第48話 策を講じるは……
View of ハルクレア=エル=モーリス=ルモリア ルモリア王国十七代国王 自称軍神
「策……でございますか?」
私の隣にいるハーレクック伯爵が驚いたような表情で問いかけて来る。
「此度の戦。考えるまでもなく、我等の勝利は間違いない。しかし、勝利するだけでは駄目なのだ」
「……」
「勝利する事は容易いが、敵軍の殆どは脅されただけの我が民だ。それは救うべきではないか?」
「……陛下の御慈悲は理解出来ます。ですが、どのような理由があれ、彼らは陛下に弓引いたのです。それほどの罪を抱きながら生きながらえるのは、彼らも本意ではないでしょう」
敵陣にであり愛すべき民である彼等の心を慮る……私自ら手を下すことで、安寧を与えられるのならばそれが一番なのかもしれぬ。
「……一理ある。確かに、弱き民の身にその咎は重すぎる。その罪ごと浄化してやるのも王の務めか?」
「私は……もしも外道に落ちることがあれば、陛下に裁いて頂きたく存じます」
「あい分かった。確かにこれも王の務め……だが、ハーレクック伯爵。外道に落ちるなぞ許さんぞ?お前には私の補佐をこの先もずっとしてもらわねばならんのだ」
「御意に。このサルナレ=ルバラス=ハーレクック、未来永劫陛下に尽くすことをお約束いたします」
ハーレクック伯爵の誓いに私は笑みを浮かべつつ頷いて見せる。
これ程の才覚を持った伯爵が忠誠を尽くしてくれる、これも私の徳が成せることだな。
「よし……では、何の話だったか?」
「……陛下。もし良ければ、兵達を鼓舞するために陣を視察して頂けませんか?」
「視察だと?」
「はい。相手の軍に知人のいる者もいる事でしょう。兵達は陛下の様に私心を殺して動ける程、強き心を有してはおりません。陛下のお姿を見せ、自らの行いに大義を見出すことで、ようやく戦うことが出来る様になることでしょう」
「なるほど……確かに唯人である兵達には苦しい戦いになろう。よし、それではこれより視察に向かう!」
「陛下、本来であれば私がお供をするところではありますが、私はもう少し彼らに指示を出さねばなりません」
「うむ、ここは戦場だからな。伯爵でなければ対応出来ないことも多かろう」
「申し訳ございません。近衛とヨーラン男爵に案内させます。ヨーラン男爵、頼めるな?陛下をお連れして、兵達を鼓舞してくるのだ。くれぐれも頼むぞ?」
「畏まりました。陛下、こちらへ……ご案内させていただきます」
「うむ」
ヨーラン男爵とハーレクック伯爵は言っていたか?見覚えのない男ではあるが、ハーレクック伯爵が指名するのだから出来る者なのだろう。
覚えておいた方がいいかもしれんな。
View of サルナレ=ルバラス=ハーレクック
「やれやれ、やっと行ってくれたか」
「お疲れ様です、ハーレクック伯爵」
私が大きくため息をつくと、近くに座っていた子爵が苦笑しながらねぎらいの言葉を言ってくる。
「我々が作り上げた人形とは言え……もう少し知恵を持たせるべきだったか?」
「知恵を持たぬ人形だからこそ、使い勝手が良いのでしょうが……いつもお相手をされているハーレクック伯爵の御心労はお察しします」
天幕の中にいる誰もが、我等が国王陛下の出て行った出入口を見ながら苦笑している。
「煽てておけば簡単にコントロール出来るのはいいのだが……突拍子もない事を言いだすのだけは何とかして貰いたいものだ」
「戦場に来たのも、思いつきだとか?」
「あぁ、私自身も来るつもりは無かったのだがな。しかしこうして来てしまった以上、それなりの戦果を得て帰らねば、無駄金となってしまうからな」
もう一度ため息をついた私は立ち上がり、机に手をつきながら天幕の中に居る我が派閥の面々を見渡す。
「さて、陛下の乱入で滞ってしまったが、軍議を再開するとしよう。まず渡河についてだが、私は迂闊に川に足を踏み入れるべきではないと考えているが如何か?」
「その方がよろしいかと。渡河の最中は無防備すぎますし、深さもかなりあります。無理に渡ろうとすれば、良い的になるだけでしょう」
「西側の橋を使うのはどうでしょうか?」
「戦場から少し離れているが、安全に川を渡るならそれしかない……しかし……」
橋を使うといった提案に、私は少し思案に暮れる。
「敵が強引に目の前の川を渡ろうとするなら矢と魔法の雨を降らせましょう。敵も橋を目指すようならそこで決戦でしょうか?」
地図に視線を落としながら、私は子爵が言った言葉を反芻する。
相手が強引に渡河しようとした場合はそれで構わない。だが橋を巡っての戦いとなると……あまり効率が良いとは言いづらいな。
大して大きな橋というわけでもない……橋の上で戦いが起これば、恐らく十数人がぶつかる程度の規模になる。仮に制圧出来たとしても向こう側に渡るのにどれだけ時間がかかる?
それに川を背に布陣するのは得策ではない……やはり、渡河するべきではないな。
「渡河はするべきでないと私は考える。寧ろ敵に川を渡らせ、遠距離で敵の兵を削るべきだ。それと、西側の橋だが……こちらも無理に渡ろうとはせず、守備の兵を置いておくだけにしておくのがいいだろう」
「こちらからは攻めないのですか?」
「幸い兵糧は十分ある。背後は旧貴族のクルーセル領とはいえ、兵糧の輸送も問題ない。持久戦は望むところではないが、敵は所詮寄せ集めの張りぼての軍だ。川を挟んでの遠距離戦をしてやれば、なすすべもなく瓦解していくだろう」
「なるほど。確かに魔法はおろか、弓による攻撃も出来るかどうか……」
「領軍千五百を倒したのだから、中心となる三千の軍はそれなりに戦えるのであろう……だが今、その三千の軍全てがあそこにいる事は無いだろう。人質を監視する役は徴兵した連中では出来ないからな。一万五千近い徴兵だ、領都一か所と言う事はあるまい。数カ所から徴兵していると考えるのが妥当だが、その分敵は広範囲に監視要員を展開しなくてはならない。少なくとも三千居た兵の内、二千は監視に回しているのではないか?」
「つまりハーレクック伯爵の見立てでは、敵軍本隊は千程度に過ぎず、残りの一万四千はただの民であると?」
私の見解に、天幕の中で小さくないざわめきが起こる。
民とは愚かな物だ……自分達を脅す存在をを、自分達とは全く異なる生物であるかのように恐怖で肥大化させる。
正常な状態で考えれば、たかだか千程度しかいない脅迫者たちが一万四千を従えられるわけがないのだ。
恐らく、連絡が途絶えれば人質を殺す等と言って押さえつけているのだろうが……人質とは生きていなければ意味がないのだ。多少の犠牲に目をつぶって反抗すれば、それで残りの者達は解放されるというのにな。
「貴殿等の懸念は分かる。だが愚者というのは何処まで行っても愚者なのだ。あの陛下の傍についている私は、それをこの場にいる誰よりも実感していると言えよう」
私の言葉に天幕に居た者達から小さな笑いが起こる。
「しかし、敵軍が本当は千程度しかいないと言う事であれば、それらを優先して刈り取ってしまえば話は早いのではないですかな?」
末席の方に座る男爵からそのような言葉が飛んでくるが、私は即座にかぶりを振って見せる。
「それは難しいだろう。敵は必ず民を前面に押し出してくる。その後ろで我等と民が潰し合うのを悠々と見ているに違いない」
「卑劣な連中ですな」
吐き捨てる様に言った男爵に、私は余裕の笑みを見せながら口を開く。
「だが、分かりやすい。我等は張りぼての軍を受け止め、その後ろでせせら笑っている敵本陣を潰せば良いのだから。幸いこの地形は守りやすい……川を盾に矢衾を降らせ、川岸に盾を並べれば渡河は容易ではなく、西の橋は小さく大軍を渡すのには向いていない。唯一警戒が必要なのは森だが、こちらは大軍での移動が容易ではなく、小部隊の移動が精々だろう。森には斥候も放っているし問題は無い」
「守りが容易なのは分かりましたが、その後はどうするのですか?まさか先程陛下に伝えた様に全ての民を殺しつくすわけではありますまい?」
今度は別の子爵が首を傾げながら言う。勿論、守るだけで終わらせるつもりはない。
「民は放っておけば勝手に増えるとは言え、このヨーンツ領は私の領になることが既に決まっている。無下に数を減らしたくないと考えているのは、この中で私が一番であろうな」
私はそう言って軽くため息をつく。
「だがそれは私の事情に過ぎぬ。貴殿等には必要な犠牲となるはずだ。我等に逆らえばどうなるのか……民にはそれをしっかりと学習してもらう必要がある。故にある程度の期間、間引きするつもりだが……」
「ある程度の期間ですか?」
「三日だ。我等は三日間ここで専守防衛に努める」
「三日ですか?その後、反攻作戦に出ると?」
「いや、我等は動かぬ。動くのは、我がハーレクック領より派遣された領軍だ。既に伝令は送っている。東から来る領軍は森を迂回し敵軍横の丘陵地帯より現れる手筈だ。その時点で敵軍がどの程度残っているかは分からぬが、敵本隊とも言える千程度の兵は我が領軍が撫で斬りにするだろう」
私の策を聞き、天幕の中に感嘆の声が響く。
「流石ハーレクック伯爵。ここまでの全てを読んで領軍を控えさせていたのですな」
「ふっ……全てを読んでいたわけではない。ただ、最初から領軍を使い敵の後背を突くつもりではあったが、状況を上手く利用したに過ぎぬよ」
「だとしても見事な戦術眼です。敵軍は弱兵……これで我等の完勝は決まりましたな」
「上手く嵌れば、こちらは一兵も失うことなく勝てるのではないか?」
「まさにまさに!ハーレクック伯爵の智謀で歴史に残る完勝といたしましょうぞ!」
天幕の中で気炎が上がる。
心地良い称賛を受けながら、私は気を引き締めつつ口を開く。
「領軍の数は三千。敵本隊を押しつぶすには十分であろうが、状況次第で我々も軍を前進させる必要があるかも知れない。各々方、決して油断はされぬように。万が一にでもこの場にいる誰かが欠ける様な事があれば、それは大いなる損失。気を引き締めて各自の役割を果たして貰いたい」
私の言葉に、浮かれた様子を見せていた貴族達が真剣な表情に変わる。
「それでは、各員の配置を確認して開戦としよう。陛下は……このままヨーラン男爵に子守りを任せたい所だな。流石に戦が始まってしまうと簡単な戦いとは言え、私も忙しくなるだろうからな」
肩を竦めながら私が言うと、笑い声があがる。
最初から負ける要素の無い戦ではあったが、敵の選んだ戦場のお陰で随分と楽な戦になったものだ……この戦が終われば旧貴族を排除する目途も立っている。
不明の軍が現れたと聞いた時にはどうしたものかと頭を悩ませたが……今となっては全てが良き方向に流れたな。
ルモリア王国の前途は明るい。
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