第69話 最強の存在



「フェル……フェイ。この後はどうしま……どうする?」


 オスカー達と別れ特にあてもなく領都を歩いていると、ぎこちない口調でリーンフェリアが話しかけて来る。


 オスカーが居た時に一言も喋らなかったのは、ボロを出さないようにしていたからだったのだろう。


「そうだな。一番見たかった魔道具については、早々に情報が得られたからな……後は一般的な食材や料理、それから武具の類を確認するか」


「分かりました……わ」


 ……リーンフェリアが顔を真っ赤にしながら俯く。


 うん……こういった姿は新鮮でとても良いが……あまりニヤニヤしながら見てたらセクハラだよな。自重しよう。


 さて、市場調査の名目のお出かけではあるが、ポーションをこそっと販売する案と毛生え薬の販売である程度金策の目途は立った。


 いや、まだ売ればいいやって決めただけで、誰にも相談をしていないし、ちゃんと販路が確保できるかどうかも分からないけど……需要はあるはずだし、多分大丈夫……なはず。


 大丈夫……だよな?


 うん……俺は提案だけして、後は出来る奴に丸投げしてしまえばいい……なんやかんやで上手くやってくれる筈……一応、ポーションの件はカルモスに相談してから動くつもりだが。


 宗教系で面倒なことになりそうって話だったからな。そっち方面の面倒事は全力で遠慮したい。


 一向一揆系は果てが無いからマジ勘弁。


 誰に任せるにしても、そこだけは絶対に気を付ける様に言い含めておかないと、大変なことになるからな……触らぬ神に祟りなしってやつだな。


 そんなことを考えていると、周囲が賑やかになってきたことに気付く。


「ここは……市場か?」


 俺達の進行方向に屋台の立ち並ぶ広場があり、最初は祭りか何かかと思ったのだが、客層が日常の買い物と言った雰囲気のおばちゃん達が多く、出ている屋台も見える範囲では、野菜や肉等の食品や日用雑貨が売られているようなので市場というのが正しいだろう。


「そうみたいで……だね」


「……リーン。軽い敬語程度なら不自然じゃないだろうし、言い直さなくて大丈夫だ」


「す、すみません」


「気にするな。それより、市場は面白そうだ。見物しておこう」


「はい!」


 俺はそう言って市場の方に足を向ける。


 やはり、外から見えていた通り、生鮮市場って感じだな。


 布を張っただけの屋根に、木箱の台に置かれた商品……多くは野菜のようだが、ぽつぽつと肉を捌いて売っている店もあるようだ。


 しかし……あまり衛生的とは言えないな。


 ここに持ってくる前に内臓は抜いてあるみたいだけど、肉を解体しているすぐ横で野菜を売ってるし……ハエっぽい虫がぶんぶん飛び回っているし……肉を売ってるおっさんは血まみれだし……。


 こっちの食材とか色々と食べてみたかったけど……ここで買うのはちょっと躊躇ってしまうな……。


 俺が神経質なだけとは言い切れない。こういった所から病気が広がってしまうのだと思う……ネズミとかもいそうだし、清潔さってやっぱり大事だと思う。


 領都の路地裏というか……建物と建物の隙間みたいな場所も、ほぼゴミ溜めみたいな感じで汚いわ臭いわって感じだし……よし、決めた。


 以前、公共事業で道を作らせときゃいいっしょ、みたいに考えた事があったが……清掃員を雇うってのも追加しよう。


 それと……浴場の建設。


 街と住民の身体を清潔にする政策だ。


 しかし、それを広めるにあたって、テストケースが欲しいよな……カルモスに言って領都で実施できるか聞いてみよう。


 軍事費の削減や、各方面で色々悪い事をしていた娘婿関係の粛清なんかで、財政がかなり上向きになっているって話だしな。


 うむ、視察に来て色々な案が浮かぶのって……ちゃんと仕事をしている気がしていいな。


 まぁ、思いついたことを投げつけるだけだが……あぁ、そうだ。オスカーに開発してもらう魔道具も、掃除関係と浴場関係の物を頼むとしよう。


 これが視察効果……やべぇな、視察。


 視察とかいって、ただお偉方がフラフラして、時間を無駄にしているだけかと思ってたけど……現地を見るって思っていた以上に大事だわ。


 まぁ、視察される側がめんどくせぇと思う気持ちも分かるけど……ちょっと、ふらっと見物にきただけで、ここはこうしろとかあそこはああしろとか……超めんどくさいよね。仕事増えるし。


 でも衛生面に関しては……病気の予防って意味があるし、ちょっと頑張ってもらおう。


 病院の設置とか……あぁ、そうだ、病気の統計とかも取った方がいいかもしれないな。


 衛生面を強化する前と後で病人の数とかが変われば、他の場所にも導入させやすいし……。


 ふぅむ……一つ思いついただけで、やらなければならないことが山のように出て来るな……これが知略が5上がった覇王の力という事か……作業するのは俺じゃないから、気楽なもんだが。


 やっぱり、一番大変なのは中間管理職だな。


 よし、とりあえず忘れないうちに、カルモスに衛生面向上計画は伝えるとして……視察を続けよう。


「リーン。珍しいというか、見た事のない食材があったら教えて貰えるか?」


「分かりました」


 俺達が城で使っている食材は基本的にゲーム時代から存在していた食材で、その殆どが日本にあった野菜や果物だ。


 今の所、特産品用に村に配った種はこちらの世界でも食されている野菜だけだが、城の倉庫にある種の中には、こちらの世界に存在しない野菜や果物の種もあるし、日本にすら存在しない植物の種だってある。


 バロメッツとかね。


 そう言った、こちらの世界には存在しない野菜や果物を大量生産して売りさばくというのも、良い金策になるだろう。


 しかし、問題は種の流出だ。


 一ヵ月で収穫可能な野菜……しかも、種を蒔くだけで、後は適当に育てても品質は問題ないという代物だ。あっという間に世界中に広がってしまうだろう。


 それでは金策として全然意味がない……うん、やっぱレギオンズ産の種を使って金策をするのは無理そうだな。


 やはりポーションか……ん?


 そう言えば薬草の種ってのがあったな……アレは特級ポーションの材料になる。


 しかも薬草単体では何の意味もない。回復効果皆無というか……素材アイテムだったので使用する事は出来なかった。使い道は、開発部で一番効果の高いポーションを作るのに必要というくらいだ。


 ただ、特級ポーションを作るには薬草の他に、龍の血とロイヤルゼリーが必要なんだよな……。


 龍の血は……そのまま、ドラゴン系のモンスターを倒した時に偶にとれるアイテム。


 ロイヤルゼリーは養蜂場のある村からの特産品だったのだけど……種を渡して採れるようになる野菜系の特産品と違って、採れる村が決まっている貴重品だ。


 一応在庫は腐るほどあるけど……この世界で採れるか確認してみるか。


 たしか……ミツバチが出す分泌物とかだったよな?女王バチのご飯だっけ?


 もし採取できるようなら、特級ポーションを作ってみるのもいいかもしれない。


 でもロイヤルゼリーの事をこの世界の人達が知らない可能性は大いにあるよな……もしそうだとしたら……採り方なんて知らないし、諦めるしか……いや、待てよ。


 確かポーション作成に必要な、万能薬の代替品がロイヤルゼリーだったはず。


 ロイヤルゼリーが無理だったら万能薬を使えば作れる……一応、万能薬はよろず屋で買えるアイテムだし……少々お値段が割高だけど。ゲーム時代では買った記憶がない。


 あ、龍の血をどうするか……グラウンドドラゴン倒せたらそれを使ってみるか?


 ゲーム時代はドラゴンを倒しても小瓶一つしか取れなかったけど……この世界でドラゴンを倒せば、相当な量の血が取れるはずだし……ドラゴン一匹でかなりの量の材料が確保できるはず。


 成分が違って作れないって可能性はあるけど……何事も実験だよね。


 因みに特級ポーションの効果は、ゲーム時代ならHPの全快だ。


 もし生産出来るようなら、この世界でどの程度の効果があるのか実験してみよう……流石に死者を生き返らせることは出来ないだろうけど、ほぼ死体くらいなら治せるかもしれん。


 ……実験に使うのは犯罪者とかだな。


「フェイ!あ、あちらの実は初めて見るものですよ!」


 そんな事を考えていたら、リーンフェリアが服の袖を摘まむようにクイクイっと引っ張りながら声をかけて来た。


 周りがうるさいからか、それとも緊張からか分からないが距離の割に大きな声だ。


「ん?どれだ?」


「アレです!あの屋台の……」


 リーンフェリアが指し示す屋台を見てみると……確かに見た事のない色とりどりな実をつけた枝を売っている屋台があった。


「これは……食べられるのか?」


 屋台の近くに言って俺が呟くと、屋台のおばちゃんが大きな声で話しかけて来た。


「あはは!食べてみてもいいけど、そうとう渋いと思うよ?これは染料用の実さ!染めたい色の実を水に浸して潰して、それから布を浸けるのさ」


 どうやら食用ではないらしい……リーンフェリアが失敗したって感じの表情をしているが、折角だからこのまま話を続けてみよう。


「ほう?例えばだが、服を染めるのにその実がいくつほど必要なんだ?」


「にーちゃんが着てる服なら、五つもあれば十分だよ。水は服が浸かる程度で……あまり水が多いと色が薄くなっちまうからね」


「なるほど……」


「どの色の実をいくつ使うか、どう混ぜ合わせるかがセンスの見せ所って奴だよ!どうだい?奥さん!旦那さんの服を染めるのもよし、奥さんが綺麗に着飾るも良しだ!」


「お、おく!」


 おばちゃんに声をかけられ、リーンフェリアが顔を真っ赤にして固まる。


 もう結構時間も経ってるし、そろそろ慣れてもいいんじゃないか?リーンフェリア。


「おや、初心な奥さんだね……新婚かい?」


「あぁ、まだそう呼ばれるのも慣れない程度の時間しか経っていないな」


 数時間ってところだ。


「なるほどね!じゃぁ今は何でもかんでも反応しちまう時期ってわけだ!真っ赤になっちまって、可愛いねぇ」


「あぁ、俺もそう思う」


「っ!?」


「あはは!惚気なら他所でやっとくれよ!うちの実で染めたみたいに真っ赤になっちまってるじゃないか!」


 そう言って豪快に笑うおばちゃん。


 確かに物凄い赤さだ……一酸化炭素中毒じゃないよね?


「妻の可愛い姿も見れたことだし、この実を買わせてもらうか。これは……実を買うのか?それとも枝ごと?」


「お、にーちゃん太っ腹だね!気前のいい旦那で羨ましいよ、嬢ちゃん!ばら売りもあるし、枝ごと買ってくれてもいいよ。まぁ、それなりに値は張るけど……根は無いけどね!」


 そう言ったおばちゃんは先程と同じくらい豪快に笑う。


 うん……この世界では親父ギャグではなくお袋ギャグなのかもしれない……まぁ、それはさておき、お金はウルルから、必要だろうからとちょっと渡されているからそれを使えばいい。


 覇王はお小遣い制なのだ。


「じゃぁ、枝ごと貰おうか……これで足りるか?」


 そう言って俺は金貨をおばちゃんに差し出す。


「いや、あんた店ごと買う気かい!?枝一つで銀貨一枚だよ!」


「なるほど、じゃぁこれで……」


 そういえば、銀貨と金貨の交換レート知らないなぁと思いながらおばちゃんに銀貨を渡すと、呆れたようにため息をつかれた。


「あんたね……ちょっと嬢ちゃん!気前のいい旦那だけど、経済観念のしっかりしてない夫を持つと苦労するよ!あんたがしっかり財布のひもを握ってやんな!」


「は、はい!」


「にーちゃん!あんたはもうちょっとしっかりしな!ほら!お釣りだよ!」


 そう言って銅貨を差し出してくるおばちゃん。


「銀貨一枚に何故釣りが……?」


「ほんっと、すっとろいにーちゃんだね!言い値で買う馬鹿がどこにいるってんだい!そんなんじゃ身ぐるみ全部はがされちまうよ!ったく、どこのぼんぼんだい」


 なんかめっちゃ怒られてしまった……どうやら値切り交渉をするのが普通だったらしい。


 その後も、がみがみとおばちゃんに怒られ続け、やっと解放された俺達は屋台を後にした。


 購入した枝を手にしながら暫く無言で歩いていたのだが、ふと横を見るとリーンフェリアが俯いて肩を震わせていた。


「……怒られてしまった」


「ぷふっ」


 俺がぽつりと呟くと、リーンフェリアがこらえ切れなくなったようで噴き出した。


「ふ……ふふふ……」


「やはりおばちゃんは最強だな。勝てる気がしない」


 肩を震わせ、それでも耐えようとするリーンフェリアに向かい、俺は言葉を続ける。


「ぷふ……あはっ……あははははっ!フェイが怒られて……目を丸くしている姿が……あははははははっ!」


「まさかあんなに怒られるとは……周りの屋台の店主や買い物客からも注目されてしまった」


「あははははっ……ほ、本来であれば、不敬だと捕らえるところですが……」


 笑いが収まらないと言った様子でリーンフェリアが言う。


「今はただのフェイだからな。不敬等という言葉は存在しない……王という衣を着て無ければ、俺は屋台のおばちゃんに懇々と説教をされる男という訳だ」


「ふふっ……経済観念という点は仕方ないと思います。でも、あのおばさんにくれぐれもと言われたので財布は私が管理させて貰いますね」


 軽く咳払いをして笑いを納めたリーンフェリアが、晴れやかな笑顔を見せながら言う。


「その方が良さそうだ。もう怒られたくないしな」


 俺がそう言うとリーンフェリアがまた声を出して笑った。


 あのおばちゃんのお陰で、一気に緊張がほぐれたようだ。近衛騎士隊長ではなく、素の状態のリーンフェリアは結構笑うんだなぁと思いながらその姿を見ていると、絹を裂く様な甲高く短い悲鳴が聞こえてきた。


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