第20話 一縷の望みをかけて
タンカと言うよりもハンモックでバンガゴンガを運んだ俺達は、城下町……と言うにはまだプレハブばかりのだが……そこに設置されている魔力収集装置の下へやってきた。
キャンプ地から三十分もかからずにここまでたどり着いたが、バンガゴンガの苦しげな様子は変わらず、やはり時間をおいても何の解決にもならないことがはっきりと分かる。
俺達は魔力収集装置のすぐ隣にバンガゴンガを下ろし、暫く様子を見るが……何ら変わった様子は無く、バンガゴンガは苦しげなままだ。
「バンガゴンガ、体調に変化があったらすぐに言え。それと……耐えることが出来なくなったら……その時は俺が看取る」
「……頼む……。ここ……は?」
「俺の城……その城下町だ。まぁ突貫工事の仮宿といった所だがな。お前達受け入れの為に用意したものだ」
俺の言葉にバンガゴンガは顔を傾け、仮建設の城下町に視線を向ける。
「……明るい……な」
「そうか?」
バンガゴンガの視線の先に目を向けるが……特に明るいと言う訳でもない。一応街灯の様な物は立っているが、そこまで数は多くなく月明かりに照らされてなお暗い部分も多い。
「あぁ……村の者達は……これから……ここで過ごすの……だな」
「お前にもまとめ役として住んでもらうからな。楽が出来ると思うなよ?」
「……は、ははっ……楽させて欲しい……が……」
苦しげに笑い声を上げるバンガゴンガ……その様子は先程までと何ら変わっている様子は無い……。
ダメか……?魔力収集装置で魔王の魔力を吸い出すのは無理なのか……?
元々、魔力収集装置は普通に生活している人間に影響が出ない程度にしか魔力を吸収しないという設定だし……その吸収量は大したことが無いのかもしれない。
だが……狂化とは、体内に取り込まれた魔王の魔力が一定量を超えた時に起こる現象だとバンガゴンガは言っていた。
それは、何かきっかけがあって一気に取り込むと言うよりも、日常生活の中でじわじわと吸収していくのではないだろうか?いや、根拠はないんだが……イメージ的にはコップにゆっくりと水を注いでいく感じで、普通にコップに水が溜まっている間は問題ないが、溢れることによって狂化する……のではないだろうか?
ただの当てずっぽうで、推論にもなっていないただの希望みたいなものだが……もしそうだとすれば……微量であっても魔力を吸収する魔力収集装置を使うと言うのは、的外れな考えでは無い筈……。
問題があるとすれば……魔力収集装置の吸収量が自然に吸収してしまう魔力量以下だったら、発病を遅らせることは出来ても治療することは出来ない……。
魔力吸収装置の吸収量を上げる改造をオトノハに指示するか……?効果範囲を狭めて吸収量を増やす……それが可能であれば……だが、オトノハは今ここにはいない……いや、一時間もあれば呼び出すことは出来るかもしれないが……改造にどのくらい時間がかかるか分からない……いや、それは本人に確認すればいいことだ。
「ウルル、オトノハ……いや、城に残っている開発部の人間をここに。話がある」
「……了解」
一瞬で姿の消えたウルルを見送りバンガゴンガに視線を戻しながら、今指示を出した時にふと頭を過ったことを思い返す。
オトノハは開発部長……そしてその部下は全て開発部門員……オトノハの補佐というか、副部長とかがいないんだよな。オトノハがいない時に責任者となる人物がいない……これはオトノハに限ったことではない。
ゲーム時代に引っ張られるなよとあの会議室で言ったにも拘らず、今更そんなことに気付くなんてな……今度その辺を決めるのと、ゲーム時代には無かった役職を作って色々な事に対応させないとな。
オトノハやリーンフェリアが城に戻ったら、急ぎその辺の補佐役を決める必要があるな……それとキリクに新しい役職について考えてもらうか。まぁ、丸投げにはしないが……今後支配地域が増えたらレギオンズの時にもあった代官を置く必要もあるな。
ゲームの時の代官は収集できる魔石量を増やすだけの役割しかなかったが、現実となった今ではしっかりと統治してもらう必要がある。その辺の適正も調べないとマズいよな。
そんなことを考えていると、バンガゴンガがゆっくりと目を開ける。
「……どうだ?バンガゴンガ。何も変わらないか?」
「……気のせいかも……しれないが……少し……苦しさが……減ったような……」
「本当か!?」
思わず俺が声を上げると、バンガゴンガが少し苦し気に顔を顰める。
「……分からない。……いや、確かに……楽に……なってきた?」
少し茫然としながらバンガゴンガが上半身をゆっくりと起こし、信じられないと言った様子で自分の身体を見下ろす。
「馬鹿な……本当に楽になってきたぞ……?」
「もう異常はないのか?それとも、異常はあるけど耐えられるレベルということか?」
「……違和感はある。だが、先程まであった気が狂いそうな衝動……飢餓感や破壊衝動、自分が塗りつぶされていくような喪失感……そういった物は殆ど感じなくなっている」
先程までの苦し気に堪えるような様子は微塵もなく……茫然としながらではあるが、会話を苦も無く行うバンガゴンガ。
「バンガゴンガ、まだ無理はするな。あくまで予想だが、今お前の中にある魔王の魔力とやらは限界ギリギリの所まで溜まっている筈だ。お前の容態が良くなったという事は……恐らくその魔力はじわじわと減っていくはずだが、少し時間がかかるだろう」
「……」
「そして、これもまだ予想に過ぎないが……俺達の下にいる限り、ゴブリン達が狂化する事はないだろう。この魔力収集装置のお陰だがな」
そう言って、俺は傍らに設置されている魔力収集装置を見上げる。
その視線につられたのか、バンガゴンガも魔力収集装置を見上げながらぽつりと呟く。
「……これは……一体?」
「これは魔力収集装置……まぁ、その名の通り、魔力を収集するための装置だが……生命活動に害はない。昔俺が治めていた土地では、大小問わず街や村には必ずこの装置を設置していた」
「魔力収集装置……これがあれば、狂化を防げるのか……?」
「その為の装置と言う訳ではないが、お前の様子を見る限りその効果はありそうだな。ふむ、赤く染まっていたお前の目も元に戻っているな」
邪眼(笑)的な感じになっていたバンガゴンガの目が、落ち着いた色合いになっているのを確認しながら俺がそう言うと、ハッとした様子で自分の目を手で覆うバンガゴンガ。
「本当に……俺は……俺達は狂化から解放されたのか……?」
「経過観察は必要だが……恐らくそう考えて問題ない筈だ。良かったなバンガゴンガ、これであの下らぬ理不尽は、お前達の下から消え去ったぞ」
「……」
片目を手で覆ったまま、茫然と俺を見上げたバンガゴンガは次の瞬間、両目を手で覆い肩を震わせ始めた。
「魔族や妖精族は狂化しやすいと言っていたな。今後それらの種族に遭遇した際にはいい交渉材料になりそうだな。どの種族にとっても狂化なぞ、百害あって一利もあるまい」
俺の言葉を聞いたからなのかは分からないが、肩を震わせていたバンガゴンガが平伏する。
「フェルズ様!我等……我等けして!フェルズ様の御心に背くような事は未来永劫致しません!どうか……どうか我らの忠誠を御身に捧げることをお許しください!」
「……」
えっと……つまり?えー、あぁ、忠誠を誓うってことね。え?未来永劫?唐突じゃね?いや、そうでもないのか……?でも重くね?
「ははっ!確かにお前はゴブリン達の長だが……ここに居ない者達の総意を一存で決めてしまって良いのか?そこまで重く捉えずとも、お前達は既に俺の民だ。守り、慈しみ、導くのは王である俺の役目だ」
まぁ、反乱しないって言ってくれるのは嬉しいけどね?でもちょっと……今のバンガゴンガからは、狂信的な何かを感じてちょっとコワイ。
「……村の者達がこの事……狂化への対処法の事を知れば、間違いなく私と意見を共にする筈です。確かに今は私の一存ではありますが、明日には総意となりましょう!」
……魔力収集装置の事はゴブリン達には秘密にするか?
いや、裏切らないのはほんと嬉しいけどね?でも、もう少し熱量を落としてくれると、もっと嬉しいかもしれない。
「私達がどれだけ狂化に怯え……憎んでいたか。それはフェルズ様にはご理解いただけないかと存じます。ですが、狂化の克服……これにより、今まで我らが狂化という現象に対して感じていた負の感情全てが翻り、その全てがフェルズ様に向くことになるのは想像に難くありません。そしてこれは、我が村の者達だけに限らず……これよりフェルズ様の庇護下に置かれる全ての種族が我等と同等の忠誠を捧げるに違いありません!」
……さっきはいい交渉材料になりそうだって言ったけど……他の種族もこの熱量でグイグイ来られると……キツイな。
とは言え……抗えないと思っていた病気を治してくれた相手に、尊敬や感謝の念を捧げると言う気持ちは理解出来る。それに、民が増えるのは良い事だし、魔石もがっぽり稼ぎたい。そして妖精族を傘下に加えるなら……魔力収集装置による狂化の抑止はいい交渉材料になるだろう。
そうだ……今回引き入れたゴブリン達が城下町に落ち着いたら、バンガゴンガを対妖精族の外交官にするか?いや密偵と言う意味ではなく、本当の意味での外交官ね?
暗殺とか服毒とかでなくちゃんとした交渉役としての外交官……必要だな。いや、ウルル達に不満があるわけじゃないよ……?でもこの先、Kill or Die な交渉だけだと色々問題がありそうだし……ね?
閑話休題。
「……そうか。お前達の忠誠、嬉しく思う。その忠誠に報いるためにも、俺は全力でお前達を守ると約束しよう」
「ははぁ!」
地面に頭を擦り付けながら平伏するバンガゴンガを見て、さっきまでみたいな口調でいいんだけどなぁと思う。
それはそうと……少し離れた位置で俺達のやり取りを見ていたエイシャが、糸目ながらも何か怪しい視線をバンガゴンガに向けている気がする。
なんだろう……?別に負の感情って感じではないんだけど……何かを思いついたというか……気付いたというか……若干使命感の様な物も感じる。
そんな視線が気になった俺はエイシャに声を掛けようとしたのだが、それよりも一瞬早くウルルに声を掛けられた。
「フェルズ様……連れて来た」
「お呼びとのことで、フェルズ様」
「……ヘパイか。少し待て……バンガゴンガ、頭を上げろ。まだ暫くお前はこの魔力収集装置の傍に居るのだ。明日の夜は宴もあるからな、しっかり体調を元に戻しておけよ?それと、普段は今まで通りの口調で良い」
少し冗談めかしながらバンガゴンガに声を掛けた後、俺はヘパイを連れて少し離れた位置に移動する。
ヘパイはオトノハの部下で開発部門に所属させている。当然その能力は開発向けのものになっており、戦闘力はメイドレベル。容姿はドワーフの爺さんって感じのずんぐりむっくりした体型で、灰色の髪に黒目となっている。
「ヘパイ、狂化の話は聞いているか?」
「聞いておりますじゃ。部長が以前ゴブリンの集落で確認したとか」
髭の生えた顎を摩りながらヘパイが言う。
「知っているのであれば話は早い。以前我々が倒した魔王にはそのような不可思議な能力は無かった。だがこちらでは、その訳の分からない現象を引き起こす魔王の魔力というものが存在するらしい。開発部門は研究部門も兼ねているが、誰かにこの魔王の魔力について研究させられないか?今後我等が支配地域を広げていったとして……いつか魔王とぶつからぬとも限らぬからな」
「ふぅむ……誰がという点は部長と相談が必要じゃが、研究自体は問題ありませぬな。フェルズ様の望みのままに研究、開発を進めるのが我等の使命です故」
そう言いながら、一瞬ヘパイの目がギラリと光る……目って本当に光るんだな……。
「それともう一つ。魔力収集装置の改造は出来るか?」
「ふむ……どのような事をお望みで?」
「効果範囲を狭め、魔力の吸収量を上げることは可能か?」
俺がそう言うと、ヘパイが衝撃を受けた様な表情になる。そんな難しい事を言ったのだろうか?
「……考えた事もありませんでした」
「よし、調べてくれ。実現可能かどうか、可能であればそれにかかる費用と期間も出して欲しい」
「畏まりました。ふむ……これが部長の言っておったことか……」
何やらヘパイがぼそりと呟いたが……もう色々と頭の中で考え始めているのだろう。オトノハ達みたいな研究タイプは、指針を渡しておけば後は色々といい感じにやってくれるはずだ。
後は……そうだ、エイシャにさっきの事を謝らないと行けなかったな。
キャンプ地で色々とやらかしてしまったし……ん?そういえばエイシャに関してなんか確認する事があったような……なんだっけ?
まぁ、話している間に思い出したら聞いとくか。
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