第68話 覇王の器



「じゃぁ、オスカー。近いうちに俺の家に招待してやる。その時にどんなものを作るか話をしよう」


「わ、わかりま……って、兄貴待って下さい!兄貴の家って……」


 ある程度話が纏まったこともあり締めと言った感じで俺が言うと、かなり落ち着いて来たオスカーが再び慌てる。


「エインヘリア城だな」


「兄貴……勘弁してください。城なんて……礼儀作法とかほんと無理ですよ……」


「気にするな。俺より偉い奴はいないから、怖くはないだろ?」


「いや、滅茶苦茶怖いですよ!城って貴族しかいないんでしょ!?兄貴は許してくれても、いきなりばっさり行かれちゃうかもしれないじゃないですか!」


「あぁ、大丈夫だ。俺の国に貴族はいない。まぁ、だからと言って一般人とも違うとは思うが……血筋がどうこうって奴はいないな。それと、俺の言う事に背く奴はいない。お前が俺の客である限り、お前を害する奴は俺の城には居ないさ」


 俺がそう言うと、何を感じたのかオスカーが身震いをする。


「まぁ、そう重たく考えるな。緊張するなといっても無理だとは思うが……滅多に行けない場所に行けると思って楽しんでみろ」


 まぁ、俺と組むなら城に来る機会は多くなるかもしれないが……。


「……そう考えられるように頑張ってみます」


 後は、少し金を用意しないといけないけど……どうするかな。


 ポーションはともかく、毛生え薬っていくらくらいで売れるだろうか?カルモスもグスコも結構ふさふさだし……なんか使い勝手の良い商人とか見つけるべきか?


 その辺り、カルモス達に一度相談してみるか。


 でも、さすがに金貨一万枚稼ぐまでオスカーを放置しておくのも悪いよな……。


「最初に渡すのは一万枚じゃなくていいか?」


「……兄貴……あの、言いにくいんですが……」


「なんだ?」


「俺に金貨一万枚をぽんと渡されても……数日中に路地裏に転がされる自分しか想像できないんですが……」


「言いふらさなきゃいいだろ?」


「そりゃそうですけど……例え誰にも言わなくても、この家に金貨一万枚も置いてたら、正直家から出られないどころか、夜も寝られないですよ」


 泣きそうになりながらオスカーは言う。顔はイケメンだが、中身がイケメンじゃないからか、情けなさが滲み出ているな。


「そうか。じゃぁ、五千枚くらいにしとくか?」


「兄貴!変わんないです!全然変わってないです!」


 俺がにやりとしながら告げると、両手で顔を抑えながらオスカーが叫ぶ。かなりいっぱいいっぱいな感じがするが、もっと追い詰めてやりたい気もする。


「冗談だ。とりあえず、初期費用として百枚くらいならどうだ?追加が欲しければ連絡してくれれば払おう」


 っていうか、銀行とかないのかな?そういうのがあれば振り込んでおくんだが……。


「……兄貴が王様だって滅茶苦茶納得出来ましたよ……あの、兄貴金貨百枚って、死人が出てもおかしくないくらいの大金ですからね?」


「だが、魔道具の価値を考えるなら、お前もそれなりに貯蓄があるんじゃないか?」


 ランプの魔道具が安くても金貨五枚……材料費もあるだろうし、どの程度の儲けが出るかは分からないけど、金貨一枚以下ってこともないんじゃないだろうか?根拠は無いが。


「流石に金貨百枚もありませんよ……いや、兄貴は王様なんで、分らなくても仕方ないと思いますけど……金貨百枚もあれば普通の家族が十年くらいは楽に過ごせます」


「なるほど……まとめて渡すにしては危ないか。ならば多少面倒だが、お前が研究に使用した金額を後払いで渡すか?書類を作るのが面倒かもしれんが」


 俺がそう言うと、オスカーはほっとしたような表情になる。


「兄貴、お手数かも知れませんがそれでお願いします。予算を纏めてもらうにしても、何に使ったかの書類は必要でしょうし……俺が作る書類に違いはありません。だから後払いの方が俺も安心できます」


 なるほど……どうせすぐに稼げるお金だと思って適当に考えていたが……こういう所から腐敗っていうのは始まるのかもしれないな。


 トップとは言え……いや、トップだからこそ、この辺はきっちりしておかなければいけないのだろう。


 色々と経験の浅い覇王で申し訳なくなるな……。


「分かった。ではそれで話は進めるとしよう。準備金はどのくらいあればいい?」


「その辺は何を研究するかで変わって来るので、それを決めてからでいいですか?」


「それもそうか。よし、では二、三日中にうちへ招待しよう」


「う……よ、よろしくお願いします」


 一瞬腹痛を思い出したかのように顔を引き攣らせたオスカーだったが、気合でそれを押し込めた様に軽く頭を下げた。


「それと、研究資金とは別にお前にも給金を払わないとな」


「給金……ですか?」


「あぁ。そうだな……毎月金貨百枚くらいいっとくか?」


「兄貴!さっきの話聞いてました!?」


「冗談だ。まぁ、欲しいなら別にそれでもいいが……給金に関しても今度来てもらった時に決めるか。常識の範囲内でな」


「ヨロシクオネガイシマス……」


 色々と限界を迎えているオスカーが、カタコトになりながら返事をする。


「あ、そういえば兄貴。その……兄貴のお城ってどこにあるんですか?結構遠い感じですか?」


「ん?あぁ、それなりに遠いが……移動は一瞬だぞ」


「……どういうことですか?」


「……まぁ、あれだ。当日のお楽しみってことで。迎えは寄越すから安心しろ。別に正装じゃなくていいからな?旅支度も必要ない。着の身着のまま……友人の家にでも行くような気軽さで大丈夫だ」


「兄貴……俺がその境地に達することが出来るのは、今世では無理かもしれません。とりあえず、旅の準備は必要ない事だけは理解しました」


 渇いた笑みを浮かべながら言うオスカーを見て、少しやり過ぎただろうかと思い口を開く。


「お前を虐めるつもりは無いからな。本当に無理なら無理って言えよ?」


「すんません、兄貴。俺がびびってるだけなんで、気にしないで下さい。兄貴のお誘い、心から光栄に思ってます!」


 オスカーが勢いよく頭を下げる。


 ……ダメだな。権力を持っている分、言わせてしまっている気がしてならない。


 まだオスカーとは出会ったばかり……うちの子達とは違うのだ。俺の事を兄貴と呼んではいるが、別に心から慕ってくれている訳じゃないしな……適度な距離感も大事だろう。


 とはいえ、覇王的にあまり態度は変えずに接するが。


「くくっ……なら、お前が卒倒するくらいの歓待を用意しておいてやろう。楽しみにしておけ」


「……兄貴……お手柔らかにお願いします」


 顔色の悪いオスカーが再びお腹を押さえた。






「すっかり長居してしまったな」


「いえ、兄貴のお陰で、これから色々と面白くなりそうだし気合が入りましたよ!」


 オスカーの店で今後の話や魔道具についてのアレコレを聞いていたら、いつの間にか結構時間が経っていたので、そろそろお暇することにした。


 とりあえず、オスカーは三日後に城に招待することにして、今日聞いた話を基にどんな魔道具の開発するか、そこで決めるつもりだ。


「では、オスカーまた三日後に。流石に俺が迎えに来てやることは出来んが、部下を迎えに来させる。あぁ、そんな仰々しい迎えを送り込んだりしたりはしないから安心しろ」


「兄貴の良心に期待しておきます」


 散々弄ったせいか、多少の軽口程度なら受け流せるようになったみたいだな。


「あ、オスカー。今日の晩御飯何が良い?何でもいいっていうのは無しだからね?それが一番めんどくさいんだから」


 そんな風に店の前で別れの挨拶をしていたら、オスカーの背中越しに女性の声が聞こえて来た。


 この声は……パティさんかな?姿は見えないが、恐らくオスカーの影になっていて見えないだけだろう。


「おい、パティ!馬鹿!」


 慌てた様子のオスカーが後ろにいるパティさんを叱るように言う。


「あ、ごめんなさい!」


 オスカーが振り向いたことで俺達がいることに気付いたパティさんが、慌てて頭を下げる。


「いえ、そこまで気にされなくて大丈夫ですよ。軽く雑談をしていただけなので」


 俺が笑顔でそういうと、少し顔を赤らめながらオスカーの隣に行き再び軽く頭を下げる。


「す、すみません」


「すみません、兄貴。どうか、この無礼……俺の首一つで許してもらえませんか?」


 しかし、そんなパティさんの謝罪を遮るように、地面に膝を着いたオスカーが深々と頭を下げ……その様子を見たパティさんがギョッとした表情になる。


 オスカーやり過ぎだ……。いや、この場合パティさんを守るために過剰反応したって所か?


「く、首……?」


「おい、オスカー頭を上げてくれ。気にしないって言っただろ?っていうかこんな道の真ん中で迷惑だから早くやめろ」


「す、すいやせん……」


 俺の言葉に慌てて立ち上がるオスカー。隣にいるパティさんはそのオスカーの態度で、何かに気付いたように顔を青褪めさせている。


「オスカー。俺の身分はお前にとって畏怖の対象なのかもしれないが……今日ここでお前と話していた俺という人物は、お前の中でそんなに狭量な人物だったのか?」


「い、いえ!そのような事はけして!」


「だったら、細かい事は気にするな。少なくとも俺は気にしない。もう少し兄貴分を信じてくれ」


「本当にすみません、兄貴。何度も何度も……」


「敬ってくれるのはいいが、必要以上に恐れなくても大丈夫だ。もし俺が気に入らない事があったら、とりあえずぶん殴る程度から始めてやる」


「お手柔らかにお願いします」


 オスカーはにかっと笑いながら首だけで頭を下げる。


「パティさんも、すみません。なんか変な風に怯えさせてしまって」


「い、いえ……私の方こそ失礼しました」


 これは……完全にパティさんに怯えられたな。


 表情も体も硬くしたパティさんが深々と頭を下げてくるのを見て、俺は心の中で嘆息する。


 オスカーの幼馴染だし、あまり変な印象を持って欲しくないのだが……。


「ところで、パティさんはオスカーの食事の面倒まで見ているのですか?」


「え……あ、はい!オスカーは仕事にのめり込むと寝食を忘れちゃうタイプなんで……」


 俺が雰囲気を変え軽い様子で尋ねると、パティさんもその雰囲気に乗って来る。


 客商売をしているからか、相手の気持ちを汲み取るのが上手いようだね。俺はこんなぶつ切りみたいな感じでしか話題と空気を変えられないけど……明るい様子で返事を返してくれるパティさんに感謝しながら相槌を打つ。


「へぇ、なるほど」


「流石に隣の家で変死体が見つかるのも嫌なんで、適当に様子を見ているってだけですけどね!」


「別に頼んでねぇし……ってか死にゃしねぇよ」


 パティさんが笑顔で言うと、オスカーは面倒くさそうにブツブツと文句を言っている。


「そういう台詞は、ちゃんと生活出来てから言って欲しいわね!掃除どころか洗濯だって全然しないし……」


 オスカー、お前……洗濯もして貰ってるのかよ……なんでこの子ほったらかして、他の女にふられたとか言ってられるの?


 ……よし、これは色々チクるべきだな。


 覇王の器の小ささを見せてやる!


「オスカー……お前、パティさんにそこまでして貰っておきながら、女にふられてやけ酒なんか呑んでたのかよ……」


「あ、兄貴!そりゃ……」


「はぁ……フェルナンドさん達と朝まで呑んでたって言ってたから、そんなことだろうと思ったけど……ほんと、いい歳なんだから少しは落ち着きなさいよね!」


「うるせぇな!お前には関係ないだろ!」


「なっ……何よ!そんな……だ、大体!そのカツラは何なのよ!何?今度はカツラでもかぶって女の人を騙す作戦!?」


 軽くチクるつもりが……覇王の器の小ささのせいで、喧嘩みたいになってきてしまった……どうしよう。


「残念だったな!これはカツラなんて誤魔化しじゃない!これは俺の!俺だけの!俺の為の!地毛だ!」


「はぁ?」


 何言ってんだコイツ、って感じの顔をしながら、パティさんが徐にオスカーのロン毛を掴んで引っ張る。


「いってぇ!馬鹿!やめろ!抜ける!敵か?敵だなお前!?よし分った!やめろ!やめてください!」


「あ、あれ?取れないわね。どういう仕組みなのかしら?」


 泣きそうになりながらパティさんの手を叩くオスカーと、訝し気にグイグイと髪を引っ張るパティさん。


 まぁ、昨日までスキンヘッドだったオスカーがロン毛になったのだから、そうやってしまう気持ちは分からないでもないが、いいぞもっとやれ。


 さっきまであった剣呑な雰囲気も一瞬でなくなったし、流石は幼馴染だな。


 よし、追撃だ!


「コイツ酒に酔った挙句、道を歩いていただけの俺達に絡んで来たんですよ」


「はぁ!?馬鹿!あんた何やってんのよ!すみません!フェイさん、リーンさん!この馬鹿がとんでもない事を!」


 そう言ってオスカーの髪を掴んだまま腰を直角に曲げて謝るパティさん。


「いでぇぇぇ!す、すんません!兄貴!勘弁してください!」


 オスカーにダメージを与えるのはいい気味だといった感じだが、パティさんに謝らせるのはちょっと申し訳なくなるな。


 うちの子がすみません的な……親御さんの謝り方だが。


「いえ、そんな出会いでしたが、オスカーと知り合えたことは非常に幸運だったと思っているので、どうか気になさらないで下さい」


「本当にすみません……オスカー!あんた暫くお酒禁止だからね!」


「わかった!わかったから離してくれ!」


 必死に懇願するオスカーを見て、ようやくパティさんがその手を離す。


 少しやり過ぎた……気は全然しないな。うん。オスカー滅ぶべし。慈悲は無い。


 とはいえ、少しは手助けもするべきか?パティさんにも悪いしな。


「オスカー。お前はもう少し、自分の事を見てくれる素敵な女性がいることを自覚するべきだ」


「っ!?」


 俺がため息をつきつつオスカーに言うと、その隣にいたパティさんが耳まで真っ赤になる。


「……は、はぁ。そんな女性がいたんですか?」


「「……」」


 この返事に俺やパティさんだけでなく、リーンフェリアも残念な物を見るような表情になる。


 オスカー、お前マジか?


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