第29話 覇王語る

 


「流石は殿!見事な指揮でござった!初見の敵陣形の弱点を一瞬で看破するとは……感服と言うより他ござらん!」


 ほくほく顔で本陣に戻ってきたジョウセンが、豪快に笑う。


「よくやってくれた、ジョウセン。お前の武勇あってこその指揮だ。勲功一位はお前だな」


「はっ!有難きお言葉!それにしても、一見して堅そうな陣形でござったが、殿にかかれば鎧袖一触、まさに風の前の塵に同じといった所でござったな!」


 うん……俺にかかればって言うか、君にかかればの間違いだね?


 確かに密集隊形は側面攻撃に弱いとは言ったけど、あの感じだったら真正面からぶつかっても多分同じ結果だったでしょ……。


「……ジョウセン。フェルズ様を褒め讃えたい気持ちは分かるが、今はまだ戦後処理中だ。お前の部隊も捕虜を取ってきているだろ?イルミットがリストを作っているから連れて行ってやってくれ」


「む、それは早くせねばいかんな。では、フェルズ様、御前失礼いたします」


 俺が頷くとジョウセンは頭を下げ、この場から立ち去ろうとして……立ち止まった。


「フェルズ様。最後に一言だけ、良いでござるか?」


「構わん」


 立ち止まったジョウセンが振り返り、片膝をついて頭を垂れる。


「……再び、殿の剣として戦場に立ち。殿の指揮で剣を振るう。必ずこの日が訪れると信じておりました。今一度、殿が道の為……存分に我が刃をお使いください。たとえこの身が砕け散ろうとも、必ずや一切合切を斬り捨てて御覧に入れます」


 顔は見えないが、先程までの快活な雰囲気ではなく、研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を見せながら言うジョウセンに、俺も真剣な思いで返す。


「剣聖ジョウセン。お前は俺にとって最高の剣であると同時に、何物にも代えがたい家臣だ。俺が道の果てに行くまで、その命散らすことは許さん。不惜身命。確かに、満足のいく死、美しい死を迎えられるかもしれん。だがお前という剣を失った俺は、どうやって次の障害を斬り払えばいい?俺の剣と誇るならば、最後まで使い手と共にあれ」


「は……は!申し訳ありません!殿から頂いた天羽々斬あめのはばきり、そして妹に誓って……殿が歩みを止められるその時まで、殿のお傍で剣を振るい続けます」


 歩みを止めるまでか……俺はこの世界で何を目指せばいいのだろうか?とりあえずの目標は魔石の確保なんだが……最低でも月十万、いや百万だな。人族なら十万人、ゴブリンなら二万人が魔力収集装置の傍で生活する必要がある。


 保護する名目でゴブリン達を城下町に集められたら最高なんだけど……人族から隠れ住んでいる彼らを見つけるのはかなり大変そうだな。バンガゴンガ達と同じ規模の集落を……えっと、百……じゃなくって……八十か。


 ゴブリン達を探す方が平和的に話は進むだろうが、時間はかかりそうだ。


 逆に人族を支配下に組み込んでいくとすれば……捕らえた指揮官連中からこの周辺の人口を聞き取りして……今後の方針を決めないとな。


「ふっ……剣と妹に誓うか。そういえばお前には妹がいるんだったな。その二つに誓うのであれば違う事はあるまい。励め」


 ジョウセンには妹がいる……という設定なだけで、その子をエディットしてはいないけど……確か超シスコンって設定を着けていたはずだ。


 っていうか、装備させているアイテムは下賜したことになっているのか?まぁ、別に構わないけど。


「はっ!」


 立ち上がったジョウセンが立ち去ると、隣に控えていたキリクが話しかけてきた。


「フェルズ様この後はどうされますか?」


「城に戻る前に敵軍の総大将と会う。連れて来てくれ」


「はっ!」


 キリクがジョウセンの後を追うようにこの場から離れる。残っているのはリーンフェリアとウルルだけだ。


 普通の軍とかだったら雑用は一般兵とかがやるのだろうけど……俺達の場合は、将自らが雑用とかをしないといけないからな。


 一応召喚兵は警備とかなら出来るみたいだけど、あまり臨機応変な対応は出来ず、予め命令してある行動に沿って動くことしか出来ない。勿論、適宜召喚した人物が命令を下せば細かい動きも可能なのだが、召喚した人物が傍に居なければ柔軟な対応は出来ず、それならば普通に生身の人物が動いた方が便利だ。


 何より召喚兵は喋る事が出来ないし、召喚主に連絡をする方法を持たない。


 召喚主からの命令は遠隔で行えるのだが、召喚兵の方からは状況報告等が出来ないので、遠隔地で動かした場合、ちゃんと指示を遂行出来ているか判断が出来ないのだ。


 流石に、そんな兵に仕事を任せるのは厳しい……というか怖い。


 そんなわけで、結局主要人物達が直接動かないといけない訳だけど……小間使いみたいなのを雇うか?


 本来であれば城にいるメイド達がその役どころなのかもしれないけど、はっきり言って人数が足りないだろう。っていうか、二十人程度であの城を掃除している事に驚きを禁じ得ない。


 人を増やすには新規キャラ作成をすればいいのかもしれないけど……出来るのだろうか?


 ゲーム時代は、新規雇用契約書というアイテムを使うと、キャラクターエディット画面に移動して、新しいキャラを作成できたのだけど……そういう、ゲーム画面的なものにこの世界に来てから一度もお目にかかれていない。


 雇用契約書自体は在庫があるし、一応よろず屋で購入もできる。よろず屋が使えることは既に確認済みだ。商品のラインナップはゲーム時代と変わらず、売り場の女の子もゲーム時代のままだった。しかし、在庫の補充については永遠の謎というか……教えて貰えなかった。


 まぁ、それはさておき、雇用契約書も含めて、ゲーム時代のアイテムについても色々調査が必要だろうな。まぁ、そんなにアイテムの種類は多くないからすぐに終わるだろうけど。


 確認に時間がかかりそうなのは消耗品よりも装備の類だな。専用装備とか、本当にそいつ以外が使えないのか試す必要があるし、特殊な効果のある武器は、本当にその効果が発揮されるのかとか……楽しみではあるけど、えげつない武器とかもあったはず。毒とか麻痺は可愛い方で、石化とか即死とか……リアルで起こったらかなりやばいよね。


 この一ヵ月は戦争の事で頭がいっぱいだったけど、そろそろ色んなことに手を出していかないとな……。


 とりあえず、その為にもこれからキリクが連れて来る相手との話だな。


 総大将になるくらいだから、相手はそれなりに地位の高い人物だろうし、色々と情報を得られるだろう。素直に話をしてくれればだが。


 捕虜となった者達から情報を集めるのは外交官達の仕事だけど、総大将くらいとは顔を合わせておいた方が良いだろう。今後の方針を固めるのに、何か参考に出来る程度には聞き出せるといいが……。


 それにしても、軍の総大将か……どんな相手だろうか?まぁ、バンガゴンガ以上に厳つい奴はいないだろうが……あまり尊大な相手だったりしたら、リーンフェリアとかがスパッとやってしまったりしないか心配だな。


 そんなことを考えていると、キリクとジョウセン、そして老境に入ったばかりといった年頃の人物が俺の前に現れる。


「フェルズ様、お待たせいたしました。敵軍総大将、カルモス=フィブロ=ヨーンツ子爵を連れてまいりました」


 キリクが頭を下げつつ敵軍の総大将の名を告げる。


 カルモス……なんだっけ……あぁ、ヨーンツってのはこの辺りの領地の名前だったはず、それに……子爵?なんか貴族の階級とかだっけ?えっと、子爵ってどのくらい偉いんだ?男爵の上?下?伯爵よりは下だよな?なんて呼べばいいんだ?カルモス?子爵もつける?カルモス子爵でいいのか?


 そんな俺の内心には恐らく気づいていない……気づいていないといいなぁ……総大将さんが俺の事を見ながら小さく肩を揺らした。


 緊張しているのか……?


 まぁそりゃそうか。ほんの少し前まで俺達は戦争をしており、彼は敵の総大将だったんだ。


 お互いの首を狙って矛を交え、俺が勝った。そして彼は今、味方ゼロの状態で俺の前に連れてこられたのだから、緊張するなというのが無理な話だろう。


 とりあえず、そのまま固まっていられるのもアレなので……こういう時って俺から話しかけていいのだろうか?まぁいいや、エインヘリアではそれを良しとすると言う事で。


「そのように肩を強張らせて立ち尽くしていても仕方あるまい。座ると良い……子爵」


 なんて呼べばいいか分からなかったから、とりあえず子爵と呼ぶことにした。まぁ、大丈夫だろ、多分。


 子爵は、若干怪訝な顔をしたけど、大人しく椅子に座ったし。


「さて、顔を見せるのは初めてになるが、俺がエインヘリアの王フェルズだ。以前この辺りに来ていた騎士から名くらいは聞いているか?」


「お初御目にかかります、エインヘリア王。私はルモリア王国、ヨーンツ領領主カルモス=フィブロ=ヨーンツ子爵と申します」


 頭を下げることなく、正面から俺を見ながら名乗る子爵。


 その視線は厳しい感じではあるが、戦に負けたばかりにしては恨みとか怒りとか……そんなものは感じない気がする。多分だけど。


「それで、子爵。何故、我等に軍を向けたのだ?貴殿等に我々は何かしたかな?」


 いきなり村を占拠して、俺のもんだ発言しましたね。っていうか他国の領土に兵士とともに突然現れた時点で軍隊送り込まれても文句言えないよね。専守防衛って言葉が大好きな日本だって、そんなことされたら撃つだろう。


 案の定……というか当然の如く、俺の言葉に子爵は目を丸くしている。


「我々は、悲痛な民の嘆きに応える為に軍を出したのだ。その事は丁寧にそちらの騎士に説明したと思ったが……いかなる理由で我等に軍を向けたのかな?」


 盗人猛々しいにも程があるって感じだが……これでも俺はエインヘリアの王だからな。自分の行いに非を認めることがあってはならない。個人的な案件ならともかくね。


 日本人らしく、個人的な事ならぺこぺこ行きたい所存です。まぁ、無理だろうけど。


「……ここは我らが父祖が切り開き、我等が王が治め、我が家が預かる土地です」


「切り開いたことは信じよう。だが治めるとの言葉は甚だ信じがたい。治めきれておれぬからこそ、民から嘆きの声があがるのだ」


「それは……!我等も兵を派遣しております。些か出足は遅れたようですが……」


 顔に苦渋を滲ませながら子爵が言う。まぁ、拠点間通信や転移が出来るわけじゃないだろうからね。民が訴え出て……派兵までどのくらい時間がかかったのかは知らないけど、俺達が依頼を受けてから数日後には騎士団が来たわけだし、バンガゴンガ達は本当にギリギリだったな。


「子爵。見えておらぬようだから教えてやる。国には国の視界があり、領主には領主の視界がある。そして、民には民の視界があるのだ。当然民の視界は狭い。目の前の、自らの目に映る範囲でしか、幸不幸を判断出来ない」


「……」


「大事なのは結果だ。俺が民を救い、貴殿等の国は民を救えなかった。自分達にとって利益を与えてくれた俺に庇護を求めるのは当然だろう?」


 嘘です。


 思いっきりその民を脅して傘下に入れました。


「しかし、それは!」


「治める範囲が広いのだから、少しは待てと?言っているだろう?子爵。民はその視界を持たない。そして何より、統治とは、治め統べる事を言う。自らの領土と囀るのであれば、正しく治めてみせよ。そこに嘆き等生まれよう筈もない」


「全ての民の嘆きを救うと……?」


「否。俺の統治下に入った以上、それまでの全ての嘆きは払拭される。そして二度と嘆く事は無い。それが王としての俺の在り方だ」


 俺の言葉に唖然とした表情を浮かべる子爵。


 いや、まぁ……無茶苦茶言ってる自覚はありますけどね?俺の下では嘆きは全て無くなるって……絶対無理。人は簡単に嘆くからね。俺なんか、財布落としたら絶対嘆く……いや、多分財布落として嘆かない奴は相当マイノリティ。


 まぁ、そういう日常の話をしているわけじゃないってのは、分かっているんですがね?っていうかこれ俺の台詞でしたね。怖いわー、無茶苦茶言う覇王怖いわー。


 っていうか、なんでこんなこと語っているんだっけ……あぁ、お前らがちゃんとせんから俺がやってやったんだよ!って押しつけがましく言ってたんだっけ。ならこのまま強気で押していくしかないな。


 まぁ、これも俺の覇王ムーブ……全力で魅せたったんよ!


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