第67話 魔道具技師の成り上がり~髪が生えたら王様にスカウトされた件~



 オスカーの店の応接室は、流石にエインヘリア城にある城の物とは調度品の質が格段に違ったが、俺としては煌びやかなあの部屋よりも、こじんまりとしているこの部屋の方が居心地がよく感じられた。


「狭い部屋ですみません、兄貴」


 そう言って若干恥ずかし気に頭を下げるオスカーだったが、俺は笑みを見せながら首を振る。


「いや、良い店じゃないか。結構儲かっているのか?」


「ははっ、食うに困らない程度にはって感じですね」


 照れたような笑みを見せながらオスカーが頭を搔く。


「えっと、兄貴、魔道具の話ってことでしたが、何かご入用な魔道具があるんですか?」


 軽く咳払いをした後、オスカーが若干表情を変えて尋ねて来る。


 なるほど……これがオスカーの仕事モードってところだろう。随分キリっとした表情で、数十分前のスキンヘッド君の泣き顔とはえらい違いだ。


「入用な魔道具というよりも、そもそも魔道具というのは、どういう物なのかが気になっていてな」


「兄貴は魔道具を使ったことがないので?」


「そういう訳ではない。街灯や、生活の中で使う便利なものが魔道具であることくらいは知っている」


 まぁ、使ったことは多分ない……城の中の物は魔石によって動く不思議アイテムだからな。ここで言う魔道具とは完全に別物だと思う。


「そうだな……どんな仕組みで動いているのか……聞いてもいい物だろうか?」


「えぇ、別に構いませんよ」


 そう言ってオスカーが椅子から立ち上がり、棚に置かれていた板を手に取り戻って来る。


「これは魔導回路と呼ばれるものです。俺達魔道具技師は、コイツを作る事を生業としているんですが……簡単に説明しますね」


 オスカーがそう言った次の瞬間、板全体が淡く発光する。


「これは一般的なランプや街灯の魔道具の、さらに簡易版と言った感じです。魔力を流している間光り続けるだけなので、魔力を流すのを止めれば……この通り光は消えます」


「ランプや街灯は一度魔力を流し込んだら一定時間放置してもいいのだろう?」


「兄貴のおっしゃる通りです。ランプや街灯の魔道具はこの板に書かれている模様……魔導回路って言うんですが、これがもっと複雑なものになるんです」


「なるほど……魔力を流し込んだ時にどんな動作をするか、それが魔導回路によって決まると……」


「はい。この魔導回路は特殊なインクによって描くことが出来ます」


「特殊なインクというのは?」


「兄貴は魔石ってご存知ですか?」


 魔石……?よくご存知ですよ?この前五千万程使いましたし……。


「あぁ、知っている」


「このインクには魔石が溶かし込んであるんです。今見せた光る板の回路だと、光の魔石と無の魔石が溶け込んでいます」


「光の魔石に無の魔石だと?」


 ……いや、やっぱご存知ないわ。


 何その魔石?なんか属性付きの魔石ってことだよね?そんなのあるの?


「はい。各属性のインクを使って動作部分を作り、無属性のインクで各動作を繋ぐ同線部分や基礎部分を描く……そうして出来上がったものが魔導回路です」


「なるほどな」


 さっぱり分らん。


 ま、まぁ……専門的な話が聞きたかったわけじゃないしな。


「そして、この魔導回路を組み込んだ道具が魔道具という訳です。この魔導回路を描くって工程が魔道具の心臓になるわけですけど、腕のいい職人の条件は、如何に魔導回路をコンパクトに仕上げるか……それにかかっているんですよ」


「……なるほど。同じ魔導回路でも、どれだけ小さくまとめ上げられるかが腕の見せ所ってことだな?」


「そう言う事です!これは……結構自慢なんですけど、魔導回路を小さく仕上げることに関しては、領都内の職人で一番上なのが俺です!品評会ってのが、一年に一回王都で開催されるんですけど、その既存魔導回路の縮小化って部門で去年三位になったんです」


「ほう、それは凄いな。国で三位の実力とは」


 魔道具技師がルモリア王国にどのくらいいるかは分からないけど、ルモリア王国全土で三位は相当凄い順位だろう。


 コイツ……ほんとにあのスキンヘッド君か?俺が目を離した隙に別人と入れ替わってないか?


 手に職があり、家があり、甲斐甲斐しく世話をしてくれる可愛い幼馴染がいて、友人にも恵まれ、イケメンで、その上、国で上から三番目の腕を持っているだと……?


 技術チート系の主人公なの?これから成り上がっちゃうの?


 ……いや、今それは置いておこう。ちょっとだけ……若禿という弱点を消してしまったことに後悔を覚えたが、置いておこう。


「例えばだが……既存の魔道具には無いような機能を持った道具を作りたい。俺がそう言った場合、オスカーは協力してくれるか?」


 俺がそう言うと、自慢げな笑みを見せていたオスカーの様子が一変、真剣なものへと変わる。


「新しい魔道具の開発ですか……兄貴、すみません。ここからは魔道具技師としてお話させていただきます。御存知だとは思いますが、魔道具というのは決して安い物ではありません。既に世に出回っており、多くの職人がその魔導回路の事を熟知していて、作ることが出来るランプの魔道具であっても、金貨五枚を下る事はまずないでしょう。この価格は、その職人の技術や材料費は勿論ですが、何よりこれを開発するまでにかかった時間と労力、そしてお金……それらがとんでもない物だからです」


「……」


 真剣な表情で語るオスカーの言葉に俺は黙って頷く。


 もしかしたらパテント料の支払いとかもあるのかもしれないな。


「よく大商人や貴族なんかが、自分の考えた魔道具を開発して欲しいと話を持ち掛けてくることがあります。ですが、俺はそれを受けた事は一切ありません」


「ふむ……」


「新しい魔道具。口で言うのは簡単ですが……それを開発する為には莫大な資金、時間が必要です。確かに実現したら便利な、面白い魔道具の案を持って来る方はいるのですが……開発にかかる費用や時間を算出すると、皆口をそろえて言います。採算が取れないと」


 そう語るオスカーの目は非常に真剣なものだが、何処か悔しげな色を滲ませている。


「俺も魔道具技師の端くれ……新しい魔道具開発に興味がないとは言えません。ですが、新しい魔道具というのは、国の機関が最高峰の技術者達を集め、膨大な時間と予算をつぎ込んで開発に取り組む物なんです。一介の街の魔道具技師程度ではとてもではありませんが……」


「なるほどな。ならばオスカーは、自ら新しい物を作る事は諦め、誰かが血の滲む努力の末生み出した、既存の魔術回路を刻むだけの技師でありたい……そういうことだな?」


「そ、そうは言ってません!ですが、魔導回路はただのインクで書いても意味がないんです!魔石を溶かし込んだ特殊なインクを使わなければ、動作確認が出来ない。そして一度使ったインクは再利用は出来ません、失敗すればそれはただの落書きです。試作品の段階に持って行くだけでも膨大な量の特殊インクが必要なんです!そしてインクはけして安い物ではありません!出来る物なら……俺も新しい魔道具を作ってみたい!」


 歯を剥き出しにしながら……酔っぱらって俺に絡んで来た時以上の怒気を湛えながら、オスカーが吼える。


 職人としての望みとそれに届かない現実……そう言った鬱屈とした思いがありながらも、挑戦してみたいと思う真っ直ぐな心も感じる。


「くくっ……オスカー、ならば挑戦してみろ。俺はお前の時間を増やしてやることは出来ないが、資金を用意してやることは出来る。いくら欲しい?金貨千……いや、万か?」


「……あ、兄貴?一体何を?」


 俺の提案にオスカーは目を白黒させる……話についてこられない様だ。


「だから、開発資金だ。金貨一万枚でどうだ?すまないが、俺は技術者じゃないんだ。これが多いのか少ないのか全然分らん」


「え?いや、金貨一万って……金貨一万枚ってことですか!?開発資金に!?」


 枚がついただけで、何も変わってないやん?


「あぁ。そう言っている」


「あ、あぁ……兄貴、冗談キツイですよ!金貨一万枚って……そんな、あはは」


「冗談ではない。俺が金貨一万枚用意したら、お前は新しい魔道具の開発に着手出来るのかと聞いている」


 俺がそう言い放つと、オスカーが唾を飲み込む。


「ほ……本気ですか?兄貴。い、いや、すみません。兄貴を疑うって訳じゃ……」


 まぁ、今の俺の格好じゃ説得力皆無だよな……村人スタイルだし……。


 なんか説得の材料は……あぁ、強烈なのがあるじゃん。


「オスカー。お前の髪……忘れたのか?俺が持っていた薬の効果だ」


「髪……薬……ま、まさか……あの髪……いや、神の薬は……兄貴が作られたのですか……?」


 愕然としながらオスカーが尋ねて来る。


「俺が作ったわけじゃないが……量産は可能だ」


「っ!?」


 俺の言葉にオスカーが身震いをする。


 そう……毛生え薬……アレがあれば、もはや金に困ることはないと俺は踏んでいる。


 この世界の禿が死滅する日が果たしてくるだろうか……?


 いや、それは無い。


 薬によって一時は根絶する事が可能かもしれない……だが必ず、第二第三の禿は生まれる……人が人である以上必ずだ!


 禿げる事こそ至高……そんな世界が訪れない限り、永久不滅の需要が生まれるはずだ。


 まぁ、開発部の人手が足りないけど……一人週に一個しか作れないし……あ、オトノハ達、開発メインメンバーなら週に複数個作ることも可能か。


 それにポーションについても、国として大々的に売らずとも、何かいい感じに裏ルートとかで流せばいいだけだ。


 エルトリーゼ辺りはそういうキナ臭い話に強そうだし、相談してみてもいいだろう。


 オスカーと話すまでは、安易に便利グッズを魔道具で作らせて大儲け……とか考えていたけど気が変わった。


 金儲けの為ではなく、便利な世の中の為の投資と思う事にしよう。無論、オスカーがすんごい魔道具作ってくれたらリターンもあるだろうけど、とりあえず採算度外視でやってもよい。


 採算度外視っていっても、金貨一万枚でめちゃくちゃ驚いているし……ポーション約五十個で稼げる額だ、痛手でも何でもない。


「あ……兄貴……本気ですかい?」


「無論だ。まぁ、今手持ちはないから少し待たせることになるが、近いうちに用意してやる。勿論、足りなければ追加費用も出す。どうだ?オスカー?俺と手を組まないか?」


「兄貴……俺は一介の街の魔道具技師に過ぎません。俺より優秀な奴は、いくらでもいるはずです」


「オスカー。俺は、お前のことが気に入ったから投資してみたくなったんだ。お前より優秀な奴?そりゃ探せばいくらでもいるのだろう。お前の得意な縮小化の技術も、お前より上は国に二人もいるわけだしな。だが、俺がそいつらを気にいるかどうかは別問題だ。お前となら、面白くやっていけると思ったから誘っている。今後人員は増えるかもしれない……だが、俺が見初めた人材はお前だ、オスカー」


「……そんな風に誘われたら、断れませんよ、兄貴。期待に応えられるよう、俺は命を懸けて腕を上げてみせます!だから、兄貴!兄貴の下で新しい魔道具の開発、やらせてください!」


「あぁ、オスカー歓迎する。っと……すまん、オスカー。言い忘れていたことがある」


「……なんですか?」


 オスカーが訝し気に首を傾げる。


「まず最初に、相手の素性や真意を確かめずに突っ走るのは、危険だぞ?」


「あ、兄貴?」


 今それを言う?みたいな表情になるオスカー。


「まぁ……そういう単純な所も気に入ったんだが、俺以外に騙されないようにな?」


「だ、騙すって……兄貴!?」


 一瞬で顔を真っ青にしたオスカーが悲鳴のような声を上げるが、そんなオスカーに俺は笑って見せる。


「まぁ、次からは気を付けろ。あぁ、誘ったことも、資金提供することも嘘じゃないし、別に危ない金って訳じゃないから安心しろ。でだ、言い忘れていたことだが……俺のフェイって名前は偽名だ」


「偽名……ですか?」


「あぁ、俺の名前はフェルズ。少し前、この街に敵が攻めて来ただろ?」


「え、えぇ……大した戦いにはならなかったけど……もしかして、兄貴はそっちの国の人ですか……?」


 眉を顰めながらオスカーが尋ねて来る。領都では大々的にエインヘリアの事は発表しているのだが……あまり浸透してないのか?


「そっちというか……今この街を支配下に納めているエインヘリア。俺は、その国の王だ」


「……殴打ってどういうことですか?その国と喧嘩してるってことですか?」


「殴打じゃねぇよ。王だ王。俺は国王って奴だ」


「兄貴がこくおー……こくおーかってなんか、聞いたことありますね……え?国王……陛下?兄貴が?」


「俺がエインヘリア王だ」


「……一つ聞きますが……冗談なんてことは……」


「冗談で王を騙れるわけないだろ……普通に極刑になるぞ」


「っ!?」


 一瞬目を見開いたオスカーは、椅子ごと後ろ向きに倒れてそのまま一回転……見事な土下座の体勢へ移行。そのまま声を上げることなく完全に固まってしまった。


「オスカー、頭を上げろ」


「……し、しかし」


「オスカー、俺が許すと言っている。頭を上げろ」


「は、はい……」


 オスカーはめっちゃガクブルしながら顔を上げる。顔面蒼白だな……なんかエルトリーゼ達を思い出す怯えっぷりだ。


 殺気とか出してないと思うけどな……。


「オスカー、良いから椅子に座れ、口調も今まで通りで構わん。俺が許可している以上、誰も文句は言わないから安心しろ」


「……で、ですが……」


「オスカー、先程まで話していた俺と、今の俺は同じ人物だ。身を明かしたところで大して変わらん。不敬だとかなんだとか、そういう面倒な事は言わないから、難しいかもしれんが……少し気楽に接してくれ」


 俺の言葉に覚悟を決めたのか、一度ぎゅっと目を瞑ったオスカーが恐る恐る立ち上がりながら口を開く。


「……あ、兄貴。ただ者じゃないとは思っていましたが……大物過ぎませんか……?」


「くくっ……お前はそんな大物の弟分なんだろ?良かったな。お前も大物の仲間入りだ」


「うぐ……ほ、ほんとに俺なんかでいいんですかい?兄貴……」


「だから言っているだろ?お前を気に入ったって。頼んだぞ?エインヘリア国王専属魔導技師殿」


「……え?あ、俺ってそうなの……?えー?……あ、兄貴……手加減してください……ぶっ倒れそうです」


 顔色を青くしながら腹を抑えつつ、オスカーは泣きそうな顔で言った。


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