第23話 情報整理 Side 準騎士



 View of ハリス ルモリア王国 ヨーンツ領 私設騎士隊 中隊長






「本当に一当たりもせずに引いて良かったのですか?」


 私の横で馬に乗っているルンバート殿が、若干不満気に私に尋ねてくる。


 まぁ、若く真面目なルンバート殿がそうなるのは当然だと思いますが……。


「えぇ。これが最善です」


「最善……なのでしょうか?」


「今は何よりこのことを報告する事が最優先です。彼我の戦力差は倍はあったと思います。突然の邂逅で布陣もままならず、さらに何の防御設備も無い中、倍の敵とぶつかればただでは済みません。敵軍に騎乗している者は見られませんでしたし、恐らく騎兵は逃げきれたでしょうが、それでも被害は相当なものになったでしょう。」


 私の説明でルンバ―ド殿の感情が落ち着いたように見えますが……この状況で混乱するなという方が難しいですね。


「恐らく、ルンバート殿は突然の事態にまだ困惑しておられるのでしょう。私もまだ混乱しているところなので二人で一つ一つ確認していきましょう」


「は、はい。よろしくお願いします」


 ルンバート殿が背筋を伸ばしながらお礼を言ってきますが、言葉通り私もまだ整理しきれていないのですよね。歳をとると表面を取り繕う事だけは上手くなっていくものですね。


 こういった時は誰かと話すことで冷静に出来事を情報として処理することが出来、また見落としに気付くことが出来る物です。


「まずは……フェルズという名やエインヘリアと言う国に聞き覚えはありますか?」


「いえ、聞いたことがありません。恐らく南方に乱立している小国家の一つといった所ではないでしょうか?」


「ふむ……その可能性は高そうですが、今は推測を交えないでおきましょう。判明している事実の確認を優先します」


「はっ!申し訳ありません」


 そう……ここで情報を整理して、早急に上へと報告しなければ取り返しのつかないことになるかも知れない……そんな予感がしています。


 勿論伝令は既に送っていますが、アレは第一報だけですからね……詳しい説明は必要です。


「彼ら……エインヘリア軍と呼称しておきましょう。軽く見積もってもあの場に五百は下らない数がいました。それに対する私達の数は二百……倍以上の兵力にぶつかれる程、我々は強くありません」


「……はい」


「領内で武装兵力が五百以上も見つかったのです、早急に報告する必要があります。相手が予定通りゴブリンであったとしても、五百もの数を確認出来たらそのまま戦うという事はありませんしね」


「……ですが、報告すると言っても信じてもらえるでしょうか?領内に突然、他国の軍が現れた等と……ここが国境付近ならともかく、ヨーンツ領はルモリア王国でも中央にほど近い土地……国境まではいくつかの領を超える必要がありますよ?」


「そうですね。まだ大規模な野盗の集団と言った方が現実味がありますが……ありのままを報告するしかありませんね。エインヘリア軍……アレは相当に訓練された兵に見えましたが……どうですか?」


「はい。その見立ては間違っていないかと。ハリス殿と敵将の会話中、一切の感情を見せず、しかし国の名が出た時の一糸乱れぬ動き……王都の儀仗兵であっても、あれ程の動きは無理かもしれません」


 そう……あの兵たちが国の名に剣を捧げた時、私はその洗練された美しさに見惚れてしまいました。式典の時に王都の儀仗兵の動きを見て感動した物ですが、はっきり言ってエインヘリア軍の動きはそれ以上の物でした。


「エインヘリア軍の中で彼らがどういう立ち位置にある兵達なのか、気になるところですが……アレが一般兵だとしたら心が折れますね」


「流石にそれはないのでは……あの動きはただの兵が出来る物ではないかと。最低でも準騎士以上で構成されているのでは?とは言え……あれだけの人数の準騎士以上の人材を揃えるというのも非常識な気はしますが」


 五百名以上の準騎士以上を揃える……大国であれば簡単でしょうが……エインヘリアという国の名が知られていない以上、大国であるはずがありません。


 現実に目にした兵の練度と国の知名度が一致しませんね。


「……そうですね、失礼しました。過大評価も今は必要ありませんね。後は……あのリーンフェリアという将……相当な実力者に見えました」


「はい。終始隙を見せる事の無かった立ち居振る舞い、そして一度見せたあの殺気……正直、私はハリス殿が剣を抜かずに堪えた事に感服致しました」


「はははっ、アレは体が震えて剣に手を伸ばすことすら出来なかったに過ぎませんよ。はっきり言って死を覚悟しましたね」


 あの時、彼女の感情を見る為に少し踏み込みましたが……一瞬で後悔しましたね。あれほどの殺気……我が国で彼女とまともに戦える人間がいったい何人いることか……少なくとも私は全力で遠慮させて貰いたいです。


「ハリス殿程の御方でもですか?」


「私はただの老兵に過ぎませんよ。ですが……私の戦歴を振り返っても、彼女ほど強烈な殺気を放った相手は……殆ど記憶にないですね」


「それほどの相手ですか……」


「しかもあの若さですからね。しかし……あれ程の女傑、情報が全くないというのも不思議な気がしますね。あれだけの殺気を放つ若い女性騎士……しかもとても綺麗な方でした。あの落ち着き様から見て戦場に出た事が無いという訳ではないでしょうし、リーンフェリアという名と合わせて噂になって当然ではないでしょうか?」


「確かに、聞いたことのない名です。ですがエインヘリアという国の名すら聞いたことが無いのですから、それも当然では?」


 結局同じ結論に戻ってきてしまいますね……まぁ、報告を上げやすくはありますが。


「エインヘリア、フェルズ、リーンフェリア。これらの名については最優先で調べて貰った方が良いでしょうね。ヨーンツ領だけで解決出来るとも限りませんし……王都であれば何か情報があるかも知れません」


「なるほど……あ、そういえばエインヘリア軍について、私も気になったことがありました」


「なんでしょうか?」


「後ろに控えている軍の中で、一人だけ剣を捧げずに微動だにしなかった黒い鎧の男……私の気のせいでなければ、後ろの兵達はリーンフェリアではなく、あの男を守るように布陣しているように感じました」


 ふむ……私の位置からは、丁度彼女の陰になって黒い鎧の男は見えませんでしたが、馬に乗って近づくときに、一際目立つ鎧の男がいたのは覚えています。


 しかし、守るようにですか……。


「鎧の男の事も報告を上げておきましょう。その者がフェルズ本人、ないしリーンフェリアよりも上の地位にある者である可能性は高そうですが……こちらは推測に過ぎませんね。一応、何名かあの村の監視に置いてきましたが……何か情報が得られているといいのですが……」


「ゴブリンの集落を発見する為に連れて来た斥候ですね?彼らなら新しい情報を持ち帰ってきてくれるはずです」


「……そうですね。最寄りの街に置いて来た部下もいますし、上手く情報を集めてくれると助かります。領都に走ってもらった伝令は明日の朝には到着するでしょうし、私達もなるべく早く戻らないといけませんね」


「伝令の説明だけでは、私達の頭がおかしくなったと思われかねないですしね」


 そう言って肩を竦めながらルンバート殿が笑みを浮かべる。どうやら大分落ち着いたみたいですね。


 しかし、ルンバート殿の言う事ももっともです。私も伝令からこんなことを聞かされたとしたら二、三度は聞き返した上で、それでも首を傾げることでしょう。


「ヨーンツ領の兵力だけで対処出来るでしょうか?」


「難しいかもしれません。私達が遭遇した兵五百……相手の戦力がこれだけであれば何とかなると思いますが……あれが全軍の半分程度であったりすると厳しいですね」


「……最初の方の話に戻りますが、それだけの数が人知れずヨーンツ領に現れる事があるのでしょうか……?」


「……五百でもあり得ない話ですからね。別動隊がいたとしてもおかしくはないでしょう」


「……」


 私の言葉に笑みを消し、再び考え込んでしまうルンバート殿。相手を過剰に恐れるのも、甘く見積もるのも危険ですからね……しかし、まさかゴブリンの討伐に向かって、聞いたこともない国の軍と遭遇するとは思いませんでしたね。


 国の上層部が何か掴んでいるといいのですが……その場合は既に討伐軍が編成されていてもおかしくはありませんが……希望的観測に過ぎますかね。


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