第38話 呂布はあかん
「城の料理とはこのような物なのだな。想像以上の美味さだ」
「他の城の料理は知らぬが、この城ではこんな感じだな」
俺は今、城の食堂でバンガゴンガと共に朝食兼昼食をとっている。
覇王が食堂で普通に食事をとるのもどうかと思わないでもないが……ご飯を食べられるのはここしかないし、うちの子達も気にしていない様なので俺も食堂を満喫させて貰っている次第だ。
因みに俺が食べているのはかつ丼、バンガゴンガが食べているのはハンバーグ定食だ。
恐らく……恐らくではあるけど、他の城の食事はこんな感じではないと思う。まぁ、ハンバーグはワンチャンフルコースのメイン肉辺りで出ているかもしれない。
「フェルズが食べているのはどういった料理なのだ?」
「これは、肉にパンの粉をつけて揚げたものを溶き卵でとじ、炊いた米の上に乗せたものだな」
「ほう。その黄色い物は肉だったのか。しかし、フェルズは王だというのに料理の事まで詳しいのだな」
「いや、ざっとした作り方だからな?俺の言った通りに作ったら多分不味いぞ?もし作るならうちの料理人にしっかりレシピを確認した方がいいだろうな」
俺の提案を聞いたバンガゴンガが嬉しそうな顔をする。
「いいのか?城で食べるような料理を俺達に教えてしまって」
「問題ないだろう。美味い食事は広く知られるべきだ。そして多くの料理人がそのレシピを基に独自の料理へと進化させ、いつか俺の元に戻って来る。それは素晴らしい事だ」
「そういう物か?」
「そういう物だ。ゴブリン達の中で料理が得意な物をこちらに派遣すると良い。色々とレシピを覚え、ゴブリン達に広めていけば、新しい料理が生まれるかもしれない。今度はそれを俺に馳走してくれ」
「分かった。いつか研鑽を積んだ我等の料理を馳走しよう。まぁ、努力するのは俺ではないがな」
「楽しみにしておく」
俺の言葉に、バンガゴンガが凶悪な笑みを浮かべながら添え物のブロッコリーを口に放り込む。
「そういえば、この前から栽培を始めたお前がくれた種、物凄い勢いで成長してるぞ」
「あぁ、そうらしいな。今お前が食べた野菜……ブロッコリーも確か渡していたな」
「ほう。これは中々歯ごたえがあっていいな。しかし、育て方も知らない野菜にとりあえず水を与えているだけだというのに、どんどん成長していく様は恐ろしくもあるな」
「俺は農業に疎いから何とも言えないが、そんなに凄いのか?」
「あぁ。俺達が元々居たのは森の中で、畑も小さなものだったが、それでも食物を育てるには中々苦労したものだ。収穫できないことも少なくは無かった。だがフェルズ達の話では、あれらの野菜は全て一月で収穫出来るのだろう?今後野菜については不足する事はなくなるだろうな」
「その辺りは今後の経過観察が必要だがな。因みに、肉が取れる種もあるぞ?」
「肉が畑から?どういうことだ?」
「あぁ、バロメッツの種という物あってな。これを植えると羊の生る木が生える」
「……どういうことだ?羊が……生る?」
「実の中に羊が入っているんだったかな?まぁ、とにかくそういう種があるんだ。まだ植えてはいないが」
ちょっと怖いから、いつもの村にもゴブリン達にも渡してないんだよね……羊が生るってなんだ?生まれるんじゃないぞ?生るんだぞ?
絶対気持ち悪い感じだと思うんだよね……。
「フェルズ……羊は動物であって植物じゃないぞ?」
バンガゴンガがなんとも言えない表情をしながら言う。うん、バンガゴンガの表情は読めないけど、間違いなく何を言っているんだ?って顔をしているのだろう。
若しくは俺を心配するような顔か。
「……そういう植物があるんだ。俺も心底おかしなことを言っている自覚はあるが」
っていうかコレ言わない方が良かったか?いざ植えてみて羊が生らなかったら、とんだメルヘン覇王と思われてしまうぞ。
いや、何も言わずに育てさせて羊が生る方がやばいか?悪魔と呼ばれてもおかしくない。
「本当に生るかどうかは分らん。その辺も調べたいんだが……お前達が耕している畑に植えてもいいか?」
「……あ、あぁ。お前がそれを望むなら否は無い……無いのだが……大丈夫なのか?それ?」
「問題ない。育たない可能性はあるが、けして害あるものでは無い」
……筈だ。
少なくともレギオンズの時は、普通に羊の毛やら皮やら肉が特産品として納品されるだけだったし……。もしかしたら羊を数えて寝つきが良くなるかもしれん……気味の悪さに不眠症になるかも知れないけど。
まぁ、繁殖……栽培?が上手く行けば、この世界においての畑の肉と言えば大豆ではなくバロメッツという事になるな。
……バロメッツ畑とか正直視察には行きたくない……城下にバロメッツ植えるのは止めた方が良いかな……いや、実験だけ、実験だけバンガゴンガにやってもらって、本格的なバロメッツ畑はどこか遠くの地でやってもらうとしよう。
それがいい、そうしよう。覇王の言う事は絶対だからね。
「お前と一緒に居ると、自分の世界が如何に狭かったのかを思い知らされる」
「それは仕方ないだろう。お前達は人族から隠れ住んでいたのだ。自分達の世界を広げるなぞ、百害あって一利なしだ」
まぁ、バロメッツは世界の広さ関係ないと思うけど……いや、この世界にも普通にあるかも知れんが。
「それはそうなんだがな……だが、世界はこんなにも広く雄大だったのだと、草原の先に登る太陽を見て思ったのだ。そして、気づいた。隠れ住んでいた我等は、本当に多くの物を取りこぼしていたのだと。」
「バンガゴンガ。俺はゴブリン達だけでなく、多くの妖精族……いや、他の多くの種族と歩んでいきたいと考えている。種族の違いからくる考え方の違い、そこに軋轢が生じてしまうかもしれない。だが、先程の料理の話と同じだ。より多くの担い手、より多くの考え方が合わさることで新しいひらめき、新しい発見が生まれる。俺は王としてその礎を作りたい」
「……流石に考えが先に行き過ぎているんじゃないか?種族間の諍いは十年や二十年でどうにかできる程浅い物じゃないぞ?」
ですよね……俺もそう思います。でも結局人種差別なんてものは洗脳教育の賜物だとも思うんだよね。国民のヘイトコントロールなんてどこの国でも多かれ少なかれやってるもんだしね。この世界で他種族排斥なんて国家主導……いや人族に関して言えば複数の国が手を組んでそれを主導している感じだ。ならば、それを失くすのも国が主導してやればいい……時間が凄いかかるだろうけどね。
「時間はかかるだろうが、やらないよりはマシだ。前にも言ったが、俺はこうして会話の通じる相手を、種族という枠組みで一緒くたに判断するつもりはない」
「お前のその言葉が本心から来ている物だというのは、十分理解しているが……」
「お前にも働いてもらうぞ?俺の知る唯一の妖精族だからな。あの時死んでいた方が楽だったと思う程度にはこき使ってやる」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだが……」
「ふっ……冗談では無いからな。この辺りの平定が終わればその後は……覚悟しておけ」
「ちっ……さっきの変な羊の話が終わった時に帰るべきだったな」
既に食事を終えていたバンガゴンガはしかめっ面を見せる。
「ここで話を聞こうと聞くまいと……お前の未来は変わらん」
俺がそう言うと、バンガゴンガは大きなため息をつきながら食器をもって立ち上がる。
因みに我が城の食堂はセルフサービスなので食器を返すまでが自分の仕事だ。無論覇王も自分で食器を返しに行くし注文もする。
「その時はまでは大人しくうちの連中と城下で働かせて貰おう。うちの連中もお前達には感謝している……特に狂化の件については感謝してもしきれない。だからお前の目的の為働くのは、願ったり叶ったりという奴だ」
最後に凶悪な表情を浮かべたバンガゴンガが食器を返却棚へと返しに行くのを見送りつつ、俺はかつ丼の最後の一口を嚥下する。
ご馳走様、とてもおいしゅうございました。
しかし、バロメッツはともかく、他の肉系素材が手に入らないんだよな……レギオンズでは牛や豚の特産品を納品してくれる村とかはあったけど……それ以外の肉は基本的にダンジョンで取る物だったからな。
まぁ食べるだけなら、魔石で購入できるよろず屋の肉でも十分過ぎる程美味しいんだが……ドラゴンステーキとか超気になる。
一応倉庫には在庫が大量にあるんだけど……貧乏性な俺は、補充の目途が立っていないアイテムをバンバン使うことが出来ないのだ。
しかし……一度くらいは……何かの記念の時にでも食べてみるか?うーん、でも滅茶苦茶美味しかったら在庫を考えると切ないし……滅茶苦茶マズかったら記念の時にテンション下がる結果に……悩ましいわぁ。
そういえば、カルモスの言ってたグラウンドドラゴンって食べられるかなぁ?レギオンズのドラゴン肉とは違うけど……そっちは討伐した際、食べてみるのもありだな。腐る前に。
そんな風に今後の食について思いを馳せていたところ、食堂にリーンフェリアが入って来て、真剣な表情で俺の方に近づいてくる。
……何かあったみたいだな。俺はテーブルの上にあった紙ナプキンで口元を拭うと、近づいて来たリーンフェリアの方に向き直る。
「フェルズ様。キリク達の向かった領都ですが、敵方は徹底抗戦の構えをとっております。また、使者として送ったカルモスの言葉にも全く耳を貸さないとのことです」
「ふむ。事前の調査では、兵力は三百にも満たないという事ではなかったか?」
外交官が調べてくれた情報もカルモスから聞いた話でも、相手の兵は街の治安維持をする衛兵程度しか残っておらず、戦闘は起こらないって見解だった。
だが、領都ということもあり上層部の反発は相応にあるだろうと予想されたので、カルモスに上手く収める様に頼んでいたのだが……。
「報告によると、門を閉じ、街壁に兵を登らせ籠城の構えを取っていると」
「籠城?領都は城塞都市ではなく、魔物への備えとして壁があるだけだったのでは?」
「はい。壁の高さも三メートル程。門も戦用ではなく、街への出入りを検閲する程度の機能しかないようです」
「その設備で籠城は、普通に考えて無理じゃないか?兵は三百人もいないんだろ?門はいくつあるんだ?」
「六ケ所です」
穴だらけやん!
六ケ所に兵を均等に配置したとしたら、一か所五十人以下って事だろ?対するこっちは三千だ。どんなに頑張ったとしても一瞬で門を破られるだろう。
いや、呂布が五十人居れば……いや、呂布じゃダメだな、門の外に突撃して終わる。籠城上手って誰だっけ……曹仁?いや、それはどうでもいいや。
「そもそも籠城をするのであれば、後詰ありきだろう?王都はまだ軍の編成中だったはずだが、他から後詰が来そうな気配はあるのか?」
「現地にいるカルモスの話では王都で呼集が掛かっている為、他の領地も後詰を出す余力はないとのことでした。念の為外交官を周囲に放ちましたが近づいてくる軍も無いとの事」
ますます意味が分からん……こちらの兵糧が切れるのを待っている?いやいや、すぐ近くの街を落としているわけだし補給線は問題ないと相手も考えるだろう。俺達に補給線は殆ど必要ないけど。
それに兵糧が切れるのを待つって言っても、三千人相手に何日も持ちこたえられるほど、領都の守りが鉄壁とは到底思えないしな……。
「カルモスが言っていた『英雄』と呼ばれる存在が領都に来たか?」
カルモスの話では、ルモリア王国には現在英雄と呼ばれるような人物はいないとのことだったが……流浪の英雄がいないとも限らないしな。義により助太刀いたす!とか言って参戦してくる可能性はゼロではないだろう。
「領都に送り込んでいる外交官からは、そのような強者の存在は確認できていないと報告が来ております」
いや、ほんと分んねぇ……。
圧倒的な戦闘力を持つ人物もいない。援軍は来ない。守るのに適した街じゃない。兵力の差は圧倒的。……全然相手の狙いが読めない。意地とかそんな感じか?自分達の街や民を巻き込んで……?意地でそんなことを強行する為政者なんて、クーデター待ったなしだろう。
そもそも領主であるカルモスがいないのだから……指揮を執っているのは領主代行か?たしか、カルモスの娘婿だったか?カルモスが交渉失敗するとは予想外だったな、その辺り如才なくやりそうな雰囲気だったんだが……。
それにしても籠城相手は面倒だな……手加減をしにくいんだよな。
野戦であれば極力相手を殺さない様に戦えるだろうけど……門を突破しなきゃいけない攻城戦は相手も死に物狂いって感じで手加減がしにくい筈だ。
正直これから統治する予定の街で市街戦なんか絶対やりたくない。遺恨が残るどころじゃないだろう。
現地に行くか……?いや、だがキリクに任せている事を考えれば、俺が出しゃばるのはマズいか。
どうするべきか……とりあえず、連絡だけ取ってみるか?
うん、そうだな……現地の情報が欲しいってことでキリクに連絡入れてみるか。そのくらいなら許容範囲……かなぁ……?上司からこのタイミングで連絡あったら……嫌だよねぇ?
覇王は悩みが尽きない。
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