第46話 元子爵から聞くルモリア王国



「カルモス。今日ここに来てもらったのはルモリア王国について話を聞きたくてな」


「畏まりました」


 カルモスがそういって頭を下げる。ポーションの話で本題からかなり逸れてしまったが、それはそれ、結構実りのある話だったし良しとしておこう。


「キリクやイルミットも呼んでいるが……少し待て。キリク聞こえるか?」


『はい!聞こえております!申し訳ありません!ただいまイルミットと共にフェルズ様の元へ移動しております!後十七秒お待ちいただけますでしょうか!?』


「あぁ、丁度良いタイミングだ。流石キリク達だな」


 って言わないと、交通事故とか起こしそうだからな。戦闘力は高くない二人だけど、全力で走れば余裕でオービスに反応されてしまう速度を出せる。下手に誰かにぶつかれば、とんでもない惨事を引き起こしかねない。


『ありがとうございます!』


 そんな俺の想いには気づかずに、キリクから嬉しそうな返事が聞こえてくる。


 えっと十七秒って言ったっけ?キリクの事だから一秒の違いも無く到着しそうだけど……残念ながらカウントはしていないので確かめようは無い。


 そんなことを考えている間にキリク達は部屋の前まで移動したらしく、扉をノックする音が聞こえてくる。


「遅くなって申し訳ありません。キリク、イルミットです」


 このタイミングでキリク達じゃなかった方が驚くが、生憎そんなサプライズは無く扉の向こうからキリクの声が聞こえてくる。


「入れ」


 俺の声に従い入室して来た二人を椅子へと促すと、キリクが手に持っていた紙をテーブルの上に広げてから椅子に座る。


 地図……だな。そういえばこの手の話をするのに地図を用意するのは当然か。


 まぁ、気の利かない俺は地図を用意していなかったわけだけど……やっぱりキリク達がいないと俺は駄目だな。速攻でエインヘリアを潰してしまいそうだ。


「次の戦いはルモリア王国の国軍となる。軍の規模は一万五千、それとヨーンツの隣領のハーレックック領から三千が派兵されてくる。合流する可能性もあるが……俺なら別の指揮系統で動かすな」


「敵本隊と我々がどこでぶつかるか次第で、ハーレクックから来る軍の動きは変わると思われます」


 俺の言葉にキリクが顎に手を当てながら言う。


「本隊と連携して挟撃してくるか、ヨーンツ領の街を狙ってくるか。我々の本拠地を狙うという手もあるが、相手の動きを見る限りこちらの城の位置はバレていないだろうな」


「それは間違いないかと。龍の塒に人を送り込むことはまずありませんし、この場所に本拠地を構えるというのはこの付近の国の人間には想像も出来ない話です」


 カルモスが苦笑しながら言う。


「その点は楽でいいな。まぁ、この城を狙ってきたら問答無用で殲滅するが」


「そうですね~。でも~私としては~あまり城の近くに下賤な者を近づけたくないですね~」


「フェルズ様、私も同じ思いです。もしこの城に敵軍が近づこうと企んでいるなら、こちらから出向いて滅ぼすべきかと」


 イルミットとリーンフェリアがにこやかに告げて来るけど、内容は全然穏やかじゃないな。


「そうだな。もしそんなことが起こるようであれば、こちらから潰しにいくとしよう。今回はその必要は無さそうだがな」


 俺は机に広げられた地図に視線を向ける。


「ヨーンツ領はルモリア王国の中心にほど近い位置にあるが、王都までは別の領を一つ挟むようだな」


「はい。ヨーンツ領の周りには、西にアッセン領、東にハーレクック領、北にクルーセル領、南にハレル領があります。王都があるのは北のクルーセル領の更に先になります」


「王都から来る軍は一万五千だが、クルーセル領でクルーセル領軍と合流するんじゃないのか?」


 カルモスの説明を聞きながら俺が尋ねると、真剣な表情で考え込んだ後カルモスは小さくかぶりを振る。


「……おそらくそれは無いでしょう。ルモリア王国は旧貴族と新興貴族の二つの派閥に分かれているのですが、当代の王が即位して以降、その二つの派閥の関係は最悪な物になっており、お互いに協力する事はないと思われます。国軍は新興貴族派閥、クルーセル領のクルーセル子爵は旧貴族派閥です」


「関係が最悪と言うが、具体的にはどのようなことが?」


 キリクが問いかけると、少しだけ憂鬱そうにしながら答える。


「国軍が新興貴族派閥ということから想像されているとは思いますが、今代のルモリア王は新興貴族によって擁立された王なのです。新興貴族……それもハーレクック伯爵の傀儡となっているのが今代のルモリア王です」


「王を傀儡にだと……?なんと不敬な……」


 キリクが不快そうに吐き捨てるが、リーンフェリア達の表情を見るにキリクと同様の意見のようだ。


「彼らにとって王は便利に使える権力に過ぎません。その権力を使い、旧貴族の力を削ぎ、その分を自分達の利権に回す。ヨーンツ領が狙われたのもその流れですね」


 カルモスは淡々と言ってのけているけど……中々ルモリア王国内は健全とは言い難いな。


「貴族の権力争いか……民にとってはどうでもいい事だろうが、本人達にとっては大事な事なのだろうな」


「実に愚かな話です。そんな事よりも他にやることがあるでしょうに」


 俺の言葉に頷きながら、リーンフェリアが嫌悪感たっぷりと言った表情で言う。


「次の戦い、ルモリア王が戦に出てくるようだが、その辺りはどう考える?」


 リーンフェリアから視線を外し、俺がカルモスに問いかけるとカルモスは目を丸くしながら口を開いた。


「ルモリア王が戦に……?とても正気の沙汰とは思えませんが……」


「やはり王が出て来るのは異常か」


「ルモリア王国は国境争いこそ多いですが、ここ数十年大きな戦は無く、王が戦に出た事はありません。また、王個人が武勇に優れるという事もありません」


「初陣で総大将か。まぁ、指揮を執る者は別にいるのだろうが……それにしても戦場に出て来るタイプではなさそうだが……」


「……根拠のない自信、肥大化した自尊心。今の王は残念ながら大きな子供と言った手合いです。戦に参加した所で百害あって一利なしといった所でしょう。正直新興貴族にとって、王はただの神輿に過ぎませんが、それでも失うことは出来ないものです。万が一の起こり得る戦場に、王を出すなど考えられないのですが……」


 そう言って考え込むカルモス。


「相手がこちらの事を舐めてかかっているのは間違いないだろう。兵数は三千程度、合計一万八千もの兵がいれば踏み潰すのは容易い事だと」


「確かにこの兵力差であれば圧勝できると考えるのは分かりますが……英雄の存在や、策によっては覆される可能性は十分ある兵力差ではないでしょうか?」


 俺の言葉にカルモスは首をかしげるが、俺は姿勢を崩さずに言葉を続ける


「人は都合の悪い事には蓋をして、自分の良いように考えるものだからな。恐らく敵が信じている情報は、ヨーンツ、アッセン連合軍が不明の軍に敗れた事。領都に押し寄せた軍が三千はいた事。この二つだな。軍が三千もいたのであれば、連合軍千五百が負けたとしても不思議ではない。領都に押し寄せてきた軍が三千であるなら、相手の兵力は三千を大きく上回る事は無い。何故なら相手は隣接した国の軍ではなく、何処からともなく現れた集団なのだから、兵を出し惜しみするはずがない……こんな所だろう」


「一人で街を制圧したアランドール様の件は……無視すると?」


「何かしら対策を講じている可能性はあるが、恐らく重要視はしていないだろう。そうでなければ王が戦に出るとは思えないしな」


「なるほど……しかし英雄の存在を軽視する時点で敗北は決まったような物なのですが……」


 頭痛を堪える様にしながらカルモスは言う。見限ったとは言え、長年尽くしてきた国の愚かさから複雑な想いに駆られているのだろう。


「これも、俺が今見えている情報を都合よく解釈したに過ぎん。例え俺の言葉であっても常に疑え、自分の中だけで出した結論ほど脆い物は無いぞ?その為にこうして集まっているわけだからな」


 俺の言葉に部屋にいる全員が真剣な表情で頷く。


 寧ろ覇王的にはかなり自信が無いのでどんどん意見を否定して欲しい次第であります。


 っと、そうだついでだから英雄についてカルモスに聞いておこう。


「そういえば、英雄という存在は結構いるものなのか?」


「そうですね……小国であっても一人くらいは籍を置いているのが普通かと。大国ともなれば二、三人いることも珍しくないですね。現在ルモリア王国には一人も在籍しておりませんが」


「戦いにおける切り札みたいな存在なのだろう?何故ルモリア王国にはいないのだ?」


「十年ほど前まではいらっしゃったのですが……王とそりが合わないとのことで出奔されました」


 切り札出奔させるって……そこは流石に周りが頑張れよ。


 ……いや、暴れられたら手が付けられないから、強引に引き止めたりは出来ないのか。


「良くルモリア王国は、今日まで他国の侵攻をうけなかったな」


「他国との国境沿いは旧貴族の侯爵家や伯爵家が守っています。彼等は中央とは距離がある分、煩わしい権力争いには無関心でして」


「……それはそれで問題があったのだろうな。国防の要が中央に関心が全くないと放置するようでは、歪な体制となってしまうのも無理はない」


「ルモリアの旧貴族達は、良くも悪くも自領の事以外に関心が薄く……」


 本当に、良く二百年以上も国が持ったな……。


 いや、個々人が地方を守り抜いたからこそ持ったのか?


「カルモスの話を聞く限り、国軍を破り王を下したところで、地方の者達はこちらに靡くとは思えんな」


「陛下のおっしゃる通り、恐らく国軍が敗北したと情報が届けば、国境付近を領地に持つ旧貴族たちは他国に下るでしょう」


「面倒な話だ。負ければ見限るが、自分達は参戦する気はないと」


「既に見限られていると、そう考えた方が良いかと。未だ国境付近がルモリア王国を名乗っているのは、国軍の存在があるからです」


「国境に他国と戦う砦はあっても、国の内側から攻められれば防衛は出来ないということだな」


「国軍は全体でおよそ三万五千程存在します。今回一万五千の兵を動かしてくる訳ですが、残りの二万と新興貴族達が、国境を守っている旧貴族たちの背中を睨んでいると言った感じです」


「国軍にとって本当に警戒するべきは、身内であるはずの地方を支配する旧貴族か。旧貴族の在り方も大体理解出来て来たな」


 主君である国よりも自領を優先するのは、そんなに珍しい事でもないだろう。多分、戦国時代の真田家みたいな感じ?


「新興貴族派、旧貴族派とは言われていますが、新興貴族はともかく、旧貴族は一枚岩ではありません。そんな中、新興貴族派閥が力を持つのは当然と言えます」


 寧ろ新興貴族の方が国を大事にする連中の様に聞こえなくもないよな。まぁ、やってることは自分達の利権確保ではあるんだけど……新旧の違いは、上を目指すか守りに入っているかの違いだな。


 旧貴族派という名前の割に、国への忠誠はそこまで高くなく、さばさばしているようにも見えるが……ルモリア国内の貴族は戦国時代の大名や豪族みたいな印象を受けるな。


「我々が国軍を破った後、すぐに地方の旧貴族に根回しをすれば、旧貴族の支配地域は簡単に取れるかもしれんな」


 ルモリア王国は一つの国と考えるよりも、領地ごとに相手をすると考えた方がいいのだろう。


「エインヘリアが国軍の代わりとなると言う事でしょうか?」


「カルモスの話を聞いた限りでは、旧貴族連中は自領の安寧が約束されれば、枠にはこだわらない者が少なくない筈だ。自らが貴族であることに拘りが無いのであれば、カルモスの様に代官として取り立てることは可能だろう。領主と違って街単位での管理になるが……そこは従ってもらいたい所だな」


「私は他に選択肢がありませんでしたし、陛下の条件をすべて受け入れましたが、彼等がそれを飲むでしょうか?」


「飲まなければ国軍よりも強大なエインヘリア軍が動くだけだ。俺としては流れる血が少ない方を選びたいが、従わぬのであれば、それは必要な戦いというだけの事」


 まぁ、そこまで領土拡大する必要があるかどうかは微妙な所ではあるけどさ。


 俺の眼差しを受け、カルモスが緊張したように唾を飲み込む。


「……地方への調略には私も参加せていただければと」


「カルモスの知識は我々には必要だ。当然、参加してもらうが……代官の仕事もあるのに大丈夫か?」


 俺が少し肩の力を抜いて問いかけると、カルモスは苦笑しながら口を開いた。


「私も流れる血は少ない方がいいと考えております。それに……ポーションがありますから」


 ポーション《栄養ドリンク》片手に必死で働くカルモスにはちゃんと報いる必要があるよな……。


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