第53話 王国の支配者
View of サルナレ=ルバラス=ハーレクック ルバラス家当主 ハーレクック伯爵
「ハーレクック伯爵!どうするのですか!王が!王が崩御されたのですぞ!」
「落ち着き給え、子爵。確かに陛下は崩御されてしまったが、大きな問題ではあるまい」
興奮する子爵を見ながら、私は事も無げに言って見せる。当然、大問題ではあるし、半分以上虚勢ではあったが、今ここで弱みを見せることは出来ない。
そして今優先すべきは、王の死を知る者達をこの戦場に足止めして、自由にさせないことだ。
この者達には三日後にハーレクック領より援軍が来ると伝えてある。だが、こちらに直接合流する訳ではなく、敵軍に横撃を加える形での参陣だ。多少伝えていた兵の数より減っていても問題はあるまい。
エルトリーゼには軍の指揮を副将に任せ、ハリアと共に兵五百を連れて王都に向かう様に伝令を飛ばした。エルトリーゼなら詳しく状況を伝え指示を出さなくとも、私の意図を汲んで最善の手を打ってくれるだろう。
アレが死んだことを知るこの者達は、目下最大の障害になりかねない。エルトリーゼが王城を掌握するまで足止めしたい所だが……ここでの戦を長引かせるのは難しい。
私の策で陣形を整え、三日後に決め手となる我が領軍が来ると伝えてしまっている。援軍が来てしまえば手加減も何もあった物ではない、恐らく即日敵軍は殲滅出来てしまうだろう。
この者達の中には、既に自分が権力を握るために動き始めている者がいるはず……今回の件が私の失態であることは疑いようもない事実だ。その隙を突いて自らの権力を拡大しようとするのは当然の考えだ。
寧ろ、ここで私を追い落とそうとしない者は、能力的に信用出来ない者となる。唯々諾々と後を着いて来る者も使い道はあるが、そのような者だけでは派閥の維持は出来ようもない。自分で考えて動ける者も、油断は出来ないが派閥には必要なのだ。
「既に手は打ってある。我等の権勢が揺らぐ事は無い……いや、より盤石を目指すことが出来る」
爵位を売って商人達から金を毟り取る計画は、しばし延期となるが……この場にいる者達は子爵や男爵、元々この計画での旨みはあまりない。
「しかし……公爵家が権力を取りにくるのでは?もし旧貴族派閥が権力を掌握した場合、爵位の低い我々は成すすべもなく……」
「問題ない。旧貴族共が権力に固執するような者達であれば、そもそも我々が勢力を拡大することも無かった。あの化石共は、何処まで行っても自分の領地にしか興味は無いのだ。権力を得る事で得られる旨みに、気付きもしないのだろう」
「……確かに。それはそうですな」
「もし公爵家が何かを言ってくるようであれば……王家の直轄地を公爵家の預かりにしようかと考えている」
「直轄地をですか?」
「そもそも王族は我等貴族から上納を受けているのだ。直轄地がなくとも問題はあるまい。だが、一応由緒正しき土地だ、公爵家以外の家格では荷が重いだろう?」
私がそう言うと、天幕の中で小さな笑いが起こる。それはどう聞いても嘲りを含んだ嘲笑であったが、誰もその事に言及する者はおらず、寧ろ私の意見を支持する者ばかりだ。
だが……やはり何人か怪しい目をしているものがいるな。この者達は、調べさせるとして、後は……。
私が天幕の中にいる者達を値踏みしていると、何者かが天幕の外で騒いでいるのが聞こえて来た。
「……敵が動いたようだな」
私の言葉に、天幕に居た者達が外に騒ぎに気付いたようで全員の表情に緊張が走る。
「伝令!敵軍に動きあり!広く横陣を取った模様!」
「皆、まずはこの戦いを終わらせねば先の話も出来まい。恐らく陣形を変えたということは、相手は一気に渡河してくる気だろう。思わぬアクシデントもあったが、この戦の流れは私達が事前に予想していた通りだ。防いで削る……これで我等の勝利は揺るがない。諸君、奮戦を期待する」
私の言葉に頷いた貴族たちは、各々が指揮する部隊へと急ぎ合流していく。
一先ず怪しい者達には監視をつけておく必要はあるが、あの様子ではすぐにどうこうということもあるまい。
私は天幕に控えていた私兵に、数人の貴族を監視しておくように伝えた後、天幕の外に出る。
もう少し思案していたい所だが、流石に開戦直後は私も様子を確認しておかねばなるまい。
もし、敵の数を削り過ぎるようなら、意図的に負ける部分を作る必要が出て来るやもしれぬ。
そう考えながら、天幕の傍に設置してある、指揮用の物御台の上に登る。そこには既に副官たちが敵の陣容を確認しながら私の到着を待っていた。私はゆっくりと物見台の奥に進み敵軍をゆっくりと観察する。
敵陣の奥の方まで見えるわけではないが、少なくともここから見える範囲では報告にあったように、川まで距離はあるものの、それに沿うような形で横陣を敷いているようだ。
横陣を敷いたということは、一気に渡河してくるつもりなのだろう。
しかし、兵が同数である以上、横並びで一気に突撃してきたところで、我等が川沿いに横陣を敷いている以上、突破は無理なはずだが……いや、野盗の群れ如きに戦術を求めても仕方ないか。
大方、大軍で一気に突撃をするために斯様な陣を敷いたに違いあるまい。
それに、突撃してくるのはほぼ全てが脅して言う事を聞かせている民であろう。川までたどり着けずに全滅するのがオチという物だが……流石に殲滅してしまうのはマズい。
敵が早々に無謀な突撃を止めれば問題ないのだが……いや、待てよ?いくら相手が野盗の群れとは言え、矢や魔法による攻撃を受けながら無謀な突撃をしてくるだろうか?
この目の前の一万五千……全てが陽動だとしたら?本命はやはり東の森か?
「森に放った斥候からの連絡はどうなっている?」
「敵軍が潜んでいるような痕跡は見つけられていないと報告がありました」
「最後に報告があったのは?」
「軍議が始まる直前です」
敵が時間をこちらに与えたのは……伏兵をこちらの陣に向けて進ませているからではないか?
「今すぐ斥候を森と西側に追加しろ。敵軍は小細工を企んでいる可能性がある」
「承知いたしました!」
私の指示を受け、すぐに物見台から兵が伝令に降りていく。
戦を長引かせる必要はあるが、こちらが被害を受けるのは避けたい。いや、王が戦死している以上、多少の被害は受けた方がいいかも知れぬか……伏兵の規模によっては対処をせず、いくらか犠牲になってもらった方がいいか?
そんなことを考えていると前線で喊声が上がる。
どうやら敵軍が動き出したようだな。
我が軍から大量の矢が放たれ、敵軍へと降り注ぐ。
川幅は大した広さではないので、敵は川に辿り着く前に矢衾に襲われているわけだが……どうやら敵は怯まずに前進を続けているようだな。
盾程度の装備は民にも与えられているようだ。
だがもう少し進めば今度は魔法の雨が降り注ぐ。戦慣れしていないただの民は、それだけで蜘蛛の子を散らす様に逃げてもおかしくは無い。
そのような無様な姿を見れば、こちらから追撃の軍を出してもおかしくないが……それが狙いか?
「今攻めてきている敵の数はどのくらいだ?」
「およそ五千です」
つまり、全軍の三分の一か……こちらが追撃の軍を出したところに第二陣を前進させ、逆に刈り取るといったところか?
まぁ、その策は残念ながら失敗だがな。こちらは最初から消耗戦狙いだ。わざわざ隙を見せたところで、渡河して追撃することはない。
普通の軍であれば、功を焦って突撃する者がいるかもしれぬが、我等はこのような戦いで功を得られるとは考えていない。寧ろこの戦いはひと時の休憩の様な物……参戦する事に意味はあったがそれ以上の価値はこの戦場には無い。無理をしても何の得もないと、皆分かっているはずだ。
……いや、中には功を立てられると血気盛んに突撃する者が出るやも知れぬが……そう言った愚か者は是非見せしめになってくれるとありがたい。
私の指示に従わぬ者の末路として、これ程わかりやすい物も無いだろう。
そんなことを考えながら矢雨にさらされる敵軍を眺めていると、少々おかしなことに気付く。
「……敵は倒れているか?先程から、行軍速度が全く変わっていないように見えるのだが」
「……こちらからでは一人一人の様子は見えませんが……確かに行軍速度は落ちていない様に見えます。盾を掲げているようにも見えないのですが……」
……一瞬、得体のしれない不気味さの様な物を感じたのだが、私はその感覚に胸中でかぶりを振って見せる。
敵軍の陣容は脅されている民に過ぎぬはず。そんな者達が、矢によって味方が倒れてもその屍を踏み越え、平然と前進を続けられるだろうか?
いや、今は現実の光景に何か理由をつけ、自身の余裕を見せる必要がある……私は一切の困惑を表に出さず、予想を口に出す。
「どうやら、相手は何かしら矢への対策をしているようだ。腕利きの魔法使いでもいるのかもしれぬ」
「魔法で矢を防ぐのですか?」
私の言葉に副官が首を傾げながら尋ねて来る。
「風の魔法を使い、矢の勢いを殺す防御方法があると聞いたことがある。どの程度効果があるものかと思っていたが……恐らく相手はそれを実践しているに違いない」
「しかし……あれだけの数の味方を守るように魔法を放つとなると、相当な数の魔法使いが相手方には居るということに」
また一つ、敵はただの野盗の群れではない可能性が高くなったな……敵軍の軍使といい……やはりどこかの貴族が後ろにいると見た方が良さそうだな。
「魔法使いの数は分からぬが……矢を完全に防げるような魔法があるのであれば、どの国でもその魔法が活用されている筈だ。そう言った話は聞いたことが無い……つまりあの魔法には何かしら欠点があるということだろう。あまり長時間は魔法の効果が持たないとか、魔法使いの消耗が激しいとかな」
「なるほど……」
「相手は歩兵たちが走り寄れる距離まで、今のゆっくりとした速度で行軍するつもりなのだろう。そしてその為に虎の子の防御魔法を使っていると考えれば、今の光景にも説明がつく。民を徴兵したせいで騎兵や弓兵の数が足りぬから、そのような策に出たのであろうな」
「確かに、あの距離から歩兵が駆け出せば、川にたどり着く頃には疲労で動きが鈍るでしょうし、体力を温存する為の魔法という事ですな」
「あの防御魔法がこちらの攻撃魔法を防げるかどうかは分からんが……もし防げたとしたら少々厄介な話になるかも知れん……攻撃の手を緩めない様に前線に伝令を飛ばせ」
「承知いたしました!」
矢を防ぐ魔法があるという話は嘘ではない……ただ、その魔法は東方の魔法大国に使い手がいるという話だ。かの国であればさもありなんといった所ではあるが……あの国の者に匹敵するような魔法使いが、敵軍にいるはずはない。
仮に、そんな化け物が敵軍に存在するとしたら……この戦、当初私が考えていたものよりも、苦戦するかもしれない。
……絶対にありえない話ではあるが、あの国の魔法部隊が五百……いや、百でも敵軍に居れば、苦戦ではすまない。
いや、ありえない。あの魔法狂いの者達が、自国からこんな離れた場所に突然現れるなどあって良い筈がない。そうだ、当然だ。落ち着くのだ……そもそもあの魔法狂いの国の部隊が敵軍にいたとしたら……こちらの弓の射程よりも遥かに遠くから、魔法が雨あられと降り注いでいなくてはおかしい。
だからそんなことはあり得ない……相手の動きの不気味さに変な妄想をしてしまったようだ。総大将である私がこんなことでは駄目だな。大丈夫だ……私はサルナレ=ルバラス=ハーレクック。ルバラス家当主にして、ルモリア王国の支配者だ。
私にはルモリア王国をより強く、大きくしなければならない責務がある。この程度の小さき戦で心を揺らしていてはいけない。
粛々と、書類にサインを入れる時の様に、何ら気負うことなくこの戦いを終わらせてみせよう。
心を落ち着けた私は、味方の軍、そして迫り来る敵の軍を睥睨する。
さあ……もうすぐ魔法の射程に入る頃合いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます