第39話 こそこそ動いても丸見えだ



 キリクに連絡を入れるか悩んだ俺は……結局連絡を入れることにした。


 悩むより産むが易しって言うしね!キリクなら情報共有の大切さは良く知っている筈だし、問題ない筈。これはこれでうちの子達を信じているとも取れるよね?


「……キリク。聞こえるか?」


『フェルズ様!はい!聞こえております!』


「今、大丈夫か?そちらの状況が聞きたいのだが」


『はっ!問題ありません!』


「そうか。今リーンフェリアから聞いたのだが、領都で敵軍が籠城していると聞いたのだが」


『はっ!現在、こちらからは仕掛けることはせず、遠巻きに領都に臨んでいる状態となっております』


「領都の方に動きは無いのだな?」


『はい。私達が軍を進めてきたところ門を閉ざしており、カルモス、ジョウセンの二名を使者として送りました。しかし、相手は完全に門を閉ざしたまま、使者を招き入れることはせず、カルモス達はそのまま引き上げてきました』


「なるほど、交渉の席にすら相手は着かなかったという事か」


 この状況でそんなことあり得るか?まともな神経をしていれば、寧ろ喜んで交渉の席に着くと思うんだが……相手が交渉を拒む理由……国や王への忠誠心?


 いや、普通に考えればそれは無いよな。自分の統治する民を巻き込んでしまっては元も子もない……民は守るべきものであると同時に、自分達の利権を生み出す大事な道具でもある。それは自分だけではなく自らの子孫にとっても必要な物だ。自分の代で途絶えさせていい物ではないだろう。


 自分だけの事を考えるのであれば、国や王への忠誠を胸に特攻する奴はいるだろうが……自己満足に民を巻き込む奴は……為政者たる資格は無いだろう。


 うむ、やはり相手の考えがさっぱりわからん。


 ……いや、相手を為政者と考えるからいけないのかもしれない。そもそも領都の責任者はカルモスだ。今のトップはあくまで領主代行……為政者たる心構えは有していないと考えるべきかもしれない。


 領主代行がどんな奴かカルモスに聞きたいが……『鷹の声』はカルモスに繋がるのか?


 まぁ……試してみるか。


「キリク、一度『鷹の声』を切る」


『畏まりました』


 キリクとの通話を一度切り、俺はカルモスに向けて『鷹の声』を発動させてみる。


「カルモス、聞こえるか?」


『……』


「カルモス、聞こえているなら返事をしろ。フェルズだ」


『……』


 ふむ、カルモスには『鷹の声』は届かない様だな。ってことは、カルモスは味方認定されていない……もしくはレギオンズのキャラクターでは無いからだろう。


 まぁ、これはある程度予想はしていた。ゲームと違って捕虜を配下にするとか、そういうコマンドを使って味方にしたわけじゃないからな。システム的にはカルモスは味方では無いってことだ。


 とりあえず、状況確認も含めて『鷹の目』を起動して戦場を俯瞰するか。


 俺がアビリティを起動すると、視界が一変。眼下に広がるのはキリク達遠征軍三千と、その先には領都と思しき街が広がっている。


 ふむ……想像以上に大きな街だな。流石に三千人程度では街を囲むのは無理そうだ。


 だが……この街、そしてエインヘリア軍の布陣を見て、相手の狙いが分かったかもしれない。


 一応確認の為にキリクに繋いで……いや、その前に。


「リーンフェリア」


「はっ!」


「今『鷹の目』を起動した。効果は知っているか?」


「存じております!」


「よし、今からお前と視覚を共有する。俺の隣に座れ」


「はっ!……は?」


 ん?なんか今リーンフェリアらしからぬ声が聞こえた様な……こっちは見えないから状況がよく分からんぞ……。


「座ったか?」


「あ、いえ!まだです!あの、その!」


「どうした?」


「わ、私がフェルズ様と視界の共有を?」


「そうだ。俺一人で万が一見落としがあってはマズいからな。サポートする者が必要だ」


「わ、私でよろしいのでしょうか!?視界の共有とサポートは参謀の務めであったかと!」


 なんか、若干リーンフェリアの声が裏返っているような気がするが……一度『鷹の目』を切った方がいいか?自分の周りの状況がさっぱりわからん。


 因みに『鷹の目』にも発動条件があることが判明している。『鷹の目』で見ることが出来るのは召喚兵が展開されている地域のみだ。


 召喚兵が存在しているエリアであれば、かなり広い範囲を確認する事が出来るのだが、恐らくそのエリアにいる召喚兵の数に応じて、どの程度の範囲まで視界を広げることが出来るかが変わるのだと思う。


 現在召喚兵が存在しているのは、農作業と捕虜の見張りをしているいつもの村、領都手前に布陣している軍、この二カ所だ。傘下に加わった三つの街に派遣していた召喚兵は、召喚期限を迎えているので既にいない。まぁ、魔力収集装置の設置は終わっているから特に問題はないが。


「リーンフェリア、何か問題があるのか?」


「い、いえ、そういう訳では……」


 リーンフェリアが気にしているのは役職か?確かにゲーム時代は参謀が戦争中のサポートをするのが常だったけど、今はそんなの関係ないしな。


「ふむ、これも以前との違いというだけの事。俺が視界を共有するのは参謀という役職ではなく、信頼する人物だ。先の戦争時は、今までの経験からキリクと視界を共有したが、今はリーンフェリアお前の力が必要だ。力を貸してくれるな?」


「は、はい!申し訳ありません!この身、如何様にもお使い下さい!」


 どうやら覚悟が決まったようだ。それにしても、リーンフェリアはこういった時に、少しだけ尻込みする傾向にあるのかな?まぁ、心が決まってしまえば非常に頼もしいし、一歩踏み出すのが苦手って感じなのかもしれないね。


 そんなことを考えながら、俺はリーンフェリアとの視界を共有する。


「こ……これが、視界の共有!?」


「うむ。自らの身体とは違う場所の風景が見えるのは慣れないとは思うが、今後も視界を共有する機会はあるはずだ。慣れておいてくれ」


「はっ!身命を賭して!」


 いや、そこまで気合入れなくてもいいけど……まぁ、やる気があるのは良い事だ。


「では、キリクと『鷹の声』を繋ぐ。リーンフェリアは領都。特にキリク達が布陣している場所とは逆の位置にある門、それと領主館の動きに気を付けておいてくれ」


「承知いたしました!……なるほど……これが、一体感……ふ、ふふっ……」


 リーンフェリアが了解した後、何やら小声で呟いていたが……生憎とはっきりとは聞こえなかった。まぁ、報告があるならしっかりと言ってくるだろうし、初めて見る景色の感想でも言ったのだろう。


 この光景は中々面白い物があるしな。っとそれよりもキリクと話さねば。


「キリク、待たせたな」


『問題ございません』


 俺の声掛けに、一切の動揺を見せず応えてみせるキリク。俺が突然声かけられたらビクッとなる自信があるね。


「カルモスから、領主代行がどのような人物かは聞いているか?」


『はい。軍を進める前の打ち合わせで確認しております』


 流石キリク、抜かりはないようだ。その場その場にならないと思い至らない俺とは大違いだ。


「聞かせてくれるか?」


『はっ!名前はヘイリック=フィブロ。隣接領の貴族家の三男でカルモスの娘との婚姻の際に婿養子となっているそうです』


「隣接領というと、アッセン領か?」


 俺は捕虜となっている、妙に元気なアッセン子爵を思い出しながらキリクに尋ねる。


『いえ、アッセン領とは反対側に位置するハーレクック領です。爵位は伯爵位だそうですが、新興貴族とのことです』


「伯爵家から子爵家に婿養子……?」


 伯爵って子爵より上だよな?三男とは言え、養子に出してしまうのは……ありなのか?よく分からん。


『カルモスから聞いた話では、旧家であるフィブロ家との繋がりを新興家である伯爵家が欲したという事らしいです。かなり強引に縁組をさせられたと』


「面倒な話だが、まぁそれは良い。その婿養子自身はどんな人物だ?」


『どうやら随分と尊大な人物らしく、上昇志向が強いそうです。ただ、面倒な事や細かい事が嫌いな様で、目標に向かって計画立てて動くといった行動を取れる人物ではないと』


 偉そうで、権力志向が強いけど、努力は嫌い……と。


「国への忠誠についてはどうだ?」


『カルモスの話では国に殉じるタイプではないと』


 ってことは、さっきの予想は間違って無さそうだな。


「何故カルモスはそんな人物を代理に据えたんだ?伯爵家の圧力か何かか?」


『そのようです。経済力と権力、双方から圧力を掛けられているとの由に』


「実質子爵家の乗っ取りといった所か。カルモスが次代に領主を引き継がないのはそれもあってのことか」


 貴族間の権力争いって奴かね。まぁ、俺達には関係ない話だが……いや、うちの子達がそんな争いをするようになったら正直へこむな……。


 利権争いっていうのは人としては正しい姿かもしれないけど……やっぱりなんか嫌だ。


「キリク、相手はどう出ると思う?」


 とりあえず、相手の人物像もなんとなく見えて来たことだし、俺はキリクがこれからどうするつもりなのかを確認する。


『門を守っている兵達はともかく、件の領主代行は本気で街を守る気は無い筈です。その上でこちらの使者を受け入れなかったという事は、領主代行は少数で逃げることを考えているのでしょう』


 うん、俺もそうだと思う。


 『鷹の目』を使って現地を見るまで分からなかったのだけど、領都はかなり広い。俺達の遠征軍三千では、とてもじゃないけど囲みきれない大きさだ。しかも門が六ケ所、均等に分けると一つの門に五百しか割り振れない。


 門の一つ一つは当然ながらそれなりに距離が離れているので、常識的に考えれば別れてしまった軍はそう簡単に連携を取ることが出来ない。


 三百対三千ではどうしようもないが、三百対五百の籠城戦であれば恐らく何とかなる。籠城戦の攻略には三倍くらい兵力が必要って話だしね。


 勿論、門の一つを守ったところで全く意味は無い。一か所に戦力を集中すれば他はスカスカ、素通りって感じだろう。当然他の門を抜けた軍は、唯一抵抗のある門に内と外から攻撃を仕掛け……後は語るまでも無いだろう。


 はっきり言って全く意味のない行為だが……恐らく相手はそもそも領都を守ることに興味はない。


 まだ逃げ出していないのは、ぎりぎりまで戦ったけど数に押されて逃げるしかなかった……というアピールの為だろう。


『ですので、我等としては六つの門を同時に攻略して、誰一人として逃がさないように動こうと思います』


「ふむ……」


『敵が戦力を分散しようと、一か所に集めようと我等にとって然したる違いはありません』


 それは中々の力押しですね、参謀。


 まぁ、でも実際その評価は正しいだろう。


 だが……。


「キリク、お前の見立ては間違っていない。そちらからは見えないだろうが、相手はお前達のいる位置から一番近い門に戦力を集中している」


 こそこそと動いていたようだが、上から覗きこめる『鷹の目』の前では全く意味がないな。


「だが、ここは敢えて軍を分けず、そのままその門の攻略をして貰おう。それと、相手を殺さない様に動け。出来るな?」


『容易い事です』


 これから統治する街だからな、極力死人は出したくない。既に先の戦争で三十人程の死者が出ている。恨みを極力買いたくないというのも一つだが、ここはカルモスの街だからな。彼の為にも死者は極力出さない方がいいだろう。


 そんな傲慢な戦い方が出来るくらい、彼我の実力差はあると確信している。


「今後の統治をやり易くするためにも、領主代行には逃げてもらおう。その方が色々と手が打ちやすいからな」


『……なるほど。そういう事ですか』


 カルモスが信頼して任せた領主が逃げたとあっては、カルモスのダメージにもなるが、他家が権力を使って強引に押し込んだ責任者だからな。マイナスイメージはある程度そっちにもっていけるだろう。勿論情報操作はするつもりだが。


「領都に潜伏している外交官は誰だ?」


『今、領都に潜伏しているのはクーガーです』


「分かった。領主代行に関してはこちらに任せて貰おう。クーガーを動かすが、問題あるか?」


『いえ、問題ありません。開戦はフェルズ様の次の連絡を待てばよろしいでしょうか?』


「あぁ、そうしてくれ。クーガーに指示を出したらもう一度キリクに連絡を入れる」


 っと、クーガーに繋ぐ前にリーンフェリアにも確認しておくか。


「リーンフェリア。相手方に動きは無いか?」


「門の方に動きはありませんが、領主館の方で馬車や馬の準備が進められているようです」


「ふむ……逃げる準備だろう。読み通りではあるが……面白くないな。兵も民も己の盾にするか……」


「今すぐに斬り捨ててやりたい所ですが……」


「……ふっ、今回に限って、断罪は俺達の仕事ではないな。クーガー聞こえるか?」


『聞こえているっス!どうしたっスか?』


 『鷹の声』を繋ぐと、クーガーの下っ端口調が聞こえてくるが……クーガーに『鷹の声』を使うのは初めてなんだが……スッゴイ普通に応答して来たな。

 もしかしたら、何かしら予兆とかあるのか?まぁ、俺が使われることは無いから気にする必要は無い。


 ……いや、敵から姿を隠している時に突然俺から声を掛けられて、変に反応したら危ないし、今度確認はしておくか。まぁ、今はそれよりも大事な事があるが。


「領主代行が街から逃げる準備をしている。街から出るまでは泳がせ、街の外に出たら共に逃げたものも全て捕えろ。殺さずにな。出来るか?」


『楽勝っス!』


「では頼む。回収には部隊を送るからそれまで面倒を見ておいてくれ」


『了解っス!代行は領主館で……あぁ、馬の準備をしているっスね。馬って格好いいとは思うっスけど、足はあんまり速くないのに、何であれに乗るんスかね?』


「俺達にとってはその程度ではあるが、この辺の者達にとっては使い勝手のいい移動手段なのだろうな。だが、油断はするなよ?」


『勿論っス!フェルズ様の御命令、確実に遂行してみせるっス!』


 クーガーは口調が下っ端っぽいから妙に不安があるけど……まぁ、能力的には問題ないしな。大丈夫だろう。


 さて、準備はこれでいいな……それじゃぁ、領都攻略を始めるとするか。


「キリク、始めろ」


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