡がありまして、ルモリア王国の公爵が謁見を望んでいると」


「ほう?もう少し早く動いてくるかと思ったが、意外と時間がかかったな」


 先日の戦争から既に一ヵ月余りが過ぎている。


 調略もそれなりに進んでいるし、何度か新興貴族相手に小さな戦いも発生していた。


 こちらは敢えて王都方面は放置していたとは言え、向こうの動きは大分遅いように感じられる。


「王都にいる新興貴族派閥の排除に時間を取られたようです」


「旧貴族はあまり権力には固執していないようだったが……流石に王都を新興貴族の好きにさせるつもりは無かったか」


 王が傀儡となっていたのだから今更かもしれないが、と言葉を続けながら俺は持っていたペンを置き、手を組みながら椅子の背もたれに体を預ける。


「公爵はどう出ると思う?」


「外交官達の調べたところによると、公爵自身も他の旧貴族と同じく、自身の権力についてはあまり興味がないようですね。正直どういった教育を受けたらそこまで割り切れるのか興味はありますが……」


「ふむ?キリクは権力に興味があるのか?」


「いえ、ありません。この世の権勢は全てフェルズ様の元にあれば十全です。他の有象無象が無駄に手を伸ばす事自体、そもそも間違いというものです」


 きっぱりと言ってのけるキリクだが……俺はそこまで集権するつもりは無いですよ?


「……話の腰を折ってしまったな。続きを聞かせてくれ」


「はっ!公爵自身は先程申し上げた通り、権力欲がなく、エインヘリアの傘下に加わることは望むところでしょう。ただ、以前エルトリーゼが懸念していた件を確認してくるのは間違いないかと」


「……ドラゴンとゴブリンだな」


「恐らく……公爵自身は、ドラゴンを倒してみせればゴブリンの事は気にしない筈です」


 キリクの言葉を聞き、その言葉の意味を考える……。


「ドラゴンを倒せる武力を見せれば、ゴブリンを抱え込むことで起こる問題は対処できると?」


「はい。詰まる所ゴブリンの問題は、ゴブリン自身が脅威なのではなく、周辺諸国による圧力が問題です。それを跳ね返すだけの武力さえあれば、後は国民への説明問題だけですが、これはエインヘリアという国が処理する問題ですし、公爵にとってはあまり関係ないでしょう」


 キリクの言う通り、差別意識という問題は残るがその対応はルモリア王国ではなくエインヘリアが受け継ぐ問題なのでそれ自身は問題ない。


 公爵にとって大事なのは周辺諸国に負けないだけの武力だ。


「現在集めた情報によると、この辺りの人間にとって龍の塒に居るとされるグラウンドドラゴンの脅威は、一国を相手にするよりも遥かに大きいと考えられているようです。高々ドラゴン程度に大げさな事だとは思いますが」


「確かに俺もカルモス達の怯えようは大げさに見えたが……俺達の知るドラゴンとこの地に居るとされるグラウンドドラゴンでは、強さの桁が違うとも考えられるぞ?」


「そうでしょうか?伝え聞くグラウンドドラゴンによる被害の程……それにルモリア王国の兵の強さ……そこから勘案するに、我等にとって件のドラゴンは脅威足りえないと見ているのですが」


 顎に手を当てつつ言うキリクに、俺は笑みを浮かべる。


 良かった……キリクも俺と同じ考えだったようだ。


「うむ。俺も基本的には同じ意見だ。油断をするつもりは無いがな」


「だからこそカミラを城に待機させているのですね。カミラであればどのような相手であっても対応は容易いと」


 俺はキリクに頷いて見せた後、軽くため息をつく。


「早い所、ドラゴンが見つかれば話は良いのだがな……」


「外交官達が見つけられない以上、今この地にグラウンドドラゴンはいないのでしょうが……空を飛んでいるドラゴンの目撃情報を追いかけますか?」


「それもいいかもしれんな。だが、少なくとも近隣に居ない事だけは間違いないだろうし……発見できたとしても、それが龍の塒に来る個体と証明するのが難しいな」


 グラウンドドラゴンを倒した証明さえ出来れば問題ないかもしれないけど……相手は空を飛んで移動しているし、その移動範囲は相当な物だろう。


 他の塒が存在するなら、同じようにその場所も禁足地になっていないといけないはずだが、少なくとも周辺諸国にそのような場所は存在しないとカルモス達から聞いている。


 そうなると、数百キロどころではない距離をドラゴンは移動している事になるわけで……いくらあり得ない速度で移動出来るうちの子達でも、発見には相当時間がかかるのは間違いない。


「龍の素材にも興味はあるし……早く帰って来てほしいものだな」


 やはりドラゴンは長生きで、時間感覚が人間とは違うということだろうか?


 塒を数か月も開けるって、ちょっと大胆すぎやしませんかね……?


 それとも渡り鳥みたいに季節ごとに移動しているとか?


 いや、そうであれば、カルモス達がどの季節が危険といった情報を持っているはずだ。龍の塒に足を踏み込まなくても、空を飛ぶ姿を見ることは出来るのだから。


 ……っていうか、これだけ噂しているんだから、そろそろひょっこり顔を出してくれてもいいんじゃないだろうか?空気の読めないドラゴンだな……。


「分かりやすく武力を証明したい所ではあるが、いつまでも姿を見せぬドラゴンに期待しても仕方あるまい。カルモス達から公爵がどのような人物かは聞いているか?」


「カルモス達からは実直な人物で、傀儡となっていた王の代わりに直轄地を良く治めていたと聞いています」


「ん?直轄地とは王族が管理する訳では無いのか?」


「代行という形で管理していたようです。公爵自身も領地を持っているようですが、王家の血筋という事で、一つ前の王の時代から代行を任されていたそうです。その立場もあり、今代の王とはかなり仲が悪かったと」


「……ふむ。自分の領地に加え直轄地の管理もしていたのか。貴族たちの権力争いはさて置き、ルモリア王国の各領地の状態は安定していると聞いていたが、公爵領や直轄地もそうなのか?」


「はい。税収や人口はほぼ横ばい……際立った成果を上げてはいませんが、凶作や災害時にも大きく人口を減らすことなく対応しているようです」


「……中々優秀な人材のようだな」


 平時を滞りなく回し、災害時にしっかりと対応を取ることが出来る……非常に素晴らしい人材と言える。是非とも代官として部下に欲しいところだ。


 しかし、俺の方が地位的には上とは言え……そんな出来るタイプのお偉方と会わなきゃいけないのか……憂鬱だ。


 キリク達を納得させつつ喋るだけでもかなり大変なんだけど……その上交渉ともなると……あぁ、辛い……部屋に戻ってルミナをもふりたい……。


 最近のルミナはお風呂に入れ、食事による栄養もバッチリなお陰か毛の色艶も良く、非常にもっふもふなのである。


 それに、撫でて欲しそうに寝転がり、お腹を差し出してくるようになったので、その可愛さが非常にやべーことになっている。覇王的にあるまじき語彙力になってしまうくらいやべーのだ。


 自室で書類仕事をしていると、ルミナが構ってほしそうに俺の足元をうろうろするので目がそちらに行ってしまい、全然書類の内容が頭に入ってこないので、仕方なく執務室で仕事をしている次第である。


 えっと……何の話だったか……あぁ、公爵だったか。


「公爵への対応について、キリク達から何か要望はあるか?」


「いえ、ございません。ルモリア王国軍を壊滅させたという情報を流布しているお陰で、新旧問わず、各領主の調略は順調に進んでおります。公爵自身が傘下に加わることを申し出ることで、よりその動きは加速すると思われますが、既に公爵の腹は決まっているでしょうし、ドラゴンの件を除けば問題らしい問題は起こりません」


「なるほどな」


「公爵が今動いたのは、権力の掌握が終わったということ以上に、こちらから王都に対して何の動きも見せていない事への不安……そして国軍が敗れたという噂の広まり方から、周辺国の動きを危ぶんでということが大きいかと」


 現状、ルモリア王国という国は、ほぼ名前しか残っていないと言える。


 他国が国境に攻め寄せて来たとしても、その地の領主が兵を出し守るだけで、主力となる国軍の半数近くが壊滅している以上、国として国境に後詰を送る事はほぼ不可能なのだ。


 そして、侵略戦争なんてものは、俺達が今まで行ってきたような、『綺麗な戦争』なんてものになることは絶対にありえない。


 略奪、放火、強姦、略取……非戦闘員への被害は筆舌に尽くしがたいものになるのは当然で、自らの民を何よりも優先すると言われている旧貴族たちにとって、それは絶対に許されない事であろう。


 だからこそ、占領地に対して無体を働かず、善政をもって民を治め、極力調略という形で支配地域を広げるエインヘリア……俺に下るという選択肢しか公爵には残されていないのだ。


「……現状、ルモリア王国の最高権力者である公爵に、自ら足を運ばせ恭順の意を示させることで、ルモリア王国の終焉……そしてエインヘリアという国を内外に知らしめるということだな?」


「おっしゃる通りです。ですのでフェルズ様におかれましては、想いのままに……ドラゴンやゴブリンについても一切隠さずに動かれて問題ないと存じます」


「そうだな。後は、当日まで公爵や他の王国領についての情報を集め、相手に隙を与えないようにしておくといったところか」


 俺の言葉にキリクが深く頭を下げた後、執務室から退室していく。


 ルモリア王国の公爵か……恐らく妙な事にはならないだろうけど、油断は出来ないな。


 妙な約束とかさせられたら厄介だしね。


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