第44話 賢王の策略



View of ハルクレア=エル=モーリス=ルモリア ルモリア王国十七代国王 自称賢王






 現在、我等ルモリア王国は不明の軍から攻撃を受けている。


 第一報はいつだったか……確かヨーンツ領の子爵から早馬が齎されたのだ。


 当初は数百の、軍とも呼べぬような規模の相手が突然領内に現れたという、訳の分からない報告だったのだが……思うに、盗賊や野盗の集まりが規模を大きくしたのだろう。


 しかし、ヨーンツ子爵とアッセン子爵は情けないにも程があるな。なんと次に届けられた連絡では両子爵の率いた軍が壊滅したとのことだった。


 たかだか野盗の群れ如きに敗れるとは……これだから名ばかりの旧貴族は信用ならんのだ。


「失礼します、陛下」


 執務室の扉を開け、ハーレクック伯爵が入って来る。


「おぉ、サルナレ。来ていたのだな」


 私は親しみを込めてハーレクック伯爵の名前を呼ぶ。こうした小さな積み重ねが家臣を忠臣へと昇華させるのだ。


「はっ!このサルナレ=ルバラス=ハーレクック、陛下自ら軍を参集されるとのことで居ても立ってもいられず、領地の守りは息子に任せ馳せ参じました」


「ははっ、頼もしい限りだな。しかし、たかが野盗の群れ如きに兵を集めすぎたかもしれぬな」


「野盗の群れ……ですか?」


「うむ。ヨーンツ領から送られて来た話では、なんとか言う国の軍だと記されてあったが、恐らく自分達の失態を隠すための欺瞞であろう?」


「なるほど、名誉欲に取りつかれた旧貴族がやりそうな手口ですな。流石陛下、奴らの悪辣な手口を物ともせぬ御慧眼、敬服いたします」


 ハーレクック伯爵がそう言って頭を下げる。


「うむ。しかし、いくら無能な旧貴族が率いた軍とは言え、千五百もの兵を皆殺しにした野盗を国内に野放しにするわけにはいかんからな」


「そうですな……しかし、ヨーンツ領に現れるというのは、やはり領主が無能だったせいでしょうな」


「それについては、私の動きが遅かったせいかもしれないという慙愧の念に駆られるな。ヨーンツ領の運営をもっと早くサルナレに任せる決断をしていれば、今回の事態は防げただろう」


 私は机に肘をつき右手で目元を覆う。そんな私の苦悩している様を見て、ハーレクック伯爵が悔しげな表情を浮かべる。


 無論私は指の隙間からそんな彼の様子をつぶさに観察している。


 志を共にする同志とは言え、私は王だ。部下の様子はしっかりと把握しておく必要があるだろう。


「申し訳ありません、陛下。私がもっと早くヨーンツ領の事に気付いていれば、そのようなご心労をおかけすることも……」


「いや、サルナレのせいではない……やはり無能な旧貴族は一掃するべきだな。ヨーンツとアッセンの両子爵は既に戦死したのだろう?ヨーンツ領は遠からずサルナレに任せるつもりだったが、アッセン領もお前が見るか?」


「アッセン領もですか?伯爵領にしては、些か広大になり過ぎるかもしれませんが……」


「ふむ、確かに既存の伯爵家としては最大の領地となるか……ならば今回の戦いの褒賞という名目で与えよう」


「よろしいのですか?野盗の討伐如きでそのような……」


 む……確かに。戦の手柄といえば聞こえはいいが……相手が野盗如きではな……。


「いや、野盗ではない。今は無きヨーンツ子爵が最後に送ってきた情報によれば、敵軍はどこぞの国軍を名乗っている。しかも、二つの領の連合軍を破るほどの強さだ。それなりの褒賞を用意するのは当然ではないか?」


 私がそう言ってにやりと笑って見せると、神妙な面持ちでハーレクック伯爵が頷く。


「確かに、陛下のおっしゃる通りです。敵軍は油断ならない相手……二つの家の当主が討ち死にするような相手です。彼らの仇を取り……その上で戦に参加した者が彼らの意志をついで領地を治めるというのは、当然の流れといえましょう」


「そうであろう?」


 そこで初めてハーレクック伯爵が表情を崩す。


「これでまた旧貴族の力を削ぎ、陛下の治世が盤石へと近づきますね」


「嘆かわしい事よ。ただ古くから続く家というだけで無能な旧貴族が幅を利かせ、私の成すことに文句をつけてくるのだからな。先日も新しい税率を私の直轄地に適用しようとした所、色々と手を回され、阻止されたからな。何故直轄地の税率を決めるのに、奴等の承認が必要なのだ?奴等の何処に口を出す権利があるというのだ!」


 私が憤慨してみせるとハーレクック伯爵が非常に悔し気に表情を歪ませる。


「なんと不敬な……!?申し訳ありません陛下!私達新貴族が王城に居ればそのような輩の専横なぞ許さななかったというのに!」


「不甲斐ないな……私は。王でありながら家臣を抑えることも出来ない」


「それは違います!陛下!……奴等旧貴族はその歴史だけは大した物です。長年に渡るその特権は彼等に財を与えました。そんな彼らに対抗するには、やはりこちらもそれなりの力を得る必要があります」


「対抗する力とは……財のことだろう?それを手に入れる為に税率を上げようとしたが……ふむ、奴等がそれを拒むのは当然ということだな」


 確かに、私の元に力が集まるのを老獪な奴等が見逃す筈もなかったか……。


 私も賢王と呼ばれる身ではあるが……流石に下々の者達の様に金を稼ぐという術に詳しいという訳ではない。


 ふむ……そうか、下々の物に稼がせればよいではないか。


 御用商人に命じて金を稼がせ、私の元に持ってこさせれば良いな。


 ハーレクック伯爵にそう命じようとしたのだが、それよりも一瞬早く伯爵が私に献策をしてくる。


「一つ、妙案があります。上手く行けば、財を得ると同時にこちらの勢力を拡大する事が出来ます」


「ほう……聞かせよ」


「はっ!旧貴族の強みとは、長年蓄えた財とそれを生かすコネクション。そして自らの利権だけは守ろうとする狡猾さ。対する我等の強みは旧貴族の専横に苦しめられている民への想いと稀代の名君と名高き当代の王、ハルクレア=エル=モーリス=ルモリア陛下、貴方です」


「確かに我等の強みはサルナレの言う通りだ。だがそれだけでは奴らを圧倒するには及ばぬ。奴等の強みを超える策とは……?」


 いや、待てよ……?


 ここは私自らサルナレの策を言い当てる……いや、それを超えてこそ王ではないか?


 だが、サルナレはこの策を考える為に幾星霜を重ねたのか……流石にそれを今この場で超えてしまっては忠臣の立つ瀬がないという物。


 やはり、ここはサルナレの顔を立てて大人しく策を聞くとしよう。


「はい。貴族位を市井の者に販売するのです」


「貴族位の販売?どういうことだ?」


「御説明させていただきます。ルモリア王国における貴族位とは公、侯、伯、子、男、正騎士ですが、この中で相続権があるのは男爵位以上となっております。今回私が目を付けたのは正騎士……貴族でありながら家督相続権のない一代貴族。この制度を利用するのです」


「正騎士の位を金で売るのか?」


「いえ、正騎士は平民が貴族になる唯一の方法ではありますが、正騎士は戦時ともなれば前線へと向かう義務があります。金を払ってまでなりたがる者は、あまり居りますまい」


「国の為に戦う名誉を解さぬか……嘆かわしい事だ」


「騎士に大事なのは忠誠と武力です。戦いを知らぬ民には些か荷が重いでしょう」


 確かに、金に塗れた騎士では国や王を守る事能わぬか……。


「ですが、この一代貴族という制度は利用できます。伯爵位以上の貴族に准男爵、准子爵という二つの一代貴族の任命権を与えるのです」


「ふむ……一代貴族か。しかし、無作為に貴族を増やすというのは……」


 それは高貴なる者の質を落とす行為ではないだろうか?


「はい。ですので、伯爵位には准男爵の任命権を二人分、准子爵を一人分と言ったように、人数に制限を持たせるのです。そして准位貴族には参政権は与えません。あくまで貴族として国がその地位を認めるというだけにしておくのです」


「なるほど……であれば問題ないのか?」


 我が国には公爵家が一つ、侯爵家が二つ、伯爵家が四つ……一つの家につき三から五名程度の任命であれば、問題は無いか?しかも参政権を与えないのであれば、頭数にもなり得ないだろう。


「その准位を市井の者に売るということだな?だが、そなたを含め我等の派閥には伯爵家が二つのみ。それ以上の爵位を持つ者達は皆旧貴族……数の上では向こうが圧倒的に有利だぞ?」


 私の計算では、間違いなく旧貴族たちの方が利益を多く得られるはずだ。


「はい。数の上では私達は不利にあります。ですが、陛下……陛下のお力があれば、数の不利を覆すことが可能なのです」


 私がいれば数の不利は関係ない……つまり、旧貴族によって任命された者達を、私の威光で派閥に取り込むという訳だな。


 なるほど……旧貴族が自陣営の強化の為に引き入れたものを奪うか。


 一つ懸念があるとすれば、無能な旧貴族が引き入れた者達が、果たして使い物になるかという所だが……いや、私が率いれば問題ないか。無能には無能なりの使い道がある。


「……見事だサルナレ。確かに私の存在が不利を覆すことになるようだな」


「流石の御慧眼、皆まで言わずとも御理解いただけましたか」


 ハーレクック伯爵笑みを浮かべながら頭を下げ言葉を続ける。


「陛下も御理解いただけたように、准位というのはあくまで仮初の爵位に過ぎません。ですが仮初であろうと爵位は爵位。陛下はこれらを陞爵することで、真の貴族へと彼らを導くことが出来るのです」


 ……どういうことだ?一先ず頷いて先を促すか。


「……うむ」


「我等は平民……この場合、多くは商人ですが……彼等を名ばかりの貴族として取り立てることで、彼らの持つ財を得ます。商人とは欲深き者達、仮初の貴族位では満足できず、間違いなく真の貴族の地位を狙う事でしょう。彼らの中には貴族でも舌を巻くほどの財力を持つものがおります、その材を使い、不遜にも陛下に本当の貴族になるよう働きかけてくることでしょう。我等の派閥には伯爵が二人と准位を与えられる数は少ないですが……旧貴族派閥が取り立てた准貴族たちも、こぞって陛下の元に自らの財を携えてくることは想像に難くありません」


 なるほど……そういう策であったか。流石はサルナレ、見事な策だ。


 旧貴族にも多少の力を与えてしまう物の、最終的に私の所に材が集まる流れが出来ると言う事か。


「さらにもう一手踏み込んで。旧貴族の取り立てた准位の者達は、財を搾り取るだけにしておき陞爵はしない様にするのです」


「ほぅ……?」


 む?財を差し出すのであれば陞爵しても良いと思っていたが……まだ策があるのか?


「陞爵するのは私達の陣営に属する准貴族のみとします。仮に陛下が私の挙用した准男爵を陞爵して男爵位を与えた場合、私が任命できる准男爵位が一つ空くことになります。此度の策では任命権は人数であって回数ではありません。当然任命した准男爵が陞爵してしまえば、私の任命できる准男爵には空きが出来ます」


「そういうことか……私が陞爵してしまえば伯爵は新たに准貴族を任命出来る……そしてその者はまた私の元に真の貴族に陞爵するように伺いに来る。無限に財を得られる仕組みが出来る上に、参政権を持つ私達の派閥の人間を増やすことが出来るという訳だな」


「御慧眼の通りです。子爵以下の下級貴族とは言え、数と財は力です。時間はかかるでしょうが、必ず旧貴族を圧倒出来るだけの力を得る事が出来ます」


「素晴らしい策だ、サルナレよ。見事に無から有を生み出してみせたな」


「恐縮であります」


「サルナレを陞爵する日も遠くなさそうだな」


 私が呟くようにそう言うと、ハーレクック伯爵が感動したように目を潤ませる。


 信賞必罰は王の務め。これ程の才をもって事を成す伯爵に褒美を与えねば、暗君と謗られても仕方のない事と言えよう。


「野盗……いや、どこぞの国との戦いに時間をかけてはおれぬな。急ぎ兵をまとめ上げ此度の戦を終わらせる必要がある」


「然様にございますな」


「……仕方あるまい。此度の戦い、私自らが軍を率いるとしよう」


「なっ!?お待ちください陛下!御身は玉体!下賤な軍相手に、陛下自らが采配を振るうなど……」


「良いのだ、サルナレ……いや、ハーレクック伯爵よ。王の威光をもって此度の戦を終わらせる。今後の事を考えても、私の権威を高める一助となろう」


 私は即位して今日まで、軍を率いると言う事をやったことが無かったからな。この辺りで私の戦の強さという物を見せておくのも悪くないだろう。


 手すさび程度ではあるが、兵法書の類も嗜んでいるからな。


 野党の群れ如きでは、披露する機会が無いかもしれないのは残念だが。


「し、しかし……」


「ふっ……物見遊山の様な物よ。それにサルナレ、お主も戦場に立つのであろう?私とお主が並び立ってなんの懸念があろうか」


「そ、それは……分かりました。陛下の御威光を知らしめる聖戦、御身のお傍で勉強させていただきたく存じます」


「うむ、良く学べ」


 そうと決まれば、早い所軍の編成を終わらせねばな……戦というのも心躍るものがあるが……それ以上に我等は国の今後の為、忙しいのだから。


「……これが最後の遊興となるやもしれぬな」


 私は窓の外に目を向けながら小さく呟いた。


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