第27話 そして開戦へ……
View of ハリス ルモリア王国 ヨーンツ領 私設騎士隊 中隊長
「ふうむ……工夫か」
アッセン子爵がそう言って顎に手を当てたのを確認した私は、地図を指差しながら説明を始める。
「現在我々が布陣しているこの付近には物理的にも魔法的にも罠が無い事は確認できています。なので、開戦と同時に安全地帯ギリギリまでゆっくりと軍を進めます」
「何故ゆっくりなのだ?罠が無いと確認出来ているのであれば一気に進んでもいいだろう?」
「いえ、この前進には相手を攻めるという意味合いよりも、相手の出方を見るという意味が強いのです」
「ふぅむ……どういうことだ?」
アッセン子爵が首を傾げるのを見て、一瞬微笑ましい物を見るような目をしてしまう所でした。説明に合いの手を入れてくれて非常に助かっているのですが、周りの方が生暖かい目でアッセン子爵を見ているのが少し心苦しいですね。
「仮に罠も何もなく、彼らが開戦と同時に我々に突撃を仕掛けて来るようであれば、私達は念の為、安全を確保出来ている場所を戦場に出来るように調整しながら突撃をします。ですがもし、彼らが罠を仕掛けているとすれば、最初から突撃してくる事は無く、私達を罠に誘導するような動きをするでしょう。」
「なるほど……確かにその通りだ」
「しかし、私達は安全を確保出来ているギリギリのラインで進軍を止めます。この場合、相手は早く踏み込んで来て欲しいと私達誘うか、罠が看破されていると見て突撃してくるか。どちらかの行動を取るでしょう」
アッセン子爵だけではなく、天幕にいる全員が地図を差しながら説明を続ける私の言葉を聞いてくれています。今の所、反対意見を持っている方はいないようですね。
「仮に、敵が動きを見せない場合。魔法隊による一斉攻撃で、目の前の草原を焼き払ってしまいましょう」
「ハリス殿、流石にこの広い草原で火攻めが出来る程広範囲を燃やすのは無理ですが……」
私の提案に魔法部隊の隊長が難しい顔をしながら言う。
「あぁ、大丈夫です。火攻めがしたいわけではありません。狙いの一つは草原に隠されている罠を吹き飛ばすことです」
「あるか無いかはっきりしていない罠を壊す為に、魔法隊に魔法を撃たせるのですか!?」
魔法部隊の隊長が目を丸くしながら叫び声を上げる。
その気持ちは十分理解出来ます。
魔法というのは戦の趨勢を左右する切り札中の切り札。開戦前に地面に向かって放つ等およそあり得ない選択と言えます。
「はい。防御系の魔法が得意な方は温存してもらいますが……攻撃系の魔法が得意な方は全力でやってしまいましょう」
私が笑みを浮かべながら魔法部隊の隊長に言葉を告げると、彼は唖然とした表情になってしまいました。
「私はこの戦場、敵軍は相当自信があると見ています。それが策なのか、罠なのか、それはまだ分かりませんが……私達は相手の思惑を超える必要があります」
「それが虎の子の魔法隊に地面を焼かせることだと?」
「罠があることを知っている、そちらの戦術は見通している。その事を印象付ける一撃です。決して無駄にはなりませんし、魔法によって地面の状態は悪くなりますが、罠の心配がなくなる以上騎馬隊が力を発揮できるようになります」
「……」
地面を耕すために魔法を放てと言われて納得は出来ないでしょうが……引き受けて貰いたいですね。上から押さえつける様に命令を下すのは、今回の戦場では悪手になりそうですし。
「……承知いたしました。では、我等が規定位置に到着後、敵軍が動きを見せない場合我々は目の前の草原に向けて一斉攻撃を行います」
しかし、私の懸念を払拭するように魔法隊の隊長は私の提案を受け入れてくれる。非常にありがたくはありますが……まだ献策中なのでこの作戦で確定では無いですよ?
「ありがとうございます。魔法隊は斉射後、防御魔法の使い手を残し陣に引いて貰います。この時点で相手は動いてくると予測しますが、この期に及んで動きを見せない場合、一度本隊も引いて魔法隊の魔力の回復を待ちましょう。まぁ、間違いなく相手は動くと思いますが」
「何故だ?罠が無くなってしまっては敵軍も迂闊に動けないのでは?」
アッセン子爵が首を傾げながら尋ねてくる。この方……狙ってやっているわけではなさそうですが、絶妙なタイミングで説明を求めてきますね。若干周囲の指揮官達もアッセン子爵を見る目が変わってきているような気がします。
「罠が無くなってしまったからこそですね。私達は魔法を最大火力で放った直後です。向こうの切り札が罠であればこちらの切り札は魔法隊……それが消耗している隙を狙わない訳がないですからね。派手に魔法を使い草原を焼き払うもう一つの狙いがこれです」
「なるほど……だが、魔法隊が全ての魔力を使い切ったと相手は分からないのではないか?寧ろ次の魔法を警戒して守りを固めるのでは?」
「敵軍は一ヵ月この地に留まっているとは言え、侵略者であることに違いはありません。このヨーンツ領で自在に補給が出来るという事は無いでしょう。つまり、基本的に相手は長期戦を望んでいない……隙があれば必ず食いついてくるはずです。その隙を見せる為、魔法隊には全力で草原を焼き払ってもらう必要があります」
「なるほど……相手の考えをしっかりと読んでいるということか。流石は英雄ハリスだ」
アッセン子爵が納得したように頷きながら言う。
「……恐縮ながら、私は英雄と呼ばれるような人間ではありません。ただの老兵に過ぎません」
私は数多くの戦場を経験しましたが、英雄と呼ばれるほどの事を成し遂げた事はありません。まぁ、経験豊富という所は否定しませんが。
しかし……今回の相手、正直読めません。
どうやってこの場に現れたのか、何を狙っているのか……皆目見当がつかないと言ってもいい相手です。相手が短期決戦を望んでいるというのも希望に過ぎませんが……少なくとも隙を見せて突撃してこないとは思えません。
もし相手が攻め気を見せなかった場合は、我々は陣に引きこもればいいですしね。此処での戦が長引けばルモリア国軍が動くことになります。そして国軍が動いた時点で相手に勝機ありません。数が違い過ぎますからね。
まぁ、我々を撃破した所で彼らの結末は同じなのですが……本当に相手の狙いが読めませんね。まさかルモリア国軍相手でも勝つ自信があると……?
嫌な想像がよぎり、一瞬表情を硬くしてしまう。
そんな私の微妙な表情に気付いたのか、カルモス様が声を掛けて来る。
「敵が食いついて来た場合はどうするのだ?騎兵を出すのか?」
「敵が誘いに乗ってきた場合は、一度敵の攻撃を受け止めた後、少しづつ後退していきます。ある程度下がったところで、後方に控えさせていた騎兵隊を相手の側面に回り込むように突撃、更に背後に抜けさせて、本隊と騎兵隊で敵前衛を挟み込んで殲滅します」
「引き込むのは、突撃して来た部隊と敵本隊を切り離すということだな?」
カルモス様の言葉に私は頷く。
「はい。敵突撃部隊を刈り取ることが出来ればこちらは一気に優位に立てます」
「……悪くない策に思えるが、皆はどうだ?他に案がある者はいないか?」
カルモス様がこの場にいる指揮官たちを見渡しながら問いかける。暫くの間それぞれが周りの者達と会話交わした後、各々から異論はないとの言葉が出ました。
「では、ハリスの策を主軸にこの戦を進めよう」
こうして戦の方針は決まり、陣形や連携について詳細を詰めて行くことになります。
さて……今回の戦……ここまで策を講じておいてなんですが、旗色がいいとは決して言えません。
私が提案した戦い方……相手を引き込んで殲滅する……これが出来れば何の問題もありませんが、この策にはもう一つの狙いがあります。
この場で明かすつもりはありませんが、騎兵を後方に配置して引き気味に戦うことにより、いざという時、カルモス様やアッセン子爵を逃がしやすくするという狙いです。
正直兵数が同じである以上、物を言うのは策と兵の練度。そして何より、一人で戦局を左右しかねない強者の存在。
策に関しては、この状況を見据え準備をしてきた相手に分があるでしょうし、垣間見たエインヘリア軍の練度……どう見ても我が軍よりも数段上でしたね。そもそもこちらは連携訓練もロクに行っていない二つの領の混成軍ですし。
そして、あの時話したリーンフェリアという騎士。あれは何度か戦場で見た事のある圧倒的な強者……彼らと同等の存在に見えました。
兵数で上回ればあるいはと考えていましたが……ここに来て全くの同数ですからね……。
既にカルモス様にはこの戦、勝つことは難しいと伝えてあります。アッセン子爵ご本人が参戦してきたのは想定外でしたが……カルモス様は敗戦の責任を取る覚悟を既にされております。
私の役目は、カルモス様、そしてアッセン子爵を無事にこの戦場から帰すこと……更に出来る限り多くの情報をお二人に持ち帰って頂き、少しでも手柄として貰えるようにする事ですね。
エインヘリアという国の名も、フェルズという王、リーンフェリアという騎士の名、全てが国に確認をとっても判明する事はありませんでした。
一つ光明があるとすれば、その点でしょう。エインヘリア、フェルズ、リーンフェリア……情報を引き出しつつルモリア国軍が来るまで遅滞戦闘に努めることが出来れば、例え戦場から退いたとしてもカルモス様が処罰されることは無い筈。
その為にも開戦序盤で大きく兵を損なう訳には行きません。守り重視で騎兵は温存……基本的にルンバート殿の守り勝つという提案と狙いが同じだったので、あの場で完全否定されなくて良かったですよ。
後は、現在行っている細かい打ち合わせの後、布陣を行い……最終勧告をしてから開戦ですね。
出来ることはそう多くありませんが……せめて三週間は相手をここに釘付けにしたいものです。
後ろ向きと笑われるかもしれませんが、恐らくこれが最善であるはず。
その思いを胸に私は開戦の時を迎え……私は思い知ることになりました。
戦争とは、世界とは、理不尽がまかり通るものなのだと。
「こんな……馬鹿な……」
接敵から間もなく、ルンバート殿が絞り出す様に言った言葉が私の胸中と重なりました。
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