第47話 軍神の初陣
View of ハルクレア=エル=モーリス=ルモリア ルモリア王国十七代国王 自称軍神
私が忙しく動き回っている兵達の様子を眺めていると、ふと感慨深いものが胸中を過る。
これが私の初陣か……相手がただの野盗だというのは些か力不足……役不足?役者不足?……つまりあれだ、物足りないということだ。
しかし、敵軍は三千程度と聞いていたが……それにしては少し多いように見えた。どうやら、敵も数を欺く程度の知恵があると言う事だな。
まぁ、多少は知恵がある所を見せてくれねばな。ただの獣を狩ってみせても王の威光を示すことにはならぬ。
それはともかく……鎧とはここまで重い物だったのだな。実際に体験しなければ分からない物もあると言う事だな。知識が先行している我が身を反省し、今後も研鑽に努めるとしよう。
それにしても、普段からこれを身に着けて訓練をしている兵達は、思っていたよりも苦労をしているのかもしれない。ふむ……この戦が終わったら、彼等に特別褒賞を出すのも良いかもしれん。
さて、そろそろ軍議を始めるとするか。私の初陣にして華々しい戦歴の始まりだな。
甲斐甲斐しく働く兵達から視線を外し、私は天幕の中へと戻る。既に天幕の中にはこの戦において主要な働きをしてくれる面々が揃っていた。
「皆、既に揃っているようだな」
「陛下、お待ちしておりました」
天幕の中心には机が置かれており、その上には周辺の地図や色々な書類が広げられており、情報整理をしていたのだと分かる。
私は立ち上がり、頭を下げるハーレクック伯爵を手で制し、他の者たちにも仕事を続けるように伝えてから天幕の奥に用意されている私の椅子に座る。
「先程確認したのだが、敵軍の数は聞いていたよりも多いようだな?」
「おっしゃる通りです。どうやら相手はヨーンツ領の各地から強引に徴兵したようです。その数はおよそ一万五千」
「我等と同数か。いや、それよりも徴兵と言ったか?」
「はい。恐らく民を脅して徴兵したのでしょう。もしかしたら家族を人質にとる等の、卑怯な手段を使っているのかもしれません」
「我が民にそのような卑劣な真似を!?許せぬ!」
脅して従わせているというのか!?
私は机に拳を叩きつける。
「ヨーンツ領に攻め寄せて来た兵は約三千。この情報は私の息子が命を賭して送ってきた情報です。間違いはないと確信しております」
そう言ってハーレクック伯爵は表情を暗い物にする。
「そうだったな……伯爵の息子は奴らに……」
伯爵の息子の事は良く知らないが……肉親を殺されたのだ。その悲しみ幾ほどのものか……。
私は伯爵の心を想い、表情を歪める。
「陛下のお優しい御心は民の希望です。ですが今は……今だけはそのお気持ちに蓋をしていただけますか?陛下の動揺は必ず兵に伝わります。戦を目前に控えた今、陛下の優しさは毒になりかねません」
冷静な仮面を被ったようなハーレクック伯爵の言葉に私は考えを改める。
……なるほど。確かに私は王として毅然とした態度で戦に挑む必要がある。そうでなければより多くの民が苦しむことになる。王として私心は捨てねばなるまい。
「すまなかった、ハーレクック伯爵。もう大丈夫だ。しかし、敵の大半が我が国の民であるのならば離反させるのが良いのではないか?」
「先ほども申し上げましたが、仮に敵が民を人質にとって兵を従わせている場合、人質を解放しない限り離反させることは出来ないでしょう」
我等は自らの剣で民を斬らねばならぬと言う事か……私が賢王としてどれだけ国を想おうと、その手から零れる存在を失くすことは出来ない……いや、無力さに打ちひしがれるのは今ではない。
手心を加えれば我等が傷つくだけでは済まないのだから。
「それもそうか……しかし、敵は相当卑劣な輩のようだな」
多少なりとも敵に知恵を求めた私ではあるが、このような卑劣な手を使う者であったとは……いや、敵が卑しい行いをすればするほど、それを制した私の名声が高まると考えるべきか。
そう考えれば、初陣であの軍と戦えるというのは悪くないな。上手く策を講じることが出来れば、脅されて敵についている民もこちらに引き込むことが出来るはずだ。
「陛下、差し出がましいことを申し上げますが、敵軍と我等……数の上だけでは互角と言えます。ここでの戦は我々に任せ、一度引いては貰えませんか?」
ハーレクック伯爵の突然の申し出を一瞬意味が理解出来なかった私だったが、すぐに言わんとすることを察し、声に怒りを滲ませながら問いかける。
「私に逃げろというのか?ハーレクック伯爵」
「そうではありません。陛下は既に戦場に降り立ち、一兵卒に至るまでその御威光を感じる栄誉を賜りました。ですので、これ以上戦場の穢れを陛下が浴びる必要はないのではありませんか?」
「……」
ハーレクック伯爵の言う事は一理あるかも知れない。だが、王として……剣を振るう愚を犯すつもりは無いが……戦場を駆けたという実績は、今後の事を考えても必要な箔の一つとなるだろう。
それに、開戦を間近に控えたこの時に、私が後方へ下がるようなことをすれば……折角上がった兵の士気が下がりかねない。
戦力が拮抗している以上、戦を左右するのは策と練度、そしてそれ以上に士気の高さが物を言う。
士気が低くては、折角練った策も効果を発揮出来ず、鍛え上げた兵士も弱兵となろう。
「ハーレクック伯爵、私は引くつもりは無い。敵軍が強制的に民を徴兵したのだとすれば、その士気や練度は酷い物だろう。例え数の上では同数であっても我が軍の精強さには遠く及ばぬ。ならばここは、私が直々に指揮を執ることで、こちらの強みを最大限に生かす方が良いだろう。違うか伯爵?」
「はっ。確かに陛下がこの場に居られるのと居られないのでは、味方の士気に違いが出ることでしょう」
「ならば私はここで引く訳にはいかない。ハーレクック伯爵……いや、サルナレ。すまんな、苦労を掛ける」
「陛下の御心、しかと胸に刻みました。ここにいる将校のみならず、一兵卒に至るまで御身の為に戦い続けることを誓います」
ハーレクック伯爵のみならず、この天幕にいる全ての者が私に礼を尽くす。
ふっ……戦場だというのに仕方のない奴らだ。
「うむ。それで……此度の戦、どうするつもりだ?」
私は空気を変える意味合いも含め、軍議を先に促す。
「……申し訳ありません、陛下。どう、とは?」
「ん?まさか無策に突っ込むわけではあるまい?どのような策を用意しているのだ?」
私の言葉に得心が言った様子のハーレクック伯爵が立ち上がり、地図の上に置いてある駒を指す。
「失礼いたしました、御説明させていただきます。此度の戦場、地形が若干複雑なものとなっております。敵軍は我等の南側に布陣しておりますが、まず南北を二分するように流れている川があります。この川は流れも穏やかで水深、川幅ともに大したことはありませんが、それでも川の中央付近は腰ほどの深さとなります」
「ふむ」
まぁ、腰ほどの深さであれば特に問題はあるまい。川幅も、二十歩も歩けば向こう岸に辿り着く程度の物だしな。
「更に川の上流となる東側は深い森となっており、この森は我が軍の側面から敵軍の側面まで広がっております。これはまだ調べている最中ではありますが、恐らくこの森に敵はいくらかの兵を伏せていると考えております」
森の中に兵を隠す……なるほど、敢えて我等と同数の兵を目立つ場所に布陣させることで、伏兵の存在から意識を逸らそうとしたか。
中々姑息な手を使う……だが我等にかかればその様な小細工児戯にも等しいと言う事だな。
「そして川の下流には何カ所か橋が掛けられていますが、こちらは若干戦場から離れております」
そう言ってハーレクック伯爵が地図の一点を指し示す。
恐らくそこに橋があるのだろうが、確かにここから少し距離があるように見える。だが、だからこそ、この橋を上手く使えば相手の後背を突くことが可能ではなかろうか?
「川の上流、森の中で渡河は可能なのか?」
「森の中に橋は設置されてはおりませんが、敵軍は我等に先んじてここに布陣しておりました。恐らく森の何処かに橋を作ったか、船を用意するか……どちらにせよ何らかの痕跡は残っているものと」
「であるな。兵を伏せるといってもその痕跡を完全に消すことなぞ出来まい。ふっ、所詮は浅知恵だな。兵を伏せておくのは有効な手段ではあるし、相手が本陣の近くに伏せられれば効果は絶大であろう。だがその分発見は容易というもの……生兵法は怪我の元と言う事を教えてやらねばなるまいな」
「おっしゃる通りかと」
私が地図を見ながら言うと、ハーレクック伯爵が小さく笑みを浮かべながら追従する。
恐らく伯爵の中では愚かな敵軍が伏兵を見破られ、慌てふためく姿が既に見えているのだろう。
「今回の戦、南北を両断するこの川もポイントではあるが、最大の要所はこの丘陵地帯だな」
敵軍の傍の森が途切れた先に広がるなだらかな丘陵に気付いた私は、そこを視線で示しながら天幕の中にいる将軍たちに告げる。
「確かに、この丘陵地帯は厄介です。流石陛下、初陣にも拘らず落ち着いて戦場を見ておられる」
「私の判断一つで多くの兵が命を散らすことになるのだ。過剰な緊張は目をくらませ、慢心は敵を小さく見せる。私は淡々と、平常心をもって戦場を俯瞰する必要がある」
私は腕を組みながら地図を見下ろす。
ただの平面にすぎないその地図が、私の中でまるで鳥が空を飛び見下ろしているかの様な風景に置き換えられる。
「現時点で丘陵に敵が軍を配置していないのは疑問だな。高所に布陣すればそれだけで有利なのだが……敵はそんな事も知らぬ間抜けか?」
「軍事とは長い歴史を掛けて研鑽を積んできた、言わば国の歴史そのものです。幼少のみぎりより、戦いに限らず多くの事を学んだ我等と違い、彼らは軍事についてすら学ぶ機会が無かったのでしょう。愚か者に率いられる軍程、哀れなものはありません」
「この軍が、敵兵だけで構成されているのであれば、私も憐れむだけで済んだのだが……敵軍には我が民が強制的に従わされている。私は今、敵の愚昧さに怒りしか覚えぬよ」
我が民の命を何と心得ているのか……その命は貴様等如きの為に使われるものではない。
……いかんな。心を落ち着けねば……民を想い怒りに我を失ってしまうなど、戦場においては本末転倒というものだ。
「しかし……そのお陰で一つ良い策を思いついた」
私の言葉に、天幕の中で小さくざわめきが起こる。
さぁ、軍神として、最初の戦術を披露させて貰おうではないか。
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