第41話 汚い物は押し付けて



 俺は今ヨーンツ領の領都、そこにある領主の館にいる。


 この街で戦があったのは昨日の事。昨日の今日でここにくる俺のフットワークも王としては相当なものだとは思うけど、現場主義の覇王ということで一つよろしくお願いしたい。


 それはさておき、現在俺がいる部屋……応接室には、俺とリーンフェリア、キリク、アランドール、ジョウセン、カルモスの六人がいる。


 リーンフェリアは俺の、ジョウセンはカルモスの護衛としてなので椅子には座っていない。


「キリク、アランドール、カルモス。此度の戦、見事であった」


「「はっ!」」


 見事っていうか、ちょっと上から見てて呆気にとられたわ。


 まさか一人で街を落とすとはなぁ……うちの大将軍やべぇわ。


「街を捨てて逃げ出した領主代行と、それに付き従う者達も全員捕らえることが出来た。逃げ出す様はそれなりの数の民に目撃させたし、現在はクーガーたちを使って色々と噂を流布させている。内容についてはカルモスも確認しておいた方が良いだろう」


「畏まりました」


「捕らえた者達は牢屋に放り込んでいるんだったな?領主代行以外にはどんな者達を捕えたんだ?」


 俺が尋ねるとキリクが即座に答える。


「財務を取り仕切っていた者と領都の守備隊の副隊長。それから領都守備隊の隊員十名です」


「ふむ、財務を取り仕切っていた者が伯爵家側だったか。あまり健全な運営だったとは言い難いな」


「我が不徳の致すところ、恥じ入るばかりです」


「その様子だと、その辺は織り込み済みだったか?」


 神妙な様子で頭を下げるカルモスを見て、あまりダメージを受けていないように感じた俺は問いかけてみる。すると、カルモスはあっさりと頷いた。


「はい。彼には裁決権は与えず、帳簿の管理のみをさせていたといった次第です。役職名だけは財務管理官としていましたが。まぁ、計算は早くて正確でしたので重宝させて貰いました」


 そう言って少しだけ笑みを浮かべるカルモス。


 ……あ、この人結構怖い人だ。ニコニコしながらめっちゃ辛口査定してくるタイプの上司だな。


 うちの子達みたいに、忠誠心マックスで俺の事見てくれるわけじゃないから注意しておこう。


「ふむ……手綱をしっかり握っていたのであれば問題はないか」


「はい。とは言え、こちらの懐事情は向こうに漏れてしまっている為、陛下にとっては面白くない話と存じますが……」


「それは別に気にする必要は無い。昨日までの帳簿等すぐに意味は無くなるのだからな」


 うん……それは正直どうでもいい。


 エインヘリア的には、魔石の回収が出来れば経済なんて知ったこっちゃない……と言いたい所だけど、そうもいかないよな。


 まぁ、寂れるよりは豊かに暮らして欲しいとは思いますよ?でもどうやったら皆の暮らしが向上するかなんて俺に分かるわけがない。


 畑を耕して暮らしている人達に、珍しい種を栽培させるくらいの事は思いついても、街の経済を循環させて経済を活性化させるって……どうやるの?


 道路工事か?道路工事すればいいのか?


 ん?意外と悪くない案な気がするぞ?道路工事というか道の舗装……色々な所で雇用が生まれたり、資材の売買が行われたりして結構お金が回るんじゃないか?さらに道が良くなれば往来がしやすくなり……いいことづくめだな!


 よし……もし何か案を求められたら道を作れ!って言ってやろう。


「帳簿の件は問題ないとして……カルモス。捕らえた者達はどうするつもりだ?」


「わ、私が決めるので?」


 俺の言葉に何故か焦った様子を見せるカルモス。あれ?変な事言った?


「この街の領主はお前だろう?お前が決めるのではないのか?」


 違うの?三権分立とかしてる感じ?


「私は既にエインヘリアに帰属した身。領主であるなどと言える筈もありません」


 俺の問いかけに静かに傅くカルモス。二心はありませんってことだろうけど……。


「……そうだな。確かにお前は既に俺の家臣だ。そして我がエインヘリアには領主という役職は存在しない。だから、カルモス。お前をこの街の代官に任命する」


「だ、代官ですか?」


「キリク」


「はっ!それでは私から説明をさせて頂きます」


 名前を呼んだだけで説明してくれるキリクさん、マジパネェ。


 なんせ……代官って何する人なのか良く分らん。レギオンズの時は、代官を街や村に置いたら何故か魔石の収入がちょっと増えるって感じだったんだよね。一人から獲れる量は決まっている筈なのに不思議な話である。


 よく時代劇であるお代官様、へへーははーみたいな……なんか偉い人って感じだとは思うが。


「簡単に言うなれば任地の政治を取り仕切る者です。要は、領主の様な物ですが、治めるのは土地ではなくあくまで一つの都市だけとなります。そして領主との最大の違いは、任地をどれだけ富ませたとしても、自分達の懐には何も入らないという所です」


「……徴収した税を自らの為に使う事は出来ない。税は全てその任地の為に使う、ということですか?」


「そうなります。勿論、代官の給金については、国より支払われますのでご安心を」


 給金!?そう言えば……皆、城で生活してたからすっかり頭から抜けてたけど、うちの子達のお給料ってどうなっているんだ?やべぇ……無給じゃないよね?イルミットに確認しておこう。


 それにしても領主と代官の違いは……王様と公務員って感じだろうか?税金の中から生活費なんかを出すのではなく、税金は全部街づくりの為にって訳だ。


 まぁ、公務員の給料は税金から出ているわけだけど……俺達にとっての税金は、住民が気付かない内に徴収している魔石だからな……とても優しいシステムだ。狂化も抑えられていいとこどりじゃね?


 まぁ、それとは別に街の運営費用や維持費は必要だから税金の徴収はするのだろうけど……。


 その辺を魔石で賄おうと思ったら……経済が破綻しかねないか……っていうか賄うのはきついだろう。魔石収入をお金に換算したらどのくらいになるか……換金できそうな素材で調べておくか。


「代官の仕事の詳細については、私よりもイルミットの方が詳しく説明できるので、今度説明の機会を設けましょう。領主と全く同じ内容という訳ではないでしょうし、やり方の違いも少なからずあるはずです」


「私でよいのでしょうか?」


「カルモス殿。私達の中に、あなた以上にこの街の事を知っている人物がいると思いますか?」


「……」


「それに、何故フェルズ様が領主代行やその取り巻き達を一度逃がしたと?」


 なんとなくその方が上手く行く気がしたからです。


「前領主の不甲斐なさを民に知らしめることで、新しい統治者として執政をとりやすくする為……では?」


「少し違いますね。今街で流されている噂は元ヨーンツ領領主の人知れぬ戦いと、ハーレクック領の暗躍……そして、ハーレクックより強引に婿入りして来たヘイリックの逃亡。そう言った感じですね」


「そ、そのような……何故……」


「貴方が言ったのではないですか。新しい統治者として執政を取りやすくする為と。勿論我等エインヘリアの喧伝もさせてもらっていますが」


「……」


「勿論、今まで以上に大変ですよ?民の期待は今までの比ではないでしょうし、全ての汚れが拭えたわけではありません。他の領との交易も暫くは落ち込むでしょうし、ルモリア王国領でなくなったことに不安を覚え、商人や領民の流出も起こるでしょう」


「……責任は重大ですね」


 そっか……数万の民をゲット出来たと思ったけど、流出してしまうのか……まぁ空っぽにはならんだろうが……。


「そこまで身軽な者は多くないと思いますが、いくらかの民はこの地を離れるでしょう。ですが、大店の商人は別です。既に財産は他所に移しているでしょうし、今は様子を見ているといった所でしょう」


「……逆に良い商人を見つけるチャンス、という事でもありますね?」


「その通りです。ついでに、今のうちに他の汚れも洗い流しておくと良いでしょう。長い時間をかけて着いた汚れは頑固ですからね」


 キリクが所帯じみた事を言うけど……これは絶対台所やふろ場の掃除とかの穏やかな話ではないよな。キリクは領主代行と一緒に逃げた奴以外に、油断ならない相手が残っていると考えているのか。


「よろしいので?」


「無論です。エインヘリアに汚れは必要ありません」


「では、国法に沿った形で牢屋に入っている者も含め処理させていただきます」


 ……うちの国法って……どうなっているんだろ?とりあえず貴族制では無いからルモリア王国のそれとはだいぶ違ってそうだけど……。


 しかし、さっきの給料の件といい法律の件といい……俺、色々知らないまま突っ走ってるな……でもまぁ……多分キリクやイルミットが何とかしてくれるよね!


 俺が一度逃がしてから捕まえるように命令しておいた奴らも、なんかいい具合に利用してくれるみたいだし。俺的には、率先して逃げ出す領主代行の情けない姿を民に見せれば、その後の統治がやり易いんじゃない?くらいのノリだったんだけどね。


 まぁでも、これでヨーンツ領の実権を取ったも同然だし、後はキリクやカルモス達に丸投げでいいだろう。


 最初からほぼ丸投げだけど……戦争時くらいしか口出してないもんな。


 ってそうだ、ヨーンツ領はこれでいいとして、城にもう一人領主がいたな。そろそろそっちにも手を出さないと。


「では、政務に関してはイルミットに確認しながら進めて下さい。まずは代官としての顔見せですが……」


「キリク、少し待て」


「はっ!」


「カルモス、代官として任命しておいてなんだが、少し別の仕事を頼む」


「畏まりました。なんなりと」


「城で捕虜となっている隣の領の子爵がいただろう?ヨーンツ領も一段落着きそうだからな、そろそろ話をしようと思う」


「アッセン子爵ですか……畏まりました」


「魔力収集装置の設置が終わったタイミングで城に戻って来てくれ。それまではこちらで政務を頼む」


「畏まりました」


 よし、言いたい事は言ったのでそろそろお暇するとしよう。街をどうするかみたいな話になってくるとただ聞いとくだけになるし、俺がいない方がカルモスもやり易いだろう。


 重要な事は会議で確認すればいいしね。


 そんなことを考えながら、俺は城に帰ることにした。


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