第43話 さらに業の深い話
「ヨーンツ子爵!何故……何故……!?先の言葉が真実であるなら、これはルモリア王国内に留まる話では済みませんぞ!?近隣諸国を巻き込み、大きな戦乱になりかねない……いや、下手をすれば全てが灰塵に帰すほどの……!」
顔を真っ赤にしたアッセン子爵がもはや悲鳴に近い叫びをあげる。
うーん、グラウンドドラゴンそんなにやばいのかな……大丈夫かな……?めっちゃドキドキするんだが?
少なくともウルルの調査では現時点でこの平原にドラゴンの姿はないみたいだけど……古い痕跡はいくつか見つかっているらしい。
覇王の心臓が持たないので早く出て来て欲しい……もしくは永遠に出てこないという証拠とか欲しい。
「アッセン子爵。勿論、私も十分に心得ております。そしてこの話を聞いた時、私も貴殿と同じように声を上げました。事はこの城に住む者だけに留まる話ではない。近隣全ての民諸共滅びるつもりなのかと」
「……如何にも!とても正気の沙汰とは思えぬ所業!周りを巻き込んだ、遠回りな自殺としか思えませぬ!」
凄い言われようだな……この地に城を構えたのは俺の意志ではないのだが……ってかフィオのせいじゃね?ほんとアイツふざけてるな、謝罪と賠償とドラゴンの討伐を要求したい所だ。
「っ!?そういう事ですか……選択の余地がないというのはつまり……」
「既にこうして、この地に城が建っていますからね」
「ならば!ドラゴンに気付かれる前にこの城を撤去するべきです!気づかれていない今ならばまだ間に合う筈です!」
「……この国の軍を打ち破ってですか?」
「っ!?それは……」
言葉に詰まるアッセン子爵。その様子を見ながらカルモスは淡々と言葉を続ける。
「エインヘリアはここから動くつもりはありません。そして我々が目の当たりにしたように、この国の戦力は相当……いえ、私などでは推し量れるものではない程強大です。私はルモリア王国全軍が攻めてきたとしても、この国に痛手を与えることは出来ないと確信しています」
「まさかそんな……」
「つい先日……私は再びエインヘリアの強さを目の当たりにしました。圧倒的……そうとしか言いようのない光景でしたよ。たった一人で、三百の兵が守る門を突破し、領都を制圧してしまったのですから」
「……な、そ、馬鹿な!?」
そう叫び扉の方にいるジョウセンの方を振り返るアッセン子爵。
「そちらにいらっしゃる方はジョウセン殿。アッセン子爵も覚えていらっしゃると思います。まさに英雄といった強さをお持ちの将ですが、今回一人で領都の門を突破したのは、その方ではありません」
「他にもそんな規格外な将が!?」
「これはあくまで私とハリスが見知っている範囲ではありますが……恐らくこのエインヘリアには、英雄と呼ばれるだけの力を持った方が複数人います。それも二、三と言わず、もっと多く」
「ほ、本当ですか!?あのハリス殿もそうおっしゃっていると!?」
ハリス……ってカルモスの傍にいる老紳士って感じの騎士だよな?確か最初に遭遇した部隊の隊長だったか?子爵が驚くってことは結構有名な人なのかな?
後、なんか一瞬アッセン子爵の目が輝いた気がするけど……英雄とかいう存在の事が好きなのかな?
「しかし!英雄を多く抱えるなど……中原の大帝国くらいでしか聞いたことが……」
「ですが、少なくとも私は二人の英雄をこの目で見ました。ハリスも同様の意見です」
「む……むぅ」
「英雄を複数人抱え、軍としての強さも精強。そして何より、それら全てを率いる陛下は英傑と呼ぶに相応しい御方です。私は彼の災厄、グラウンドドラゴンを打ち破ることが出来るのは、エインヘリアをおいて他にないと確信しております」
「……確かに。ヨーンツ子爵、いや、カルモス殿のおっしゃる通り、グラウンドドラゴンを倒すことが出来るのはこの国しかないのかもしれない。だが、それはそもそもここに城を建てた彼らの責任ではありませんか!そのような行い……!」
はい、おっしゃる通りですね。ぐうの音も出ない程アッセン子爵が正しいです。
ここが龍の塒だと知らなかったとか、ここに建てたくて城を建てた訳じゃないとか、そもそもこの世界に来たかった訳じゃないとか、色々言い訳は思いつくけど……この地に住む人たちからしたら、だから何だって話だ。
四の五の言わずに何とかしろ。
その一言に尽きる。
アッセン子爵の言葉は正しい……しかし、その一方で全く意味のない言葉でもある。
「アッセン子爵。お気持ちは良く分かります。私も元ヨーンツ領の領主として、憤りを覚えなかったわけではありません。ですが……もはやそんなことを言っている段階ではないのです」
「っ!」
今までずっと笑みを湛えていたカルモスの顔が、真剣な表情に変わる。
それに伴いアッセン子爵もギョッとした顔を見せたが……俺もちょっとビビったよ。
「既に龍の塒に城は存在し、エインヘリアという国が存在しているこの状況、今更声を上げたところで何も意味は無いのです」
「ですがカルモス殿!これはそのような話ではない筈!彼らが国を名乗るのであればそれ相応の責任という物が……」
カルモスに食って掛かったアッセン子爵が何かに気付いたように、はたと動きを止めた。
「馬鹿な!こんな……こんなやり方が責任の取り方と!?この地に城を置き、最初に狙われるからなんだというのか!確かにこの国であればグラウンドドラゴンを討伐出来るのかもしれない!しかしどこにその保証があると!?ただ災厄だけを呼び起こし、ただ最初に灰燼に帰すのはこの国となるだけのことではないのか!?」
「陛下は、この地を……ヨーンツ領を守ると約束してくださいました。ここに住まう民全てを嘆きから救うと」
「そんなもの、唯の狂人の戯言!誰のせいでこんなことに……!?」
「アッセン子爵。もう一度言います。選択肢は無いのです」
「ぐ……」
そう……結局、何を言おうと……どれだけ正しい事をアッセン子爵が言おうと、話はそこに終結するのだ。
完全にマッチポンプではあるけど……っていうか地上げ屋?
エインヘリアさんマジやくざ……。
「私達ヨーンツ領の民は、陛下のお力に縋るしか道はありません。そしてエインヘリアでなければこの地は守れません。それに何より……今のルモリア王国がエインヘリアに勝てると?」
「そ、それは……理由に……」
「なります。私達の望みは何ですか?ルモリア王国の繁栄ですか?それとも家の存続ですか?」
「……我が家と我が民の安寧。国はあくまでもその枠でしかない……と?」
「ルモリア王国という枠組みに、何の想いもないとは言いません。ですが、今代のルモリア王国の王は……少々と言わず、問題がありますしね」
少し表情を崩したカルモスの言葉に、アッセン子爵は表情を更に渋い物にする。
「……だからと言って鞍替えというのは……」
「ルモリア王国に忠誠を尽くして、民と家を守ることが出来ますか?」
なんかカルモスのルモリア王国への忠誠が随分低い気がするな……俺は聞いてないけど、なんか問題があったのか?
まぁ、伯爵に家を乗っ取られかけていたのだから、その辺のことで他にも何かあったのかもしれないね。
ヨーンツ領も落ち着いて来たし、ルモリア王国の事も色々勉強した方がいいかもな。
そんなことを考えいたら、アッセン子爵がカルモスから俺の方へと向き直る。
「……エインヘリア王。一つお聞かせ願いたい。私が恭順したとして……本当にアッセン領の民も守って頂けるのだろうか?」
「当然守ると言いたい所だが、子爵の恭順だけでは足りないな。俺達の手はルモリア王国のそれと比べればかなり広い。だがそれには条件を満たす必要があり、今すぐにどうこう出来るものではない」
「つまり、私がルモリア王国を裏切ったことが国に知られ、アッセン領が攻め込まれた場合、我が民を守るすべはないという訳ですな」
「ヨーンツ領程手厚い守りは無理だな。無論兵を派遣しないという訳ではないが」
「……少し意外ですな。もう少し安請け合いするものだと」
アッセン子爵が呟く。独り言なんだろうけど、思いっきり聞こえてるからね?
寧ろ俺の方が意外だよ……それだけ迂闊な感じなのに、アッセン子爵が腹芸をやってみせた事がね……駄々洩れだけど!
横でカルモスが苦笑してるし。
「俺は出来る事しか言わぬ。そして、俺が口に出した以上、どんな荒唐無稽に思える事でもそれは必ず成される」
といいなぁ。
「過程に意味は無く結果が全てだ。そして為政者たる者、出来もしない事を安易に口にするべきではない」
「……とても龍の塒に居を構え、ドラゴンを打倒する等と嘯く王の言葉とは思えませんな」
「世の中には出来もしないことを語る為政者が多すぎるからな。理想を語り、夢を与えるのは為政者の役割ではあるが、それが叶わなかった時、そこに残るのは失望だけだ。それを繰り返せばそれはやがて諦念となり、最終的には火が付き反乱となる」
「エインヘリア王の語るそれは理想であって確実に訪れる未来と。ふん!大言壮語甚だしいですな!」
「信じられぬか?」
「当然でしょう!私が目にしたのは、あの戦ただ一度のみ!流石にアレが偶然やまぐれといった物でないことくらいは理解していますが……だからと言って、数々の災厄を巻き起こしたグラウンドドラゴンをどうにか出来るとは到底思えませんな!」
目をくわっと見開きながらアッセン子爵が言うけど……なんかさっきまでと雰囲気が少し違う気がする。
なんというか、さっきまでの、絶対に信じないぞオーラが少し鳴りを潜めたというか……なんか挑む様なというか、さっき一瞬目が輝いた時の様な……そんな感じだ。
「ふむ、つまり子爵は私の元に下るつもりは無い。そういうことだな?」
「……そ、そうは言っていない。だが今すぐという訳にはいかない。そちらの将が、とんでもない強さを持っているのは知っている」
若干どもったアッセン子爵がジョウセンの方を見ながら言葉を続ける。
「そして先程カルモス殿がおっしゃられた将、その者も英雄と呼ばれるに相応しいだけの力があると……それを見た……ではなく、その者達を含めエインヘリアという国、そして何より王である貴方の事をもっと知る必要がある。そうでなければ、私の領に暮らす民の事を任せるわけにはいかない」
「当然だな」
とは言ったけど、一瞬、アッセン子爵本音漏らしたよね?英雄を見たいって言ったよね?
まぁ、でも言っている事は間違っていないし、見極める必要があるって言うのも理解できる。そのくらいの猶予は与えてもいいだろう。
今日までまともに会話にもならなかったことを考えれば、十分な成果といえるだろう。
「では今日の所はここまでにする。アッセン子爵、まだ暫くは軟禁とさせてもらうが、カルモスや他の者と交流する程度の自由は認める。見張りにはその旨を伝えておく故、城の中ではある程度自由にするが良い。勿論立ち入れぬ場所はあるがな」
「よ、よろしいので?」
「構わん。子爵が見たいのは普段の我々だろう?ならばある程度自由を与えねば、得られる物も無かろう」
「……その豪胆さには敬服しますな。ではお言葉に甘えさせていただきましょう」
そう言って座っていた……座らされていた?椅子から立ち上がったアッセン子爵が俺に向かって綺麗な礼をする。
こういった礼儀とかって俺も覚えておいた方がいいのだろうか?
……しかし、王としてのそういったものって誰に聞いたらいいんだ?
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされてエイシャの声が聞こえてくる。
「フェルズ様。よろしいでしょうか?ヨーンツ領の人口に関する資料をお持ちしました」
お?イルミットが調べてくれていた奴だな。魔石収入がいくらになるか、かなり楽しみにしてたんだよな……。
「入れ」
「失礼します……」
扉を開けたエイシャがゆっくりと部屋に入って来る。
相変わらずの細目美幼女であるが、部屋の中に想像以上の人数がいたようで、少し驚いたように目を開いた。
「お忙しいところ申し訳ありません」
「良い。その資料は早めに確認したかったからな」
エイシャが手渡してきた資料を受け取った俺は、早速それを確認しようとして、まだアッセン子爵が部屋にいた事を思い出す。
「アッセン子爵。話は以上だが……貴殿から何かあるかな?」
俺は資料を机の上に置きアッセン子爵の方に視線を向けた。
しかし、アッセン子爵は驚いたような表情のまま完全に動きを止めている。
「……アッセン子爵?」
なんだ……?何にそんなに驚いているんだ?エイシャ……か?
部屋の中にいる全員が怪訝な表情でアッセン子爵を見ていると、やがてアッセン子爵がぽつりと一言。
「……美しい」
……なんて?
アッセン子爵の呆けた様な一言が聞こえたのだが、それを確認するよりも早くアッセン子爵が動き出す。
「え、エインヘリア王。ぶ、不躾ながら……そ、そちらの方は……?」
「……彼女はエイシャ。エインヘリアで大司教の地位についている」
俺がエイシャを紹介すると、アッセン子爵が背中に定規でも差し込まれたかのように物凄く真っ直ぐな気を付けの体勢をとる。
「は、初めまして、エイシャ様。わ、私……私はグスコ=ハバル=アッセンと申します。ルモリア王国にて子爵の位についております」
「これはご丁寧に。私はエイシャと申します。どうぞよしなに」
がっちがちもいいとこなアッセン子爵に、エイシャがにこりとしながら挨拶を返すと、子爵の顔が真っ赤に染まる
うん……これは……アッセン子爵……間違いないわ……。
「え、エイシャ様!じ、じ、実は私……え、エインヘリアにおける宗教について興味がありまして……も、もしよろしければ!御教示いただければと……」
へぇ……そんなのに興味あったんだ……初耳だわ……。
「まぁ……それは素晴らしい御心がけです。では近いうちに機会を作らせていいただきますね」
何の混じりけもない嬉しそうな笑みを見せながら、エイシャがアッセン子爵に応じる。
「あ、あ、ありがとうございます、エイシャ様!このグスコ、厳粛に、取り組ませていただきます!」
顔を真っ赤にしたまま答えるアッセン子爵……うん、これは、相当ガチですね……。
まぁ……人の趣味にケチをつける気はありませんが……うん……エイシャに任せれば一瞬でアッセン子爵取り込めそうだな……。
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