第40話 領都攻略戦

 


View of カルモス=フィブロ=ヨーンツ 元ルモリア王国 ヨーンツ領領主






「以上、フェルズ様は敵兵を殺さずに領都を制圧する事をお望みだ」


 私は今、ヨーンツの領都を攻める遠征軍の本陣にて軍議に参加している。


 先祖代々受け継ぎ、守ってきた領都に攻め入るという事に関して複雑な想いではあるが、それ以上にここで行われる軍議……の様な物の異常さに私は呆気にとられる。


 この場を取り仕切っているのは、エインヘリアにおいて参謀という役職についているキリク殿。


 参謀という役職はルモリア王国や近隣諸国にはない役職なので、どのような役職なのか聞いたところ、軍事における作戦の立案や策謀などを取り仕切り、陛下の傍らで補佐をするのが主な仕事らしい。軍事よりの宰相といった感じと私は理解した。


 そんなキリク殿が最前線にいるのは何とも不思議な感じがするが、この場にいる誰もその事に疑問を感じていないようなのでエインヘリアにおいては普通の事なのだろう。


 更にこの場には大将軍であるアランドール殿もおられるのだが、キリク殿の仕切に文句の一言もなく従っていたのが印象的だった。


 私の知る限り武官と文官は水と油、現場しか知らぬもの、現場を知らぬものとお互いを揶揄する事が普通。ましてや、明らかに文官であるキリク殿の言葉を、戦場で武官のトップである大将軍が唯々諾々と従うなどというのはあり得ない光景だろう。


 だが、それがエインヘリアという国の在り方なのだとしたら、そういう物なのだろうと納得出来る。


 私が呆気にとられたのはそんなことでは無い。


 軍議も大分煮詰まり、各部隊の配置も決まったところで陛下からキリク殿に連絡があったのだ。


 キリク殿が突然椅子から立ち上がり、頭を下げながら独り言を始めた時は一体何事かと思ったのだが、私の隣にいたジョウセン殿が事情を説明してくれた。


 どうやら、陛下は遠距離であっても家臣と会話の出来る魔法を使うことが出来るらしい。それだけでもとんでもない話なのだが……私が呆気にとられたのはここからだ。


 陛下とキリク殿がしばしの間会話をしたかと思うと、そこで状況が一変。今まで軍議にて決めた段取りが全て覆され、陛下のお考えの通り戦を進めることが決定されたのだ。


 私は新参であり、立場なぞ無いに等しい。


 軍議の場に呼ばれているのは偏にヨーンツ領の領主であったが為。街の強みも弱みも知っている元領主という立場が作戦立案において有用であったからに過ぎず、その役割は求められた時に答えるのみで発言権は最初から有していない。


 しかし、それでも私は一言口を出さずにはいられなかった。


 陛下の示された作戦は、一点突破。


 確かに彼我の戦力差を考えれば、その作戦は正しい。領都の壁は低く、防御に適していない。


 また、領都に残っている兵の中に効果的な魔法を使えるものはいない。そのような人材がいれば魔法隊に組み込まれ先の戦に出ている。つまり、防衛部隊からの攻撃は基本矢による攻撃のみとなる。


 対するこちらは十分な魔法戦力がある。矢を防ぎ、魔法による攻撃をするだけで門はあっさりと崩され、それで勝敗は決するだろう。


 陛下の命令がそれだけであれば、私は口を出すことはなかった。私が欲しているのは、領都の迅速な制圧なのだから。


 それが一番民に負担を掛けない。もはや領主でも何でもない私が、最後にこの地に住まう民達にしてやれることはそれぐらいだろう。


 だからこそ、キリク殿から伝えられた、一人の敵兵も殺すことなく領都を攻略するという陛下のお言葉に口を挟んでしまった。


「恐れながら……キリク殿。よろしいでしょうか?」


「構いませんよ、カルモス殿」


「ありがとうございます。陛下のおっしゃられた、一人の敵兵も殺さずというのは……どういう意味でしょうか?」


「言葉通りの意味です。フェルズ様は、一人の死者も出すことなく領都を制圧せよとおっしゃられています」


「し、しかし……一体どうやって?」


 城とは呼べぬ程脆い門とは言え、それでも門は門だ。石造りのそれは人間の身体よりもよっぽど頑丈で、威力の低い魔法程度ではびくともしない。


 自ずと、門の破壊には高火力の魔法が必要となる。


 当然それは人の身で耐えられるような威力ではなく、直撃で無かったとしても殺傷能力は十分な物だ。


 陛下が死者を出すなと命じられたという事は、それは心構えではなく絶対的な命令。小競り合い程度の戦であっても少なからず死者は出る。ましてや今回は、相手が籠城の構えを取っているのだ。死者を出さずに制圧出来る道理はない。


 あの英傑たる陛下がそれを理解していない筈がない……にも拘らずそんな命令を下すとは、一体どんな意図が……。


「カルモス殿、貴方はまだフェルズ様に仕えて日が浅い。だからフェルズ様の深謀遠慮を信用できないのは当然と言えます。フェルズ様の偉大さを、数日で余すことなく理解しろと無理を言うつもりもありません。ですが、この事だけは覚えておいてください。フェルズ様の御言葉は絶対です。フェルズ様がそうしろとおっしゃられたのであれば、我等はそれに従うのみです」


 そう語られるキリク殿の目は静謐で、だからこそ底知れぬ恐怖を感じる。


 以前、捕虜として陛下と面談した時……絶対的な忠誠を捧げる彼等から狂信的なものは感じないと思ったのだが……それは間違いだったのだろうか?


「キリク、あまり脅すでないわ」


 硬くなった私の表情を見かねたのか、アランドール殿が表情を和らげながらキリク殿に話しかける。


「む……」


「カルモス殿。確かにキリクの言う通り、フェルズ様の御言葉は絶対じゃ。それは我等の総意……間違ったことは言っておらん。じゃが、フェルズ様は遥か先まで事象を見透かしておられる。そのお考えは儂等如きでは到底至らぬ極地とも言えるじゃろう。無論、フェルズ様とて間違えぬわけではないだろうがの」


 アランドール殿の言葉にキリク殿が小さく反応したが、口を挟むことなくアランドール殿の言葉に耳を傾けている。


「とは言え、フェルズ様が間違えたことなぞ、一度たりとて目にした事は無いがのう」


「……当然だ」


 我慢出来なくなったようで、少し不機嫌そうにキリク殿が言うと、アランドール殿は苦笑しながら言葉を続ける。


「フェルズ様が我等に命を下す時、絶対に不可能な事は命じては来ぬ。フェルズ様が命じられた以上、それは可能という事他ならない。これは盲信に見えるかもしれぬが……我等からすれば今までの実績の伴った、まごう事無き真実なのじゃよ」


「……」


「簡単には信じられぬであろうが、ひとまず此度の戦を見てもらえるかのう?必ず領都の民にとって、悪くない結果を齎してくれるはずじゃ」


「申し訳ありません、アランドール殿、キリク殿。差し出がましい事を申しました」


「自らが領主として守ってきた街に攻め入るのじゃ。色々と思う所があるのは仕方ない事じゃろう。懸念されているのは……街に住む民への負担ですな?」


 大将軍という武官の長という立場にいるとは思えない程、柔和な笑みを浮かべながらアランドール殿が問いかけて来る。


 今も私に従ってくれているハリスも、このような人を安心させるような空気を纏っている。兵を率いる立場特有の物なのだろうか?


「おっしゃる通りです。戦が長引けば、民への心理的な負担は相当なものになるでしょう。守備兵を殺さずに制圧するとなると、そう簡単な話ではありません」


 簡単というか……不可能だと思うが。


「しかもフェルズ様の指示では別動隊を使う訳でも無いようですし。短時間での制圧が可能とは……」


「なるほど。では、その不安を吹き飛ばしてみせましょう」


 アランドール殿が先程とは違う……歴戦の戦士といった、力強い笑みを浮かべる。


「一番槍は是非拙者に!」


「……ジョウセン。お主はカルモス殿の護衛であろう?当然本陣詰めじゃ。それともフェルズ様の命に背くつもりかの?」


「むぐ……」


 押し黙ってしまったジョウセン殿に頷いたアランドール殿が続けて口を開く。


「では此度の先陣は……」


 アランドール殿の発表した先陣に、私は再び唖然とするのだった。






「キリク殿。本当によろしいのでしょうか?」


「えぇ。彼ならば問題ありません」


 私はキリク殿の横に立ちながら、領都の門に向かって歩いていく一人の人物の背中を見送っている。


 一部隊ではない、一人である。


 先程、私とジョウセン殿が使者として門の前に赴いたが、その時は使者の証を掲げて門に近づいた。だからこそ弓で射られることも無く、門の傍まで行くことが出来たのだが……今、門に近づいていく人物は違う。


 手には抜き身の剣……かなり幅の広い剣で、とても片手で持てるようなサイズには見えない物だが、軽々と持っているところを見ると見た目よりも軽い剣なのかもしれない。そして片手が開いているにも拘らず盾は持っていない。弓の射程内に入れば成す術もないのではないだろうか?


 そして何より、散歩でもするかのような気楽な足取りは、こちらの不安なぞ無用の長物だと言わんばかりである。


「アランドールはご機嫌でござるなぁ」


 私の半歩前に立っているジョウセン殿が、全く気負いのない口調で言う。


 そう、門に向かって近づいて行くのは大将軍であるアランドール殿だ。


 心の中だからはっきり言わせてもらうが……頭がおかしいとしか思えない。


 遠征軍の総大将どころか、エインヘリア全体の総大将とも言える人物が、単騎で敵軍に向かって行く……そんなことがあるはずがない。先程の陛下の命令といい……これは夢か?


「アランドールはこっちに来てからずっと裏方だったからな。年甲斐もなくはしゃいでいるのでしょう」


「武人であれば年は関係ないでござるよ。殿の命で先陣を切る……これに勝る喜びは無いでござる」


「……そうだな。確かにその通りだ。私は武人ではないが、その喜びは理解出来る」


 感慨深げにジョウセン殿とキリク殿は話しているが……狂気の沙汰としか思えない。


「それにしても、矢も魔法も飛んでこないでござるなぁ」


「一人に対して矢衾というのも効率が悪いからな。恐らく矢の温存を図っているのだろう。魔法は守備兵の中に使い手がいないとカルモス殿から聞いている。飛んでこなくて当然だ」


 それもあるかも知れませんが……恐らく相手は困惑しているのだと思います。


 いくら抜き身の剣を持っているとはいえ、相手は一人。しかも実戦経験に乏しい領兵ですからね、迎撃の判断が付かないのでしょう。


「このまま、何の迎撃も無く門に着きそうでござるなぁ」


「ふむ。まぁ、迎撃があろうがなかろうが、然したる違いもないだろうがな」


 そんな気楽な会話を聞きながら、歩いていくアランドール殿を見ていると……ジョウセン殿の言葉通り、一切の迎撃がないまま彼は門の前に到着してしまった。


 まさか、一度の攻撃も受けることなく門までたどり着くとは思わなかったが……ここからどうするのだろうか?


 私がそう思った次の瞬間、アランドール殿が手にした剣を振ったように見えた。それなりに距離があるのではっきりと見えた訳ではないが、恐らく間違いないだろう。


 何故あそこで剣を?もしかして矢を放たれたのか?


 次の瞬間、突然沸き起こった土煙に覆われアランドール殿の姿が見えなくなる。


「一体何が……?」


 そんな私の呟きとほぼ同時だろうか?領都の方が俄かに騒がしくなる。


 もしや、開門してアランドール殿に攻撃を!?


「キリク殿!守備兵が開門してアランドール殿に襲い掛かっているのでは!?」


「いえ、開門したのは守備兵では無いですよ。それに問題は何もありません」


 私が慌てて声を掛けると、キリク殿は何という事でもないと言った様子で答える。


 いや……それはそうだ。慌てる私の方がおかしいのだ。何故ならアランドール殿は単騎で敵軍に向かって行ったのだ。そこで戦闘が起こるのは当然だ……当然なのだが……私がおかしいのか?


 そんな私の混乱を見て取ったのか、傍に居るハリスが同情するような視線を向けて来る。その目は私はおかしくないと言ってくれている様だった。


 それから暫く自問自答をしていたのだが、周囲の様子が変わったことに気付いた私は、思考を切り替える。戦場で呆けるなど、我ながら愚かとしか言えないが……一体何が?


「フェルズ様より連絡がありました。アランドールが守備兵の制圧を完了。混乱を起こさぬように少数の兵で領都に向かいます」


 私は、キリク殿の言葉で此度の戦が終わったことを知った。


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