第42話 業の深い話
「……以上となります」
「ふむ、概ね問題は無いようだな」
「はっ!これも陛下がわざと門を手薄にして逃げ道を塞がなかったからこそ!作戦を聞いた時はここまで読み切られているとは露にも思わず……」
敬服するばかりです、そう言いながら深々と頭を下げるカルモス。
俺は城にある応接室で、カルモスから領都でのちょっとした報告を受けている。
どうやら魔力収集装置が設置されるまでの数日で、領主代行やそれに連なる者を一気に片付けたらしい。
公開首ちょんぱだそうだ。
いや、知識としては知ってますよ?公開処刑が道楽たり得るってのは……正直、俺がそれを楽しめる自信は無いが、往々にしてそう言った獣性というか嗜虐性?といった物を人は持っているのだろう。
鬱屈とした思いからではない……唯々、上でふんぞり返っていた人間が、全てを失い落ちていくのを面白がっているだけなのだろう。芸能人とかのゴシップを楽しむ様な物と大して違いは無いのかもしれない。
まぁ、流石に現代社会で生き死に対して嬉々とした感情を見せるのは良くないとされるだろうが、本質的には同じものだと俺は思う。
他人の不幸は蜜の味って奴だね。
「お前の仕事がしやすくなったのであれば、それに越した事は無い。ところで、領主代行の首を落としたのは別に構わんのだが……お前の娘は大丈夫なのか?」
「私の娘ですか?」
「政略結婚とは言え、夫婦だったのだ、それに子供がいたりするのではないか?」
俺の問いかけに一瞬キョトンとしたカルモスだったが、続けた俺の言葉に得心がいったようで、神妙な顔となり頭を下げる。
「……陛下のお心遣いに感謝いたします。確かに我が娘と彼の者は婚姻関係にありましたが、そこに夫婦の情という物は存在しておらず、子供も儲けておりません」
「ふむ、そうなのか」
政略結婚後に愛をはぐくむという話も物語では聞いたこともあったが、カルモスの娘夫婦は冷え切っていたらしい。まぁ、お互いの為の政略結婚というよりも乗っ取り色の強い物だったみたいだし、当然と言えば当然だな。
「まぁ……政略結婚をせざるを得なくなった時、娘にはかなり恨まれましたが」
「政略結婚か、我が国では聞かぬ話だが、血の繋がりで家をより大きく、強固にしようとする考えは分かる」
というか……うちの子達で結婚してる奴いないよね?そんな設定つけたことないはず……あれ?アランドールとか結構な御歳だけど、独身?やべ……可哀想なことしたかも。
いやいや、大丈夫だ。アランドールは相当かっこいい爺さんだ。ハリウッドスター以上に渋くてイケメンだからな……これからいくらでも結婚出来るはずだ。
「我が娘ながら少々気難しい性質でして、政略の道具とされるのが我慢ならなかったのでしょう。私も娘をそのように扱いたくは無かったのですが、あの時は如何ともし難く……」
「私には子が居らぬ故、お前の苦労は分からぬが……やはり親とは苦労するものなのだな」
「はい。私なぞと陛下を同列に語ることは出来ませんが……お子様が誕生された際には、恐らく陛下であってもご苦労されると思います」
そう言って苦笑するカルモス……うん、子供というか、そもそも相手がなぁ。
そういえば、この世界に来た当初は、酒池肉林出来るかもしれないとかなんとか考えてたような……いやね?そういう思いが今も全くないかと聞かれたら、それは否。断じて否ですよ?
俺の周りには可愛いから綺麗まで選り取り見取り……しかも、俺の言う事なら何でも聞いてくれそうな子達ばかりだ。
思わず手を伸ばしそうになったことも、一度や二度ではない……だがしかし!果たしてそれでいいのだろうか?手を出してしまっていのか?覇王的に!
正直、俺に夜の覇王プレイはかなり荷が重い……!詳しくは言いたく無いが、俺はそういったアレコレの経験に乏しい……!
夜の覇王様マジ兵卒とか言われたらショックで寝込んでしまう……!というか、もう二度と皆の前で演説とか出来ない!
それにほら……覇王の立場的に、あの子達と閨を共にするのは……パワハラ的な感じじゃん?
故に、マイリトル覇王にはもう少し籠城して居て欲しいわけでござるよ。
「後継か、俺にはまだ想像もつかないな。時に、お前の娘はどのような人物なのだ?聞いた限りでは気が強そうだが」
「そうですな、戦に飛び出す様な男勝りと言った感じではありませんが、昔からよく私の補佐をしてくれていました。親の欲目からかも知れませんが、男子であれば優秀な領主となったことでしょう」
「男子であれば?ふむ、ルモリア王国の貴族は長子相続なのか?」
「はい。ですので、私が男子を授かることが出来なければ、娘の子供が次の子爵となり領主の座に着くことになったでしょう」
「なるほど。だから件の伯爵家は婿養子という形での婚姻となったのか。婿入りした本人が子爵を継ぐことは出来ないのだな」
「はい。ルモリア王国では父系の血筋こそが優先されるので、私の息子、もしくは孫しか継承権はありません」
「なるほどな。まぁ、今となってはどうでもいい話だ。フィブロの家名は娘に継がせればよい」
「よ、よろしいので?」
俺の言葉に目を丸くするカルモス。
「当然だ。家を継ぐのに性別なぞ関係ない。大事なのは継ぐに足る能力かどうかだ。そしてそれを見極めるのは国ではない。お前だ、カルモス」
「……今までの価値観と違い過ぎて、中々理解が追い付かないと言いますか……」
「ふっ……カルモス。俺に仕える者達を見よ。男も女も関係ない……いや、寧ろ女の方が多いのではないか?」
といいますか……はっきりと女の子の方が多いです。そりゃもう……おにゃのこに囲まれたい我覇王。
だってほら、キャラクター作るなら男より女の子作る方が……色々捗るじゃない?
「確かに……おっしゃる通りです」
ほら、カルモスもそう言ってる。いや、違うか。
「もしお前の娘が希望するなら、キリクかイルミットの下で娘を働かせてみるか?見込みがあるようならどこかの代官を任せることも出来よう」
「娘が……代官に……」
「希望するならだがな。少なくともお前の目から見て優秀な娘なのだろう?」
「はっ!自慢の娘にございます」
「ならば一度話してみるが良かろう」
「陛下の御厚意……決して無下には致しません!」
「期待している」
非常に畏まった様子で頭を下げるカルモス。
まぁ、娘さんは俺のせいで未亡人になったと言えなくもないしな……カルモス曰く愛情は無かったってことだけど、本当の所は分からんし……アフターケアは必要だろう。
それに、夫を殺した奴の下で働けるか!って感じなら提案を断るだろうし……復讐の機会を狙っていたら……キリク達なら見破ってくれる筈。
そんな風に丁度話が一段落したところで、応接室の扉がノックされリーンフェリアの声が聞こえてくる。
「フェルズ様。アッセン子爵をお連れしました」
「入れ」
俺が許可を出すと扉が開かれ、リーンフェリアとアッセン子爵、そしてジョウセンが入って来る。
アッセン子爵は堂々とした立ち居振る舞いで入室すると、俺と机を挟んだ真向かいに立つ。
因みに俺は扉から一番離れた位置……お誕生日席に座っており、カルモスは右側に座っている。
リーンフェリアは入室してすぐに俺の斜め後ろに移動、ジョウセンは扉の前に立っている。
アッセン子爵にとってはアウェーもいい所ではあるが、捕虜だし仕方ないだろう。
「アッセン子爵、よく来てくれた」
「ふんっ。捕虜の身である私が断れるはずも無かろう!」
「軟禁程度に自由は与えていたつもりだったが、不満だったか?」
「……捕虜とは思えぬ厚遇には感謝している。だがこのような事で私が絆されるとでも思っているのであれば、勘違い甚だしいと言わせて貰おう!」
アッセン子爵元気だなぁ……捕虜とは思えないくらい堂々とした姿だ。
「子爵の気概には敬服するが、絆そうとしているわけでは無い。槍を交えたとは言え、戦を終えた後まで敵意をぶつける必要はなかろう?捕虜の扱いとしては、妥当なものであると俺は考えている」
「何を馬鹿な!確かにあの戦、我等の負けではあったが、例え負けた身であったとしても私は貴殿の敵である!ルモリア王国は全力をもって貴殿等を誅するであろう!」
「なるほど。確かにルモリア王国とはまだ戦中ではあるな」
そう言って俺は、傍に居るカルモスの方にちらりと視線を向ける。
アッセン子爵も俺の視線を感じ、訝しげにしながらも話を向けた。
「ところで、何故ヨーンツ子爵もこちらに居られるのだ?私達に一体何の用がある?」
「俺が用事があるのは子爵、貴方だけだ」
「それはどういう意味だ?」
更に訝しげな顔をするアッセン子爵に、カルモスが立ち上がり一礼をする。
「御無沙汰しております、アッセン子爵。お変わりないようで安心しました」
「ヨーンツ子爵。私の方こそ安心しましたぞ。あの戦い以降、姿を見ることも能わず……援軍として参陣しておきながら不甲斐ないばかりで」
悔し気に顔を歪ませるアッセン子爵。
なるほど、確かに以前カルモスが言っていたように悪い人物ではなさそうだな。尊大さの割に実直な感じだ。
「アッセン子爵。私は援軍に来てくれた貴方に感謝こそすれ、恨むなどと恥知らずな事をするつもりはありません。それと、私の事はカルモスとお呼びください。私は既にヨーンツ子爵ではありません」
「それは一体どういう事ですか?」
悔し気な表情から一変、首を傾げながらあどけない表情になるアッセン子爵。
「私は既にルモリア王国の貴族ではありません。今の私はこちらに居られる陛下、そしてエインヘリアという国に忠誠を誓う身であります」
「なっ!?歴史あるヨーンツ家の当主である貴方が、王国に弓を引くというのですか!?」
「そうですね。選択する余地はありませんでしたが、私はエインヘリアに下ったことに後悔はありません。いえ、エインヘリアという国の在り方を知れば知るほど、この判断は間違っていなかったと確信するばかりです」
「……何故それほどまでに……いや、選択の余地が無かったというのは、どういうことですかな?まさか民を盾に……!?」
歯を剥き出しにして怒りの表情をこちらに向けるアッセン子爵。中々直情的な人物のようだけど……貴族的にそれはいいのだろうか?なんか俺の貴族のイメージは建前と笑顔で本心を完全に覆い隠すって感じだったんだけど。
後、非常に申し訳ないけど、民を盾にしたって所は大正解ですね……。
ドラゴンという核兵器を背景にオラオラ、言う事聞けやってなもんです故……これでドラゴン倒せなかったらマジやばいね。
そんな俺の内心を他所に、カルモスは穏やかな笑みを浮かべたままアッセン子爵と話を続ける。
うん、カルモスは俺のイメージ通りの貴族っぽいな。かなり怖い。
「そうですね……アッセン子爵、私は貴方の実直さに好感を抱いております。故に隠し事はせずに全てをお話ししましょう」
カルモスの言葉にアッセン子爵はにらみつけるような視線を俺から外さない。
うん、まぁ民を盾に取ってるって言ったも同然だしね、気持ちは分かる。因みにカルモスにはこの場で何を言っても良いと予め許可を与えている。
「アッセン子爵はこの城がどこにあるかご存知ですか?」
「……いえ、あの良く分からない装置を使いここに来て以降、外に出ることは能わなかったので」
「外の景色は御覧になりましたか?」
「えぇ。見渡す限りの草原でしたな」
先程軟禁といったように、アッセン子爵は牢屋ではなく城の一室を使っている。
見張りを置いている為部屋の外に出ることは出来ないが、窓の外を見るくらいはいくらでも可能である。
「この城の周りの草原……あれは、龍の塒です」
「ば、馬鹿な!?ヨーンツ子爵!何をおっしゃっているのですか!?こ、ここが……龍の塒!?」
龍の塒……そんな呼び方なんだ、ここって。グラウンドドラゴンの巣とかじゃないのか。
後めっちゃ慌てているのか、わざとなのか分からないけど呼び方がヨーンツ子爵になってるな……。
「はい、間違いありません。私は外に出て位置関係を把握しております。ここは間違いなく禁足地……龍の塒です」
「そ……そんな……馬鹿な……」
次の瞬間、腰から崩れ落ちてしまうアッセン子爵。
因みに俺の位置からは机が邪魔になって、崩れ落ちてしまったアッセン子爵の姿は見えない。
その様子を見たカルモスがすぐに近づき、アッセン子爵を支える様にしながら立ち上がらせる。
「お気を確かに、アッセン子爵。ひとまずこちらにお座りください」
扉の前に立っていたジョウセンが、二人の傍に椅子を持って来るとカルモスは懸命にアッセン子爵を椅子に座らせる。
その間アッセン子爵の表情から完全に色が抜け落ちていたが、やがて感情を取り戻したのか、見る見る間に顔が赤く染まっていく。うん、あれは別に照れている訳ではなさそうだな。
ワンチャン、カルモスに肩を抱かれてきゅんと来た可能性もあるけど、ナイスミドルって感じのアッセン子爵と老境にありながらも矍鑠としたかっこよさを持つカルモス……この組み合わせはありなのだろうか?
業の深い世界だからな……俺には分らん。
いや、彼らはそう言うのではないと思うけど。
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