第22話 リーンフェリアの問答



 バンガゴンガ達が城下町に到着して数日後、俺は先日支配下に入れた村へと再びやって来ていた。


 狂化しかけていたバンガゴンガの容体は安定しており、ゴブリン達のまとめ役として精力的に働いて貰っている。少し落ち着いたらまた色々話を聞きたい所だが……まずは目の前の状況を何とかしないとな。


 今俺達から少し離れた位置に二百人程の騎士が並んでおり、それに相対するように召喚された兵六百人が俺の周りに控えている。


 オッポレとか言う騎士を尋問して得た情報から、予め相手の兵力は二百程と判明しており、その三倍の数の兵を村に送り込むように指示を出していたのだが、本日ようやく相手方の兵が到着したという事だ。


 因みに、あの連中は騎士ではないという事だが……馬に乗って中々シュッとした綺麗な鎧を装備している様は……どこからどう見ても騎士って感じだ。


 レギオンズには騎馬兵って兵科は無かったからなぁ……かなりかっこいいな……馬……ゴブリン達に世話を頼んでみるか?乗ってみたい……。


 リーンフェリアとかアランドールとか……騎乗したらかなり絵になりそうだよな。まぁ、見栄えだけで馬を飼育するのも考え物だが……馬の餌って……飼い葉だっけ?魔石で交換できるアイテムには当然無かったな。


 そんな事を考えていると、リーンフェリアが隊列から離れ前へと出る。


 俺は彼女と並んで立っていたのだが……その横顔も後ろ姿も……凛々しいというか……滅茶苦茶かっこいい。


 俺達から離れ、一人歩いて行ったリーンフェリアが俺達と敵軍の丁度中間あたりで立ち止まり、腰に差していた剣を鞘ごと引き抜き地面に突き立てる。


「我が名はリーンフェリア!覇王フェルズ様に仕える騎士である!」


 大音声と言う感じではないが、非常に良く通る声でリーンフェリアが名乗りを上げる。背後にいる俺にもはっきりと聞こえたのだから、相手方にも当然聞こえているだろう。


 現に相手方が動揺したかのように揺れているのがこちらからでも見えたが、リーンフェリアの名乗りからあまり時間を置かずに一騎の騎兵が前に進み出てくる。


 リーンフェリアから数メートル離れた地点で馬を止め、馬から飛び降りた騎兵は……白髪の初老の騎士って感じだな。表情は穏やかというか……突然の事態に対しても動揺している様子が見えない。


 本当に余裕があるのかどうかは分からないけど……あの内心を悟らせない感じ……見習いたいものだな。


「私はルモリア王国ヨーンツ領に仕える準騎士ハリス。リーンフェリア殿、準騎士の身ではありますが、この部隊を率いるのは私となります故、問答をお許しいただきたい」


「いいでしょう。ですが、問答をするという程の事柄はありません。即刻兵を引きなさい。ここは既にフェルズ様の統治下。それ以上足を踏み出すようなら武力をもって排除することになります」


「と、統治下ですと?いや、お待ちいただきたい。ここはルモリア王国ヨーンツ領。不当に領土を踏み荒らしているのはそちらですよ?」


 うん。俺もそちらの言い分が正しいと思うよ?自国内にいきなり訳の分からない勢力が現れて勝手に自領を名乗っているのだから。厚かましいにも程がある……というか普通に戦争案件だよね。


「なるほど、貴殿の主張はもっともだ。だが我等が王フェルズ様に、あの村の者が直接訴え出たのだ。付近で見つかったゴブリンの集落の対処をして欲しいと。当然我々は善意をもって村の者達の望みを叶えた。すると彼らは次にこう願い出たのだ、自分達が困った時に中々手を差し伸べてくれず、やっと来たと思ったら不当にも横暴に振舞う騎士を送り込んでくるような国は信じられぬ、だから我々の庇護下に置いて欲しいと」


「……」


 先程は困惑したような口ぶりながらも笑顔を絶やさなかったハリスという騎士……準騎士だったか?が一瞬顔を顰めるように歪めた。


 なんかどこかで聞いたことあるな、リーンフェリアの主張は。自国が頼りないから村や街が独自に別の勢力に庇護を求める。庇護を求められた国は、無辜の民が苦しむのは誠に心苦しいとかなんとか言って軍を送り込み、実効支配。表向きは苦しむ民を救うためという名目で相手の領土を切り取るってやり方だ。


 国際社会であれば非難轟々の行いだが……まぁ、面の皮の厚い国は非難されようとも平気でそんなことをやってのけるからな。国際社会であっても、別に認めなくてもいいよ?こっちは勝手にやるから……ってのがなんだかんだとまかり通ってしまう……騎士とかが軍を率いているような文明度であれば、このやり方はかなり有効な手なのかもしれないね。


 まぁ、個人的には国と言うよりヤクザのやり方に見えるけど……。


 それにしてもリーンフェリアの説明、起こった事実は確かにその通りだけど……ほんの少しずつ言葉が足りない部分があると言うか……誇張があると言うか……うん、ほぼヤクザだな。


「……貴殿等がここに兵を置いている理由は相分かりました。ですが、一つお聞きしたい。そちらは一体何処の国に所属する軍なのでしょうか?先程……フェルズ陛下とおっしゃられていましたが……学の無い身で大変恐縮ではありますが、私はフェルズ陛下の御名は近隣ではお聞きしたことがありません」


「……フェルズ様の御名を知らないと……」


 リーンフェリアさん?そこは怒る所じゃありませんよ?俺の名前を知らなくて当然だからね?……ってそう言えば、ここはレギオンズの世界ではなく、俺達の全然知らない世界だって話をリーンフェリア達にしたっけ?


 はっきりとは言っていなかったかも……?した気になってた……?マズいか……?


「……そうですか。フェルズ様の御名を知らない……やはりそうなのですね……」


「……どうかされましたか?」


 考え込むように呟くリーンフェリアを訝しむように伺うハリス。当然俺にも聞こえなかったし、どんな表情を浮かべているかも見えない。だが、ブチ切れて襲い掛かるって雰囲気ではなさそうだ。


「いえ、何でもありません。我等の国の名は……エインヘリア。ここではない遠き地で、世界を制した覇王フェルズ様の治める国。無謬の楽土エインヘリアだ!」


 リーンフェリアが国の名を叫ぶと同時に、俺の周りにいた召喚兵たちが一斉に剣を抜き空に向かって掲げる。召喚兵たちは声を上げることも出来ないのか、無言で、しかし一糸乱れずに剣を掲げる姿は向こうから見れば不気味に映ったかもしれないな。


 当然ではあるが、突然の動きに俺は着いて行けず剣を掲げていないので、向こうから見たら超目立っている気がする。しかし今から掲げたらより途轍もなくダサい上に目立つので、このまま微動だにせずに過ごすことにする。


 それにしてもエインヘリアか……俺が白の国を使う時に付けていた国の名前だな。俺はこっちに来てから一度もその名前を出していなかったけど、リーンフェリア達はそれを当然の様に知っていた訳だ。


 むびゅうの楽土って言うのは初めて聞いたけど……どういう意味だ?楽土は……楽園的な感じだろうけどむびゅうは?無乳と何か関係が……?


 後、めっちゃどうでもいいけど、リーンフェリアとエインヘリアって語感がめっちゃ似てるな……ゲームやってた時は全然気づかなかった。


 そういえば……こっちに全く同じ名前の国があったらどうしよう?間違いなく大問題になりそうだよね……あとうちの子達がブチ切れてその国滅ぼしそうな気が凄いする……無いと良いな……同じ名前の国。


「エインヘリア……ですか」


「聞き覚えが……?」


「申し訳ありません、失礼とは存じますが……寡聞にして聞き及んだことがございません」


「そうですか……まぁ、それは仕方ない事ですし、許しましょう。それで、私の所属も明かしましたし、ここに兵を置く道理も説きました。その上で、あなた方はどうする?」


「……許して頂けるのであれば、私達は兵を引こうと思います」


 ハリスのその言葉に、彼の率いていた騎士団がざわりと揺れる。そりゃまぁ……どこの誰とも知れぬ軍が自領内を占拠しているのに、戦いもせずに引こうとする指揮官の言葉に動揺するのは当然だろうね。


「貴殿等が引くと言うのであれば、我々は手を出さぬと約束しよう」


「ありがとうございます。それと、一つ伺いたいのですが……数日前、村に先触れを送ったのですが……その者達は?」


「その者達であれば、我等の王に無礼を働いたのでな。拘束して捕虜として扱っている。本来であれば不敬罪で首を刎ねるところであったが、フェルズ様の寛大な御心によりまだ生かされている」


「……身代金をお支払いすれば解放して頂けますか?」


 ハリスのその言葉に、リーンフェリアの空気が変わる。


「貴殿……話を聞いていなかったのか?王への不敬罪だぞ……?次の言葉はよく考えろ」


 一気に剣呑となったリーンフェリアだが……これが殺気って奴だろうか……後ろから見ているだけでも内臓がひんやりすると言うか……気を抜くと身震いをしてしまいそうになるな。


 それを間近で浴びせられているハリスは……折り目正しく頭を下げている。


「軽率な発言でした、平にご容赦頂きたい。確かに、ルモリア国内とは言え他国の王族に対する不敬罪を金銭で解決しようとは、傲慢にも程がありました」


「……次は無い。去ね」


「失礼いたします」


 ハリスは最後に頭を下げた後、後ろに下がり馬に乗ると部隊の下へ駆けて行く。暫くの間ざわざわとしていた騎士団だったが、ハリスの言葉に従い馬首を返し引いて行った。


 それを見届けたリーンフェリアが、踵を返しこちらに戻ってくる。


「御苦労、リーンフェリア」


「いえ、大したことはありません。次の邂逅が本番になりましょう」


 俺の労いに、リーンフェリアは小さく笑みを浮かべながらかぶりを振って応える。


「そうだな。どの程度の規模を率いて来るか見物だ」


「必ずや、フェルズ様に勝利をお届けいたします」


「楽しみにしておく」


 さて……これで戦争確定だけど……まぁ、しょうがないよね。誰が悪いって聞かれたら間違いなく人の家で旗揚げした俺が悪い。覚悟を決めましょう……。


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