第45話 究極の秘薬(安価)



「アッセン子爵……毎日……エイシャのとこ……」


「そうか」


 俺は椅子に座りながらウルルから報告を聞いていた。


 初っ端の報告に脱力してしまいそうになったが、俺は覇王の全力で姿勢を崩さずに堪える。


「二人の様子はどんな感じだ?」


「……普通?」


「……そうか」


 この手の事をウルルに聞くのは、ちょっと向いてなかったか?


 いや、普段の報告はとても分かりやすいんだけど……この件に関してはちょっとアレかなぁ……。


 でもまぁ、ウルルがこんな感じってことは問題ないって事だろう。多分。


 アッセン子爵が次に会った時にエインヘリア王とか俺の事呼ばないか心配だ……いや、それは無いか。どう見ても信仰の対象は俺じゃなくってエイシャ《ようじょ》だろうし。


「もし何かあったら、すぐに知らせてくれ」


「……?はい」


 いまいち理解していない様子のウルルだったが、それでも頷いてくれる。


 まぁ、エイシャなら万が一にも大変な事にはならないだろうし……アッセン子爵も少し話しただけだが、悪い人物ではなさそうだし……多分、大丈夫だろう。多分。


「元ヨーンツ領は……落ち着いてる……反乱は……なさそう」


「ふむ、カルモスが上手くやってくれたみたいだな。アッセン子爵領の方は大丈夫か?」


「荒れては無い……でも……後継がいないから……上層部は……慌てている」


「なるべく早くアッセン子爵を戻したほうがいいが……」


 お宅の所の領主さん、うちの大司祭に色々やられてしまっているようです……とは言えないよなぁ。


 でも、無責任なタイプには見えなかったし、領地の事を話したら正気に戻ってくれそうな気はするんだが……っていうか、今後継がいないって言ったか?


 あれ?アッセン子爵って結構いい歳だと思ったけど……未婚……あ、いや、子宝に恵まれていないだけって可能性もあるか。あるよな?後継問題とか、貴族ってその辺色々厳しそうだし。


 ってか後継決めずに戦争に参加しちゃダメなのでは……?


「後は……グラウンドドラゴン?やっぱり……いない」


「そうか、そちらは継続して調査してくれ。グラウンドドラゴンが存在することは確実だろう。だが、外交官達の調査で見つからないのであれば、現在この辺りに居ない事は間違いない。グラウンドドラゴンは飛翔するようだし……いつ飛んで戻って来るとも限らないから警戒は必要だ」


 グラウンドドラゴンが飛翔する姿はヨーンツ領では度々目撃されているらしく、存在しないと言う事はありえないだろう。


「了解……最後に王都……兵一万五千を集めた」


「中々の数だな。カルモス達の十倍か。流石に国軍となると桁が違うな」


「……それと……隣接領……ハーレックック領に……三千」


「ふむ……二方面から攻めて来ると言う事か。それ以外の領からは攻めてこないのか?」


「他は……自領と……国境を固めている」


「国境か……」


 ルモリア王国はどの程度俺達の事を危険視しているのか、いまいち分らんな……少なくとも龍の塒に本拠地があるってことはバレていないみたいだが……もしそれがバレていたら、近隣諸国の連合軍が送り込まれる可能性もあるか?


 いや、触らぬ神に祟りなしって感じで放置されるかもしれないが……少なくともルモリア王国は全力で潰しにかかってくるだろうな。


 一万八千って数が多いのかどうかは……カルモスに確認する必要があるな。


 ただまぁ、俺達にとっては問題のある数ではない。戦争主力の子達なら二人で二万以上の兵を率いることが出来るしね。


 二面攻撃だとしても余裕で捌けるけど……敵軍の主力との戦いは俺が指揮をとろう。


 今後の事を考えても……俺はまだ戦争に慣れる必要がある。あまりいい気はしないが。


「相手がいつ頃準備を終えるか分かるか?」


「……恐らく……あと半月。軍の招集は……終わってる……でも、物資の準備が……遅れている」


「物資が?」


「最初の予定より……兵を増やした……それと……大将が交代した……ルモリア王が……総大将」


「王自ら戦場に立つのか?」


「うん……」


 どういうことだ?普通この局面で王は出てこないよな……?相手からすれば、一地方で妙な事が起こっているって感じだろうけど、国家存亡の危機って程でもない筈だ。


 っていうか、王が戦場に出て来なきゃいけないような局面ってあるのか?


 王自身が余程戦上手だったり、噂の英雄って奴でもない限り、リスクの方が上回る……いや、どんな人物であろうと戦場に出る以上、死の危険はある。


 仮に戦に勝ったとしても王が死ぬようなことがあれば、それは勝利とは言い難いだろう。


 まぁ、王がいる場所は自陣の中でも一番安全な場所だろうし、そこにいる王が傷つけられるような状況に陥っている時点で、戦争に勝てるとは思えないけど。


 王のいる戦場と喧伝することで味方の士気を上げるってのも、戦法の一つとして有りだとは思うけど……うーん、効果とリスクのバランスを考えると……リスクの方が勝つよな。


 それに、領都での戦いについては相手も十分情報を得ている筈だ。


 恐らく相手が知っているこちらの情報は……兵力三千とアランドールという英雄の存在。後は、カルモスがこちらについたこともバレているだろうな。


 うーん、アランドールの情報が正確に伝わっていないのであれば、六倍の兵力差と考えて、王が参加する可能性も……あるのか?


「フェルズ様……リーンフェリアが……戻ってきた」


 まだ扉がノックされていないにも拘らず、ウルルがリーンフェリアの来訪を告げる。


 それから数秒後、扉がノックされてリーンフェリアの声が聞こえて来た。


「フェルズ様。カルモスを連れてまいりました」


「入れ」


 俺の言葉にリーンフェリアとカルモスが入室してくる。カルモスには色々聞きたい事が出て来るだろうと思い、呼んでおいたのだが、物凄くいいタイミングで来てくれたな。


 しかし、リーンフェリアは普段と変わらぬ様子だけど、カルモスは少しどんよりしているというか……疲れているのか?


「カルモス。少し聞きたい事があったのだが、大丈夫か?顔色が悪いようだが」


「御心配ありがとうございます、陛下。しかし問題はありません、寄る年波に少々体力の衰えを感じている次第にございます」


「そうか……すまんな、酷使してしまって」


「い、いえ。私自身、非常にやりがいを感じておりまして、ついつい寝食を忘れてしまい……」


 そう言って微笑むカルモスだったが……どう聞いても、かなりブラックな感じなんだが……?


 でもカルモスが忙しく働いてくれているからこそ、ヨーンツ領が安定するというのも分かるんだよな……まぁ、この辺は利益を求める会社との違いということで一つ頑張ってもらおう。


 それに、丁度前から気になってた事を試すのにいい機会だしな。


 カルモスを実験台にすることを決めた俺は、少し窘める様にしながらカルモスに話しかける。


「カルモス。環境が変わり手を付けたい部分が多いのは分かるが、体を壊しては元も子もないぞ?」


「はっ、申し訳ございません」


「だが、お前の仕事は代わりがいないのも事実。それにお前の仕事が遅れることで大きな問題が起こりかねないという懸念も分かる。そこでだ……」


 俺は机の引き出しを開けてその中に入っていた小瓶を取り出し、机の上に置く。


「これはポーションという物だが、知っているか?」


 俺が取り出したのはRPGの定番、体力回復アイテムのポーションである。


 まぁ、ゲームによっては、やくそうだったりきずぐすりだったりグミだったり何だったりすることもあるけど……定番といっていいだろう。


「ポーションですか。聞いたことはありませんが……薬か何かですか?」


「その通りだ」


 やや首をかしげているカルモスの様子を見るに、この辺りにポーションは存在しない様だ……剣と魔法の世界みたいだからあるんじゃないかと思っていたけど、まぁそれならそれで好都合だな。


 レギオンズのポーションは、体力を回復して傷を癒すとかなんとか書いてあったと思う。


 しかし残念ながらフェルズとしてこの世界に来て以降、小さな怪我すらしないし、疲れることもない。いや、非常に便利ではあるんだけど……ポーションの効果を試すことが出来なかったんだよね。


 因みにこのポーションは、よろず屋で魔石五十個で購入出来る物で、回復量は大したことなく、普通にゲームをプレイする上でわざわざ買うことは殆ど無い。


 開発部で作ることも可能だが、アイテムを作るには数ターンかかる上、作成可能なアイテムの数には限りがあるので、貴重な枠をポーション如きにくれてやる道理はない。


 俺が今取り出したポーションは、モンスターとの戦闘で偶に拾う物が周回を重ねることで貯まりに貯まった物で、言うなれば倉庫の肥やしである。


「このポーションには傷を治す効果と体力を回復する効果がある。騙されたと思って試してくれないか?」


「か、畏まりました。ありがたく頂戴いたします」


 今すぐ飲んでね、という意思を込めてカルモスに言うと、若干緊張した面持ちでカルモスはポーションの入った小瓶を手に取る。


 大丈夫……味は問題ない。一応以前、自分で飲んでみたが、無味無臭……水と変わらなかったし、飲んだ後もお腹は壊さなかった。


 フェルズの身体の驚異的な防御力のお陰とかじゃない限り、カルモスも大丈夫だろう。


 カルモスが覚悟を決めた様にぐいっとポーションを飲み干す姿を見て、そんなマズい物じゃないから安心していいよと思う。


「……」


 すぐにポーションを飲み干したカルモスは、特に変な味がしなかったことを少し疑問に思ったようだが、もしかしたら滋養強壮の薬とかでスッゴイマズい物がこの辺りにはあるんだろうか?まぁ、薬なんて得てしてマズい物だとは思うけど。


「どうだ?カルモス」


「え、えぇ。少し……ん?……こ、これは!?」


 最初は曖昧な表情をしていたカルモスだったが、台詞の途中で急に叫ぶ。


 だ、大丈夫かしら?


「……どうした?」


「い、いえ……これは……これが、ポーションの……」


 手に残った瓶を見つめながら茫然と呟くカルモス。


 うん、何かしら効果があったのは分かったら、説明してくれないかな……?


 そんな俺の心が伝わったのか、カルモスが慌てた様に口を開く。


「も、申し訳ございません、陛下。先程まであった倦怠感が嘘のように無くなりました。しかも……」


 そこで言葉を切って、試す様に自分の身体を動かすカルモス。これはあれか?コリが取れたとかそんな感じか?それとも古傷が痛まなくなったとか?


「体の節々にあった痛みや……腰痛まで治っております……」


「ふむ、それは良かった」


 そういう加齢に伴う節々の痛みって……永続的に治る物なのだろうか?それともしばらくしたらまた痛み出すものなのか……経過観察が必要だな。


「体力につきましても、十分な睡眠をとった後のような感じでして、このまま一日中働いても問題ないと断言出来ます……」


 いや、そこは断言しなくてもいいよ……。


 後、一日中働けますって言った直後に「まさかっ!?」みたいな表情で俺の事見るのやめてくれる?そんなつもりで渡してないからね?


 栄養ドリンク与えて、これで寝ないで働けるよな?ってブラックどころじゃねぇ!?


「カルモス。ポーションは身体的な疲労は回復はしてくれるが、精神的な疲労は回復せぬ。適度に休みは取るのが最も効率の良い働き方だ」


「はっ!ありがとうございます」


「うむ。ところでカルモス。そのポーションだが……金銭で買えるとしたら、どのくらいなら妥当と感じる?」


「このポーションを買うとしたらですか?ここまで素晴らしい効果の薬であれば……金貨百、いや二百枚出しても欲しいと思う者は多いでしょう」


「なるほど……」


 やっべ……金貨の価値が分からないぞ……っていうか、俺達って金貨を発行しなきゃいけないのでは……?え?やばい、どうしよう?


 今って多分、ルモリア王国の作った金貨使っているんだろうけど……国を名乗る以上俺達がエインヘリア金貨みたいなの作らないとマズいよね?


 やばい、速攻でイルミットに相談しよう。


「因みに、ルモリア王国では金貨一枚の価値はどの程度の物なのだ?」


「街に暮らす民であれば、五人家族が一月暮らすのに必要な金額が金貨一枚とされています」


 ポーション一個で十五年以上食っていける計算になりませんか?


 高すぎるだろ!


「ポーション一個に金貨二百枚は高すぎるのではないか?」


「そんなことはありません!あの永遠に鈍く続く腰痛が綺麗さっぱりと無くなったのです!これ程の爽快感……何十年ぶりの事でしょうか!しかも肩の凝りや膝の痛みも消えている……これ程の薬……国……いや世界中から求める声が止まないでしょう!」


 未だかつてない程、カルモスが熱のこもった口調で語る。こんなに熱のこもったカルモスは……龍の塒に城があるって初めて伝えた時くらいじゃないだろうか?


「陛下はまだお若いので、私達の様な年寄りの辛さは分からないと思いますが……健康というのは何物にも代えがたい物なのです!それを金銭を支払うことで得られるというのであれば、大抵の人間は金に糸目を付けぬはずです!」


「確かに、健康は大事だな。だが……金貨二百というのは流石に大仰ではないか?」


 少なくともこれを生産するは……えっと、五人が一月で魔石五十個生み出してくれるわけで、ポーションはそれで買うことが出来る。


 五人家族が一月に必要な生活費は金貨一枚だから……ポーション一個にかかるコストは金貨一枚ってことでいいはず。


「そうでしょうか……?」


「材料費だけで見るなら、これ一つで金貨一枚と言った程度の代物だ」


「な、なんと!?こ、このような奇跡の薬が金貨一枚で……」


 カルモスがめっちゃ恐れ戦いているんだけど……グラウンドドラゴンなんか倒しちゃるって話をした時以上じゃね?


「このポーションを安価で販売して国の収入源にしようと考えていたのだが、その様子ではもう少し考えた方が良さそうだな」


「……はい。このポーションは、効果が素晴らし過ぎます。仮にこれを販売するのであれば……安価での販売は当面はおやめになった方がよろしいかと。それと、先程陛下はポーションで傷を癒せるとおっしゃっていましたが、どの程度の傷を癒すことが出来るのでしょうか?」


 体力二百ポイント分です。って言っても伝わらないだろうしな……。


「ウルル、リーンフェリア。このポーションだとどのくらいの傷まで癒せるか分かるか?」


「切り傷や打撲、単純な骨折程度であれば治療可能です」


「部位欠損は……無理」


 俺の問いに二人が答えてくれると、それを聞いたカルモスが難しい顔になる。


「……回復魔法程度の効果があると言う事ですね。となると、教会との兼ね合いもありますし、安価で販売するとかなり面倒な問題になりかねません。回復魔法は教会の指導の下管理されておりますし、それと同等の効果のある薬となると……」


「教会か……」


 宗教関係か……もう聞くだけで面倒臭さの塊にしか思えない案件だな。


「分かった。カルモスの意見を聞いておくとしよう。今の段階で厄介事を増やすわけにもいかぬからな。感謝するぞカルモス」


「はっ!有難きお言葉!」


 本題とは全く関係なかったけど、カルモスにポーションを試してもらって良かったな。


 うちの子達に意見を求めていたら、何も気にせず販売開始していたはずだし……。


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