第26話 一方その頃
View of ハリス ルモリア王国 ヨーンツ領 私設騎士隊 中隊長
「敵軍の数は千五百。騎兵はおらず、また陣地の構築や物見櫓の設置も見受けられません」
「御苦労、引き続き敵軍の監視を頼む」
「はっ!」
私の言葉に、物見に上がっていた兵が天幕から出て行く。
「騎兵が全くいないというのは珍しい軍だな」
兵が外に出て行き、最初に口を開いたのはカルモス=フィブロ=ヨーンツ子爵。私の仕えるヨーンツ領領主。此度の戦の総大将も務めておられます。
既に隠居されていてもおかしくない御歳なのですが、こうして戦場に来られていることから分かるように、まだまだ現役といったお方です。
「そうですね。戦場は平原……この地形での騎兵の強さは向こうも理解している筈。にも拘らず騎兵を用意していないという事は……」
「まともな馬すら用意できない愚か者共、という事だな!」
私の言葉尻を拾い、続ける様に言い放ったのはグスコ=ハバル=アッセン子爵。我々ヨーンツ領の隣、アッセン領を治める子爵家のご当主です。年の頃は確か四十を過ぎたあたりだったと記憶しています。あまり鎧姿が似合っているとは言い難いですが、元々武人という訳ではありませんからね、こればかりは仕方ない事でしょう。
アッセン子爵は今回の戦いの際に五百の兵を援軍として送ってくれただけではなく、何故かご当主自ら指揮官として参陣してくれています。
まぁ……少しばかり、自己顕示欲の強い方で、あまり軍事にも明るくない方ではありますが……五百もの兵を派遣してくれたお方です、感謝しかありませんね。
「ふむ、敵軍はどうやってかは分からぬが、この地にあれ程の数を送り込んでおる。その中に軍馬が全くいないというのも不思議な話ではないかな?」
カルモス様が机に広げられた地図を見ながらそう言うと、確かにそう言われてみれば不思議ですなとアッセン子爵が追従する。
「ハリス。お前はどう考える?」
地図から顔を上げられたカルモス様が私に意見を求めて来たので、私も地図から顔を上げて答える。
「まず考えられるのは騎兵を伏兵として伏しているという策ですが、この辺りで兵を伏せておくことが出来る場所はあまり多くありません。南の方に広がる森が有力ですが、戦場からは少し距離があり、奇襲を仕掛けるには遠すぎますね」
「となると……森に潜ませておくとすれば後詰か?」
カルモス様の言葉に私は首を横に振る。
「後詰をこの距離に置くのであれば、最初から軍に組み込んでおいた方が良いと思われます。それに斥候に調べさせましたが、森の中はとても静かだったそうです。魔物の多い森の中に軍が入り込めばそれだけで森は騒がしくなってしまいます。あの森の様子から見るにあそこに軍はいないでしょう」
私の見解に、両子爵は納得したように頷いている。お二人とも戦場とは基本的に無縁でしたから無理もありませんね。
「森の反対側に兵を隠しておくというのは無理なのかね?」
地図を見下ろしながら、アッセン子爵が思いついたと言う様に問いかけて来る。
「この森は非常に大きいので反対側に兵を隠しておくことは可能ですが、森を迂回するにせよ、森を通り抜けるにせよ、この戦場に来るまでには非常に時間がかかります。物見はそちら側にも配置してあるので、もし戦場に近づく軍があればすぐに分かります」
「なるほど……流石に用意周到だな」
感心したようにアッセン子爵が言ってくれますが……天幕にいる他の面々が苦笑していますね。いえ、あらゆる可能性を勘案するのは悪い事ではありませんよ?
とは言え、ここは我等ヨーンツ領内。この戦場以外に不審な軍がいないことはこの一月で確認が取れています。その事をアッセン子爵に指摘するのは流石に憚られます。
「ありがとうございます、アッセン子爵。私は今回の場合、敵は平原に何か馬を自由にさせない仕掛けをしているのではないかと考えています」
「仕掛けと言うと……罠か」
カルモス様が眉を顰めながら罠と口にすると隣にいたアッセン子爵が目を丸くし、天幕に居た者達も表情を硬くする。
罠の存在はこちらの被害を大きくし、その規模によっては戦況を決定づけかねません。戦力が拮抗している今は特にそうですね。
「上から見たところ穴が掘られている様子はありませんでしたが……草むらに隠す様に縄や網を張っていたりすると、それだけで馬は足を取られてしまいます」
「馬の足を狙うということか……」
「敵には一ヵ月の時間がありました。何かしらの仕掛けを戦場に仕掛けておくのは難しくないでしょう」
「足を殺された騎兵は脆い……何か対策はあるか?」
カルモス様が地図を見ながら私を含む部隊指揮官達に問いかける。
「ハリス様のおっしゃる通り、馬を狙った仕掛けをしている可能性は相手の編成を見る限り高いように思えます。であれば、騎馬隊は中盤までは温存、開戦からしばらくの間は歩兵のみで戦わせてはどうでしょうか?」
私の近くに座っている部隊指揮官が提案をする。
「魔法的な仕掛けであれば我々で発見出来ます。物理的な仕掛けは歩兵たちに踏み潰させるのがいいかもしれませんね」
更に魔法部隊の指揮官が言葉を続ける。確かに戦場で大きな役割を果たす騎兵を温存し、歩兵を前に出すのは理にかなっていますが……しかし、騎兵用の罠があるというのはあくまで予想に過ぎません。
仮に騎兵用の罠が予想通りあったとしても、歩兵用の罠が同様に設置されていないという事は無いでしょう。
現場で直接指揮をする中隊長以上の指揮官は、基本的にどの部隊であっても騎乗しています。それは視界の確保や指示を出す声を部隊に届ける為です。勿論馬を降りて歩兵として戦うことも出来ますが……多くの者は罠があると分かってなお、馬から降りて歩兵として戦う事を良しとしないでしょう。
彼らの言う歩兵だけで突撃させるというのは、最初に突撃命令を出し、後は指揮官を入れずに勢いのまま敵と衝突させるという事です。
しかし、指揮官を欠いた軍は非常に脆い。正面からぶつかるだけならともかく、罠等による予想外の攻撃を受けた場合、成す術もなく刈り取られてしまうでしょう。
ここは、少し口を挟むべきですね。
そう思い、私が口を開こうとしたとき、私の後ろに控えていたルンバート殿が声を上げた。
「僭越ながら申し上げます。戦場に歩兵だけを突撃させるのは危険ではないでしょうか?騎兵用の罠だからと言って歩兵に作用しないとも限りません。仮に歩兵が大打撃を受けた場合、温存した騎兵だけで戦局を覆せるでしょうか?」
「む……」
「……」
ルンバート殿の言葉に、他の指揮官は言葉を失う。
本来ルンバート殿は私の副官としてこの場に来ている為、発言権は有していないのですが……私の言いたかったことを言わせてしまいましたね。後でフォローしておかなければ。
若者に策を否定された指揮官……確か第二騎兵隊の隊長ですね……非常に面白くなさそうな表情で、ルンバート殿を睨みつける様にしながら口を開く。
「なるほど。確かにその事を考慮に入れておかなかったのは間違いであった。しかし、他人の策をただ否定するだけで軍議に参加したような気分になってもらっては困る。否定する以上代案を献策するべきだな」
「はっ!私は今回の戦、守り勝つべきではないかと愚考いたします!」
ルンバート殿がそう言うと、天幕の中は白けたような空気になる。
まぁ、無理もありません。野戦においては敵軍と正面からぶつかり、撃破するというのが騎士として正しい在り方。最初から守りを重視するのであれば、野戦などするべきではないというのは当然の考え方でしょう。
それはこの場にいる戦場を経験したことのある指揮官達も、戦場をあまり経験したことのない両子爵もそう考えているに違いありません。
この流れはあまりよくありませんね……。
「ふん!戦場にあって臆病風に吹かれるようなものは必要ない!それに敵軍は侵略者だぞ!?敵の数が我等を上回り籠城しているならまだしも、同数の敵相手に野戦で守り勝つ!?そのような消極的な策で勝利に辿り着けるわけが無かろう!」
案の定、白けた空気を読み取った第二騎兵隊の隊長が、ここぞとばかりにルンバート殿をこき下ろす。やはりこうなってしまいましたか……。
実は、私もルンバート殿が提案した戦い方に近い物を考えていたのですが……この状況でルンバート殿の提案に沿った形で献策すると、第二騎兵隊の隊長の心証を悪くしてしまいますね。
完全にタイミングを見誤ってしまったようです。ここは……申し訳ありませんが、カルモス様にとりなして頂きましょう。
そう考えた私はカルモス様へとちらりと視線を向ける。それだけでカルモス様は理解して下さったようで、第二騎兵隊の隊長に向かって手を掲げ落ち着くように声を掛ける。
「ガヤック、お主の心意気嬉しく思う。しかし、自ら考え献策した者をそう恫喝しては、下の者達が意見を言いにくくなってしまう。こういう時はやんわりと諭しておくと、後々尊敬されるだろう。これは色々な場面で使えるテクニックだから試してみると良い。あぁ、おなごには通用せんからそこは諦めてくれ」
第二騎兵隊の隊長……ガヤック殿を軽く注意した後、冗談めかして肩を竦めるカルモス様のお陰で天幕の中の空気が軽くなる。
「はっ!申し訳ありません!……すまなかったな、副官殿。戦を前に、気が立っていたようだ」
「いえ!私の方こそ申し訳ありませんでした!」
ルンバート殿が折り目正しく頭を下げ、これにて先程の空気は完全に払拭されましたね。私がカルモス様に小さく頭を下げると、カルモス様は小さく口元を緩ませた。
「ふぅむ……しかし、策はどうするのだ?罠があっては軍を前に進めるのは危険なのだろう?」
アッセン子爵の言葉に、各々が再び難しい顔をして考え込む。
その様子を見渡したカルモス様が私へと話を向ける。
「ハリス。何か手はないか?」
「では、現状確認も含めて一つ……まず、開戦前の戦力が拮抗しているというこの状況。我々としては寝耳に水といったところです。以前私が遭遇した敵部隊はおよそ五百。仮に予備戦力がいたとしても八百前後が敵軍の総数だと私達は考えていました。ヨーンツ領から千、そしてアッセン領から五百もの援軍を派遣して頂き、総勢千五百となった我々であればすぐに敵軍を蹴散らすことが出来るはずでした」
そう、元々我々は数の上では有利と考えここまで行軍して来ました。
「多少の罠や策程度では、平原という地形条件から考えても簡単に覆すことの出来ない差があると……しかし、いざ布陣して見れば戦力は拮抗。この地で一月の準備が出来た相手方の方が圧倒的に有利という状況に陥ってしまいました」
私の言葉に静まり返る天幕の中。自分で言っておきながら私自身もかなり憂鬱な感じですが……。
「ですので、我々がすべきは……相手の有利であるこの状況を極力潰すことにあります」
私の言葉に、全て理解したといった表情を浮かべたアッセン子爵が得意げに口を開く。
「奇襲による先制攻撃を仕掛けるという事だな!?」
違います。
……咄嗟にそう言ってしまいそうになりましたが、丁度いいので少し乗らせていただきましょう。
「確かに奇襲も素晴らしい策ですが……今回の相手は罠を張り、我等を自陣に呼び込むことを狙っている可能性もあるので、少し工夫した奇襲を仕掛けます」
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