第25話 開戦直前の覇王



 リーンフェリアがルモリア王国の部隊を追い返してから一月程が経過した頃、俺の下に急報が届いた。


 急報と言っても報告してきたのがウルルだったので、非常にのんびりした口調で告げられた急報だったと言える。


 まぁ、口調はともかくその内容は予想通りの物だったし、慌てる必要は全く無かったが……内心ではついに来てしまったかとため息をつきたいくらいのものだった。


 その内容は、ルモリア王国ヨーンツ領領都より、千五百の軍がこちらに向けて進軍を開始したというものだ。


 軍が起こるまで一月というのが早いのか遅いのか分からないけど……少なくともこちらの予想よりはかなり遅い事は確かだ。


 おかげでこの一月を使いこちらは周辺地理の把握を行い、ヨーンツ領の事をかなり調べ上げている。


 張り切って働いてくれている外交官達は、既にヨーンツ領の外にも手を伸ばし始めており、既にルモリア王都での情報収集も始めていた。


 まぁ、その辺の情報整理はまた今度するとして……今は戦争である。


 相手の軍は千五百だが、外交官達の頑張りによって、軍の構成から糧食の量は当然、総大将以下指揮上層部から現場指揮官まですべての情報が丸裸となっている。


 さらに今も領都には外交官が数人潜伏しており、その気になれば上層部の家族全てを人質にすることも可能だ。


 まぁ、そんなことはしないけど……なんせ相手は千五百だ。


 レギオンズ基準で考えるならば、チュートリアル戦闘でも今回の相手の十倍くらいはいる。


 勿論、ここはレギオンズではないし、国全体ではなく一地方領主の動員する兵の数としては十分な物なのかもしれない。


 だが、レギオンズの世界で戦場を駆け抜けて来たうちの子達からすれば、拍子抜けする数ではあるのだろう。


 うちの子達は基本的にバトルジャンキーって感じではない。だがゲームの頃、メイン戦争メンバー辺りは毎週のように戦場に出ていたのだ。


 しかも小競り合いなどではなく、十数万規模の軍勢のぶつかり合いだ。しかも基本的にほぼ相手が全滅するまで戦う訳だから、頭がおかしいとかそういうレベルではない。


 そういう戦いに身を投じ続け世界を制覇したうちの子達にとって、例え千五百人の生身の人間が相手だったとしても児戯みたいなものなのかもしれない。


 現に彼らの様子は普段と何ら変わることなく、ただの日常の一コマといった感じだ。


 かく言う俺も、脅威というものは全く感じていない。


 寧ろ初めての戦争……更に俺が指揮を執るという事で非常にワクワクしている……これはゲームではなく実際の戦争なのだ。システムに縛られず自由に行動を取ることが出来る。しかも俺の指示で動くのは慣れ親しんだレギオンズのキャラ達だ。


 レギオンズでは出来なかった色々な動きやスキル、魔法の応用が出来るのだ。楽しみじゃない訳がない。


 ……。


 ……。


 ……嘘である。


 戦争なんてしたいわけがない。


 はっきり言ってこの一ヵ月相当憂鬱だったし、夜もろくに眠れなかった。


 俺の指揮で人の命が無くなるのだ……下手をすれば命を失うのはうちの子達や俺だ……。


 無理だと叫びたい。ベッドに飛び込み泣きわめきたい。目を閉じ、耳を塞ぎ、何も考えずに部屋の隅で丸くなりたい。


 何の因果でこんなことになった?


 俺はただ……いつも通りゲームをしようとしていただけなのに……。


 目を瞑り、周囲の音から意識を外し、自分の中に埋没していく……。


 何でこんなことに……。


 ……いや、自分の責任だな。


 あの日……この世界に来た時、テンションが上がっていたとは言え、歓声を上げる皆の熱にあてられたとは言え……覇王フェルズを名乗ったのは、俺自身の意思だ。


 そして俺は、同時にこう思った……面白くなりそうだ、と。


 あの時はまだ、エンディング後の平和な世界に転移したと考えていたというのもあったが、その考えはすぐに打ち砕かれた。


 しかし俺は外を目指した……魔石という生命線には限りがある。それを理由に俺は城の外に足を踏み出したが……毎月の維持費が数万で手持ちが億だぞ?


 一年で減るのが約五十万。


 億消費するのにどれだけ掛かるんだって感じだ。


 勿論、年間五十万は基本維持費だけなので、他に散財すればどんどん目減りしていくだろうが、基本維持費だけで十分生活は成り立つし、寧ろ贅沢な暮らしが出来る。


 うちの子達の手前、城でだらだら過ごそうぜとは言えないが……情報収集をしつつ、ゆっくりと事を進めることも可能だった筈だ。何せ余力は数字としてはっきりと分かっているのだから。急速に支配地を増やす必要は全く無い。


 とはいえ俺達が外に出ようが出まいが、現地勢力との衝突は避けられるものではない……何せ城があるのだ。悠然と聳え立つ城が突然現れれば、最初は混乱するだろうがすぐに排斥に動き出すだろう。


 少なくとも俺の部屋の中に誰かが勝手にテントを建てたら、俺は全力で排除する。


 まぁ、俺は別に狙ってあの場所に城を置いたわけじゃないが、出て行けと言われれば全力で抵抗する……あの城は絶対に手放すことは出来ないし代替は存在しない。


 相手からすれば理不尽な占拠だとは思うがこちらにだって都合がある。つまり、遅かれ早かれ俺達の望みの如何に関わらず、俺達は争いに巻き込まれる……いや、戦争を起こす運命にあった。


 それを避けたければ、城を捨て、うちの子達と別れ、個々人が思い思いに生きていくしかない。


 ……それは嫌だ。


 俺は覇王フェルズを宣言して、玉座の間に居たうちの子達と生きていくと決めたのだ。


 そう、俺は覇王フェルズ。


 うちの子達が敬愛する、覇王フェルズだ。


 この戦争は、俺達がこの世界で生きていく上で避けられない戦争。俺が望んで起こした戦争だ。


 俺はゆっくりと目を開ける。


 そこには、俺の命令を待つうちの子達が並んでいた。


「戦争を始める」


 俺は今日、人を殺す。






 天幕から、今回の戦争に参加する子達が出て行き、この場に残っているのは俺の護衛を務めるリーンフェリアとウルル、そして参謀であるキリクだけとなった。


 天幕の外には数人が控えているが、中にいるのは俺を含め四人だけとなっている。


 ここは本陣であり、各部隊への指示を出す軍の心臓部だ。


 その場所に四人しかいないというのもおかしな話だろう。まだ開戦していないとは言え、既にお互いの軍は陣形を整えて睨み合っている。


 恐らく向こうの本陣では、指示を出したり情報を伝えに来たりと、伝令がひっきりなしに司令官の下に訪れている筈だ。


 敵軍の情報、そして自軍の情報は戦争において非常に大事な物であるが、人の視界には限界があり、それを補うために多くの人間が出来る限り多くの情報を得ようと苦心する。


 現にルモリアの軍は物見櫓を建てて、そこから得た情報を司令官に伝えこちらの陣形を把握、戦術を組み立てているのだろう。


 対する我が軍は、物見櫓を建ててはいないし、戦場の情報を伝えるために引っ切り無しに伝令が本陣を訪れることもない。


 俺達の本陣は、軍の司令部とは思えない程の静けさが辺りを包み込んでいる。


「さて、そろそろ始めるとするか。リーンフェリア、ウルル、護衛を頼む。キリク、サポートを頼むぞ」


「「はっ!」」


 三人に声を掛けた俺は目を瞑り、アビリティを発動する。


 アビリティとは、レギオンズにおけるキャラエディット要素の一つで、魔法やスキル以上にキャラクターの特性に関わってくるものだ。


 アビリティにはパッシブとアクティブがあり、パッシブとはそのアビリティを所持しているだけで効果があるもの、アクティブとはスキルや魔法の様に任意で発動させるものの事を言う。


 そんなアビリティの中で俺は『鷹の目』と呼ばれるアビリティを起動した。


 これはレギオンズの主人公専用アビリティにして、ゲームシステム上必要な機能だ。


 効果は戦場の俯瞰。


 戦略シミュレーション系のゲームをやったことある人は分かると思うが、多くのゲームで戦争中の画面は戦場を上から見下ろし、各キャラクターに指示を出して戦わせる物だ。


 レギオンズでは、この戦場を上から見下ろすシステム的な部分を、主人公特有のアビリティとして説明付けていたのだ。


 更には『鷹の声』『鷹の耳』というアビリティで遠く離れた味方に声を届け、向こうの声を聞く能力まである。


 『鷹の目』はともかく、『鷹の声』と『鷹の耳』は後付けさくさくといった感じだが、正直このアビリティを主人公に着けてくれた制作陣にはよくやったと喝采したい。


 まぁ、ゲームをしていた時は、はぁ?いるこれ?って感じだったけど。


 とりあえず、そんな設定好きな制作陣のお陰で、俺はこの世界でも戦場を俯瞰して見ることが可能。さらに指示もノータイムで部隊に出すことが出来る。


 この世界の通信技術がどのくらいか知らないけど……俯瞰して相手の陣を覗く限り、本陣っぽい場所にバンバン伝令が出入りしているところを見ると、多分遠距離通話で部隊に指示を出したりは出来ないのだろう。


 因みに『鷹の声』と『鷹の耳』は自軍に所属している者にしか効果はないので、作戦の盗み聞きをしたり、偽情報を流したりは出来ないし、『鷹の目』も天幕等を透過して中まで見ることは出来ない。


 っていうか、相手の陣の中まで見える『鷹の目』超便利。角度を変えたりズーム機能もあるので色々覗き放題……の、覗き放題!?


 い、いや、戦争中に何を考えいるのだ?我覇王ぞ?


 そもそも俯瞰できるのは戦場であって……いや、別に日常的に『鷹の目』を発動させることは不可能じゃない気がするな……これは、実験が必要だ。他意はない。


 閑話休題。


「よし。戦場は隅々まで把握できるな。キリク、視界を共有する。サポートを頼む」


「お任せください!」


 戦争パートでは指示を出さずに自動で戦わせることも出来たが、基本的にはプレイヤーが指示を出したほうが良い。自動で戦わせると、基本的に真っ直ぐ突っ込んで最大火力をぶっ放すってやり方を取るので、味方の被害が大きくなるのだ。


 しかし、自分で指示を出すと言っても、戦争パートはRTS……リアルタイムストラテジーとなっていて、敵はリアルタイムでガンガン動いてくる。当然指示を出したり、戦場の一部に集中している時も相手は動きまくるので、敵の動きを見落としてしまうことも少なくはない。


 そういった時の為に、戦争中は参謀が敵の動きや狙いなんかを教えてくれるのだ。


 シミュレーションパートでは、後半攻め込みましょうしか言わなくなる参謀も、戦争中は超有能なのだ。


 それにしても、『鷹の目』は凄いな。ゲームの時は3Dマップだったけど、今や完全実写仕様……臨場感が半端ない。


「どうだ、キリク。違和感はないか?」


「問題ありません。寧ろ、フェルズ様と視界をきょ、共有することで……一体感……いや、気合十分であります!」


 なんか質問と答えがすれ違った気がするが……まぁ、気合が入っているならいいか。


「そうか。では、これより指示を出していく……ジョウセン、聞こえるか」


『はっ!殿、聞こえているでござる!』


 俺が語り掛けると、物理系最強にして剣聖であるジョウセンの、似非サムライ言葉が聞こえてくる。


 『鷹の声』『鷹の耳』もばっちり仕事をしているようだ。今更ながら有効範囲を調べておかないとな……。戦場でいきなり声が届かなくなったらヤバイ……いや、感覚的に鷹の目で見えている相手にはしっかり届く感覚はあるけど……今度忘れない様に実験をしよう。


 っと、今は指揮に集中しなくては。


「ジョウセン、中央に配置したお前の部隊に先陣を切ってもらうことになる。危険な役割だが、問題ないな?」


 俺は心に力を込めて、ジョウセンに危険な命令を下す。そうでないと、ひよってしまいそうなのだ。


『万事問題無し、ですぞ!殿の御命令とあらば、たとえ火の中、水の中でござる!それに何より、一番槍は武士の誉れ!』


「お前の働き、期待している。大いに暴れてくれ。だが、指示には従えよ?」


『はっ!承知したでござる!』


 目と声と耳……全部使用に問題はないな。どうでもいいけど、鷹の口か嘴じゃダメだったのだろうか?


 そんなどうでもいい事を考えながら、俺は視点を両軍が一度に見える位置までズームアウトする。


 こちらの数は千五百、ルモリア王国軍も千五百……その気になれば十万単位の兵力を動員することも容易い俺が、わざわざ敵軍と同数の兵で軍を構えたのは、この戦いを俺の……覇王としての俺の試金石にする為だ。


 兵数は同じであっても、圧倒的なアドバンテージを有するこの戦いで、圧倒的な勝利を収めることが出来ないようであれば覇王を名乗る資格はない。


 ……人の生き死にを物差し程度に使おうとする俺は、既に人でなしの類なのだろうね。


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