第36話 戦後処理



「フェルズ様がこの村で召喚兵を使って実験しているのも、特産品収穫の実験の一つなのですか?」


「そうとも言えるし違うとも言える。多くの種類の種を使って特産品の収穫が出来ればとは思ったが、それ以上に召喚兵を戦以外にも活用できないかと思ってな」


 リーンフェリアの問いに俺は答える。


「召喚兵は戦の時は頼もしいが、基本的にそれ以外の時は案山子程度にしか役に立たないだろう?」


「ただ戦うだけでは物足りないという事ですか?」


「そうだな。折角安価で人手を増やす方法があるのだ。活用方法を模索するのは当然だ」


「その模索の成果が~村の外れに作った畑なのですね~」


「うむ。まぁ、畑と言っても耕しただけだがな。土を返し、石を取り除く。それだけの作業しかやってはおらぬが、召喚兵は疲労しないし同じ作業を延々と繰り返すには向いている。まぁ、結果はこれから確認しに行くまで分らんが……失敗した時はすぐに報告するように言ってあるし、恐らく問題は無かったのだろう」


 俺の言葉にイルミットが嬉しそうに頷く。


 内政を取り仕切るイルミット的に、資源の有効活用を考えるというのは嬉しい事なのだろう。


 召喚兵一人につき魔石一個だからな……その召喚兵が特産品を作り出す助けとなるのであれば完全に元は取れたと思う。ゲームの時は一度召喚したら戦争で消耗しなくても次のターンには消えていたからな。


「ただ、戦う事だけしか出来ない者は駄目なのでしょうか」


 嬉しそうにニコニコとしているイルミットとは対照的に、真面目……いや、硬い表情をしたリーンフェリアが問いかけて来た。


 その表情で何が言いたいか察した俺はかぶりを振って見せる。


「リーンフェリア、勘違いをするな。俺が言っているのは召喚兵の事だ。アレ等は運用の幅が狭く使い勝手が悪い。今私達に必要なのは人手だからな。だが、お前は自らの意志で俺やエインヘリアの為に行動を起こすことが出来るだろう?それは召喚兵とは全く違う。召喚兵は付きっきりで指示を出さなければ細かいことは出来ないし、意志の伝達手段も持ち合わせていない」


「……」


「キリクやイルミット、ウルルにオトノハ。彼等はその能力から色々と彼等にしか出来ない仕事をして貰ってはいる。だがリーンフェリア。俺の近衛であるお前は誰よりも守りに特化した強さがある。だからこそ、俺がその時々で一番重要だと思っている場所にお前を護衛として送り込んでいる」


「申し訳ありません!近衛騎士長という立場にありながら斯様な発言を……」


 リーンフェリアの言葉を遮るように、俺は掌をリーンフェリアに向ける。


「リーンフェリア、俺が最も信頼する騎士よ。お前はエインヘリアの盾だ。例え相手が誰であろうとお前を砕くことは出来ない。お前の意志が折れぬ限り、お前の後ろにいる者に一切の刃は届かない。唯一にして至高の盾、リーンフェリアよ。俺にはお前が必要だ」


 俺はそう言ってリーンフェリアに笑いかける。


 リーンフェリアの役職は近衛騎士長。これは役職に就けることで自軍全員に防御系のバフを掛ける役職だが……正確には近衛騎士長の役職に就いたキャラの能力に応じて、どのような防御系のバフが掛かるか変わるのだ。


 防御よりも攻撃能力が優遇されているレギオンズのシステムだが、近衛騎士長に就けるキャラの性能によってゲームの難易度は大きく変わると言っても過言ではない。


 というか、近衛騎士長の与えてくれるバフが強力なので、後は各属性の耐性を個々人に取らせれば防御面はそれで事足りるのだ。


 個々の防御能力を成長させるのは、育成リソースが勿体ないからね。


 そんなことを考えながらリーンフェリアを見ていると、少しだけ呆けた様な表情をしていたが、次の瞬間一気に顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 なんかおかしなことを言っただろうか……?セクハラ?セクシャルハラスメントか!?


「あら~、リーンフェリアは愛されていますね~」


 相変わらずニコニコしながらイルミットが、しかしそこはかとなく棘を感じる雰囲気で口を開く。


 やはりセクハラだったか!?覇王訴えられる!?


 いや、待て、愛されるってなんだ?好きな相手にセクハラ的な?それ小学生でも嫌われるヤツやん?大人なら訴えられるだけやん?だからイルミットも若干冷ややかですのん!?


 とりあえずアレか?謝るべきか?ごめんなさいしとく?


 でも何に対して謝っているのですか?とか切り替えされたらもっとマズい事になる。セクハラ的な発言があったのかもしれないけど、何処がまずかったのかイマイチ理解してない。


 この微妙に気マズイ状況を打破するために、俺は覇王脳をフル回転させる。


 さぁ、どうする?どうすればいい?どうすればセクハラ案件を誤魔化すことが出来る?覇王的な演説か?いや、いまさら何言ってんだ?みたいな白けた眼を向けられる可能性の方が高い……だとすると……そうだ!第三者の介入!これしかない!


 この空気をぶち壊してくれそうなのは……そう!ジョウセン!あいつが「殿!おまたせしたでござる~」とかなんとか言ってあの扉をばーんっと開けてくれればこの空気も吹き飛ぶに違いない!


 よし、来い!ジョウセン!今がお前の剣の冴えを見せる時だ!カモン剣聖!


 そんな俺の願いも空しく、集会所の扉は開け放たれる気配は無かった。後セクハラ案件を誤魔化してはいけません。






View of カルモス=フィブロ=ヨーンツ 元ルモリア王国 ヨーンツ領領主




 私はハリスと共にジョウセン殿、ウルル殿に連れられて捕虜となっている兵達の所へとやってきた。


 この簡易収容所と呼ばれている施設に入れられている捕虜の数は千四百強……死者となった三十二名を除く全ての兵が捕虜として捕まっているとのことだ。


 恐ろしい話だと思う。


 密集隊形を取っていたとは言え、我々は千五百人の集団だったのだ。陣の端の方に居た者達は、あの状況であれば蜘蛛の子を散らす様に逃げたに違いない。それら全てを一兵たりとも逃がすことなく捕まえる等、どれほどの力の差があれば可能だというのか。


 しかも兵達は大した怪我を負っていないようだ。


 戦後……しかも敗軍の兵だというのに、その状態は至って健康的と言えよう。


「殿から厳命を受けておりますからな!捕虜たちへは一日二食、過不足なく食事を与え、体調不良を訴える者には診察と回復魔法による治療を行っているでござる」


「そのように捕虜を手厚く扱っていただけるとは、感謝いたします」


「はっはっは!これも全て殿の決められた事!我等はそれに付き従うのみでござる」


 ジョウセン殿が誇らしげに笑う。陛下に忠誠を誓うこの御仁は、非常に気の良い方で何かと敗軍の将である私に気を使ってくれている。


 早々に降伏し軍門に下ったとは言え、すぐには受け入れられる筈がないと考えていたのだが、ジョウセン殿に限らず、陛下の家臣の方々は予想に反して私達の事を受け入れてくれている。


 勿論、そこに裏が全くないとは考えていない。ジョウセン殿は私の護衛として陛下が直々に指名されたそうだが、当然そこには監視の意味も含まれているだろうことは想像に難くない。


 しかし、そこに息苦しさを全く感じさせないのは、ジョウセン殿のお人柄故なのか……エインヘリアという国の空気の物なのか……。


 そんなことを考えつつ歩いていると、ジョウセン殿が一つの建物の前で立ち止まる。


「ここに捕虜たちの代表者を三十人程集めているでござる。この者達に現在の状況とカルモス殿自身がどうするかを説明して、今後彼ら自身がどうしたいかを考えて欲しいと伝えて欲しいのでござる。指揮官クラスは城の方に連れて行っているから、ここに居るのは小隊長やまとめ役の兵でござるが……皆カルモス殿の部下達でござる。隣の領からの援軍達への説明は……もう少し時間が必要でござろうなぁ」


「そうですね……アッセン子爵は、まだ話を?」


「拒んでいるらしいでござる。もう少し時間があれば、カルモス殿に面会をして貰いたい所でござったが……」


「先にヨーンツ領都の問題を解決するべきという御判断は間違っておられないかと。それにアッセン子爵はあぁ見えて、結構柔軟なお方です。話が出来る精神状態になれば、意外とすんなりと話は進むかもしれません」


「分かり申した。殿にはそのように伝えておくでござる。では、カルモス殿、ハリス殿よろしくお願いするでござる」


 そう言ってジョウセン殿が扉を開く。


 部屋の中にはジョウセン殿が言われていた通り、三十人程の人物が椅子に座って私達の事を待っていた。


 彼らは部屋に入った私とハリスの事を見ると、一様に安心した様な表情を浮かべる。


 数人は私も見覚えがあるが、生憎と名前までは憶えていない。中隊長ならともかく、流石に小隊長くらいまでになると、私との関わりは殆ど無いので覚えておくことは難しい。隣にいるハリスであれば把握しているのかもしれないが……。


 私は彼らの注目を集めつつ、部屋の奥に用意された椅子へと腰を下ろす。それと同時にハリスが彼等に向かって口を開いた。


「まずは、ヨーンツの為に剣を取り、その命を賭けて戦ってくれた皆に感謝を。私の名はハリス。こちらに居られる元ヨーンツ領領主であるカルモス様にお仕えする準騎士です」


 ハリスの言った、元ヨーンツ領領主という言葉に部屋にいた者達はざわめきを発する。


 そのざわめきを抑えることはせず、ハリスは暫くいつも通りの柔和な笑みを浮かべたまま彼らの事を見守る。


 やがて、波が引くようにざわめきが消えてゆき、再び注目が集まったことを確認したハリスが口を開く。


「御存知の通り、私達は此度の戦に敗北しました。そしてカルモス様はエインヘリア国に降る事を決意されました」


「……」


「エインヘリアの王は寛大です。捕虜となった兵、そしてここにはいないあなた達の上官、誰一人として無下には扱われていません。兵達の扱いに関しては貴方達の方が詳しいとは思いますが、如何でしょうか?」


 ハリスが最前列に座る人物に声を掛けると、少し慌てるような様子を見せながらもその人物は、ハリスの言う通り丁重な扱いを受けていると口にする。


「貴方達も目の当たりにしたから良く理解しているとは思いますが、エインヘリア軍の強さは並大抵のものではありません。そしてその懐の深さは、相対した敵軍である我等をこのように手厚く遇することからも見て取れるというもの。故に、カルモス様はこの地をエインヘリアに譲ることを決意為されたのです」


「……」


「勿論、貴方達の不安も分かります。ルモリア王国の庇護を離れ、今まで通りの生活を送ることが出来るのかと。しかし、エインヘリアの王……いえ、陛下は約束してくださいました。エインヘリアの名の下ある全ての民を平等に、全ての嘆きから守ってみせると」


 ハリスが代弁した陛下のお言葉に、先程の物よりは小さいがざわめきが生じる。


 大言壮語甚だしい……彼らがそう思うのも無理は無いだろう。


 全ての嘆きと簡単に言うが……現実はそんなに簡単な物ではない。


 エインヘリアの軍は精強で、確かに外敵から守ってくれることにかけては疑いようも無いだろう。だが、民の嘆きとは外敵だけではない。


 貧困、飢え、病気、怪我……枚挙にいとまがないと言える。陛下がどれほどの英傑であったとしても、それらを完全になくすことは不可能というものだ。


 しかし、あの陛下であれば……そのような無数にある民の嘆きを限りなくゼロに近づけることが可能なのではないか……陛下とエインヘリアという国にはそんな期待を寄せてしまうだけの雰囲気がある。


 ……まぁ、エインヘリア城の所在地が最大の嘆きの原因になる可能性もあるのだが……それをわざわざ民には言うまい。目下一番の不安ではあるが、何かしら対策は考えておられるらしく、グラウンドドラゴンの話を知った今でも陛下たちの様子は泰然自若としている。


「突然このような事を言われても信じられないのは当然です。カルモス様と私は陛下の御心に触れて、陛下の下で働くことを決意しました」


「……」


「しかし、貴方達は違います。貴方達はヨーンツ領の民であり、兵士。陛下はそんな貴方達の自由意志を尊重するとおっしゃられています」


「……ハリス様、質問をお許しください。自由意志とはどういう事でしょうか?」


 皆困惑している様子だったが、先程ハリスに指名されて待遇について口にした者が代表して問いかけて来た。


「貴方達の好きなようにして良いとのことです。そう遠からず貴方達はここから解放されますが……解放された後、他の領に移るのも良し、家族の待つ故郷に帰るも良し、ルモリア王国の兵として再びエインヘリア軍と相対するのも良し……私的にはこれは二度と御免ですね」


 ハリスがおどけた様に言うと、兵達も確かにと苦笑する。


「そして、兵としてエインヘリアの為に働くのも良しとのお言葉を頂いております。何を選んでも貴方達の自由です。ですが、もしエインヘリアの民になることを望むのであれば……エインヘリアという国の力を持って貴方達の未来を守ると、陛下はおっしゃられています」


「……」


「この言葉を、今日この場にいない仲間達に伝えてあげて下さい。数日後にはそれぞれの意志を確認するので、これからどうしたいのか真剣に考えて下さい。最後に一つ。アッセン領の兵についてですが……彼等は私達、ヨーンツ領の為に剣を取ってくれた勇士ではありますが、アッセン子爵がエインヘリアとの対話を拒んでおり、まだ今後についての話を進めることが出来ていません。陛下はアッセン領の兵の方々にも我々と同じ処遇を望まれてはいるのですが、彼らには、まだ今日ここで聞いた話は伝えない様にお願いします。いらぬ混乱を招きかねませんので」


「「はっ!」」


 ハリスの説明が終わり、私は立ち上がり口を開く。


「皆、今日までヨーンツ領の為に一命を賭して働いてくれたこと、感謝する。家族の為、友の為、自らの為、国の為……剣を手にした理由は様々であろうが、皆がいたからこそヨーンツ領は平和を享受することが出来た。皆がこれからどのような道を選ぶかは分からないが、再び会える日を楽しみにしている」


「「はっ!」」


 最後に彼等を雇用していた者として一言告げた後、私はこの建物から出る。


 領都に戻ったら、この戦争における報奨金と見舞金を用意する必要があるが……今回はそもそも防衛戦だったからな。既に支払う分は用意してあるから問題はあるまい。


 戦死者が少ない分予定よりも金額は抑えられそうだが……ここは少し多めに支払っておくのもいいかもしれない。ヨーンツ領としての彼らに出来る最後の事だしな。多少ばら撒いたところで問題はない。


 今後の運営財源はエインヘリアの物に代わるわけだしな。


 そんなことを考えつつ、歩いていると隣を歩いていたジョウセン殿が声を掛けて来る。


「素晴らしいつわもの達でしたな」


「ジョウセン殿に比べれば大した力は持ち合わせておりませんが、自慢の兵達です」


「強さなぞ然したる意味はありませぬ。民が為、国が為、主が為に剣を取り命を燃やす……その志こそがつわものつわものたる所以でしょう」


「ジョウセン殿程の方にそう言って貰えたと知ったら、彼らも喜びましょう」


 私がそう言うと、ジョウセン殿は晴れやかな笑顔で笑った。


 

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